イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
おかしかったら許してください
あとちょっと遅くなりましたが、
十万UA、9評価100人超えありがとうございます。
「妨害電波を発しているやつがいるな」
モニターを眺めるイデア9942。それが突然砂嵐ばかりを流し始めた原因に毒づいて、彼は作業台へ右手を振り下ろした。最後に11Bから送られてきた音声データは、イデア9942の知る未来以上に事情が複雑なことになっている。だが、まさか宗教団体があのように派閥に別れた状態になっているとは思いもよらなかった、というのが彼の正直な本音である。
「……?」
次なる一手をどう打つべきか。
イデア9942が頭を抱え、いざとなれば妨害電波を発している場所を直々に潰しに行くべきかと計画の練り直しをしていたときだった。
がらがら、がらがら。
がらがら。
音が、近づいてくる。
がら。
扉の前に。
「死ね」
言葉の前に、巨大な鉄の塊が振り下ろされた。
まさしくそれは「鉄塊」。
あまりの質量に、作業台ごと機械の部品が飛び散る。
工房に、最悪の時間が訪れた。
「恐れることはない。この者は我々の味方だ。いざゆこう、この絶望を乗り越えてこそ、我らは、神への信仰を抱き続ける道を歩めるのだから」
「教祖様……ええ、全ては信仰のために。……アンドロイド、疑ってすマナかった。よロしく頼ム」
11Bの、取り残された信者たちの救出は順調だった。
固く閉ざした扉に11Bが問いかけるも、沈黙しか無かった時は焦った。だが、キェルケゴールが信者たちに呼びかけた途端、この掌の返しようだ。……いいや、彼らも、再び訪れた死への恐怖に押しつぶされそうだったのだろう。導くものであり、同士であるキェルケゴールが居なければ、すぐにでも己の命を断つ程に。
だから、自分が無視されても仕方のないことだ。11Bは苦笑いを浮かべながら、気にしないでと信者たちに返す。
「パスカル、どう?」
『……だめです。こちらで誘導している子たちが言うには、随分と道が変わっている、と。そもそもエレベーターを抜けた瞬間から、道は破壊されていました。私や2Bさんは飛べますが、他の機械生命体たちも一緒となると別の道を探すしか』
「そっか」
パスカルに状況の進捗を聞いたが、返されたのは芳しくない成果だった。
今は元の道である、破壊された階段を渡れるようにするため、いくつか廃材を見つける途中だという。狂信者たちの妨害は今のところ確認されていないが、また湧き出してくるのも時間の問題だろう。
「なにか、問題があったのか」
「キェルケゴール、このあたりに廃材置き場はない? 道が破壊されてたみたいなんだ」
「廃材……」
キェルケゴールはその問いに、ちらりと己の懐を見た。
思い出すのは、懐の膨らみ……聖書を見つけた、始まりの場所だ。
「ある。このまま11B殿に更に奥へ行ってもらうことになるが」
信者たちが心配なのだろう。11Bの背中から、視線を落とす。
だが助けられた信者たちは、先程の怯えもなにも感じられないほどハキハキと、勇んだ様子でキェルケゴールに言葉を返した。
「教祖様、我々は自分の身を守ることくらいはできます。どうぞ、彼女を案内してやってください」
「お前たち」
ただ、キェルケゴールから与えられるだけではないのだ。キェルケゴールに与えられ、そして時には返していく。彼らは
首を振り、再び瞼を開いたキェルケゴールは、満足そうに頷いた。
「お前たちはこの先、礼拝の部屋を抜けてエレベーターに乗れ。我らの和平相手であるパスカル殿、そして11B殿と同じアンドロイドの2B殿が待っているはずだ。そこで合流し、我々がたどり着くまで道を守っていて欲しい」
「勿論です。さぁ、行クぞ。教祖サマを失望させるな!」
「オォー!」
キェルケゴールの指示に、何の迷いもなく頷く信者たち。
それは11Bとイデア9942の関係にどこか似ている。彼らは、彼らなりの信頼関係と、同じ信仰を抱く仲間としての共同意識を大切にしているのだ。それこそ、元々自分たちの仲間であったとしても、異なる思想を持った相手に絶対に殺されてなるものかと、強い反抗心を抱くほどに。
『11B』
「2B? どうしたの」
『いま、私達より下の足場を自爆型が走っていく様子が見えた。深度から演算した結果、貴女の方に行く可能性が高い。気をつけて』
「……わかった。キェルケゴール、聞いた?」
「うム、だが忘れてはおらぬか?」
キェルケゴールは不敵に笑う。
「あやつらも元々は我の庇護下に居たのだ。対処法はある。汝は迷わず進むが良い」
「わかった。それじゃマップデータをお願い」
「こちらの道なら、狂信者どもも手を出してはおらぬだろう。だが険しい道だ。汝の実力、見せてもらおうか」
キェルケゴールからマップデータを再度提供され、11Bの回路が視覚情報の隅に進行ルートを表示する。スロープもついていた階段を下っていくと、老朽化して錆びついた部屋ばかりになってきた。
11Bの体重はヨルハ機体の例に漏れず150Kg前後。一歩踏み出すだけで軋むキャットウォークすら渡る道は、かなり危険な場所だ。しかも帰りはいくつかの廃材を同時に持っていかなければならないというのだから、気が遠くなる。
だが11Bの運動性能はイデア9942お墨付き、お手製、廃スペックと言っても過言ではない廃人向け性能だ。しかも、換装してからかなりの時間が経過した今、11Bの回路と実に馴染んでいる。
引き出したポテンシャルは凄まじい。背中に居るキェルケゴールが時々呻きながら、猿飛佐助もびっくりの飛び移りが繰り広げられる。障害物一切を無視して、彼女がようやくたどり着いたのは教団始まりの地、スクラップ置き場。
「あった……これだけあれば、足りるかな」
「パスカル殿! くっ、やはりここは壁が分厚すぎるか。通信が繋がらぬ」
目的の廃材を手に入れ、報告のためにキェルケゴールが代わって通信をいれるが、どうにもこの場所の通信状況は良くないらしい。下層を降りた、最下層のゴミ捨て場だ。それこそコントロールルームの直接的な通信機器でない限り、連絡をいれる機会なんて無いだろう。
「早く出るぞ、11B殿」
いつまでも同じところにとどまるのは良くない。
この危機的状況化で、焦りからキェルケゴールが提案する。
しかしだ、どういうことだろうか。11Bは反応する素振りを見せない。
「11B殿?」
「待ってキェルケゴール。……何か来る」
スクラップ置き場というだけあって、ここにはゴミが落ちてくるための穴がいくつもある。その中でも、ひときわ大きな穴を見つめて、11Bはその鋭敏になった耳を傾けていた。近づいてくる音は、やがてキェルケゴールにも聞こえるように部屋の中を反響する。
ジェット噴射の音だ。
ぶわりと、辺りを高熱が覆い尽くす。
「来るよ、キェルケゴール!」
「……不味い、まさかアレは」
思い至る節があるのか、キェルケゴールの中で警鐘が掻き鳴らされた。
「11B殿、まずはこの部屋から撤退を!」
「了解!」
11Bが部屋の入ってきたほうへ飛び移った瞬間、ダストシュートに繋がる巨大な穴から、「ソレ」は姿を表した。全身を炎で覆い尽くし、円環状の体から常にブースターを吹き出しながら回転して飛行するユニット。
エンゲルスのそれとも違う。それは、機械生命体の一種。
『焼却屋だ。汝は声を出してはならんぞ』
どうして、といった疑問をグッとこらえる11B。
同じく通信状態になった11Bは、声なき声をキェルケゴールに繋ぐ。
『焼却屋って何?』
『我も詳しくは知らん。だが、この廃工場の最下層で時折現れる破壊の化身だ。我々の中でも触れてはならぬものとして扱っている。最もしてはならぬのは、その者の前で口を開き、騒音を掻き鳴らすこと』
11Bが漁っていた廃材の一部が、重力の影響で傾きガランガランと転がった。
その瞬間、「焼却屋」と言われた機械生命体は、ドーナツのような体をぐるぐると回転させ一直線に物音のした方へと突っ込んでいく。哀れにも音を出した廃材は、全身を燃え上がらせる「焼却屋」の超高熱に耐えられずに溶解しかけ、もろくなったところを全身の体当たりによって四散させられた。
ジュゥジュゥと壁に飛び散り、赤熱する廃材の欠片。
見ているうちに色をなくし、固まったソレは壁に雫のような形になって溶接された。
『おっかないなぁ……』
『あれのせいで、意識が生きているにも関わらず壁の一部にされた機械生命体も多い。だから、最下層ではなく下層に教団の本部を構えたのだ。あれは最下層から出てこぬ故に』
理由はともあれ、やることは一つだ。
『来てしまった以上は仕方ない。我々には時間もないのだ。廃材を音を立てずに運び、焼却屋から逃げるしか無いな。奴はしばらく一処を徘徊する』
『わかった』
『物音を立てるべからず、だ。辺りに散らばる瓦礫に脚を引っ掛けなければ、ここは足元の砂が足音を隠してくれるだろう。全ては汝に掛かっている』
『やってみる……けど』
11Bは、ちらりと「焼却屋」に視線を向ける。どうにも飛び入る隙がなく、機を伺って物陰に隠れることしか出来ない現状は、かなり厳しいと言わざるをえないだろう。
しかしその瞬間、2B達が言っていた「自爆型」が現れた。
ンギャアアアアア!! と意味の伴わない叫びを上げて走り回る自爆型は、すぐさま「焼却屋」の排除対象に認識される。眠れる獅子の尾を爆散した、哀れな自爆型は本領を発揮する前にスパークを起こして壁に叩きつけられる。また一つ、溶けたオブジェが壁に出来上がった。
『好機だ! 自爆型は次々来るだろう。奴らが襲われている隙に廃材を運び出せるのではないか?』
『そうだね……そのくらいなら、完璧にできるよ』
自爆型は何体も、一定間隔で湧き出してくる。
その度に焼却屋が対応に当たる様子はいささか滑稽だが、これが彼女らにとっての大きなチャンスだ。今のうちに、絶対に成功させなければならないと、11Bは隠していた身を焼却屋の前に晒した。
が、焼却屋は無反応。音を殆ど出さないようにしていたため、聞こえるのは多少の衣擦れくらいだ。この少し離れた位置からでも本当に耳がいい人以外は聞こえないという距離が、「焼却屋」の仕様に違いないというのは、いまこの時を以って証明された。
『廃材は2枚重ねるだけでよい。必要分を持ったら、汝は最大速度で駆け抜けろ。奴は回転しながら空を飛ぶ分、Z軸には強いが、XY軸方向には弱いからな』
キェルケゴールのオペレート通り、下手に跳ねずにゆったりとした足取りで探索したところ、さほど苦労することもなく廃材を手にすることができた11B。
とはいえ、その瞬間金属の擦れ合う音が発せられてしまう。グルリとこちらに矛先を向ける焼却屋を放置し、11Bは脚部の人工筋肉を活かして一気に踏み込んだ。
一瞬で豆粒のように姿が見えなくなっていく焼却屋が引き返していく姿を確認して、ようやく安堵の息を吐く11B。アレはスペックだけではどうにもならない相手の一つだ。今度また、イデア9942から対処法を教えてもらおう。
11Bはそんなことを考えながら、階段の修繕に必要な廃材を取り揃えてきた。
あとは2Bと合流し、信者たちをキェルケゴール諸共一時的に安全なところへと連れて行くだけ。通信状態の異常は、まだまだ訴えてきている。いっときたりとも気を抜けないと、11Bは額に滲む汗を拭いながらに足場を跳んだ。
「……」
振り下ろされた鉄塊、という名の剣。
だが散らばった機械部品は、元々作業台の上に置いてあったものだけだ。
死んでいる機械生命体の中から、使えそうなほど状態のいいものを選んでリアカーで持ち帰る。そのうちの一つだ。
「あれぇ~?」
心底おかしそうに、甘ったるい声色の疑問が工房を打つ。
返ってくるのは恐ろしく静かな沈黙だけ。
「……まさかこちらを狙うため、ヨルハの仲間だッた相手を気絶させるとは。実に素晴らしい執念だ」
パチ、パチ、パチ。ゆっくりとした拍手が3度叩かれる。
声は聞こえど姿は見えず。「工房」への襲撃者は辺りを見回そうとして、その皮肉って降ってきた拍手にあからさまな怒りと動揺を抱いていた。そして何より、その口元はずっと三日月のように裂けている。
ダラダラと流れでている血に似せた液体が、耳元まで切り裂かれた「襲撃者」の口の横からこぼれ落ちている。
「歓迎しよう、16D。哀れなる」
言葉など不要と言わんばかりに、セリフにかぶせて再び襲撃者が――16Dの攻撃が繰り出される。イデア9942の声がした方向。ただ、壊せたのは小さな目覚まし時計だけだった。
「……あ」
イラつきが頂点に達したのだろう。
押さえ込んでいたかのように震えていた襲撃者の声が、上ずったハッキリとした物に変わる。
「ッッあ”あああああああああああああああああああああああああ!!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
手当たり次第、イデア9942の工房が破壊されていく。
彼がようやく復活させた作業台も、モニターも、溜め込んでおいた資材も。
11Bの、ベッドも。
「さて、そろそろおとなしくしてもらうか」
実のところ、イデア9942は隣の応接室から声を発しているだけであった。応接室へ通じる扉は入り口からすぐ右側。だが、扉事態には細工がしてあり、一度ソレを発動させれば、壁の中で会話するごっこが出来るのだ。
そして此処の利点はもう一つ。安全圏から侵入者を撃退することが出来ること。
「入るぞ、君の頭に」
イデア9942が、ハッキングを開始する。
細い電波にのり、意識が潜行。
頭部チップの僅かな電脳空間に入り込み、防壁を排除するためのプログラムを打ち込んでいこうと思った矢先だった。イデア9942は、投影した仮想コンソールを叩き壊される。
「……なんだと」
次いで、電脳空間がボロボロと崩れ落ち始めた。
足場という足場が崩壊し、虚数の海に触れる。途端に足場というプログラムが虚数を掛けたことによってゼロへと変貌。データとしての役割を果たせなくなっていく。それはイデア9942の足場も崩壊させかけていて、コンソールプログラムだったものが奈落へと突き落とされていく。
だがこれは見たことがある。
データの侵食、全てを無に返し、主導権を奪う危険なウィルス。
論理ウィルスの感染者、中でも末期症状の状態だ。
「……ぐッ!?」
電脳空間からはじき出される。
もう一度侵入を試みたが、今度は到達する前に弾かれた。
イデア9942に残る選択肢はもはや一つ。
直接、戦うしか無い。
轟音。
応接室の壁を、「鉄塊」が突き破って生えてくる。
バラバラと粉々になった瓦礫を振り払いながらも、その目を真っ赤に光らせた16Dが獣のようなうめき声でイデア9942を見つめる。その手には、三式拳鍔が装着されている。
「先輩ィ……どうして……あんなヤツ、なンかにぃ」
壁に埋まって使えない「鉄塊」を蹴り飛ばし、幽鬼の如き足取りでイデア9942に近づく16D。彼はついに斧を構え、帽子をかぶり直して視界を確保した。
「先輩、先輩……11B先輩……許さない。許さない許さない許さない!!! 許さない!! 絶対に許さない!! 11Bィ! 私以外を選びやがってェ!! バツを下してやる……私が、私ガ!! 私ダけが壊しテいいんだ!!!!」
「哀れな……」
彼女の本質が、犯されたウィルスによって露呈する。
彼女は許せなかったのだ。11Bのことを許せなかった。
自分を裏切った11Bが。
自分をいじめた11Bが。
自分から逃げた11Bが。
他の拠り所を見つけ、勝手に安堵する顔をした11Bが。
他の何処かに行ってしまったから、その「どこか」を破壊して顔を歪ませたかった。誰かに気を許していたから、その「誰か」を破壊して狂わせたかった。そして言ってやるのだ、その目の前で。
「私にぃっ! 私にッ!! 奪わレた気分はドウってぇ!! ねェ!!!!」
そのために、イデア9942の居場所を突き止めた。
思考を狂わせながらも、圧倒的な執念で11Bを崩壊させるためだけに。
壊れた機械が、獲物を振り下ろす。
受け止められた拳が、機械生命体の大きな手とせめぎ合う。
「付き合ってやる。そして……二度と11Bの視界に入れないようにしてやろう」
拳を横に振り払ったイデア9942が、斧の石突を16Dのハラに突き刺した。
思考の狂った16Dは、たたらを踏みながらも意味不明な叫び声を上げて襲い掛かってくる。ウィルスに犯されながらも、当たればただですまないほどにスペックを引き出されている一発一発は、当たれば運動性能は並みでしかないイデア9942には全てが致命と成り得る。
だが、彼はそれら全てを演算し、シミュレートし、避ける。
「君にとッてそうであッたように」
16Dの鋭いハイキックが繰り出される。
装甲板を凹ませながらも、彼は避けずにそれを受け止めた。
「掛け替えのない相棒を悲しませるなどと」
左腕で脚を捕まえ、右腕で拳を握る。
捕まえた脚を引っ張り、突き飛ばす。
空いた距離を全力で踏み込み、右腕を弓のように引いた。
「させるものかッ!!!」
打ち出され、炸裂した右腕が、16Dの顔面を打ち据えた。
イデア9942だって熱血する時はするんだ。
あれだけなって、相互に特別な感情抱いてないはずないんですよねえ……
恋か、愛か、それとも■意か。それはわかりませんが。
焼却屋はACVDのフレンチクルーラーイメージで
あと調子乗りすぎたので後書き簡潔にします
後で見てて自分で恥ずかしくなった