イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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皆がめんどいと感じるウダウダパートはこれにてお終い
次からは日常かつ動乱入れてくよっちゃん


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「はぁ…休暇、ですか?」

 

 休暇をもらったからパスカルの村に来た。

 この方程式が繋がらなかったのか、パスカルはオウム返しのように言葉を繰り返す。

 2Bは説明不足だったかと、補足を付け足した。

 

「ああ。個人的にイデア9942に尋ねたいこともあるから、彼と会うまでしばらく村に居させて欲しい」

「そういうことでしたか。ああいえ、2Bさんたちが来ることが嫌というわけではないんです。ただ、ここの所イデア9942さんが誘拐されたりと物騒だったので……つい、2Bさんたちにも警戒するような物言いを」

 

 言葉を区切って、パスカルは申し訳なさそうに頭を掻き、俯いた。

 

「すみません、村の現状を考えると…特にヨルハ部隊の方となると、どうしても」

「ああ、そんな謝らなくっても、僕達も報告したりなんてしませんよ。11Bの時から折り合いはついてますし……僕達も幾つか知ったんですが、そういうものとして割り切りましたから」

 

 幾つか知った、という言葉にパスカルはハッと顔をあげる。

 ここの所、立て続けにイデア9942から通信で聞かされた、ヨルハの幾つかの実態。その中には人類の不在証明も含まれていた。パスカルもそうした幾つかの情報を聞いていくうちに、言外に含まれた彼の意図は、このようなものではないかと考えていた。

 

 ヨルハや、アンドロイド。機械生命体。そうした種族関係なく、真実を知って絶望した者たちを戦いから遠ざける、受け皿としてこの村に居させて欲しいんだな、と。

 

 一度も確認を取ったことはないが、輝く可能性を持つ「命」とやらを大事にする彼のことだ。おそらく間違っては居ないし、彼がそう考えていなくてもパスカルとしてはこの考えを元に、村を発展させていく方針だった。

 平和主義、とは少しずつ変わっていく村の様相。それは脱走したヨルハを受け入れた頃から、少しずつ実感を伴っていった。でも、これできっといいのだろうとパスカルは思っている。なんせ、不変であり続けることは出来ないのだから。

 

「わかりました。休暇中とのことですが、幾つかお手伝いをしていただいてもよろしいでしょうか?」

「何もせずに過ごすつもりはない。頼みがあれば聞くよ」

「もちろんですよ。それに……何かしてないと落ち着かなくて」

 

 いざ休暇を言い渡された二人にしてみれば、何をしたらいいかわからない、というのが正直なところだ。任務の最中、訪れている場所での息抜きがてらに雑談を交わしたり、というのはよく見る光景だが、実はソレ以外に娯楽らしい娯楽をしていない。

 寝る、補給する、プログラムを組み替えてより戦いに臨む。こうした任務のための準備はするが、それだけではこの長い休息を満たせない。何かしていないと落ち着かない、というのは9Sだけではない、ほぼすべてのヨルハの宿命だろう。

 

「でしたら、早速よろしいでしょうか」

 

 パスカルは早速、ということで二人に提案する。

 思ったよりも簡単な頼み事だが、時間がかかるのは確かだった。間をおくこともなく、二人は是非と頷いた。

 

 

 

 

「有意義な時間だったぞ。イデア9942」

「こちらとしても、そう言ッてもらえれば幸いだ。アダムも中々面白い発想をするが……少し理想論が過ぎるな」

理想(イデア)の名前をもつお前に言われるとはな」

 

 まだまだ作業途中だが、ほぼ完成したソレの前に、イデア9942とアダムはオイルや煤けた汚れにベッタリと濡れながら、満足そうに並んでいた。その後ろの方では、足をぶらぶらと揺らしながら高台に座る11Bが作業光景を見守っている。

 

「や、立派なもんだね。ここまで出来るなんて流石イデア9942」

「半分は私も関わっているが、何か言うことはないのか?」

「え、別に?」

「全く辛辣だな……」

 

 彼らがこの場所で作業を初めてから約半日。人類と同じような思考を持ち、かつ人類を遥かに超える精密性、効率性、そして休息無しの作業を続けられる彼らの手に掛かれば、半日もあれば思いつきの機械であったとしても制作は容易いのだろう。

 

 代わりに、エイリアンシップは酷い有様だった。至る所の装甲板は剥がれ落ち、コンソールや機材に使われていただろうコードはだらりと垂れ、中身の機械をゴッソリと抜き取られている。そして地面には作業に使わなかったパーツや、型をくり抜かれた装甲板の残骸。

 

 この船の持ち主であるエイリアンが生きていれば、泣いて許しを乞うレベルだ。いや、アダムたちに「植物のような下らない生き物」と呼ばれるほどのエイリアンに感情が在るかどうかは知らないが。

 

「何はともあれ、素体はこれでいいだろう」

「あァ、あとはこれをアダムと、此方側。それぞれで改良していく」

 

 ポン、と立ち並ぶ二つのソレに手を載せるイデア9942。

 アダムは頷き、メガネについた汚れを拭い始めた。

 

「イデア9942、他でもないお前がどうカスタマイズしてくるか。人間の可能性を見せてくれ」

「だからこの身はすでに人間では……まァいい。アダム、ここの素材は他星のものだけに面白い物が多い。幾つか持ち帰ッてもいいだろうか」

「構わないよ。しかし、こうした技術畑かと思いきや……」

 

 馬鹿にしたようにアダムが笑う。

 

「存外に、知らないことも多いな」

「やかましい。口喧嘩に勝ッた子供か君は」

「うちの大黒柱を馬鹿にするんならワタシが相手になるけど?」

「……今日はここまでにしておこう」

 

 狂犬が噛みつきそうになったところで、手首ごと食いちぎられてなるものか、とアダムが身を引く。ちなみにイヴは材料集めが終わった段階で疲れたのか、もしくは技術の話に興味が無いのか、近くの地面に横たわって寝ている。機械生命体とは言え、肉に近しい体を持つイヴにとって、半裸の彼には堪えるだろうとアダムの上着が被せられていた。

 

 彼が作ったソレの「素体」と、幾つかのエイリアンシップの部品や装甲板。壁などに使われているもの。諸々を持って、イデア9942は新しいリアカーを転がし始めた。

 

「ああ、そうだ。お前たちではソレを持ったまま上に上がるのは厳しいだろう。融通が聞く機械生命体を幾つか呼んでおいたから、そいつらにワイヤーを括り付けて戻るといい」

「分かッた」

 

 そう言うと、イデア9942は軽く頭部に手を当てる。

 周囲を流れるレーザーの光波を観測し、周囲にヨルハ部隊が居ないかどうかを調べているのだろう。しばらくして、問題がないとわかった彼は11Bを連れたって、エイリアンシップの出入り口に立った。

 

「しばらくしてからまた会おうではないか。その時には連絡を入れる」

「アドレスを投げておくから、その旨はメールに書いてくれ。それ以外で緊急連絡があれば直接通信で頼む。……せッかくだ。友人関係、というものを結んでみるか?」

「友人……人類に最も多いが、それゆえに謎の深い関係。家族という繋がりとも違う、見えない繋がり……いいな。素晴らしい。是非とも結ばせてくれ」

「なら、そうしよう。またな」

「ああ、また会おう。私の友、イデア9942」

 

 右手で帽子を取り、胸のあたりに持ち帰る。仰々しい一礼を取ったイデア9942は、今度こそエイリアンシップから出立した。11Bもまたねー、と片手を振りながらイデア9942についていく。

 

「アダムってぼっちだったんだね」

「それを言ってやるな。なんせ、アイツらは機械生命体の中でも異形の存在だ。統括していたとは言え、今はさらにネットワークから離反した個体。そして多くのアンドロイドを葬ッたという経緯もある。指名手配や腫れ物扱いはされても、気の置けない仲を結ぶなど……ヤツ自身、思いつきもしないだろう」

 

 帰りの道中、どこか寂しげに、イデア9942はアダムを語る。人という存在を越えようと、人を知るたびに思うはずだ。人間とは書いて字の如く。人、そして間。繋がりがなければ生きていけない。

 赤子の頃から一人で立って歩く、なんてことは出来ないのだ。そして人に親しく生まれ、機械生命体という命を授かった以上、その繋がりの乏しさは精神を蝕んだことだろう。

 

 だからといって哀れみ、とはまた違う。イデア9942はアダムと会話を交わしていくうちに、彼自身のことを気に入っていった。だからこそ、最後にああして友人となれないかと提案したのだ。

 飢えた子に肉を差し出すような真似をしたのは確かではあるが。

 

「そっか。まぁ、ワタシとイデア9942は友達じゃないからね」

「そうだな。相棒…家族……なんというか、パートナーとぼかすべきだろうか」

「素直にもっと上に行ってもいいんだよ?」

 

 機械生命体のコア。ブラックボックス。

 その真実を知って、11Bは自分の感情のタガが本格的に外れ始めているのを感じている。そうだ、アンドロイドと機械生命体。どこか、そこで線引きをしていた部分もあったのかもしれない。

 だがその根底が同じだと知って、最初に浮かんだ感情は歓喜だった。そこから発展していく想いは、イデア9942という存在を彼女の中で更に大きく高めていく。今まで無意識に掛けていたブレーキが外れた時、ある意味で暴走にも似た状態に、彼女は陥っていた。

 それでいいと、身を委ねることに抵抗は覚えないほどに。

 

「また今度、だな」

「っもう」

「まだ少し、引いた線を取り消すには時間がかかりそうだ。すまんな、11B」

 

 そして彼らはようやく、「工房」へと戻ってきた。

 

 飛び散った16Dの残骸。破壊された工房の残骸。

 かつての、二人の思い出と過去。ぐちゃぐちゃになったそれらは、二人の関係の再スタートにはちょうどいい場所になっている。新たなる思いの形を取るように、二人は何も言わず「工房」の修理を始めるのだった。

 

 

 

 

 最近、理解しがたい光景が増えている。

 廃墟都市だけじゃない。近くの砂漠地帯、森林地帯……多くの場所で見られるようになった。機械生命体どもと、アンドロイドが当たり前のように談笑し、手を取り合っている姿だ。

 憎らしい機械生命体どもが、我が物顔でアンドロイドの領域を歩いている。アンドロイドたちは、そいつらに笑顔で手を振っている。

 

「……何が、起きているんだ」

 

 辺りを見わたすのにちょうどいい、ビルを飲み込んだ大木の枝の上。そこで身を隠し、また観察していた私は、変わっていく世界の中から弾き出されたような気持ちになる。元から居場所なんて、もうどこにもないのに。

 ありとあらゆる機械生命体を殺してきた。時には王と呼ばれた赤子を、時には雑多に存在する奴らを。そして虐殺していたくせに、命乞いをしてきた阿呆も。

 ありとあらゆるアンドロイドを殺した。追撃してくるヨルハの者たちを、危険個体というリストを手にした人類軍を。そしてH型でありながら、なんとかして自分の居場所を知らせようとした無抵抗な背中を。

 機械生命体は敵のはずだろう。何故、そんな風に笑っていられるんだ。

 

 伸ばしたところで、絶対に届かない手を握りしめる。

 

「11B……お前は、どういう気持ちで」

 

 イデア9942とかいう、いけ好かない個体。

 あれと行動をともにする、元ヨルハのアンドロイド。

 湧きかけた疑問は、再現された記憶の映像によって取り払われた

 

「いや」

 

 あの奇妙な関係を持っていた二人組は、今でも記憶回路に焼き付いている。11Bというヨルハは、機械生命体であるイデア9942という存在こそが生きる意味だと言った。それは双子のアンドロイド、デボルとポポルにも似た、理解しがたい関係なのだろう。

 だが、自分が理解せずとも世界は回る。そういうことなのだ。

 

「また取り残されるのか、私は」

 

 木漏れ日が漏れる雄大な巨木。差し込む暖かなはずの日は、まるで私を避けているかのように思えた。葉の無い枝に座っているのだから、日光はほとんど差し込むはずがない。分かっているが、それでも。

 

 動くしか無いのだと、私は枝から飛び降りた。

 





(飛び降りたけど自殺では)ないです
最近まったく登場してなかったぼっちを極めしもの。
最近どこもかしこも矛盾してそうで怖い。

小説って書き始めは設定盛り込めるけどあとになると矛盾考えてめんどいよね!(身も蓋もない

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