イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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しばらく音声記録はありません。
あとアレですね カミニナル編長いなオイ

それとこの原作やり返してて思ったんですが
わりとネットワーク系や総体を持つ存在が
人間という複雑怪奇なモノを目指すっていう作品も多いですよね


文書31.document

 コンクリートの欠片に、べトリとした血のような液体が降りかかる。

 どくどくと流れ出る間欠泉のような奔流も、やがては小川から分かたれた水のようにチョロチョロと漏れ出る程度になっていく。かち割られた16Dの頭部。刃が潰れていた斧で破壊されたソレは、16Dの傍目美しい容貌をグロテスクな残骸へと変化させられている。

 

 イデア9942は、初めて殺したヨルハ機体を前に、己の中の人間が震え上がっている事を感じた。

 

 どちらなんだろうか。

 人間であることにホッとした自分。

 アダムに語りかけたように、人間を劣等種とみなした自分。

 

 感情的になるとすぐにこうだ。

 自嘲を込めて、イデア9942は己の浅はかで薄っぺらい意見に苦い笑みを零した。

 

「……とりあえずは、外の二人を起こすか」

 

 イデア9942が16Dのせいで半壊したモニターを見ると、そこは入り口の様子を見られるように設置したカメラの映像に切り替わっている。映像の中では、倒れていた11Sと7Eが意識を取り戻したらしく、起き上がろうとしているところだった。

 

 ガラガラと無気力に斧を引きずり、彼は歩き出す。また拠点を作り直さなければならないか。彼は16Dだった残骸を無感情なまでに焼却炉へ繋がる穴へ放り込むと、ちぎれていないファイバーケーブルを回収して上に向かった。

 

 地上へ通じる出入り口を、遠隔で開く。

 入り込んできた風が、イデア9942のマフラーを揺らした。

 マフラーの先端には、16Dの血液を模した液体がこびりついていた。

 

 

 

 

「こっちだ」

 

 アダムの先導に従って、上手く動かない体を引きずりながら中型二足(イン9S)が歩みを進めていく。9Sが機械生命体の目を通じて見ている景色の中には、アダムと同じ機械生命体特殊個体である、イヴが廃工場の屋根を飛び跳ねている姿が見えた。

 

「あれが気になるか?」

「イヴも……ネットワークを離れたのか」

「ああ。ネットワークから己を切り離して、イヴを迎えに行った時の様子はとても興味深い状態になっていたよ。そして私は――そこで悲しみ、というものが何であるのか。ほんの僅かだが理解できた。イヴに事情を説明すれば、あいつは迷いなく私に付いてきたよ」

 

 全く、と苦笑するアダムの表情は殊更に人間味に溢れているようにみえる。

 しかし淡々と事実を話していくところには機械的な表情も見え隠れする。

 

 こういうところがイデア9942と正反対だな、と9Sは思った。

 

 ダンッ、と跳ねるような音がしたと思ったら、目の前にはイヴが降り立った。

 半裸の体は、人間基準で見るならよく鍛えられているとも言えるだろう。だが、結局は作り物の体であり、人体とは構成する成分そのものすら違う。見た目よりも遥かに恐ろしい身体能力を有しているのは、先程の跳躍を見るだけでも明らかであった。

 

「にぃちゃん、あいつら、壊すのか?」

 

 純粋な疑問一色の表情で、妨害電波を出している機械生命体たちを指差すイヴ。まだ何も知らない幼子のような表情が、鍛え上げられた青年男性の体で作られているのは、奇妙の一言に尽きた。

 

 アダムは全員ではない、と首を振っていう。

 

「こいつの体のためにも一体は残せ。それ以外は機械諸共壊して構わん」

「わかった! にぃちゃんの言うとおり、俺頑張るよ!」

 

 再び大きく跳躍し、狂信者の機械生命体相手に無双を繰り広げるイヴ。

 どこまでも素直で、どこまでも単純で、なによりアダムと同じ顔をしながら全く違う内面。9Sにとって彼らの関係性は兄弟というよりも、従順な部下と上司のような関係に見える。それも、決して部下が逆らうことがない圧倒的な忠誠を持っているという前提付きだ。

 

「なんというか、()()っぽくは…見えないな」

「そうか。まだ、人類の家族という関係性については複雑すぎて理解できていないんだ。そして私は、あいつの兄と言う立場として何をしたらいいのか」

 

 9Sの発言を拾ったアダムは、眉間にしわを寄せて真剣に悩む顔になっている。彼も、イデア9942の影響を受けてか、その内面が、大きく様変わりしようとしているらしい。依存対象だけに全てを向け、そこから人類を読み解くのではない。

 彼自身の意志で、人類の残した物を紐解いていくつもりだと。一つ一つを、丁寧に己の手で。

 

 遠くを、はるか遠くの真実を見つめるアダム。

 細められた目が見たのは何だろうか。彼の横顔を眺める9Sには、敵であるはずのアダムがとてもまぶしい存在に見えてしまっていた。

 

「まだ、兄というものがわからん。だがいずれは理解し、そして人間を超えた関係性を築くつもりだ」

「人間を…超える」

「2Bから聞いていないのか。そう、私は人間の知識を、過ちを、成功を、それらを踏襲して、()を目指す。模倣は創造の対義語らしい。だが、対になっているのならば、いずれその反対の天秤が傾くはずだ。その時を、私は自分の手で創り出す」

 

 それは人類の解剖を、アンドロイドの破壊を夢見ていた頃の考えとは真逆だった。ほんの一部から、広い視野を持ったのだ。どこも見通せない、ネットワークのない不自由に過ぎる身の上になって初めて、物を上からではなく下からも、多方面から見られるようになった。

 

「そのためにも、お前たちヨルハ部隊は生存してもらわなければ困るのだよ」

 

 だから、上から見ていた頃に彼は知った。

 2Bとの問答をしている時に、無意識に閲覧してしまっていた。

 機械生命体のネットワークに流れていた、隠さなければならない真実を。

 

「それは一体、どういう」

 

 あまりにも大きすぎる変化。アダムの変容具合についていけなかった9Sが、唯一絞り出せた疑問の一言。しかしそれは、直後に引き起こされた爆発の音と風にかき消された。

 その犯人はイヴだ。アダムの命令通り、機械生命体の一体を引っ掴んで、妨害電波発生装置を破壊した爆風に乗って再び舞い降りた。ガシャガシャと暴れて、半狂乱になりながら「カミになる」と連呼するソレを、イヴは激しく揺らすことで物理的に黙らせる。

 

「さぁ9S。体の取替だ」

「…わかった」

 

 先に聞きたいことはいくつもあった。だが、9Sはアダムの提案に素直に応じることにした。今はこの不便な体を抜け出すのが先決だ。捨てられていたスクラップの一体というだけあって、この短い距離を歩くだけでも相当なエラーが溜まっている。

 どこぞの小型機械生命体が、ひっきりなしに掛けていたオイルが中途半端に入り込み、関節から内部がオイル濡れになっていたのも原因かもしれない。

 

 ハッキングが開始され、ものの数秒と立たずに9Sの意識が小型機械生命体に移行する。アダムの隣に立っていた中型二足はガシャンと音を立てて倒れ込み、そのまま手すりの無い方向へと落下していった。

 

「……うん、この体ならかなり動きやすいね」

 

 小型は小型でも、9Sが乗り移ったのは小型飛行体。アダムやイヴのような身体能力はないが、宙を浮けるという利点が彼らの足の速さに追いつける理由になる。

 

「……」

「フン、いいだろう。2Bの退路の確保も手伝ってやる」

 

 満足の行く動作に納得したのか、数秒と立たずにメンテを終えてアダムに向き合った9S。彼が何を言うでもなく、アダムは頷いてみせる。このまま彼らの「奇妙な共闘」も次の段階に行くかと思われたのだが。

 

「えっ」

「どうした、イヴ」

「いや…でもにぃちゃん、後で遊んでくれるって」

「ああ、そうだったな……ふむ、どうするべきか」

 

 此処に来る前に、イヴの同行を取り付ける前に遊ぶ約束をしたらしい。彼らが言う遊びも、アンドロイドたちを破壊するような猟奇的なものから、人間の遊戯(ボードゲームからキャッチボールといった運動まで)を2人で再現するというレベルに落ち着いている。そしてイヴは、万が一にもアダムの生命が脅かされないそれらの遊びを甚く気に入っていたのだ。

 最愛の兄との時間が減りそうになって、目に見えるほど落ち込んだイヴ。視線は下がり、肩も心なしか力が抜けている。だがここで駄々をこねないのは、尊敬する兄が「したい」と思っていることを邪魔したく無いから。

 

「確か、こうだったか」

 

 アダムは右腕を伸ばし、イヴの頭の上に乗せる。

 最初はわがままを言ったことで殴られると思ったのか、ビクリと震えたイヴだが、思っていた衝撃が来ないことで不思議そうに目を開いた。

 

「我々の時間はいくらでもある。だが、偉いな。あと少しだけの我慢だ」

「……うんっ! にぃちゃんが褒めてくれるなら、俺いくらでも待つよ」

「いい子だ」

 

 イヴの頭に手を置きながら、額をくっつけ合って優しく諭すアダム。見た目と違い、ずっと年の離れた兄弟のようなやり取りには違和感が多いが、これを人類の一部が見れば「尊い」とでもつぶやくのだろうか。

 残念ながらそのレベルに至っていない9Sからしてみれば、再現された兄弟としてのやり取りには、相手が機械生命体ということもあって動揺するしかなかったが。

 

「さっさと付いてこい、9S。ここからは随分と騒がしそうだがな」

「……あ、あぁはい」

「早く来いよ。にぃちゃんが呼んでるんだぞ」

 

 イヴの事も落ち着いた。アダムはそのまま何事も無かったかのように歩きだし、イヴがその後に続く。9Sは釈然としない何かを感じながらも、彼らの後ろをフヨフヨとついていった。

 2Bたちと合流するまで、あと少し。彼らしか知らない、ほんの一幕であった。

 

 

 

 

「それじゃあ固定するよ!」

「こっちは大丈夫」

「「せーのっ!」」

 

 所変わって、崩落した階段にて。

 11Bが命からがら持ち出した廃材を用いて、2Bと11Bは崩れた部分の両端に立って、急造の架け橋を作っていた。大型の機械生命体も通れる程度には広い足場なので苦労を要するが、11Bたちにとっては己の命も掛かった作業だ。その手間を惜しむつもりはない。

 

「こっちはガタついてないよ」

「問題ない。溶接と補強をしよう」

「飛行型の者は骨組みを作るのだ。大型は足場として腕を伸ばし、小型は飛行型の骨組みの溶接だ。かかれ!」

「パスカル、溶接お願い」

「はいはい、任されました」

「ポッド」

「了解:出力低、照射開始」

 

 機械生命体も、アンドロイドの垣根もない共同作業。

 なによりパスカルという心強い知識人と、基本的な知識を有しているポッド042の的確な指示が共同感を更に強めている。誰もが同じ思いを抱きながらの作業は、協力体制をより効率的にしていった。

 そして技術が進んだ分、それらの作業は恐ろしく早く終わってしまう。数分もしないうちに急造の架け橋を完成させた彼らは、2Bを先頭、次に小型種を渡らせ、パスカルや中型以上が続き、最後に大型種と11Bが並走する形で慎重に進んでいった。

 

 勿論計算上は崩れる心配はない。だが掛かる負荷は時に計算違いを起こすなんてものはザラな世の中だ。だからこそ我々人類も、想定外の事故と必ずどこかで出会ってしまう。

 ただ、今回はその想定外は起こらなかったらしい。最後に11Bが渡りきって、全員が無事に向こう側へと渡ることが出来た。

 

「全員いる?」

「信者32名、そして我キェルケゴール。教団は全員いるぞ」

「よかった……いや、まだまだだね。気を引き締めないと」

 

 特に心配な面々も全員が無事ということで、安堵の息を吐く11B。だがすぐにかぶりをふる。己がここに誓った通り、彼らキェルケゴールたちの命を守り通すためにも、気を抜くわけには行かないのだ。

 

「……!」

 

 そこで、2Bがハッと虚空のほうへと振り返った。

 

「どうかしましたか、2Bさん」

「いま、9Sから通信が来た。退路を確保しながらこっちに向かってるって」

 

 とはいえ、流石の2Bも9Sがアダムたちと一緒に居ることは分かっていないらしい。これが後にちょっとした揉め事に発展するが、今はその時ではない。

 

「通信が回復したんだ。じゃあ、こっちも」

 

 パァっと花が咲いたような笑顔を浮かべて、イデア9942に通信を繋ぐ11B。だが、コールは届いても彼が通信先に出ることはなかった。

 

「……だめ、今は彼らのことを考えないと」

 

 もしかしたら。そんな最悪の想像が頭をよぎる。

 だが彼女は最悪の未来を脳回路の空想のなかから追い出した。あのイデア9942がそう簡単に危機に陥るわけがない。もしそうだとしても、必ず彼は危機を突破すると。今通信に出られないのは、単に彼が言う「作業」が忙しくなってしまったからだと。

 

 11Bは己を無理やり納得させて、ここからしばらくしたらもう一度コールを掛けようと、己の行動予定にインプットした。

 

「11B? 顔色が悪いけど、大丈夫?」

 

 そして、意外なことに2Bが声をかけてくる。

 これまでの共闘で、11Bが張っていた心の距離を感じさせる壁が取り払われてきたのだろうか。どちらにせよ、2Bが気遣う相手と認識するくらいには親しい距離になっているらしい。

 

「だ、大丈夫だよ。ワタシは大丈夫」

 

 三式戦術刀を強く握りしめ、強がりの笑顔と共にそう返した。

 だがそれとこれとは話が別だ。内心で真っ青になっていることを見抜かれたのもあるが、11Bはイデア9942が居ないことでかなり心のバランスが揺れていると自覚していた。彼から貰った三式戦術刀を握る力を強め、左手でお腹の前に腕を回しながら、右脇腹を強く握る。

 イデア9942からもらった全てを強く握って、彼の姿に縋り付こうとしていた。

 

「キェルケゴールさん」

「うむ、言わずともわかるぞ。パスカル殿」

 

 そんな、危うい状態の11Bを見てパスカルは信者の押す車椅子に座ったキェルケゴールへと耳打ちする。キェルケゴールもこの短い付き合いながら、彼女というアンドロイドがイデア9942という存在に強く依存し、とても大切に思っているのは理解していた。

 だからこそ、もっと危うくなるようなら、自分たちが諭して落ち着かせる立場になろう。彼女の力なくして突破できない現状、自分たちにできる恩返しはそれだから、と。信者の機械生命体たちも、キェルケゴールの考えに賛同するように目配せしあっていた。

 

 複雑ながらも、一体感が脱出組の中で生まれてきている。その幸福感と安心感で心の不安を埋めながらも、彼らは行進の歩みを続けるのであった。

 




昔の書き方を思い出しながら、人物の細かな動作とかも意識しはじめました
ワタシが書いてる動作なんかが本当に皆様の情景と一致するかはわかりませんが
皆様の脳汁をブシャーできていれば幸いです

尊いものは好きですか?
この小説は尊さと醜さ、矛盾と寛容さ、そして理想を目指しています
これからもどうかお付き合いください




もたらされたものが「変化」である以上
それらは良いものだけとは限りませんが

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