イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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正直話進まないです


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「ここは……」

 

 鬱蒼と生い茂る木々を見上げて、11Bは感嘆と共に呟いた。廃墟都市にもコンクリートジャングルには似つかわしくない木々の侵食があったが、この「森」の命の息吹に満ち溢れた雰囲気には敵わないだろう。

 

 見張りをしていた機械生命体が手を振ってきた。右手を上げて軽く答えたイデア9942は、11Bを伴い、木の板が乱雑に打ち付けられたスロープを登っていく。ちなみにこのスロープ、割と低い位置に手すりがあるのは、つまりそういうことだろうか。

 あちらこちらからヒョイヒョイと物陰から覗いてくる翠のライトに、11Bはキョロキョロと落ち着かない様子を見せていた。まぁ、ムリもないだろう。知性の欠片もない破壊と暴力が形をなした機械生命体、それらが大量に潜む場所に連れてこられたも同然なのだ。

 

「パスカル」

「ああ、イデア9942さん! お久しぶりですねえ」

 

 イデア9942が名前を呼ぶと、親しげな態度で、優しい声色の機械生命体が歩いてきた。その見た目は、これまで見てきたどの機械生命体とも異なる姿をしている。かなり特殊な個体なのか、それともむき出しになった胸元のメーターを見る限り、ヨルハが知り得ないよほどの旧モデルなのか。11Bには「パスカル」と呼ばれた個体に対する考察が繰り広げられていた。

 

「ほら、依頼されてた琥珀(アンバー)と鉄鉱だ」

「ありがとうございます、イデア9942さん。おかげで子どもたちの治療ができます」

「あいつらはやんちャだからな。他の大人にも見張ッておくよう言いつけたらどうだい」

「ハハハ……まだまだどうにも、ですかねえ」

 

 申し訳なさそうに笑うパスカル。これがアンドロイドなら普通なのだろうが、生憎とこの村にいるのは11Bを除き全て機械生命体だった。

 

「な、なんっ……」

「11B、どうした……11B?」

 

 ソレを理解した瞬間、談笑する機械生命体、無邪気に遊ぶ小さな機械生命体、うっとりとした様子で化粧をする機械生命体。視覚から飛び込んできた情報と、11Bが持っている常識が真正面から衝突し、瞳が揺れるほどには11Bは思考に異常が生じていた。

 

「イレヴ……どうしたんだ」

「うぅ」

 

 そのうちに回路がショートしたのか、気を失った11Bをイデア9942が抱きとめる。

 

「あらら、ところでイデア9942さん、その方は一体…?」

「ついこの前パートナーになッた、元ヨルハ部隊の戦闘員だ。ああ、アンドロイド側とのつながりは全部切ッてあるから、警戒しなくても良い」

「そうですか……じゃあ、ついに始めるつもりなんですね」

「そうだな……その時が来てしまッたからな」

 

 イデア9942は、パスカルにだけは己の秘密の一部を話したことがあった。荒唐無稽な話でしかないが、知識にも貪欲なパスカルはなるほど、とその可能性を肯定してくれた唯一の存在である。

 出会ったのはネットワークから己を切り離した機械生命体が、かつての仲間たちに襲われていた瞬間だった。いつも通り力でねじ伏せ、怯えて頭を両手で覆う機械生命体に手を差し伸ばしたところ、どこからか聞きつけたパスカルが現れたのだ。

 ちなみに、イデア9942が助けた機械生命体は先程入り口で見張りをして、手を振っていた彼だ。村での重労働を一手に買ってくれる事で村人たちの信頼を得ている存在でもある。

 

「う、あ……いであ…?」

「9942をつけてくれ。他にもイデア炉の出身がいたら判別できなくなる」

「ワタシは、そうか、ごめん。みっともないところを見せてばかりで」

 

 頭を抑えつつも、もたれかかっていたイデア9942から離れる。すまないな、と呟く11Bに問題ない、とイデア9942が返す。どこか11Bのほうが遠慮するような光景だが、実際に見てみれば二人の間には確かな絆のようなものが在ると感じられるだろう。

 

「仲がいいんですね、お二人は」

 

 だから、パスカルも思わずそうつぶやいてしまった。

 

「良くなければパートナーの契約は結ばないが」

「アンドロイドと機械生命体が手を取り合う関係……正直なところ、羨ましいですよ。私も、レジスタンスキャンプの方とそんな関係になれればいいのですが」

「パスカルには時間があるだろう。いずれ叶うさ、いずれ」

 

 その言葉には様々な意味が含まれているが、イデア9942があくまで淡々と答えたおかげでパスカルが気付くことはなかった。代わりに、褒められたことで気恥ずかしげに指で顔面部をカリカリと掻くばかりである。

 

「ねえ、イデア9942。ここは……」

「パスカル、教えてやってくれ。ここは君の村だ」

「そうですね。ではまず、ようこそいらっしゃいました、11Bさん」

 

 流暢な動作で頭を下げるパスカル。もはや機械生命体に対しての常識は投げ捨てたほうがいいと悟ったらしい11Bも、パスカルに返礼してみせる。

 

「私達は、アンドロイドの敵ではありません。ここは戦いから逃げ出した者たちが集まる、平和主義者たちの村。そして私は、この村で長をしているパスカルと申します」

 

 物腰柔らかな言葉とともに差し出された右手。

 下手なアンドロイドよりもずっと理知的な雰囲気に飲まれた11Bも、ぎこちないながらにその手を握り返した。

 

「い、11Bよ。元ヨルハ部隊…今は脱走兵だけど、よろしく」

「立場としては戦いを放棄した私達も同じですよ。よろしくお願いしますね、11Bさん」

 

 やはりアンドロイドのそれと違って、パスカルの手は大きく、そして硬かった。だが温度だけでは感じられない温かさもあり、手を離した11Bは不思議そうに己の手を見ている。

 

「前に一度話したが、機械生命体は独自の人格が芽生えた時、ネットワークから切り離されることを選ぶ者が多い。戦いのために作られてはいるが、同時に、持っている感情が戦いに対して忌避感を抱くことも多い。この村はそういう奴らが集まって、自然と出来たところだ」

「そっか、だから皆……」

 

 ヨルハ部隊のことは機械生命体にも伝わっているはず。だから、ゴーグルを外しているとは言え、ヨルハ特有の特徴的な銀髪と、かつての衣装の名残を感じさせる黒色の衣の残骸を着た11Bに対して怯えを見せていた者が多いのだろう。

 

「ああ、そうでした。イデア9942さん、これを」

「燃料濾過フィルターか。いつ見てもいい出来だ」

 

 思い出すように取り出したソレは、アンドロイドに限らず多くの機械に対して必要で、時間とともに必ず交換しなければならない重要な部品だった。ピカピカの新品フィルターはあとで使うのだろう。腰に下げた小袋にフィルターを仕舞い込む。

 

「昔取った杵柄、というものですよ」

「その昔に何があッたのか、いつか聞かせてもらいたいものだな」

「ふふふ、ソレはまた今度、ということで」

 

 ミステリアスな女性であれば絵になる言葉と声も、パスカルの姿では多少の不気味さが漂うばかりである。

 

「それから11B、しばらくパスカルと一緒に居て欲しい」

「え?」

「イデア9942さんからのプレゼントがあるんです。さぁ、11Bさん、こっちに」

「しばらく、辺りの危険な機械生命体を排除してくる。村のやつらには無理させられないからな」

 

 手押し車にフィルターの入った小袋と小道具を置いたイデア9942は、代わりにいつもの斧を手に取った。そして村に入ってきた方とは別の、森が深いほうに向かって歩き、やがて11Bたちから見えない場所に行ってしまった。

 

「さて、11Bさん、ちょっと私の家まで来てください」

「わかったよ……」

「罠なんかありませんよ。イデア9942さんを信じてください」

 

 パスカルの穏やかな声にしたがって、家があるという村の第二層に登った11Bは、家の前で待機するように言いつけられていた。

 そこから見える景色は、ヨルハにいたころには絶対に見られなかったであろうものだ。ここから感じられる息吹は、ヨルハにいたころでは必ず窘められていたであろう感情を呼び起こしていた。

 

「落ち着くね……」

 

 降り注ぐ木漏れ日と小鳥のさえずり、風にざわめく木々の擦れる音、機械生命体のこどもの、少し甲高いが元気を感じさせる声。全てが聞こえてくればただの雑多なソレでしかなさそうなものだが、不思議と11Bにとっては不快に感じることもなかった。

 むしろ、ここから何故か「平和である」という結論と、安心感が湧き出てくる。ここのところ、戦いと関係のある時間のほうが減ったせいか、なんだか随分とゆったりとした考え方になった気がする。

 

「他の脱走したヨルハ部隊も、同じなのかな……」

 

 ―――16D、元気にしてるのかな。

 

「11Bさん! お待たせしました」

「パスカル」

 

 ふと頭によぎった後輩であり、恋人の事を思い出す。訓練を課す、ともなると人が変わったようだとも言われていたんだっけ。あれが恋…と言われる感情だったのかは今でも分からない。でも、辛くあたるときがあったとしても……もう一度会えたとしたら。

 

「……どうしました? なんだか、随分と思い詰めたような表情ですよ」

「ワタシは……いや、なんでもない。大丈夫だよ」

「それならいいんですが…ああ、それよりも11Bさん、これをどうぞ」

 

 こちらを心配するパスカルには悪いが、個人的な事情を話したところでどうにもならないだろう。考えを打ち消すように頭を振って、パスカルが差し出したソレを見る。

 

「これって……」

「イデア9942さんからのプレゼントです。ヨルハの人たちとは少しデザインが違いますが、恩人の頼みとあれば張り切って作らせていただきました。さぁ、どうぞ着てみてください」

 

 服だ。それも、ヨルハ部隊として着ていたそれに近しいもの。

 排熱用の膨らんだスカートと、下半身側をあまり覆わない下着、多少の斬撃ではびくともしない強化繊維がふんだんに盛り込まれたそれは、元々着ていたものよりもずっと手が込んだものだ。

 

 ヨルハ部隊は、一度死のうとも義体が残り、ブラックボックス信号が途切れない限り、最後のデータを元にしていくらでも復活できる。この戦闘継続能力と、一度死んだことで疲労もダメージもリセットされる仕様はかつてのアンドロイドを震撼させた。

 

「……ありがとう、イデア9942」

 

 とはいえ、服飾や装備は消耗品だ。洗練されてはいるが、量産の域を超えない。対して今のワタシは一度死ねばまた復活することが出来ない身の上。だから、普段彼が口にする「命」を守るためのこの服に、素直に嬉しいという思いと、感謝を告げることが出来た。

 尤も、当人はこの場には居ないからこそ口にできたのだけど。

 

「ああ、やっぱりアンドロイドの方たちは服ひとつで随分と雰囲気が変わりますねえ。今の11Bさんは、まるでこの森のように生き生きしているように見えますよ」

「そ、そう…かな?」

 

 鏡を持ちながら11Bにその姿を見せるパスカルは、まくし立てるように言った。

 

「ええ。数々のアンドロイドと機械生命体を見てきたパスカルおじちゃんが言うんだから間違いありません! さぁさぁ、イデア9942さんが戻ってきたら、あの人がデザインしてくれた晴れ姿を記憶回路に焼き付けてあげましょう」

「……ふふ」

 

 自分のことなのに、どこか実感が沸かないけれども。

 でも命まで助けられて、こんな素敵な贈り物までされて、…もう、この恩をしっかりと行動で返さなければ自分の気持ちは収まりそうにもない。

 

 いまもどこかで斧を振るう彼が、何をなそうとしているのか。

 その隣にいるに相応しいパートナーとして、これからも頑張ろう。11Bは拳を握りしめ、静かにその先を見つめるのだった。

 




見た目に言及しなければここで初めて出した事実を読者は受け入れる
フゥーハハハー! 恐れおののけ、我が茶碗に!!!


……プロット無いとどこまで逸れるんだろ、本編。
毎日更新なんてできるわけがないしなあ…

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