イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
何も決めてないからね、gdgdだね。
※感想に返信はしてませんがきちんと見させていただいてます。
縛られたまま目を見開く。
そんな11Bの姿はいささか滑稽に見える。
イデア9942は拘束台の横にあるボタンに手を伸ばすと、ソレを迷いなく押した。
まさか、台に備え付けられたトラップの類かと身構えた11Bだったが、想像していたどの苦痛も己のカラダを苦しめる事はなかった。むしろ、全身をぐるぐる巻きにしていた強化ファイバーケーブルが巻き尺で戻したときのように消えていき、11Bの体が自由を取り戻したのだ。
「何のつもり?」
「見ての通り、拘束を解いたんだ」
「………」
「いい顔だ。必死に命をつかもうとしている。無駄な魂胆だが」
11Bは混乱の極みにあった。感情を抑えなくてもよくなった、というのもあるかもしれないが。11Bの思考回路では戦う選択肢を取るか、それともここから逃げ出すか、はたまたこの態度を崩して、イデア9942と名乗った機械生命体と対話を続けるか。この3つの選択肢が延々と決まらないままに回り続けている。
逸れる思考と、揺れる瞳。どうにもこうにも、人らしさを見せる11Bの姿におかしさを感じたのか、イデア9942は作業台の椅子に座り直し、ノイズだらけになった苦笑を浮かべた。
「11B、使ッていたものは足がつくため、君の最期のデータとともにあの場に残したが、代理の武器ならそこにいくらでもある」
イデア9942が指差した方には、機械生命体の近接武器、アンドロイドの使う戦闘用の銃が、山のように積まれて金属コンテナを埋め尽くしている。11Bが手を伸ばせば届く位置で、イデア9942は反対に、一度立ち上がって手を伸ばさなければ愛用の斧を手にとることは出来ない。
もはや状況は明らかだった。11Bは静かに目を閉じると、つかつかと歩いてイデア9942の隣に腰掛けた。
「ごめん……その」
うつむき気味に答えた11Bは消え入るような声で呟いた。
もう、わかっていたのだ。イデア9942は自分にとって完全に無害な機械生命体なのだと。ヨルハ部隊の一員として、作戦を淡々とこなす日々を過ごしていた時では考えられない思考だろう。
「とりあえず、これからの話をしようじャないか」
イデア9942の落ち着いた声に、現実に引き戻される11B。
今となってはこの丸顔も、いくらか愛嬌が在るように思えてきてしまった。これまで仲間たちを破壊してきた無慈悲で無感情な顔のはずなのに。自分というアンドロイドは、思ったよりも安直な精神構造だったらしい。
ああ、全身の力が抜けたような気分だ。
「ああ、そうだね……よろしく。イデア9942」
「こちらこそよろしく、11B」
自然と差し出された右手。大きさも肌触りも何もかもが違う。
2つの点は、一つの線に繋がった。
「機械生命体が、ここまで話せるなんて思ってなかったな」
「ヨルハ部隊は新設されただけあッて、ネットワークから切り離された個体や独自進化を遂げたイレギュラーに関してはまだまだ情報が足りていないらしいな。だからポピュラーな量産型しか、知らないことも多いのだろう」
ボロボロになった斧を振り上げ、大型二足の関節部を叩き壊すイデア9942。体制を崩した隙を逃さず、11Bがその手に握ったヨルハの旧式刀を振りかぶる。すんなりと鋼鉄の装甲をすり抜けた切っ先がコアを破壊し、機能停止した大型二足が力を失い倒れ込む。
一瞬の間、二人が飛び退いた直後に爆発した大型二足は、周囲で戦闘の余波を受けて怯んでいた小型種を巻き込んで完全に破壊された。飛び散ったパーツやらを率先してイデア9942が拾いに行き、11Bはその場に刀を突き立て息をつく。
「フム、大型は一人じャ骨が折れる相手だ。さすがはヨルハの戦闘型といッたところか」
「ポッドが居ない分、少しぎこちない感じはするけどね」
「それは仕方ないと割り切ッてくれ。話を聞いたのだから分かるだろう」
「それも……そうだけど」
まだ割り切れない部分があるのも仕方がないのかもしれない。
11Bのそんな態度に対し、イデア9942は更に言葉を投げかけた。
「なんにせよ、よくやった。これも中々状態がいい。戦いが上手いな、11B」
「…もうっ」
その手に持ったパーツをカメラアイの前で何度も回して検分し、イデア9942が11Bを褒め称える。しかし聞き飽きたと言わんばかりに11Bは苦笑を返すばかりだ。
「イデア9942は、もっと強く、自分を改造しないの?」
誤魔化すように言った言葉の示す先には、外見は他の機械生命体と見分けのつかないイデア9942がいる。声すらも特有のものではなく、唯一他と見分けの仕方があるとするのなら、彼が持っているボロボロの刃も潰れた機械生命体特有の斧だけである。
「そうしてもいいんだが、君が仲間になッたからには戦闘の必要もなくなッてきた。これからは戦闘じャなくスキャナーモデルやヒーラーモデルのような機能を主にして行きたいんだ。回復役は鈍器か杖が武器と相場がきまッているからな」
自分の斧がもはや切れ味を無くしたことにも皮肉っているのだろう。そしてのらりくらりと質問の意図からは外れた回答を返すイデア9942。そして興味を引くためか、二十一世紀の人間らしい考え方を吐露したイデア9942に、11Bはわけがわからないと首をひねるばかりである。
「……? それも人類のデータ?」
「ビデオゲームという、娯楽遊具には通信機能を使ッて対戦・協力して設定された敵を倒し、強い武器を作るMMOッてものがあッたんだ。中でもロールプレイングゲームという種類のものは、
「ふーん…人間ってのは変なものね。まるでイデア9942みたい」
自分たちが出来ないことを想像し、創造する。たとえ仮想のソレであっても、ソレを娯楽として楽しむことができる。自分たちの考え方がソレ専用に構築されていなくても、多方面の知識と技術を磨くことに切磋琢磨する。
どこまでも計算と演算が働くアンドロイドや機械生命体のように、効率と実用性を重視するような思考をプログラミングされている以上、人間たちと言うのは無駄だらけで、いささか奇妙に思えるのだろう。
「ッはは」
「何わらってんの」
「いや、人間らしいか。そうかァ」
そして、まさか彼女らが敬うべき人類に仮にも機械生命体である己のことを投影するなど、ヨルハを抜けた脱走者らしい言葉を聞いて、思わず笑ってしまうイデア9942。あまりにも皮肉が効いているのと、自分が失いかけていた人間性を肯定されたようで、しばらくイデア9942の中には感情の波が引かなかったとか。
「さァ、邪魔な機械生命体も一掃した。資材を集めようか」
「いいけどね……これは、何に使うの?」
「後のお楽しみッてものさ。とにかく、鉄鉱と
このあたりが機械らしいやり取りだろう。本当に必要なものは寸分違わずデータを参照し、スキャン結果と比較するだけでほぼノータイムで確認ができる。それに比べ、人間は電話や写真越しという手間をかけて探し出し、さらに長い時間をかけて判別することでようやく分かるのだ。
イデア9942がこの体になってから重宝している機能であると同時に、いつか誰か心の許せる相手に使いたいと思っていた機能だ。それを十全に活用している今、イデア9942は上機嫌である。
「了解……これだけでいいの?」
確認を取ってきた11Bに気づかれないよう、イデア9942が無言で頷いた。
「今のところは頼まれた分の補填と、作ろうと思ッているものの材料分でいい。3つや4つ拾えば、また11Bが驚くような場所へ連れていくつもりだ」
「これ以上驚かされたら回路が保たないよ……」
「冗談を言えるなら十分だ。やろうか」
膝を地面につけ、斧をホルダーで背負って草を掻き分ける。そんな無防備な姿を晒すイデア9942の後ろから11Bは三式戦術刀を握る力を強めていた。しかしソレも一瞬でしか無く、すぐさま姿勢制御システムを起動して納刀した。攻撃するなら、とっくの昔に攻撃しているからだ。
目を伏せ、本当にヨルハとは違うんだなと言うことを実感する11B。口元に笑みを浮かべ、淡いながらも力強い意志を感じさせる、淡い青色の瞳をイデア9942へ向ける。
「ワタシはこっちから探すよ」
「時計回りにいこう。あァ、周囲にヨルハ部隊員が近づいたら作業も中断してすぐ工房に戻る。流石にどんな性格かも分からないやつをアソコへ連れて行くことは出来ないから」
「早く行ってみたいものね。アナタが言う場所に」
「今日、何事も無ければすぐに行けるさ」
一つ目のアンバーみっけ、と木の根元を掘り返していたイデア9942が琥珀を太陽に翳す。優しい土色の宝石は、いまやアンドロイド達にとっては機械パーツの重要な部品の一つでしか無い。だが、その光の反射や歴史……なにより、「命」を閉じ込めた美しさに、イデア9942は数秒の間惚けたように固まっていた。
ハッと意識を戻すが、11Bも探索に夢中になっているようで、今の光景は見られなかったらしい。見られていれば、発案者が何をサボっているんだとジト目を向けてきたことだろう。
内心で息をついたイデア9942は、そのまま近くに何の敵性反応も、アンドロイドの反応もないことを確認しながらも資源の回収を続けていく。人類がいなくなってからというもの、残された資源やプレートの移動などで未発見の希少鉱石が山ほど湧いており、彼らが目的物をその数まで揃えるのにそこまでの時間を要することはなかった。
「集まったよ」
「よし、じャあここに入れてくれ」
今回イデア9942が持ってきたのは、一輪2脚の手押し車だった。
動力もなく、正直この時代にしては完全にローテクどころか化石に匹敵する代物だろう。だが、見た目が簡素な中型二足と、同じようなカラーリングで作られ、塗装もところどころ剥げた手押し車の見た目的なシンクロ率はかなり高い。
最初こそ、こんなものを運搬具に使うイデア9942に反対していた11Bも、彼がいざ手押し車を両手で持って転がしていった瞬間、反対意見など吹き飛ぶほどの親和性と、どことなく感じる調和を感じて吹き出していた。いわば笑いのツボに入ったというわけだ。
「このまま商業施設のある鉄塔方面に向かうぞ」
「わかったよ、それじゃ前は任せて」
「存分に任せた」
付き合いとしてはまだ3日ほどだが、彼らの間には確かな絆がある。そんな気持ちにもなれる言葉のやり取りだった。内蔵された機能で、マップにマークされた目標地点を目指してアンドロイドと機械生命体が、談笑しながら通っていく。
そんな平和的な光景を、一体のピエロのような機械生命体がビルの影から見ているのであった。
「本当にあっているの?」
「あァ」
「でもここは行き止まりだし、この先には何もないはずじゃ」
廃墟都市から商業施設に向かう一本橋。そこを通らず、脇の崖を行ったところで二人の足は止まっていた。目の前には横倒しにされた鉄塔のようなものと、唯一人が通れそうな隙間を埋める巨大なブロック。
11Bも廃墟都市に任務に訪れたことは在るが、この地点は先に進めないことと、先に行っても特に作戦行動には意味のないものだとして近寄ることすらしなくなった場所だ。
「合言葉を言う!」
唐突に、そして初めてイデア9942が声を荒げたことにびっくりして固まった11B。そんな彼女のことなど知ったことかと言わんばかりに、ブロックの向こう側から声が帰ってきた。
『優しく本を読み聞かせてくれる物腰柔らかな村長は誰だ!!』
「おじちャん!!!」
『よシ、とオレ!!』
ブロックがひとりでに…いや、その向こう側にいた2体の小型機械生命体が頑張ってブロックを押し、通路を開いたのだ。
「行こう。……どうした?」
「あ、いや、別になんでも」
イデア9942以外の流暢に喋る機械生命体が居ることに驚いていた11Bだったが、既に自分の持っていた常識が崩壊しかけているのか、かなり切羽詰ったような答えが出てきてしまっていた。
当然、その数分後の光景に11Bが理解の範疇を越えてショートしたのは言うまでもない。
実は帰ってきてから必死に書いてたけどギリギリ0時超えちゃったでござるの巻。
ヒャッハー名前を隠して書くのは筆が進むぜえ!(完結できるとは言ってない