イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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すみません 急用で1日は更新できませんでした
とりあえず今日の文書記録です。
埋め合わせで今日もう一話とかはありません あしからず

感想欄みたあと、書いた文書思い出して結構アレ?って思うスレ違いがよくあるんですが………


もしかして地の文読んでない人多かったりします?


文書30.document

 9Sは、データオーバーホールを終えて目覚めようとしていた。

 しかし彼は、義務付けられているデータ同期の際の「不明瞭なノイズ」に疑問をいだき、バンカーにウィルスが潜んでいるかも知れないという建前を以て、バンカーへの直接アクセスを行った。

 

 そこで遭遇する、あまりにも不可解な攻性防壁。空っぽの情報。

 

 それらは9Sに、バンカーに対する疑問を抱くに十分な内容だった。

 

 普段自分たちが従っている、人類会議という存在を作るか否か。その策定がヨルハ計画という、自分たちヨルハ機体の製造計画の後に作られていること。月面に居るはずの人類へ送られる物資。そのコンテナは精製水や修復機材……ヨルハ機体が一体稼働するための最低限必要なものが詰められているだけ。それ以外は全て空。人類という「生物」が、こんな程度の物資で、生存できるはずもないのに。

 

 しかし彼の探究心も、2Bの危機となれば中断せざるを得ない。

 突如として鳴り響くアラートに驚く彼だったが、それは9Sの侵入を察知したものではなく、2Bからループ発信されていた救難信号がバンカーに届いた音。彼らは知る由もないが、ループ発信が妨害電波の周期を一瞬だけ越えて、ようやくバンカーに異変を知らせることが出来たのだ。

 

 そうして、バンカーと接続を切った9Sが何をしているかと言えば、

 

「なんだこれ……このターミナルでもハッキングが届いていない?」

 

 既に二度、三度、と繰り返したハッキング。

 声を震わせる彼は、見ればわかるほどに動揺していた。

 

 9Sはターミナルの出力を上げるなどして、こちら側(バンカー)から出来ることは試してみたが、それでも電波そのものが届かなければ彼の技能は何一つとして機能しないのである。2Bが救難信号を出したことによるけたたましいアラートが、彼の気持ちを焦らせる。

 

「…そうだ! 電波がこっちから届かないなら、近くの個体なら」

 

 それでも彼の優秀な脳回路は、新たな解を導き出した。

 思いつきを口に出しながらも、彼は己の手のようにターミナルを操作していく。

 

 最終的に、ターミナルの出力を弄り、廃工場の奥地ではなく、周囲に転がる機械生命体の残骸をハッキング対象にするという結論に達したらしい。こうなれば、あとはコントロールのため邪魔な精神防壁を破壊し、侵入するだけだ。

 

 目的の場所は、彼が「初めて」2Bと出会った地点の近く。あの小型が、必死に中型機械生命体に油を注いでいた場所。あれから、特に荒らされた様子もなく、位置としても工場の外側にあるため侵入経路としてはちょうどいいだろう。

 

「よし、出来た。……個体も、ちょうどいいのが一体。中型か」

 

 中型二足、というとあの個体を思い出す。イデア9942。彼は、あのバンカーのサーバーでみつけたデータですら知っていそうな気がする。何より、自分たちがある程度核心に至る情報を持っていた時、それに連なる情報を出してくれそうな気がするのだ。以前のように。

 ブラックボックスの複製の作成を始めとして、あまりにも謎の多い個体。9Sの知的好奇心をくすぐり、かつ彼自身の背筋を凍らせる存在。だが、今は彼のことを考えている暇はない。

 

 9Sは首を振り、逸れ掛けた思考を叩き直す。

 

 ともかく使える個体にパーソナルを合わせ、9Sの精神が例の機械生命体に入っても、汚染されぬよう対処、かつ義体を動かす際の命令系統の互換性を修正する。それが終われば、すぐさまハッキングを仕掛けた9Sには、ハッキング先の個体と感覚を繋げるために一瞬の暗転が訪れる。

 

 真っ暗な画面に表示される。

 

 システムチェック開始。

 メモリーユニットチェック:エラー 放置だ。

 戦術ログ:初期化

 地形データ:ロード開始

 バイタルチェック:イエロー 投棄予定のため放置

 MP残量チェック:読み込み不能 放置

 コア温度:適正

 コア内圧力正常

 IFF エラー

 FCS エラー

 ポッド通信接続 不能

 DBUセットアップ

 慣性制御システム エラー

 環境センサー 起動

 装備認証:無し

 装備状態チェック:無し

 システム:エラー多々あり

 

 起動準備完了

 

 やはり、脳回路が壊れた機械生命体の体はエラーだらけだ。ヨルハ機体とは規格も違うため、義体操作のセットアップ手順で多くのエラーを吐く。だが、壊れれば乗り換えればいいだけだし、今回は戦闘が目的じゃない。

 9Sにとっては動けば十分。コアを使い潰そうとも知ったことではなかった。攻撃系もエラーを起こしているが、全てチェック完了。9Sの意識が機械生命体の方に浮上する。目を覚ませば、錆びきった工場の外と、そこに揺れる白。そして本を持った男の姿。

 

 男の、姿?

 

「ようやくか、待ちくたびれたぞ少年」

「……!?」

 

 機械生命体特殊個体、アダム。

 2Bとの戦闘から行方がわからなくなっていた存在が、唐突に9Sの――正確にはその意識が入った機械生命体の――前に現れ、此処に居て当然と言った振る舞いで腰掛け、本のページを捲っていた。

 

「あ、アダム。なんで、お前がこんな所に!」

「簡単な話だ」

 

 本をパタンと閉じ、9Sの入った機械生命体に目を向ける。

 背の問題上、彼は9Sを見下ろしている。そしてわかったか? とでも言うように、人差し指をその頭部に向ける。

 

「2Bだけが行動していて、お前はまだ地上に降りていない。なら何らかの形で2Bの補助のためにお前は現れるだろう。だが、そこの」

 

 9Sに突きつけられていた人差し指が、工場廃墟の一角に向けられる。

 そこには、何体かの紫色に染まった機械生命体が、何かの装置を崇めるようにして守っていた。あれが、9Sやイデア9942のオペレートを妨げていた強力な妨害電波発生装置だろうか。

 

「妨害電波を発しているヤツが居て、お前は直接支援に行けない。ならば周囲にある投棄された体を直接ハッキングし、操るだろうと踏んだ。そのスクラップが転がっている場所が、ここだけだったという事だ。これだけ条件が揃っているなら、推測するのも簡単だ」

 

 コナン・ドイルという作者名が記された本を閉じ、アダムは不敵に笑った。

 アダムは、この生まれてから数ヶ月という短期間で確実に知識と考察力を上げている。そしてトドメには、イデア9942の茶々によって芽生えた自己啓発の意志だ。これまで下らない空想、と吐き捨てていた著作を、こうしてもう一度拾い上げる事でその中の「意味」を確実に見出している。

 

 人間の「無駄」とも呼べる空想を、己のモノにしているのだ。

 この時点でおおよそのアンドロイドよりもずっと人間に近い精神のあり方を、彼は発現させていた。

 

 対して9Sは、このアダムの急成長ぶりに覚えるのは単に「危機感」のみ。

 そんな9Sの心をあざ笑うかのように、アダムはフッと笑うと、

 

「付いてこい。2Bの救出を手伝ってやろう」

「……一体どういう風の吹き回しだよ。それに、僕がその言葉を信用するとでも」

「していない。だが、その体で何が出来る?」

 

 ぐっ、と息をつまらせる9S。

 そのとおりだ。アダムに対して、害を与えるような行為は何一つとして出来ない。なぜなら、使い潰すつもりでいたこの機械生命体の体も、工場廃墟の内部へと入るまではこの外側に存在する唯一の操作可能な義体。アダムの機嫌を損ねて破壊されてしまえば、2B救出に大幅時間のロスが発生する。

 

 アダムもそれは十分に理解している。だからこそ、9Sを手玉に取ってみせた事が嬉しいのか、その口の端は歪んでつり上がっていた。

 

「ついでだ、私が何故お前たちヨルハに加担するのか……その理由を話してもいいだろう」

 

 アダムがちらりと視線を向けた先は、工場廃墟の天井部分。

 同じだが、少し短い銀髪が風に揺れている。

 

 この時、もはや全ての定められた道筋が、崩壊しているのだと。

 一体どれだけの意識が気づけているのだろうか。

 

 

 

 

 顔面を抑え、獣すら怯える唸り声を上げる16D。

 

「策というのは幾つも講じてこそだ」

 

 イデア9942は言いながら、仰け反る16Dの腹を斧の石突で思いっきり突き出した。再び工房のほうへと体を戻される16D。彼の明確な敵対行為が許せないのか、再び声にならない「許せない」を連呼しながら、壁に刺さった「鉄塊」を引き抜いて振りかぶる。

 

 しかし、彼女がそれ以上先を踏み出せることはなかった。

 

「が……あああああああああああああああああああああああああ!!!」

「いい加減、集音マイクがイカれそうだな」

 

 ウィルスに犯されていることで、ヨルハのセーフティを無視し、その腕を限界まで駆動させる16D。だがトンを超える瓦礫をも持ち上げられるそのパワーが掛かっても、彼女はもはや何の動きも取れない。

 その正体は糸だ。初めて11Bを治療した時使用した、暴れる体を抑えるための強化ファイバーケーブルの束。細い一本一本ならばたやすく千切られるであろうソレも、いくらかで束になり、更にその束が何十本という数が16Dの体に食い込んでいる。

 関節に始まり、右肩から乳房を押しつぶし、横腹に至るまでの長い一本。そして人体という構造で作られたアンドロイドである限り、手足を伸ばされた状態ではロクに力を入れることも出来ない。

 

 服すら裂ける勢いで暴れだす16D。もはや理性はウィルスに食われ尽くしたのか、言葉と判断できる言葉すらも彼女の口からは聞こえてこない。代わりにイデア9942の集音マイクが拾うのは、ああだの、ううだの、獣以下のうめき声だけ。

 

 あまりにも、哀れだ。

 だがこの侵食された生命は放っておけば、辺りに災厄を撒き散らす。そうなるだろうと、イデア9942は考える。論理ウィルスとは、思考の妥当性が保証される法則や形式という、いわゆる論理の意味を書き換えていくものだ。

 

 人間で考えてみよう。

 例えば、自慰による性的快楽=他人の体の解体、と頭と体が認識。

 そうなるように、思考をすり替えられたとするとどうなるだろうか。

 常識を履き違えた狂人が、そのうち聞くことすらおぞましい狂気の事件を引き起こす。それまでにどれだけの被害が出る? ()()()数人? それとも数人()? どちらにせよ一緒だ。人の感性では到底認められない、非道が横行する。

 そうした意識の書き換えを、論理ウィルスは広範囲で汚染し、伝染していく。一度完全に汚染されれば、治療法はない。なんせ、本人が心の底からそうであると認識してしまうからだ。上から物を落とせば、下に落ちるというように。

 

 何より厄介なのが、それらはこの5000年の間、ずっと機械生命体たちの手で使われているということ。つまり完全廃絶が出来ず、延々と進化してきているため、ワクチンでの一部予防や直接除染という後手に回るしか無い。

 

 

 長々と語ってしまったが、要約すれば論理ウィルスに汚染されきったアンドロイドを助ける術はない。それはイデア9942も同じ。この状態で彼女に侵入してしまえば、イデア9942が論理ウィルスを広める超兵器になるだろう。

 

「……終わらせるのが慈悲か」

 

 かつて意識があったものを破壊するのは、イデア9942にとって初めての経験だった。命を大切にすると謳いながらも、他の機械生命体を破壊するという矛盾を抱えていた彼でも、元々11Bと面識のある相手を破壊するのに迷いは発生する。なんせ、その魂は人間のものであるのだから。

 

 カタカタと、持っていた手と斧が震えて擦れていた。

 ソレを見て彼は、ほっと安心した。

 

「まだ、人間であろうとする心は残ッているか」

 

 手向けと礼を込めて、彼は16Dに斧を振りかぶる。

 

「次なる生に幸多からんことを」

 

 彼女の視界に斧が映る。

 ゆったりとした光景だった。破壊されると認識された脳回路が、急速に演算を始める。冷却装置が壊れている中、16Dには身を焦がすような熱と、在りし日の思い出が右から左へと流れていくように感じた。

 

 

――はじめましてぇ、11B先輩! ヨルハD型の16Dです。

――……D型、か。せめて肉盾として役立てるくらいにはしてあげるよ。

――に、肉盾!?

 

 

――どうしてぇ……こんな…痛めつけるような訓練ばっかりなんですかぁ

――泣き言ばかりで敵に破壊されるつもり? それでもヨルハか!

――(いつか……絶対こいつを……)

 

――よくやった16D

――先輩が私を…褒めた? え、こんな、ウソッ

――なに、そんなに珍しい? 訓練によく耐えた その成果だよ

――先輩…私……先輩ぃ……

――泣くな、16D ワタシ達は感情を出しては行けない、そうでしょ

――は、はいっ!

 

――す、好きなんです

――え?

――先輩がぁ、私は、好きなんです 抑えられません

――全く、そう、かあ。 でもね、16D 本当は

――いや…なんでもないよ ありがとう、16D

 

――うそ……先輩が撃墜された……

――(やった、ザマァミロ!)

――(嫌だ、私を見てくれたあの人が死ぬなんて)

――……私、いま、何を?

 

――どうして先輩は生きているのに、

――嘘を付いたの(うらぎったの)

――違う、違う違う! 私ぃ……こんなことなんて、考えたくない!

――(捨てられたんだ)

 

――許さない

――(許せない?)

――私が居場所だったのに あの人の唯一の

――(なら壊しちゃおうよ)

――私が見ていたのに あの人が絶対に見せない表情を

――(なら見に行こうよ)

――私に語りかけるのは……誰?

――(ここにいるよ あなたが私/我/俺を倒した時から)

 

「せんぱぃ」

 

 斧が16Dの頭を潰す。

 

 全ての記憶が消えていく。私がいなくな

 脳回路損傷を確認。システムちぇちぇちぇちぇ

 

 さ■きどう ER■OR

 

 論理ウィルスを確認。ヨルハ機体16Dの凍結を提案。

 承諾:16Dモデル凍結を決定。全情報をバンカーにアップデート。

 ブラックボックス信号停止を確認。

 了解:ブラックボックス情報を工場にアップデート。

 

 

 16D機能停止を確認。

 

 16D LOST[----][----][----][----]

 





16D退場……? の巻

次はイデア9942のゴチャゴチャも終わったので
2Bたちに視点が戻ります 乞うご期待

字にすると催促感すごいですね「乞うご期待」っていう言葉

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