イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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大所帯になりすぎて書き分けむじゅい
わかりにくかったら感想とか意見次第で加筆するかもです


文書32.document

「長いですねぇ」

 

 限りなく続く広大な地下空間。

 中でも歩ける場所はひどく少なく、限られた細い通路をぞろぞろと歩いていく。

 

 パスカルは、実際に歩いた距離よりもずっと長く感じるこの緊迫した時間を、長いと表現していた。同時に気になっているのは、死を崇拝する狂信者たちのこと。彼らはどこへ行ったのだろうか、そんな疑問を抱く程度には、遭遇しなくなっていたのだ。

 

「すまぬな、信者たちもあのエレベーターで出入りをしていたのだ。別の道ともなると……」

 

 キェルケゴールはそのままの意味で受け取ったのだろう。パスカルに車椅子を押してもらいながら、申し訳なさそうに言った。心なしか、うつむきがちだ。

 パスカルに対して、キェルケゴールの意識が芽生えてからの期間はかなり差がある。そのため、キェルケゴールは見るもの全てが目新しく、感受性が豊か。それでいて、素直な性格をしていた。

 

 まるで以前の自分を見ているようで、微笑ましい気持ちになるパスカル。必要以上の緊張は、彼の様子を見ることで緩和されていくのを感じ、ココロの中で小さく感謝を告げる。

 

「アッ! ここのタワーを登れバ、確か地上へ道が続イてイタよ!」

「本当?」

「うン! デモ、まだ少し工場を歩カナいとだけど」

 

 信者の一人が、ここの景色に見覚えがあるらしい。

 人間と違って機械生命体は、メモリーに残された光景をそのまま目の前の景色とトレースできるため、信憑性はかなり高い。ようやく希望が見えてきた、と全員に安堵が訪れた瞬間だった。

 

「上から自爆型!」

「カミニナルノダァァァァ!!」

 

 足場も見えない遥か上。そこから自爆型が特有の奇声を発しながら落下してきたのである。自爆型は、機械生命体側でいう「兵器」の扱い。この強烈な奇声も、あくまでそちらに注意を向けさせて行動を停止させる、またはそちらに注意を向かせたアンドロイドを、他の機械生命体が片付けるというためのもの。

 

「ポッド! 照射!」

「迎えウテ!」

「シンでたまるカー!」

 

 コアもなければ命もない。そんな意志を亡くした兵器は、まるで雨のように降り注いでくる。一体どころか、まだ増える。3、4、まだ奇声は聞こえてくる。

 ガトリングを装備した機械生命体が、いち早く動いた2Bとポッドに続いて援護射撃を始める。空中で爆発した自爆型の破片が、大小様々に落下してきている。それらを大型の信者が覆いかぶさるようにして、防いでいる。

 

「さっきから、ありがとう」

「僕ハ、コレクライシカデキナイカラ」

 

 11Bは大型機械生命体に礼を言いながら、次々と破壊されていく自爆型との戦闘を任せて、あらゆる場所へ注意を向けていた。

 狂信者の襲撃がたったこれだけで終わるはずがない。自爆どころか、同じ派閥の者が生きているかも知れない可能性がある部屋をマルクスで薙ぎ払おうとしたのだ。何をしてきてもおかしくはなかった。

 

「……? おかしいな」

「……そう、ですね」

 

 しかし11Bが抱いた危機感や警戒をあざ笑うかのように、自爆型の雨はピタリとやみ、ソレまでの間にも襲撃が来ることもなかった。11Bの呟きをひろったパスカルも、同じような疑問を抱いていたらしい。

 

「機械生命体が、こんな単調な攻撃ばかりをするものでしょうか。我々は戦うために製造された兵器、危険極まりない存在です」

「危険……」

「ええ、客観的な事実です。ましてや交わす言葉すら放棄したような連中です。本当に、何をしてきてもおかしくはないでしょう」

 

 静寂を取り戻した道を、彼らは再び進み始めた。

 遭遇するのは、再び途切れて崩れ落ちた階段。もはや持ってこれる廃材もないが、前と違って今度は活路がある。とはいっても、危険なことには変わりない。今だ稼働する、プレス機がいくつも並んだ生産ライン。

 何体かの機械生命体は、息を呑む。もし少しでも足がもつれたら? その時はあのプレス機の下敷きになり、死ぬ。

 

「慎重にいこう。ポッド、動きの悪い個体のためにタイミング指示を」

「了解」

 

 冷静沈着な2Bの指示で、また命がけの綱渡りが始まった。

 特にこれまでサポートしてくれていた大型の機械生命体は、ここを通り抜けるにはかなりシビアなタイミングが要求される。

 

 一体一体、ゆっくりと、そして確実にプレス機の向こう側へ行く機械生命体たち。固唾を呑んで見守りながらも、11Bはこういう時にイデア9942がいれば、プレス機の動き自体をハッキングして止めてしまうんだろうなと、未だ連絡のつかない彼のことを想う。

 思考を2つに分けているうちに、プレス機のところを最後に2Bが駆け抜けていって通過することが出来た。

 

「捕まって」

「ほら、手を伸ばしてね」

 

 ヨルハ機体ならヒラリと飛び越えることの出来る段差も、動きの悪い小型短足の機械生命体たちにとっては遥かな壁だ。ヨルハと中型など、手の長い者たちが小さい個体を引っ張り上げて、扉の前の足場へと集った。

 

 大分登ってきたはずだ。

 まだまだ地上は見えないが、こうして足場の無事な塔のような建物を次々に渡り歩いていけば、いつかは出口に繋がっているはず。確実に前へと進めている現状に希望を見出し、一息ついた一同。

 

「報告:この先に機械生命体の反応あり」

「狂信者たちが待ち受けてる、ということでしょうか」

「もしかしたら、まだ無事な我の信者かもしれぬ」

「ともかく、私たちは前に進むだけ」

 

 2Bが扉を開く。

 次の瞬間だった。

 

 ガチャン、と騒音を立てながら彼女の目の前に機械生命体の残骸が転がった。

 

「敵!?」

「ん?」

 

 身構えた2Bの耳を打つのは、以前に聞いたことがある声だ。

 

「にぃちゃん、アンドロイドだ。こいつも壊すのか?」

「いや、ここまででいいぞ。イヴ」

「はーい」

「アダム、イヴ!? なんでこんなところに!」

 

 自分たちの前から姿を消したアダムとイヴ。

 超弩級の危険な機械生命体を前にして、2Bの警戒心は最大限にまで引き上げられる。白の契約を構える手が強く握られる。切っ先をぶらし、アダムに斬りかかろうと足に力を込めた瞬間であった。

 

「わー! 待って待って2B! 攻撃しないで!」

「この声…9S?」

 

 飛行型の機械生命体から、9Sの声がする。

 普段なら惑わされるものかと切り捨てていたところだが、9Sの得意技はハッキング。敵の機械生命体の体に乗り移り、同士討ちをさせるところを目撃したことのある彼女は9Sの言葉に、ひとまず力を込めた腕をおろした。その手には、まだ武器は握られたままだが。

 

「アダムたちは今のところ協力してくれてます」

「何故、彼らは」

「僕にも…わかりません。ただ、良かった。貴女が無事で……ところで、後ろの集団は」

 

 9Sとしても、2Bに負けず劣らず信じられない光景を目にしている。

 なんせ2Bと11B、そしてパスカルと数多の機械生命体。種族も思想も違うものたちが、ひとかたまりになって行動しているのだ。彼の知的好奇心を刺激するに十分な光景だ。

 

「彼らはパスカルと同じで協力してくれている。全員で廃工場を脱出する予定だ」

「そうですか……分かりました。2Bの無事も確認できたことですし、施設をハッキングして脱出ルートを確保します!」

「待って、あなたが通ってきたところはどうなの?」

 

 11Bの発言は当然のものだ。アダムとイヴに関しては深く知らないが、彼らが通ってきたところならそのまま工場の出口につながっているはず。だが、9Sの入った機械生命体は首を横に振って彼女の考えを否定する。

 

「それが、イヴが暴れすぎちゃって…」

「守ってもらってるくせに」

「イヴ、今はいい」

「チェ、わかったよにぃちゃん」

 

 気の抜けるやり取りに頭を痛めながらも、9Sは続ける。

 

「……話がそれましたが、特にそこの大型二脚が通れるような耐久性は残っていません。別ルートで割り出します」

「分かった、そういうことならお願い」

 

 ハッキング先を切り替えようとした9Sは、ふと思いとどまる。

 

「アダム、お前たちはどうするつもりなんだ?」

「言っただろう。ひとまずはお前たちに協力する、と。ここを脱出するまでは手を貸すさ」

 

 イヴもめんどくさそうに後頭部を掻きながらも、そうだぞと肯定する。

 9Sは嬉しそうに息を吐いて、そのまま機械生命体のアクセスを解くと、一気に崩れ落ちる飛行型。何の意識も宿らない残骸になったそれを無視して、アダムは踵を返した。

 

「ひとまずはこっちだ。付いて――なんだ?」

「わわ……なんですかこれ!?」

 

 ずずぅん……と地面が揺れる。

 一度ではない。断続的に何度も揺れが発生する。地震だろうか。それにしてはこんな場所まで揺れているというのもおかしな話だ。

 

「……これ、下の方で爆発してるよ!」

 

 この面々の中でもっとも感覚が鋭敏な11Bは、この謎の揺れの原因を突き止める。

 

「まさか……あやつらはこの柱ごと」

 

 キェルケゴールが狂信者たちのあまりにも常軌を逸したやり方に瞠目するが、もはや彼らには一刻の猶予も残されていなかった。

 

「走れ! スクラップになりたいか!」

 

 先導しようとしていたアダムが声を張り上げる。

 既に、この地下空間に聳え立つ塔の一本は傾きかけていた。自重を支えきれなくなり、崩落しようとしているのだ。今はまだ各階層で繋がっている足場が保っているが、時間稼ぎにもならない。一度完全に傾いてしまえば彼らは終わりだ。

 

「慌てず整列し、11B殿に続け! パスカル殿、2B殿、殿を頼む」

「わかりましたよ」

「了解!」

 

 一難去ってまた一難である。

 傾いた塔から脱出するまでは容易に行けばよかったのだが、既に出口側には狂信者たちが待ち構えていた。彼らは死ぬことこそが目的。全員を殺すためなら何をしようと、それこそ自分の機能が停止しようとも構わない。

 狂信者の研ぎ澄まされた牙が、2Bたちに本気で襲い掛かってきたのだ。

 

「機械生命体! アンドロイド! 皆まとめて、カミになるのだぁぁぁぁ!!!」

 

 自爆型とはまた違う。

 見るからに急造の、しかし爆弾とわかるそれを持って特攻してくる機械生命体たち。元はと言えば自分の下に集っていた、信者の変わり果てた姿が見ていられないのか、キェルケゴールは悲しそうに目を背けた。

 

『最短ルートのロックを順次解除していきます! 送ったルートを進んでいってください!』

 

 ここで、9Sから2Bに連絡が入る。

 彼がハッキングによって手に入れたより正確なマップデータと、脱出経路が描かれたデータ。2Bはすぐさまそれを全員へとデータ転送して情報を共有する。

 

「走って!!」

 

 言われるまでもなく、全力で駆け抜ける機械生命体たち。

 射撃武器で弾幕を張って突き進む機械生命体たちを、ヨルハのアンドロイドらが全力でサポートする。

 

 塔が30度に傾いた。

 

「警告:10秒後に瓦礫が脱出経路を塞ぐ恐れ。提案:11Bの武器による早急な対処」

「分かってるって!!」

 

 崩落が進む。崩れ落ちてきた瓦礫が進路を防ごうとする。ポッドの射撃では、粉々にするまで時間がかかってしまう。だから彼女は、ついにその手に握る銃の引き金を引くことにした。

 

 先んじて駆け出し、自爆する狂信者たちの間を縫っていく。1秒。

 周囲を一気に切り払い、安全を確保して体制を整える。3秒。

 弾丸が装填されたイデア9942の銃が唸りを上げる。3.7秒。

 11Bが跳躍。威力が最大になる距離で、銃口から破壊が生み出される。4.2秒。

 

 大砲のような発射音が空気を震わせた。次の瞬間、瓦礫が粉々に破壊され、砂塵の雨あられを当たりに撒き散らす。その下を、キェルケゴールの信者たちが全速力で次の塔へと避難していく。

 

 残ったのは11Bだけだ。崩落し、完全に傾いてしまった足場に11Bは着地する。揺れが彼女の体幹を狂わせ簡単に立たせない。だが、それでもイデア9942お手製のボディは11Bを生かすために稼働する。

 

「ま」

 

 手すりを左手で掴み、その腕力だけで80度の傾斜の上に向かって跳ねる。

 

「に」

 

 直角になった地面の端を、全力で蹴って跳躍する。

 この時点で、もう2Bたちがいる足場は数メートルも上だ。

 

 だが、関係ない。諦めてなるものか。

 

「あえぇぇぇぇぇっ!!」

 

 全力で踏み抜かれた足場が、ひしゃげながらも11Bを空へと放り出す。

 

 此方に向かって手を差し伸ばす、イデア9942の姿を幻視した。

 その姿は掻き消え、代わりに身を乗り出して手を伸ばすパスカルの姿になった。

 繋がる二人の手。飛び込んだ反動で、パスカルの体が前にずり落ちそうになるが、その背部機関をアダムが掴み、2Bが支える。

 

「あ、ありがとう」

「全く、無茶をするんですから」

 

 なんとか這い上がってきた11Bは、荒い息を整えながら礼を言った。

 あとはパスカルだけの力でも這い上がれるからと、その少し向こう側で、マップデータと順路を照らし合わせているアダムはいくつかある入り口の内一つを見やる。

 

「9Sの言ったルートはこちらのようだな」

「急ごう、また施設ごと破壊されるまえに」

「貴様に言われるまでもない、2B」

 

 アダムはメガネをくい、と持ち上げる。人類の文化によく登場していたことから模倣した、彼なりの返事のつもりだった。彼はそのまま先頭に立つと、イヴを手招きして呼び寄せる。

 

「イヴ、せめてものアピールだ。以降の斥候は私達がやるぞ」

「にぃちゃんと一緒にか?」

「ああ、そうだ」

 

 その言葉に、目尻を下げて笑みを浮かべるイヴ。

 

「……こんなことも、あるのか」

 

 あまりにも、違いすぎる面々だった。

 今までもそうだったが、アダムとイヴまで、こうして肩を並べて戦うことになるとは。特に2Bは彼らの誕生を目にし、当初の思想を語られた身の上として、事実として存在する目の前の光景が、あまりにも現実離れしているように感じてしまう。

 

 夢物語のような、でも、たしかに目の前にある光景。

 

「私も、行こう」

 

 でもその未来に、きっと自分の居場所はない。

 歯を噛みしめる力が、知らず強くなる。何故だろうか、この寂しさは。

 

 それでも…せめて、せめて9Sだけは、この明るい未来の中に。

 2Bは自分の中に生まれた想いを抱いて、再び団体の殿を務めるために歩き始める。アダムもイヴも、パスカルも、キェルケゴールも。真実を己の目で見つめて前に進んでいる。ならば自分は、真実に蓋をして生きることが使命の私は。

 

 答えは出ない。それでも、彼女は前に進むことしかできなかった。

 自ら隠した光。それを探すフリをしてでも。

 




廃工場組「わいわいがやがや」
イデア9942「ぼっちなう」

アダムもイヴも、ボスっていう立場から強いと思われがちですが
それでも2B単体に撃破されてるんですよね。
機械生命体の進化としては異常でも、戦う面においては真っ向勝負だと負ける

ヨルハがどれだけ規格外な戦闘特化なのかがよく分かる


そして完全にフェードアウトする主人公ェ

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