イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

38 / 78
遅くなりました
今回出てくる場所ですが、「塔」ではないとだけ言っておきます


文書36.document

「バンカーに救援要請! ブラックボックス信号は11Sのものです」

「同じく7Eのブラックボックスから、救援信号の増幅プログラムが発信されています」

 

 普段はモノクロームなバンカーが、救援信号を受けて赤く照らされている。オペレーターたちが忙しなくコンソールを叩き、視線を向けるたびに膨大なデータが彼女らの中で処理されていく。共有されたデータをバンカーという巨大な演算装置を介して扱うのである。

 

 オペレーター達が自然と情報を分けながら、11Sの生存確認と座標位置の特定、救援内容の確認・想定。その結果、ヨルハ機体11Sと7Eは敵に鹵獲されているらしいということが判明した。

 ヨルハ機体は機密情報の塊だ。遺体は見かけたら、なるべく粒子化して回収されることが推奨されている。そのヨルハ機体が生きている状態で鹵獲されることは、決して望ましいことではない。

 

「廃墟都市地下……前回、2Bたちが発見した“街”よりも更に深部にて、信号が確認されたようです」

「救難信号に乗せられた、暗号化メッセージを回収しました! 司令官、送信します!」

 

 顔色一つ変えず、指示を出していた司令官がここで初めて沈黙した。

 データは短い文で綴られている。一瞬の間に目を通した司令官は、目を見開いた。

 

「……そう、か」

 

 誰にも聞かれること無く呟かれた声。救難信号と警報で彼女のつぶやきはかき消されたのだ。

 

「全ヨルハ部隊に通達する! “敵性”機械生命体が建造していた地下空間に、更なる拡張された場所があるとのことだ。アダムの建造していた白い街を調査し、新たな侵入経路を捜索せよ」

 

 彼女の指令一つで、バンカー全体が慌ただしい気配に包まれた。転送装置で地下空間に直接赴くもの、飛行ユニットを使用して地上の支援に入るもの。200機前後のヨルハ機体が統制された動きで出撃していく。

 普段は自分の趣味も兼ねながら通信支援を行っているオペーレーターたちも、気持ちを切り替え己の仕事に専念し始める。司令室にはカタカタとコンソールを叩く音が絶え間なく掻き鳴らされ始めていた。

 

「………」

 

 司令官ホワイトは、ゆっくりと目をつむる。

 伝えるべきか、否か。彼女の中の決断は、やはり早かった。

 

 彼女が専用のコンソールを叩き始める。このコンソールに与えられた機能は、ヨルハ各隊員に、メッセージを送ることが出来るというものだ。ただし、他機体には内容どころか、送信すら知られないようにする秘匿性がある。

 

 そんなものを使ってまで、何を伝えたかったのか。それを誰かが確認する前に、司令官の覗き込むコンソールで点滅する入力バーが消え、ホームメニューに切り替わる。だが我々の視点から見たメールの宛先には、「2B」そして「9S」と記されていた。

 

 

 

「…司令官からメール?」

「あ、僕のところにも来てますね」

 

 指示通り、地上で友好的な機械生命体の調査を続けていた2Bたちは、未だに主だった勢力の現れていない水没都市に訪れていた。しかしここは、アンドロイド軍の駐屯基地が設置されていた事もあってか、破壊されることを恐れ、定住を決める機械生命体はひどく少ない。そのほとんどが、ネットワークに統合されている敵対的な個体ばかりだ。

 

 とはいえ、敵性機械生命体を破壊することはヨルハの使命でもある。アンドロイド軍への助力も兼ねて、辺りの機械生命体を一掃した彼らは、普段訪れないような不安定な足場や、沈みかけているビルの内部を通るなどして、友好的な機械生命体を探していた。

 

「……結局、情報すら封鎖した引きこもりしか居ませんでしたね」

 

 見つかったのは数体ほど。だが、彼らは個別に暮らしていたことと、ヨルハを見た途端に逃げ出したこともあって、全く情報を引き出すことができなかった。

 

 望みは絶たれたというわけでもない。唯一逃げ出さなかった機械生命体は、どちらかと言うと死期を悟って運命を受け入れようとしていたが、9Sの必死の説得により心を少しだけ開き、彼らの欲しがっていた情報を渡してくれたのだ。

 

 その結果、彼らに伝えられた内容は隠居生活を過ごしたいだけの、無害な者が個別に暮らしているだけらしい。アパート、と言われた建物の各部屋に自分の居住区を構えて、ジャンク漁りをしながら生活しているらしい。

 パスカルの村の存在も知っていたようだが、それでも集団生活よりも個人を選んだのが彼らの暮らし方だった。ときには助け合うが、基本的には全く別の生き方を選ぶ。人間の模倣といえばそこまでだが、2Bたちにとっては目新しい暮らし方だ。

 

「一旦、メールを確認しましょう」

「近くのターミナルに急ぐよ」

 

 今回の調査記録を9Sが道すがらに編集して、メールとして送信できる状態に整える。その作業をしながらも、彼は少しだけ饒舌になった2Bに何度も話しかけながら、短い道中を楽しく過ごしていた。

 2Bも出撃前の部屋の出来事から、口の端に笑みが浮かんでいたり、何気ない所作が増えている。9Sは見えない壁を取り払ったように、会話を弾ませて、自分が入手した人類時代の情報をネタにしながら、あたかも物知りのように振る舞っている。

 

「ですから、お風呂に入る前にしっかりとシャワーで汚れを落としておくのが作法らしいです。皆が使う湯船ということもあって、共有する汚れは最小限にしたいのでしょうか。どちらにせよ……」

「9S、着いたよ。あと、アンドロイドは風呂に入らない」

「人類が感じた開放感、っていうのに興味があったのになぁ。2Bはお硬いまんまなんだから」

 

 頭の後ろで手を組み、無駄口を叩く9S。

 だが2Bは特に9Sの行為を咎めず、クスリと隠れて笑うだけ。ターミナルの方に視線を向けているため、彼女の笑みは9Sに見られることはなかった。

 

 彼女らの新しい関係性が垣間見えるやり取りだった。だが、そんななんでもない「日常」は、ヨルハ部隊だからこそ潰されるのだ。内容を見た瞬間に、二人の雰囲気が一変する。

 

「……2B」

「分かってるよ、9S。行こう、すぐにでも」

 

 二人の口元は固く引き締められていた。

 司令官から送られていたメールは2通。

 その文面は、こうだ。

 

「元々は16D捜索を命じていた11S、7E両名から救援信号を受け取った。発信先はコードネーム『アダム』が建造していた白い街の奥地からだ。発信先を特定するため、白い街を調査し、鹵獲された11Sたちを救出せよ。これまでの経歴から、突入先には2Bと9Sを先行させる。周囲のレジスタンスが一時的に基地を作るため、突撃した2Bたちから指示があるまで準備を整え待機。2時間が経過して音沙汰が無い場合は2Bらが罠にかかったと仮定して突入してくれ。以上」

 

 これが、ヨルハ部隊の凡そ全てに送られた内容だった。

 それだけで終われば2Bたちも動き出していたのだが、生憎とそういう訳にはいかない。もう一通、彼らに宛てて秘匿の文章が送られていたのだから。

 

 

差出人:司令官

受信者:2B、9S

 

君たちにのみ通達することがある。11Sは鹵獲されては居ない。彼らから送られてきたメッセージによれば、捕らえられた彼らと共に、特殊個体イデア9942が確認されている。敵性機械生命体から幾度となくハッキングを受けては防衛戦を強いられているとのことだ。

 

先行した君たちは『協力者』が待っている。彼らの力を借りながら、イデア9942と秘密裏に接触し、2時間以内に彼を安全圏に送り届けて欲しい。そして11Sたちを連れてバンカーに帰還後、君たちはすぐさまマップにマークした地点に集合してくれ。以上。

 

 

 なんでもないように書かれているが、内容としては二人の実力を存分に知った上で、ギリギリ実行できるか出来ないか、というラインの内容だ。

 

「……大規模な作戦のわりには、無茶が過ぎますよね」

 

 口元をヒクつかせながら、9Sが言う。思わず頷きかけた2Bも、鋼の精神で出しかけた電気信号を変え、首を横に振る。そう簡単に感情を出してはいけないのだ。

 

 突入まではともかく、ほんの2時間で救出作戦と偽装工作を済ませなければならない。そしてこの秘匿の文面でも名前がぼかされる協力者。少し考えれば答えは出て来るが、生憎と彼女らはその『協力者』に思い至るための人物が盛り沢山だ。

 一体誰が来るのだろうか。誰にしても、心強いのは確かだろう。

 

「そうでもしなければならない事情があると考えるべき。司令官はきっと、この地点で何かを明かすつもりじゃないかな」

「それにしても、僕が覚えている限りだと根っこに侵食されたビルしか無かったと思うんですよ。この場所、何かあったってことですかね」

 

 3Dマップデータを比較しながら、9Sは不思議そうに首をひねる。

 これらを見てもう察しているだろうが、そう、マップにマークされた地点はイデア9942の新拠点が構えられている場所だ。

 だが2Bと9Sは彼の家に招かれたこともないため、その正解にたどり着くまでには至らなかった。代わりに、余計な考えを切り捨てて戦闘の方へと意識を向ける2B。9Sもいつも通りヘラヘラしているように見えるが、足さばき一つから既に違ってきている。彼も、真面目になった証拠だ。

 

「行けば分かるよ。ともかく、転送装置で急ごう」

「わかりました。……無事なら、いいですけど」

「そうだね、彼にはまだまだ聞きたいことがあるから」

 

 まだ見ぬ「協力者」とやらに期待しつつも、二人は順番に転送装置を使用する。これの利点はヨルハ機体ならば使用履歴が残らず、脱走兵でも使用することが可能という点だろう。

 

 彼女らが知る由もない、本来歩むべきだった未来。その未来は遥か彼方へと消えている。

 大本を崩されたこの世界でも、任務の最中、様々な機械生命体やアンドロイドの依頼を解決し、その名を広めてきた2Bたち。本来なら、あって良いはずなのだ。彼らを繋ぐ、目に見えないほど細い…それでも、強靭な絆という名の糸が。

 結び付けられた糸は、誰かが動けば必ず引っ張られる。その先に縁が紡ぎ出した新たな未来が、彼女らの前に訪れようとしていた。

 

 

 

 

「……イデア9942さん、大丈夫ですかー?」

「むゥ…すまんな、11S君。迷惑をかける」

「論理ウィルスから救ってくれた相手ですから、この程度なら幾らでも手を貸しますよ」

 

 真っ白な世界だった。バンカーともまた違う、この世を思わせない純白の世界。広大な地下空間を、よろよろと歩き回る3つの影があった。

 内二体はヨルハの11Sと7E。どこに居ても異物であるように、黒い服の二人は足取りも不安定に、ただまっすぐと前を向いて進んでいた。そして11Sの背中にはイデア9942と呼ばれている機械生命体が居る。

 

 まさか、ヨルハ部隊が機械生命体を労り、背負うなどということが本当にあるなんて。11Sの心境としては「信じられるだろうか」とも言えるものだったが、だからといって彼を見捨てる気は毛頭ない。

 確かに重いが、今のイデア9942は物理的にもとても軽かった。なぜなら、その四肢がもぎ取られ、ボディに至ってはコアと成り得る小型短足の部分にまで傷が入り、中の回路や配線が零れだしていたからだ。11Sが一歩を踏む度、飛び出ているコードがぶらぶらと揺れている。

 

「まっすぐ進んではいるみたいだけど、どうにもね」

 

 イデア9942だけではない。7Eも11Sも疲労と損傷が見て取れる。特に11Sは通常の運動機能には問題ないが、論理ウィルスの影響でNFCSが破損し、近接戦闘機能が死んでいる。

 

「はい、マップデータもありませんしー、情報も全く届きません。ループ発信した救援信号にメッセージを乗せましたが届いているかすら、あーあ、どうしたらいいのかなー」

 

 そんな状態でも、11Sはいつもどおり間延びした態度を崩さない。心身ともに打ちのめされたからこそ、こうして逃げ出せたチャンスを掴まなければならないのだ。士気を保つため、そして……この回廊は出口に通じていないのではという、疑念を払うためにも。

 

 そう、命からがら、彼らは捕らえられた場所から逃げ出すことが出来たが、待っていたのは無限にも続くような回廊だけ。彼らが連れ去られてから、かれこれ数時間は経過している。捕らえられた際にポッドに関しては破壊されており、バンカーで新たに受け取らなければならない。

 

 ヨルハにとってはあまりにも絶望的な状況だ。

 だが、イデア9942はノイズまじりにふっと笑う。そう、この場には11Sと7Eだけではない。イデア9942という、風変わりな機械生命体もついているのだ。

 

「心配無用だ。君の救援信号を増幅できる機械を、この身の廃材から作ッてみた。7E君の体を介して発しているからな、そろそろ届く頃だろう」

「……なんていうか、本当に器用だよねー」

 

 捕らえられた際に剥ぎ取られたのか、普段ならゴーグルに隠されている目をぱちくりと瞬かせながら、11Sが呆れたように言い放つ。だが、今の一言で救われたのは確かだ。バンカーにさえ信号が届けば、ここがどこなのかも、助けが来るということも確実になる。

 

「四肢も無いのにどうやって作ったの?」

「緊急用の3節アームをな、つい先程生成した。機械生命体の体はそれなりに便利でな」

 

 7Eの問いにも、こうしてあっけらかんと答えてみせるイデア9942。彼の体の断面から、針金ほどの太さのアームが4本ほど生えてくる。千切られた腕の伝達神経と骨格パーツを再利用し、作り出したのだと得意げに言う。

 そのアームで、いつものように帽子の位置を直すイデア9942。ダルマ状態でも、今や彼にとって帽子とマフラーはアイデンティティであるらしい。

 

「11S君のNFCSも損傷したとは言え、修復できないほどじゃない。少々プログラムを弄ッてやれば……この通りだ。いや、しかし稼働するヨルハのNFCSを弄る機会を得られるとはな。君には感謝せねば」

 

 イデア9942がそういった瞬間、腰につけて引きずっていた11Sの武装が光の輪に包まれ、重力を無視して浮かび上がった。

 7Eが額に手を当てながら首を振る。もう何があってもイデア9942のせいなら、納得せざるをえないと理解を放棄したらしい。

 

「…本当に修復しちゃったわよこいつ」

「ハハハー……もう、バンカーに彼を連れて行ったらすごいことになるんじゃないかなー」

 

 どうやら、思ったよりも未来は明るいらしい。

 相も変わらず見えてこない出口を前にしながら、ヨルハたちの思考はいい方向へと向かっていく。そうして抱えられつつも、イデア9942は小さく頷いた。病は気から、とも言うが、特にヨルハはそうした感情に関して繊細だ。

 

 せめてこの「子」らの前では、常に前向きでいるべきだろう。

 11Bと長く接してきて、2Bたちと交流を持って、16Dという一つの終わりを垣間見て、イデア9942はヨルハらを守るべき子としての視点で見ていた。

 

 それと同時に、思う。

 会うものに対してありとあらゆる側面を見せてきた。

 本当の自分はどんな顔なのだろうか、と。

 

 今だからこそ、イデア9942は強く渇望する。

 最も多くの表情を見せた、愛しい家族。11Bに、会いたいと。

 




図解としては

廃墟都市
アダムの白い街




広大な白い地下空間




「塔」の原型

っていう感じの設定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。