イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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死体も踊れば更新される 遅くなりましたん


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 木漏れ日の光を、小さな影が通り過ぎていく。はらりと舞い落ちてきた羽が、奇妙な機械生命体の被っていた帽子にふわりと乗った。

 

 カンカンカン、と釘を叩いて汗を拭うように額を擦る機械。伸びたオイルが光沢のあるボールヘッドを黒く塗る。それは近づいてきた相手に相槌を打ちながら、道具箱から新たな釘を取り出し打ち付けていく。隣を角材を両脇に抱えた巨大な機械が通っていき、すれすれのところを器用にすり抜けた。

 巨大な影が通った先では、手がなく、胴体が多段に積まれただけの機械が大きく跳ねて、ドスンと着地する。浮いていた板が重みによってガポリと少しハマり、胴長の機械がまた跳ねれば、それは凹同士が完全に噛み合った。

 

 大きな十字架が視界の端に生えてきて、右から左へゆらゆらと歩いて行く。下を覗き込めば小さな機械が、器用に抱えてえっちらおっちら歩いて行く。その隣には心配そうに見守る、エプロンを装甲に描いた機械がアワアワと手を伸ばそうとしては止めている。

 

 パスカルの村の工事は、まだまだ続いている。

 地面の上に直接、土が跳ねないよう、堅固な木の板が作業用の足場になっているが、機械生命体たちの重みによっていたるところがデコボコしている。思わぬ窪みに足を引っ掛け、隙間から泥が入り込む子供ロボがえんえんと泣き始めていた。

 

 人としての営み、活気に溢れているが、その実ここに人間は居ない。いるのは人間を模倣しようとしたロボットたちだけ。だが、似姿でもいいじゃないか。こんなに楽しそうならば。

 

 イデア9942が見つめる先の、命を育む暮らし。

 満足するように瞳を閉じた彼は、それらを見つつも、集めた二人へ行っていた説明に終止符を打つ。

 

「というわけだ」

 

 傍若無人の機械生命体、イデア9942の対面に座るは温和な村の長パスカル。そして慈愛を持つ宗教リーダーのキェルケゴール。

 少し前までなら、こうして機械生命体のリーダー格だけが集まる光景は、アンドロイドたちにとって悪夢にも等しい光景だろう。物量において遥かに勝る機械生命体たちが、知能を付けて会合を開くなどと。

 だが、彼らがアンドロイドたちに敵対することはない。なぜなら、彼らは戦闘に関しては否定的な主張、生き方をするものたちだから。何より、アンドロイドに歩み寄りたいと考えているからだ。

 

 アンドロイドが主催する、機械生命体をも交えた会合。その送られてきた概要について口頭での説明をするため、イデア9942はパスカルの村に訪れていたというわけである。

 

「……お話はわかりました。是非とも、その会合に参加させてください」

 

 パスカルは当然だと頷いている。

 イデア9942は、キェルケゴールの返答を聞こうと向き直ったが、その瞬間に彼が首を縦に振る姿が見えた。

 

「無論、我も同意する」

 

 彼が身振り手振り話し始めて、キィ、と車椅子が揺れた。

 

「アンドロイドか、機械生命体かと言っている場合ではない。ここで暮らしていて思ったのだ。意思あるものに垣根などありはせぬ。我々は正しく、死を迎える瞬間まで、繋がるための手を伸ばさなければならぬ。我々が生み出されて5000年、この何もかもがリセットされた世界を繋ぐためにも」

「実を言うとだ、君の視点が、アンドロイド側にどのような変化を齎すのか、少し気になッている。期待をかけるようで悪いが、しかと見せてくれ」

「うむ、大義承った」

 

 仰々しい、神官の帽子が大きく揺れる。

 よく見れば、キェルケゴールの簡素であった車椅子も、自走するための装置や教祖という立場に相応しくも厳かな装飾が施されており、キラリと木漏れ日を受けて反射したそれらをイデア9942が覗き込む。

 

「ほう、中々にいいセンスじャァないか」

「うむ! そうであろう? 我が信者たちが考え、描いてくれたのだ。皆を引っ張る立場にある以上、自らの足で歩まねば格好がつかんと思ってな。幸い、パスカル殿からの協力もあっていい仕上がりになった」

 

 現在、見ての通りパスカルの村は開拓作業中である。ソレに際して素材や資材は充実している状態のため、その端材や金色の糸を信者たちが縫い合わせ、キェルケゴールの車椅子を完成させたのだとか。

 それを自慢げに語るキェルケゴールは、やはり工場廃墟に居た頃よりも明るく、そして余裕があるように見えた。信仰のあり方を違えた、死にひた向かうだけの狂信者。それらに追われていたこともあって、あの場ではいくらか取り繕っていた面もあったのだろうか。

 

「キェルケゴールさんがこの村に来てから、村の何人かも祈りを捧げることを日課にする方も増えました。特に、22Bさんがそうですね。いつも子どもたちの相手をしてくれているんですが、教会について話を聞いた所、まず作り上げた簡易祭壇に毎日祈りを捧げてますよ」

 

 キェルケゴール達も宗教という集団である以上、祈るための聖域となる「教会」が完成するまでの間、簡易の祭壇を作ることで日課を果たしているらしい。巨木を中心とした村側に建てられたソレは、教会が完成した後はそのままもう一つの祈りの先として機能させる予定であるらしい。

 だがイデア9942が気になったのは別のところだ。

 

「ほう、22Bが? アンドロイドが祈る先、か。興味深いな」

「一度“誰に祈っているんですか”と聞いてはみたのですが、彼女はいつも微笑んで誤魔化すんですよねぇ。結構気になりますが……まぁ無理に聞き出すほどでもないでしょう」

「存外にヨルハ女子は俗物なところもある。木星占いとかな。もしかしたら、8Bに祈りを捧げているのかもしれんぞ。祈りとはつまり感謝の心にもなるからな」

 

 イデア9942の言葉に、無言ながら大いに同意を示すキェルケゴール。

 祈りを捧げるというのは、ガチャで当てたいとか、宝くじで一等だとか、神にそうした自身の欲を叶えさせるよう乞うことではない。神という超自然的なナニカへと、日々安穏に暮らせることを心の底から感謝し、純粋な想いを届けるという意味も含まれている。

 それを捻じ曲げるように捉えてはならないのだ。イデア9942に触発され、キェルケゴールは熱く語る。

 

「ムっ、すまぬ。ついオーバーヒートしてしまったようだ」

「無礼講ですよ。せっかくこうして、ゆったりと集まれる時間が出来たんですから。好きなことを言った人が勝ちです」

「君も大分染まッてきたか、パスカル?」

「だいたいはアナタのせいでしょう、イデア9942さん」

「そうかもしれんな」

「ふぅーむ。おぬしらは長い付き合いなのか?」

「ええ、まぁそれなりには」

 

 パスカルが肯定すれば、秘密を共有する程度には、と心のなかでイデア9942が付け加える。キェルケゴールには知らせなくてもいいだろう秘密だ。彼のことだ、今の時点で一杯一杯であるのに、救いの手を必要にも見える者たち(ヨルハ)を見せてしまえば、身を削るのは目に見えている。

 

『いいか、彼女らのことは此方で解決を見つける。キェルケゴール殿には言わないようにしてくれ』

『勿論です、と言いたいところですが……イデア9942さん。あなたも無理はなさらぬよう。もし最悪の事態に陥れば、キェルケゴールさんにも事実を告げ、強制的に介入に行きますのでそのおつもりで』

『全く……そう、と決めたら行動できるのが君の怖いところだ、パスカル。精々この身が削られようと、死なぬ程度に抑えるさ』

 

 ヨルハのことはイデア9942、そして他ならぬ当事者である2Bたちに動かせて問題を解決するつもりだと、秘匿回線で彼らは密約を交わす。この人のいい紫色の宗教団体を動かすことになるような事態は、おそらくパスカルの言う最悪の状況が訪れる時。

 そうならないよう、策を幾つも練り上げ、その全てを実行し、それに至るプロセスを組み上げてきた。イデア9942に余裕はあれど、油断はない。

 真剣な声色にパスカルも一度緑色の瞳を瞬き、同意したように見せかけるが、パスカルとてイデア9942の策が全て想定通りに行くとは思わないようにしている。いついかなる時でも支えられるよう、準備を進めているのはパスカルとて同じだった。

 

「それでは、この旨を伝えるとしよう」

 

 イデア9942が立ち上がり、刃の潰れた斧を担ぐ。

 工房に転がっていたそれを補修し、こうして再び振り回す姿には、どこか懐かしさがある。尤も、彼がこれを振るう時は全て、彼の手のひらに踊るものが示されているときだけであるが。

 

「連絡は追って、この村のアクセスポイントにメールを送る」

「おや? 待ってください、あれはヨルハやアンドロイドの人たちしか使えないはずでは」

「ロストしたヨルハ機体のデータを君たちの認証に置き換えてある」

「なんと、いつの間に……」

「キェルケゴールさん、こういう方なんです。電子関係で驚くのはこれっきりにしておいたほうが良いですよ」

 

 長年の苦労が積もってきたようなセリフである。

 どこか顔に影をまとったパスカルに対して、キェルケゴールは口をつぐむばかりだ。

 

「時にパスカル、再利用パーツの“洗浄”はしてあるか?」

「イデア9942さんが言ったとおり、全ての補修パーツは洗浄済みですよ。どうかいたしましたか?」

「いや、会合が在る以上、また荒れるかもしれんと思ッてな。敵性機械生命体のネットワーク人格、N2は消滅したわけではない。この会合のデータもどこかで傍受済みだろうからな」

「なるほど、たしかに悪意あるウィルスが紛れ込んでいたら、私達の村が内部から食い荒らされるかもしれません……ああ、想像しただけでも恐ろしい」

 

 瞳を閉じ、首を振るパスカル。

 心なしか、いつも動力によって揺れている体が別の揺れ方をしているようにも見える。

 

「ですが、そんな事態にならないよう洗浄に関しては注意を割かねばなりませんね。ご忠告痛み入ります」

「人員は潤っておる故、こちらもプロを当てている。だが万が一も考えられるのだな……分かった、多段チェックを入念に行うよう、担当の信者に伝えておこう」

「そうなると最後の問題は、村の守りをどうするか、ですね」

 

 話をまとめに入るパスカル。

 あたり前のことだが、これが一番大事だ。何度も言うが村は開拓の作業中。襲撃を受ければ散り散りになった仲間たちが一人ずつ倒され、全員でなら勝てる相手にも勝てなくなるかもしれない。

 何より、そんな襲撃で村のものが理不尽に命を落とす。それが許されるはずもないのだが……実質トップは、会合に集まらなければならないのだ。

 

 普通の機械生命体であれば、ヨルハをも殺す物量やいやらしい手段で攻めてくるネットワーク概念人格「N2」を前にして為す術無く破壊され、蹂躙され、あえなく散るだけであろう。

 だが今は違う。イデア9942が居ることでもたらされた大きな変化。その証拠でもある三人が、集団が、この村で暮らす一員となっている。イデア9942がもたらした電子上の鉄壁、そして自分たちの居場所を守るという心の底で共通する繋がり。

 

 パスカルとキェルケゴールは、短い付き合いながらも、強靭な繋がりが編み込まれた鋼糸(ワイヤー)を感じている。だから自分たちが村に居ない時間に、不安を覚えるはずもなかった。

 

「…村の守りは、彼女らヨルハチームと屈強な戦士たちに任せよう。我々は出来うることを、進めることしか出来ないからな。勿論、彼女らには対高出力EMPの物を渡さねばならないが」

「そこは此方から用意しよう。というよりもだ、すでにリアカーに積んである」

「……ありがたい。イデア9942殿には頭が上がらぬな」

 

 

 それからも村や教会のことについて語り合った三体の機械生命体は、家を立てた巨木の葉が40回ほど揺れた後に、各々の収まるべき場所へと戻っていった。自我を得た機械生命体は増えていたとしても知恵を持つ機械生命体は、思ったよりも少ないのだ。故に、キェルケゴールとパスカルも、イデア9942やアダムのような存在と会話する事に飢えているフシが在る。と言えども、その欲求は人間がお菓子を食べたりゲームをしたいと思う程度なのだが。

 

 なんにせよ、満足した二人と別れたイデア9942はパスカルの村の最も高い足場の先に着くと、木製の手すりに上半身を預けて、手を組むと目の前に広がる風景に目を見開いた。

 

 駆け抜けていく風が、木々の葉を一斉に揺らして白い光の帯を形作る。驚き飛び立つ小鳥たち。その先には、荒廃しつつも緑に覆われる廃墟都市の姿が覗いている。

 

「……あァ、いいものだ」

 

 生命の息吹は、歩み続けるイデア9942の心に安寧の波紋を広げさせる。機械生命体やアンドロイドらの営みもまた、彼の「良し」とする生命の営み……すなわち文化の様子。だが、この知恵なくとも、小さな生きる意思が交錯する風景もまた、彼が良しとする光景。

 

 オイルが軋みを抑え、擦れ合う鉄の腕は僅かばかりに摩擦熱を発する。凝り固まった鋼鉄の腕は接触するたびにガチガチと硬質な音を鳴らして火花を散らす。

 人の体を知り、そして機械の体として今は生きている。故にこそ、彼はその二面性を愛することが出来る。悪意には悪意を以て返し、善意には善意を以て答える。鏡のような彼は、果たして。

 

「おーい!」

「……ん」

 

 ふと、イデア9942を呼ぶ声が下から聞こえてくる。

 視界をズームさせて下に移動させると、ブンブンと手を振り笑顔で呼びかける11Bが居た。手を振る方とは反対の手には、袋に入った幾つかの素材が見える。パスカルたちと話す間に頼んでいた、天然資源を幾つか採取してくれていたようだ。

 

「いまそっちにいくねー」

「あまり揺らすなよ」

 

 分かってる、と頷いた11Bが足にぐっと力を入れると、地面を小さく陥没させ、羽ばたく鳥よりも高く飛翔する。上へと向かう運動エネルギーを殺さず、途中の手すりを経由しながら一気に上り詰めた彼女は、あっという間にイデア9942が立つ高台へ両足を付けた。

 

「動作に関して異常は無さそうだな」

「うん。イデア9942のおかげでバッチリだよ。あ、それからこれ!」

 

 差し出されたのは素材入りの袋。

 瓶詰めの樹液や、天然ゴムを主として自然由来の素材がいくつも入っている。人類が居なくなり、機械生命体の侵攻のお陰で人類文化の再生アンドロイドが仕事をできない現状、植物たちもこの1万年に大きな変化を伴ってきた。

 より強靭に、よりしなやかに、より力強く。成分は似通っていても、その素材としての強度や効率性は、人類文化が発展していた時よりも遥かに勝っている。故に、今でも人類の模倣を飛び越え、進化したアンドロイドたちの技術にもこれらの素材が使われているのである。

 

「これでタイヤの目処も立ッたな」

 

 そうした素材を必要とするのは、やはり彼らがアダムと共同制作し、最終的に見せ合う形で作っている例の動力源を元にした物があるからだ。もうここまで来れば、聡明な諸君にも分かるだろうが、イデア9942はこうして生きる中でも刺激を求めるため、ド派手なマシンを作るつもりである。

 

「それでさ、結局どうするつもりなの?」

「ああ、まずボディはだな――」

 

 得意げにマシンの概要を語ろうとするイデア9942だったが、生憎と彼女が聞きたいのはそのことではない。身振り手振り話そうとしたイデア9942の大きな手を両手で包み込み、彼女は目線をしっかりと合わせてきた。

 

「いや、そうじゃなくて。アンドロイドの奴らの会議」

「……心配するな」

 

 掴まれていない手で彼女の頭を撫で回す。

 

「この身が危険なことなどなにもない。司令官殿も、パスカルも、キェルケゴールも。そしてアダムたちも。敵は居ない。ただ、共通して守るものを語り合いに行くだけだ」

 

 だから、何の心配もいらない。

 同士である以上、争う必要もない、と。

 

「一緒に行くから。ヨルハになんて言われてもね」

「分かッているとも。君は大事なパートナーだ。連れて行かない選択肢はない」

「それなら……いいけど」

 

 言葉と撫でる手でごまかしつつも、イデア9942は、しかしその会合にて必ず波乱が起きると確信していた。どうやってか、認識の外にありながら虚影を伴い動向を監視するN2達。この世界が物語として語られていた作品の中では、そう描写されている以上、会合の情報など筒抜けなのだろう。

 故に、イデア9942は何を知られようとも、対抗できうる手段を用意してきた。そのうちの一つが11Bであるのは、紛れもない事実である。

 

「何はともあれ、会合まで日もあるだろう。まずはこの素材でマシンを作ッてからだ」

「誤魔化すの下手な時はとことん下手だよね、イデア9942ってさ」

「そうだな、それでいいだろう?」

 

 隠し事をし続けて崩壊するよりもずっとマシだと。

 撫でていた手をどかした彼は、名残惜しそうに見つめる11Bの視線を振り切り、背を向ける。

 

「帰るぞ」

「あ、うん!」

 

 ただ、その影は隣同士だ。

 村の入口から姿が見えなくなっても、その手は繋がっていた。

 




二人の仲良くフェードアウト連続投稿である

ちなみにこの後11Bは銃の使い方について説教されました。まる



次回あたりに会合
つまり本編の時間が動き始めます。

最終章スタートともいう

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