イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
明日からまたおしごとめう
※都合上、9/8〜9の二日間はPC触れないので更新できません。ご了承ください
「オネエチャン、キレイ!」
きれい、きれい、子供の機械生命体の言葉を皮切りに、周りの皆が11Bを褒め始めた。敵ではない、とわかった相手にはすぐに心を開く。疑心暗鬼な人間であれば絶対にしないであろう、澄んだ心の持ち主である機械生命体たちからの称賛は、11Bの心をも温めていく。
「あ、ありがとう……」
それと共に11Bが頬を赤らめて照れているのも、当然の結果だった。
「ところで11Bさん、これを……」
「これって……」
「ふふ、後で渡してあげてください」
パスカルの村人たちと11Bが交流を続けるうちに、足音がガシャンガシャンと響いてくる。袋を肩に引っ掛けて、反対の手でボロボロの斧を杖代わりにして坂を登ってくる。
イデア9942だ。装甲にも傷らしい傷はみられず、どこか満足げな雰囲気から伺うに、それなりに満足の行くパーツなどが手に入ったのだろう。
「イデア9942さん、どうでしたか。森の王国のほうは」
「相変わらずだ。鎧を着てないこッちをみた瞬間、襲い掛かッてきた。訓練も足りてない連中なのが幸いだッたけどな」
こともなげに言ってのけたイデア9942は、担いでいた袋を手押し車に乗せた。
「そうですか……あ、それから11Bさんを見てあげてください」
「ちょ、パスカル!」
「ん? おォ」
イデア9942のカメラに写り込んだのは、イデア9942がデザインしたヨルハ風の戦闘装束だ。ドレスよりも軽装な服は、しがらみから開放された11Bによく似合っている。しっかりと編まれた繊維は性質上、着色できずに黒色が限界だったからとは言え、11Bが着るに相応しい出来と言えるだろう。
「考えてみて正解だな。よく似合ッているぞ、11B」
「あ……っふふ。ありがと。イデア9942」
なにより、この服を考案したのはイデア9942だ。シミュレーター通りの満足の行く仕上がりに、イデア9942は力強く頷いた(ようにボールヘッドを縦に動かした)。
「今日はここまでにしておこう。帰ろうか、11B」
「わかった。それじゃあまたね、パスカル。みんな」
「はい、またいつでも来てくださいね。村人一同、お待ちしておりますので」
パスカルたちに見送られながら、11Bとイデア9942は村を後にした。
「その肩に下げているのは何だ?」
「パスカルたちからのお土産だよ」
「友好を深められたようだな…何よりだ」
談笑を酌み交わしながら、彼らはパスカルの村を出る。
帰り道はもと来た廃墟都市につながる隠し通路だ。イデア9942は手押し車の持ち手を掴み、斧を背負い込んだ。11Bは、心から気に入ったプレゼントである新たな服に三式戦術刀に革のホルダーを使って腰に差し直し、イデア9942の隣を歩く。抜き身の刀身が擦れる程度では、彼女のスカートは傷つきもしない。
「どうだッた、パスカルたちは」
道すがら、イデア9942が11Bに尋ねたのは純粋な興味からだった。
彼女を治療する時、あえて思考を誘導するようなプログラムは大方除去し、彼女が感じたまま、彼女が思ったままに行動できるように弄った事もある。流石に根幹に刻まれた「人間に対する無償の愛情」までは手を出すことができなかったが。
「とても、いい機械生命体たちだと思う……良いも悪いもないかもしれないけどね」
11Bは「破壊しなければ」とは思わなかったようだ。
それどころか、好感を抱いている。その結果に満足気にカメラアイを点滅させたイデア9942は、だからこそだ、と続けた。
「よほど愚かな選択を取らない限り、彼らは襲ッてこないだろう。だが選択をすれば、いかなる手段を用いても障害となッた此方を排除してくるはずだ。……見せて置きたかッたんだ。あのような、考え方を持つ機械生命体もいるのだと」
「うん。今日の事でよくわかったつもりだよ。アンタを見てたら、よっぽどじゃない限りは普通だと思うけどね」
「そうか……」
思いもよらない言葉に、ばつが悪そうに答えたイデア9942。自覚はしているつもりだったが、他人の口から直接言われるとやはり多少は堪えるらしい。イデア9942は、所在なさげに視線を彷徨わせた後、誤魔化すように歩行速度を上げた。
カラカラカラ。手押し車の車輪が早く回り、錆の擦れる音が大きくなる。
およそ十分後、特にアンドロイドたちに見つかることもなく、イデア9942たちは元の拠点に戻ってきていた。かつて11Bを縛っていた拘束台は、いまや彼女の専用寝台に改造されている。イデア9942は作業台の方に向き、パスカルから受け取った燃料濾過フィルターを組み分けてケースに収納し、いくつかの工具を手にとって火花を散らし始めた。
夜も更けてきた頃。
静かな部屋に、時折鳴り響く甲高い金属音と火花の明かり。
スリープモードに陥っていた11Bは、ぱっちりと目を覚ますと足音を立てないよう、そっとイデア9942の背後ににじり寄っていった。その手に握っているのは、パスカルから個人的に受け取り、肩から下げていた紙袋の中身だ。
作業に夢中でイデア9942は気づいていない。
心を許した相手ということもあって、完全に無防備な姿となったイデア9942に対し、内心ほくそ笑む。だらりと手と手の間で垂れるそれを、イデア9942が作業の合間に体を作業台から離した瞬間、11Bはイデア9942の首に巻きつけた。
「ゥわッ!?」
「っははは、驚いた?」
「どうしたんだ、11Bこれは……」
11Bのために用意したドレッサーの鏡。自分の身に何が起こっているのかを確認しようとしたイデア9942は、鏡に写った自分の姿を見た瞬間、一時的に駆動系が全て止まってしまったような感覚に襲われた。
首に、白色の何かが巻き付いている。
ゴツゴツとした手が触れるが、人間のときとは違い、感触は伝わってこなかった。だが、これは人間であった頃、冬場に何度も見たことが在る。
「マフラー?」
「パスカルからのお返しのプレゼントだよ。そしてワタシからはそこの刺繍」
マフラーのたなびく先端側には、茶色の糸で編み込まれた機械生命体の頭部のような刺繍が施されていた。完全な丸とは言えないし、目と思わしき2つの穴も大きさが異なっているし、形が崩れている。だが、たしかにそうだと分かる位には頑張って作ったんだろうというのが伝わってくる。
「……ありがとう、11B」
「ワタシだけじゃないよ。お礼を言うのは」
「ああ、そうだッた。パスカルも、ありがとう」
いつぶりだろうか。流れないはずの涙がこみ上げてくるような不思議な感覚だ。動力であるコアのあたりがギチリと痛み、なのに痛みとは違う温かい何かが全身に伝わってくる。横に振った首がキィキィと擦れる音を立てて、イデア9942に落ち着きが無いことを如実に現していた。
おかしい姿に、11Bが腹を抱えて笑い始めた。イデア9942は、仕方ないように息をつく。この音声を出すのは、これで何度目だろう。11Bが来てからというもの、今まで忘れていた感情が色々と思い出されてきたような気がする。
もう寝なさい、と優しい声色で言うイデア9942に同意を示し、今度こそ11Bは明日の朝までのスリープモードに入った。その1時間後、作業台の片付けを終えたイデア9942もまた、カメラアイの光を落とし、スリープモードに切り替える。
いつも通り、非常用ウィザードと起床用ウィザードが設定されているかを確認し、イデア9942もまた意識のない世界へ旅立つのであった。
工房の、和紙のカレンダーが11Bの繊細な手でめくられる。
そろそろ4月も近いんだな、と。11Bは斧の手入れをするイデア9942の方に視線を移した。
「イデア9942、今日は遠出の予定だったよね」
「ああ、ちョッとまッてくれ。ここの金具を取り替えたらすぐに行く」
11Bが例の服に袖を通しながら尋ねれば、イデア9942は釘を取り出し、新しくした斧のジョイントパーツの金具を固定するため打ち付け始めた。イデア9942が使っているいつもの斧は、刃も取り替えればいいほどボロボロである。だというのに、取り替えるのは小さいパーツばかりで、ボロボロの本体は一向に取り替えようとしない。
尤も、彼が謎のこだわりを見せるのはいつものことだ。三式戦術刀をホルダーに差し込んだ11Bは、斧を背負って幾つかの小袋を腰に巻きつけたイデア9942と共に、工房の出入り口に向かっていった。
「今日はどこに行くつもりなの?」
「遊園地廃墟だ」
「遊園地……人間が娯楽施設として作った場所だっけ。どうしてそこに?」
「最近、ここ廃墟都市を中心にヨルハ部隊の2人が活動しているとパスカルから聞いた。どんな奴らか確かめるため、様子を見に行くつもりだ」
「……ヨルハ、か」
複雑そうに11Bが呟いた。
「隠れ続けていても、いつかは対面するはずだ。今日はその予行演習みたいなものだと思ッて行けばいい。別に直接合うわけじャないんだからな」
「そうだね。わかった、行こう」
意を決した11Bに頷いたイデア9942は、ツバの一部が欠けた帽子を被った。
せっかくのマフラーだ。それが似合うようにと、11Bからの(もとい、そういった事に興味が無かったヨルハ時代の16Dからの入れ知恵をそのまま使った)コーディネートに従って拾った帽子である。
どこかのハードボイルド探偵が変身した姿を想像するとわかりやすいだろうか。
パスカルの村へ行くよりは近い道を通り、マンホールの蓋が開いた行き止まりの道に着いた11Bとイデア9942。ところが、入り口のマンホールとイデア9942の体を見比べてみれば、明らかに入れるようには見えない。一体どうするつもりなのかと彼を見つめていた11Bは、唐突にイデア9942に横抱きに持ち上げられた。
「へ?」
「飛び越えるぞ。しッかり掴まれ」
その言葉の意味を理解する前に、イデア9942の脚部がつながる下からバーニアが噴出した。バシューッ、とけたたましい音を立てながらも、安定して上がっていく景色はとても新鮮で、しかし十数秒もしないうちにバーニアは切れてしまう。
既に廃墟側に体を入り込ませていたイデア9942は、そのままビルの壁をブレーキ代わりに左手を突き立て、指の跡を残しながら遊園地の入り口が見える場所にまで辿り着いた。
「どうだ、空の旅は。パスカルから構造を教えてもらッて再現してみた」
「自分で制御されてるかわからないってのは、結構怖かったかな……」
「なによりだ。まァ、次からは使わないようにする」
何がなによりだ、とおっかなびっくりイデア9942から体を離した11Bは、先程までの横抱きに持たれていた事を思い出して顔を赤くしてしまう。ただ、こんなとこ見られて堪まるかと片手で口元を覆い隠していたが。
「反応がまるッきり乙女じャないか。生娘ばかりか、ヨルハ部隊は」
「生娘…?」
「あー、いや、気にするな。人間じャなければ適用はされない」
「なんか引っかかるなぁ」
文句を言う二人を、突如として強い閃光が襲う。
何事かと光の方を見てみれば、幾つもの光の玉が打ち上げられ、空で弾けて散っていく様子が見て取れた。花火だ。遊園地廃墟から、途切れることを知らずに打ち上げ続けられている。この明かりの名残は、一応パスカルの村を少し言ったところの高台からも見えているらしいが。
「さァ、ヨルハの奴らを探すとするか」
「…うん」
遊園地に犇めく機械生命体を確認して、11Bはホルダーから三式戦術刀を抜いた。イデア9942も、石突をガツンと慣らして手に斧を持つ。ここに住む機械生命体は敵か、味方か、それとも無害なのか。
10分前、2人のヨルハ部隊が入っていったという情報があった。
その痕跡を追い、二人の足も動き出したのだった。
帽子の色はお好きなものを想像してください。おすすめは茶色か白色。
帽子、マフラー、そしてボロボロの斧。
おかしいな、当初はこんなオシャレさんにする予定無かったのに。
あとバーニアの出番は今回だけです。
というかいつの間に恋愛げーみたいな雰囲気になったんだこれ