イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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よく知らない非信仰者のくせに宗教関連の事を書こうとするとこうなる(

あと今回後半は出番が死体だけだった原作キャラの言及になってます。
先日更新できなかったのと、こうしたよくわからん展開のお詫びにあと2回くらい

更新できたらイイナー


文書27.document

 エレベーターの墜落。しかし、その轟音は近くの機械生命体を呼び寄せてはいなかった。瓦礫が散乱し、自動ドアを突き破る鉄の欠片が飛び出すそこは、異様なまでの静寂に包まれている。

 ガタン、と大きな音がしてひしゃげた鉄の支柱が重力に引かれて落ちる。中にいた11Bたちも、巻き込まれてしまい生存は絶望的だろう。なんせ、あの高度と加速度からして、地面との接触時点で無事な生命は存在しないのだから。

 それが普通の生命体なら、間違いなく。

 

 実のところを言うと、心配は全くの無用だった。

 

 突如、瓦礫の一部がゴボゴボと膨れ上がる。

 薄い膜のようなそれが瓦礫を持ち上げ、吹き飛ばす。シャフトの下層に粉々になった瓦礫の破片が降り注ぐ前に、球形の膜が出てきた場所から、3つの影が飛び出した。影がエレベーター最下層の扉に飛び移ると、吹っ飛んだ瓦礫がガラガラとけたたましい音を立てて彼女らの背後に降り注ぐ。

 

「か、間一髪でしたね……」

 

 内心の動揺を抑えきれず、震えた声でパスカルがつぶやく。

 

「2Bのポッドが居なかったらどうなってたんだろ、ありがと」

「当機は随行支援対象、2Bの指示に応じたにすぎない。推奨:感謝対象を2Bへ変更」

 

 11Bは一新されたボディの性能上、あの状態から単独の脱出も不可能ではなかったはずだ。だが、彼女単体では脱出時に大きな損傷を伴うだろうし、ましてや同伴する二人の救助なんて不可能。

 それらを可能にしたのが2Bの随行支援ユニット、ポッド042。彼は11Bからの称賛に特に反応した様子はなく、ポッドらしい機械的な受け答えで返した。

 

 彼女らが窮地を脱した仕組みはこうだ。

 ポッドプログラムである「グラビティ」。本来は重力場を作り、範囲内にある味方以外の物体を全て指定範囲線の中心へと縛り付けるもの。だが、ポッドは本当にそれだけの使い方しか出来ないわけではない。

 グラビティにしても、戦闘に特化したコマンドの一つ。重力の向く方向を反対にし、一時的に周囲に無重力の空間を作り出すこともできる。そして、重力加速度を受けず慣性だけになったなら、破壊された瓦礫などは斥力で弾いてしまえばいい。それだけだ。

 

 安全空間の中で待機していた彼らは、邪魔な瓦礫が自然落下するまでの間、全壊した元エレベーターの中で機会を伺っていたというわけだ。

 

「やはり、罠だったのでしょうか……」

 

 そう呟いたパスカルの視線は、エレベーターのワイヤーを切った張本人の残骸(機械生命体の足と思しきパーツ)に向けられていた。パスカルも窮地の中とはいえ、シャフトに響き渡る、彼の狂った台詞を聞いていないわけがなかった。

 興味深くも、末恐ろしい思想に取り憑かれた機械生命体の最期。自分が興味を持つ対象がこれだったら、とりとめもなく、馬鹿馬鹿しい推測だといえるだろう。だが、実際に一歩間違えばその可能性すら考えられる。

 自分たちはこうならないようにしなければ。パスカルの中で、新たな決意が芽生えたその時だった。

 

「……向こうが随分と騒がしい。目的の機械生命体が居るかもしれない」

 

 2Bが見つめていたのは、エレベーターの扉がある部屋とは、壁一枚隔てた向こう側。そこにはあの紫色に塗られた機械生命体たちの姿は見えず、代わりに半開きになった扉の隙間から、喧騒と揺らめく光が漏れ出ている様子が見て取れる。

 

「とりあえず行こう。どうにも様子がおかしい」

「そうですね…どんな事情があろうとも、あちらが求めてきたのは和平と助力。まずは話を聞かない限りは、判断は下せません」

 

 11Bとパスカルは、あれだけの仕打ちをされても手を差し伸べるという意志が残っているらしい。2Bは彼女らを何とも言えない気持ちで見やりつつも、「離脱集団の動向の観察」という任務のためだと自分に嘯いて、光の漏れる部屋へと向かった。

 

「……が……だ!」

「…ミ………カミ…!」

 

 近づくに連れて、怒鳴り合っている機械生命体の声が鮮明になってくる。

 

「教祖様をお守りしろ! 生きるたメだ……我々が生きるタメに!」

「カミになる! みんな、カミになれる! シンデ、カミになる! おまえも、教祖様も! きミも、私も! カミになる!」

 

 不穏な言葉が、11Bの感情を揺さぶる。

 勢い良く扉を開けた瞬間、飛び込んできたのは圧倒的なまでの紫・紫、紫。紫の群れをなした機械生命体。半壊した祭壇らしきもの、傾き、燃え広がる松明の炎。そして凄惨なまでの――殺し合い。

 

「カミに、なる!」

「カミに、なる!」

「カミになるんだ!」

 

 松明を振り回し、馬乗りになって殴りつける機械生命体。必死に抵抗し、蹴り飛ばす機械生命体。斧を振り下ろす機械生命体。盾で受け止める機械生命体。捕まえて宙に浮き、落とす機械生命体。叩きつけられ脚を壊されてなお、這いずってでも武器を落とさない機械生命体。

 

 闘争だ。誰も彼もが戦っている。

 片方は殺すために、片方は抗うために。

 教祖様、と呼ばれている個体を中心としたグループが、やや劣勢だが、見るからにこちらの方が「理性的」で在るようにも見える。そしてリーダー格らしい姿……つまり、あの「教祖様」こそがパスカルを和平交渉のために呼びつけた個体なのだろう。

 

 そして――このおぞましい光景を作り出した張本人。

 一つになっている、と聞いていたグループが、この短時間で完全な対立関係となる二つに分かたれている。一体どういう状況であるのか、それを聞きただしたいところだが、それは後だ。

 

「そこの教祖側の機械生命体! 加勢するよ!」

「あなたハ…?」

 

 言うがはやいか、11Bは「教祖様」の側に肩を並べる事に決めたらしい。

 自爆体勢で両手を開いていた中型二足を切り捨て、爆発する前に蹴り飛ばす。小型の苦戦していた教祖派の機械生命体が疑問を浮かべた瞬間、2つめの影が戦闘集団の中にとびこんだ。

 2Bだ。黒い服装に対となる、純白の刃が狂った機械生命体らに襲いかかる。これまでの数々の死闘の中で洗練された刃は、もはやスペックデータ上の理論値を遥かに上回る効率を叩き出す。どこを切れば脆いか、どう切ればいいのか、どこに動けば切れるのか。脳と脚が3ステップを描き、一呼吸で機械生命体が切り捨てられる。

 

 数分後、湧き出ていた機械生命体は一体も遺さずに殲滅される。

 最後の一体が爆発したことを皮切りに、一瞬の静寂。そして歓喜に満ち溢れた歓声が狭い部屋の中を響いていった。それは、己の生存を喜ぶ声。感謝と報酬の雨あられが11Bの頭を跳ねる中、パスカルは努めて冷静に「教祖様」と呼ばれる機械生命体に駆け寄っていった。

 

「はじめまして、私はパスカルと申します。和平交渉についてお話を伺いに参りました」

「あなたが……我は、キェルケゴール。皆からは教祖と呼ばれておる」

 

 代表として、長い衣服を引きずりながら歩み出てきたのは小型の機械生命体。だが、その雰囲気も、喋り方も、普通の機械生命体とは一線を画する空気を醸し出していた。

 

「早速、和平交渉の手筈をと言いたいところですが」

 

 それどころではないようだ、というのは誰にでもわかる。

 キェルケゴールと名乗った機械生命体は、バツが悪そうに視線を下に落とした。

 

「ようやくそちらの使者が切羽詰まった様子だったことが分かりました。まずはあなた方の現状について、お話願えますね?」

「ああ……勿論だ」

 

 キェルケゴールは語る。

 始まりは、ネットワークを離脱した個体たちのコロニーが、キェルケゴールを筆頭とした「教団」として確立したことだった。

 

 

 

 

 キェルケゴールは離脱した機械生命体の中でも、製造当初からの欠陥を抱えていたせいで、取り替えたとしても短時間で脚部を破損してしまう作りだったこともあり、恐ろしく弱々しい機械生命体だった。そんな個体がネットワークから離脱すればどうなるか? 答えは言うまでもない、その小さな自我を押しつぶすほどの絶望が襲いかかったのだ。

 

 彼はこの工場廃墟で、アダムが切り離されるよりも前にネットワークを離脱していた。そこから教団を作り上げるまではほんの一ヶ月。だが、それで十分だった。満足に整備されない脚部、這って歩きながら、死の恐怖に怯えて逃げ回る日々。

 工場廃墟は、壁やスロープが取り付けられている場所も多く、なんとか歩くことは出来た。だが、それだけだ。見つかれば大型の元同胞に追いかけられ、機械生命体が徘徊しない通気口などにその小型の体を滑り込ませては隠れる日々。じわり、じわりと、自由に成ったはずの精神は蝕まれていく。

 

 やがて心に絶望が訪れる時が来る。いつの間にか、キェルケゴールは、投棄されたスクラップ置き場の一角に転がっていた。生きることとはなんだろうか、こんなにも生きるだけで苦しい思いをするのなら、自我なんて芽生えなければ良かった。

 辺りには、少し力を込めるだけでめり込んでいくだろう、先の尖った廃材が転がっている。おもむろに手を伸ばした彼は、ふと意識が飛んで、気づいたときには己の胸に切っ先を擦り付けていた。

 

 このまま、押し込んでしまえば楽になる。

 何も考えなくてよかった機械生命体のネットワークに支配されていたときのように。自我なんてものがなかった、意志なんてものが無かったあの頃へ。……本当に、そうだろうか。

 

 意地汚く足掻いて、一度は生きてみたからこそ疑問が芽生えた。

 死んでしまえば、本当にあの頃に戻れるのか。そんなわけがあるのか。

 

 ネットワークに接続されていた頃を思い出す。確かに自我と呼べるものは無かったが、何かを実行する、何かを発見する、何かを認識する。確かに小さな小さな思い出のなかで、そうした「自意識」が在ることを思い出した。

 ネットワークにいたとしても、それは生きていたということに他ならない。だが、全ての機能が停止してしまった時、訪れるのはなんだ? スリープモードにすら残らない、あの真っ暗闇の世界か? それとも……無か。

 

 ネットワークには知識が溢れている。アダムが得たものが、機械生命体が見てきたものが、ありとあらゆるそれらが機械生命体の作戦実行とアンドロイド殲滅に役立てられてきた。だからこそ、キェルケゴールは再び恐怖した。死、そのものが救いなんかではないということを。

 

 からから、と力の抜けた手から廃材が零れ落ちる。

 だからといってどうすればいいのだ。脚部は相変わらず、整備できないせいで動かない。結局は何も変わっていない。ただ、恐れるべきものが一つ増えただけ。もう、なにも。

 

 意識が遠のき、何も感じられなくなっていく中、彼の視界にはキラリと光を反射する何かが見えた。光、光だ。もう判断のしようもなくなっていたキェルケゴールは、そうした視界の刺激だけで惹かれ、ズルズルと体を引きずり這い寄っていった。

 彼が手に取ったのは一冊の本だった。錆だらけになった金属の留め金、まだコーティングが残っていた部分が、スクラップ置き場のライトをひときわ強く反射させていたらしい。

 

 本、人間が書き記し、先人の知識を後進の者たちに与えるもの。

 キェルケゴールはハッと意識を覚醒させた。人間、そう人間ならば……何かを与えてくれるかもしれない。本を手にしたその時、飛び込んできた壮大な世界に、燃え尽きかけていた心の炎が最後の灯火を燃え上がらせた。

 

 聖書、と呼ばれるものだった。

 人間たちが古くより信仰していた神の教え。

 キェルケゴールには、それらを全てありのままに理解することはできなかった。当然だ、何千年も続いた人間の信仰の歴史、その一端を記された本を手にしたところで、教えを広める人間も居なければ、分かたれていた宗派の主だった流れを組むことは難しい。

 

 しかしキェルケゴールは、そこで「信仰」という己の確固たる根源を確立させた。そして何よりもこの状況が絶望的で、死に向かっているという事実を受け入れた。故に、死後において神の救済があるのだと解釈した。

 救いをもたらす神を信仰し、死に怯えながらも生きていく。

 信仰の果てに死することとなろうとも、最後には安心する事のできる存在が過去に存在し、人間たちがこの教えを広げていたその理由の一端を理解できたようにも思えたんだと。キェルケゴールにとって、これが始まりとなった。

 

 離脱した個体というのは、実はそう少なくはない。

 ふとした拍子で回路が焼き切れたり、製造時のショックで最初からネットワークから離れていたり、大きな感情のうねりによっていつの間にか断ち切っていたりと様々だ。キェルケゴールはそういう者たちを集めて、聖書から読み解いた己の信仰を広めていった。

 

 自我を得たのはともかく、何をスレばいいのか分からない。そう不安がる機械生命体たちにとって、キェルケゴールの言葉は乾いた(ギア)に与えられる恵みの(オイル)だ。機械らしく次なる指示を待つだけの受動的な感性の者らは、キェルケゴールの教えを一つの大きな共通点として、隣人と手を取り合っていった。

 

 その結果が、彼らの信仰する新興宗教の成立だ。

 脚が悪く動きづらいキェルケゴールを教祖の祭壇椅子に備え、彼の「教え」と共に、過ごせる日々を神に感謝しながら精一杯己の生を謳歌する。共同して動くうちに、彼らは機械生命体のネットワークに居た頃よりも、ずっと実態のある共同生活に慣れ親しみ、温和な生活をおくるようになっていった。

 

 絶望のあまり、教えを履き違えた狂信者たちが出るまでは。

 




いやあ、実はキェルケゴールって
作者がかなり気になってたキャラなんですよね。
登場した瞬間に死んでて、でもあれだけのグループを
少なくともあの大規模に発展させた張本人。

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