イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
ってなる人多そうな回。
所詮世間事情にすら疎い若造の妄想です。(保険
イデア9942と11Bが暮らしている工房にも、掃除しなければならないほどのホコリが積もっている。指でそれをすくい取った11Bは、鼻歌交じりにハタキを揺らして掃除に勤しんでいた。
その隣、工房の作業場ではイデア9942がアダムたちと共同で作り出した動力を用いて作ったモノを、ゴシゴシと磨き上げながら黒い外装の輝きをより強くしていく。所々に白色のラインが入った外装は、ヨルハの服装と髪色をイメージしたものだろうか。
各々が好きな時間を過ごしているなか、会談の参加者が決まって数日という時間が経った。今日もまた何でもない一日が始まると思われたその時、ついにホワイトからのメールが工房に設置された独立メールサーバーに届けられる。
ピロン、と電子音を知らせたサーバーに気づき、イデア9942が片手間に端末を弄ってメールの内容を閲覧する。
「ふゥむ」
視界のレンズが溶けないよう、着用していたゴーグルを押し上げてメールに目を通したイデア9942は、考えるように一息をつく。
「どうしたの?」
「いや……決まッたぞ。明日だそうだ」
「そっか……」
「直々に会うのは脱走以来初めてだろう。怖いか?」
「少し。でも大丈夫、イデア9942がそばに居てくれるから」
「そうか」
感情も見せない相槌だったが、イデア9942にとって深く心配するような事柄でもない。これは11Bにとっての問題でもあるが、11Bはすでに乗り越えかけている問題でもあるのだ。
あとは彼女自身の力で、壁を乗り越えさせるだけ。余計な後押しをすると、むしろたたらを踏んでしまうだろう。そういう考えのもと、彼は特に彼女へと言葉をかけることもせず、日常に戻るのだ。
「最後の調整をしよう。幾つか素材を集め、明日に備えるぞ」
「うん、分かった」
「それから君の専用銃の使い方についても幾つかレッスンだ。専用のプログラムを組むから、敵性機械生命体で練習しろ」
調整済みの銃を放り投げ、イデア9942が立ち上がる。
危なげなく片手で受け取り、背中のホルスターに巨大な銃を仕舞った11Bは、持っていたハタキと雑巾を掃除用具入れに戻すと、鏡を見ながら髪を後ろ一本にまとめた。
「よし」
「……ここに来てから随分伸びてきたが、切らないのか」
最初は2Bのように短い髪だった。だが、ヨルハというアンドロイドは人間に似せるため、髪が伸びたり血のような液体が流れていたり、戦闘用アンドロイドとしてはいくらか無駄な点も多々ある。それら全てが人間を模倣するためという理由はあるが、今はその理由を問う必要もないだろう。
「ううん」
今の彼女にとって、これらの模倣された生理現象は別の意味を持っていた。
「もう少し、ね。あなたと過ごした時間の証でもあるから。全部吹っ切れたら、切るよ」
「……その時は切ッてやろう。過ごした証だというのなら、新しい始まりは任せておけ」
「やった! その時はお願い」
少し額が見えた分、持ち前の快活さが更に助長されたようにも見える11B。彼女は満面の笑みでその大きな目を細めると、イデア9942の手を取って嬉しそうに上下に振り始めた。
仕方のないやつだ、とノイズのまじった息をついた彼は、もう片方の手で彼女の頭を軽くぶつ。いつもの調子に乗るなという戒めを受け、痛そうに擦りながらも、幸せそうな表情で彼女は外出の準備を始めるのであった。
その翌日、会談の場所にはこの数千年間でお目にかかれないであろう異様な光景が広がっていた。
会談の部隊となったのは、空母ブルーリッジⅡが着港するはずだった水没都市の港。未だ超弩級機械生命体であるグリューンの遺骸が墓標のように突き立ち、見下ろす場所。
あの9Sが用いた、大型の弾道ミサイル発射台が設置されているところから、少し陸に歩いていった場所。いつも変わらぬ殺風景だった底に、急ごしらえの会場用テントが設置され、アンドロイド用の簡素な椅子と機械生命体用の重厚な椅子が誂えられている。
周囲には黒い服のアンドロイドや、レジスタンスメンバー、そしてパスカルの村の中でも精強な義勇団と、教団の戦えるメンバーが武器を持って周囲を警戒している。最も、警戒しているのは周囲だけではなく味方であるはずの異種族のメンバー同士でもあるかもしれないが。
「まずは、この呼びかけに答えてくれたことに感謝させて欲しい」
鋭く、意思が見受けられる声。ただ白く、純白を思わせる衣装に身を包んだ女性アンドロイドの一声が、さざなみ立てる水没都市へ響き、溶け込んでいった。
ヨルハ最高司令官であり、アンドロイドの中でも戦闘専用の特殊部隊を取りまとめるトップの一人、ホワイト。この肩書を拝領したその時から名で呼ばれることは無くなってしまったが、彼女は今その肩書を全面に押し出した態度を取っていた。
「まずは友好を結んでくれる、機械生命体側のリーダー諸君から自己紹介を頼む。なんせ、我々は一部のものを知らないだろうからな。友好を結ぶためにも、何者であるのかをまず明かしていくとしよう」
「いえいえ、私のような者をもお呼びいただき、誠にありがとうございます。こうして手を取り合うための話し合いをする場にお招き頂けるなど、恐縮の極みです。知っているお顔も多いのですが、改めてご紹介させていただきます。
―――私の名前は、パスカル。平和主義者たちの村の長をしています」
お見知りおきを、と。
お辞儀をしたパスカルが腰掛けると、その隣で車椅子に乗った紫色の機械生命体が、挙手とともに言葉を発した。
「パスカル殿に同じく、リーダーとしては未熟かもしれぬ。だが、教団という我々の形態を認めてもらうためにも、声を上げさせて貰いたい。
―――我はシニイタルカミ教団、教祖にして皆の父キェルケゴール。此度の会合、有意義なものとさせていただきたい」
自己紹介の流れに乗っかり、彼らの隣にいたイデア9942がゆっくりと立ち上がった。その後ろには、完全武装状態で瞳を晒したアンドロイド、11Bが控えている。だがいつもの快活な様子は見受けられず、冷静に任務へ当たる様子はまさにヨルハの本懐といったところか。
ちらりとそちらに視線を移しながらも、彼はその古びたノイズを混ぜた声を発し始めた。
「イデア9942だ。此方の二人とは違ッて、集団の長という立場ではない。特に特殊な改造も施さない量産型の機械生命体のボディそのままだが……どういう訳か、この身が影響を与えられるとも分からん事と、少々無礼な態度を取るかもしれないが、まァなんだ。よろしく頼む」
長として、代表として。
そうした態度の前者二名とは違い、イデア9942の態度はいつも通りである。まぁ、この場においてアンドロイド側も、前者の機械生命体もソレに関して言及するつもりはない。人間と違い、この程度でグチグチと数時間話し合うような非効率的な生き物ではないのだから。
それよりも問題は、最後の一組だ。
イデア9942が紹介している間、彼は指先でつまむように持ったティーカップを傾け、その紅茶を味わっている。イデア9942が座り、視線を向けられて初めて、気づいたようにカップをソーサーに置いた。
「貴様らアンドロイドが御存知の通り、アダム。そしてこいつは弟のイヴだ。よろしく」
「ああ……よろしく頼む」
黒色の篭手のようなグローブを外し、ホワイトに向かって右手を差し出したアダム。硬い表情でその手を握ったホワイトに対し、アダムは口の端を釣り上げるようにして笑っていた。
その握手もほどほどに、彼はゆったりと腰掛けると、再びティーカップを傾け始める。今度は香りを楽しむつもりなのか、目を閉じて心底リラックスしたように小さく息を吸っていた。
「機械生命体からは、様々な方面で力の持った者たちを呼んだ。今度はアンドロイド側から紹介させてもらおう」
「それじゃあ私だな。私は、アネモネ。アンドロイドレジスタンスを取りまとめているリーダーの一人だ。夜の国側のリーダーは、依然として凶暴な敵性機械生命体を相手取った作戦を展開しているため、彼の代理も勤めた……ああ、実質レジスタンスの代表という立場になるか」
続いて、最後に残った一人となる。
「人類軍、新型歩兵部隊として設立されたヨルハ部隊の総司令官、ホワイトだ。この会合によって、我々アンドロイド側としては友好的な機械生命体と正式な形で友好条約か、それに並ぶものを結びたいと思っている。……尤も、この会合に答えてもらっている時点で友好に関しては肯定的だと受け取らせてもらうがな」
辺りを見回せば、アダムが意味深な笑みを深める以外、機械生命体側は皆一様に頷く様子が見て取れた。
「どちらかと言えば、友好を結んだ上での細かな取り決め、その雛形を作りたいと思っている。そしてこの日までに時間を置いた理由もあるため、後に説明しよう。だがまず片付けたい問題が一つだけ」
ホワイトが目配せすると、6Oがいつものお転婆な様子を悟らせないような、美麗な動きであるものを各員の席の前に置き始めた。コト、と音を立てるソレは紙媒体の契約書のようなものではなく、ある意味で機械らしいデータチップであった。
機械生命体側は、それを受け取ると迷いなく自分に差し込み、データを閲覧する。アダムも腕のグローブのようなものの表層をスライドさせ、露出した手首のコネクタからデータを読み込んでいた。
「友好……いや、和平において末端同士でも衝突を避けるため、まず守ってもらいたい一覧だ。我々アンドロイド側は、それと寸分違わぬ内容に同意を示してある。だが内容は基本的な部分のみ。実際に話してみて、細かい部分を裁定していくつもりだ」
「レジスタンスとしてはこれ以上無いってくらいの条件だからね。夜の国のリーダーも同意してくれたから、実質アンドロイド側の総意って所かな。どうかなパスカル、君たち側の条件は、頷けそうか?」
「私は、特に問題ありません。皆さんはどうでしょう?」
答える前に、イデア9942は同意を送信。
キェルケゴールは思案したようだが、最終的に今後の話し合いで認めてもらいたい点を話し合うつもりもあってか、目を閉じて同意を送る。アダムは彼らの様子を楽しむように見つめながら、読んでいるのか分からない態度で同意を送信した。
ひとまず、この時点ですでに彼らの和平は結ばれたようだ。
「それでは―――」
そうしてヨルハ司令官ホワイトが続けようとした瞬間だった。
「司令官!!」
端末の画面を見ていた6Oが、悲鳴のような声を上げながらホワイトへ報告する。
「バンカーのメインサーバーに攻撃を検知! 論理ウィルスにも似た攻撃的なプログラムがバンカーの迎撃機能を乗っ取ろうとしています!!」
「なんだと!? やはりこのタイミングで仕掛けてきたか……! N2!!」
持っていた紙の資料を、思わず握りつぶすホワイト。
彼女がN2の名称を知っていたのは、2Bと9Sからの報告だ。敵性機械生命体のネットワーク上に構築された自我データ。ここからはイデア9942のメールの返信で知ったのだが、それが進化を目指し、バンカーを淘汰圧のために追い込み、互いに進化をするため攻撃を仕掛けてくる可能性が高い事も予測されていた。
他にも、現在バンカーはイデア9942が用意した膨大な演算能力を持っている状態だ。何度も忍び込んだことがあるN2側にとって、自分を更に強化するためにバンカーは格好の餌でもあった。
「会談は中止かな? ヨルハの司令官」
アダムが足を組みながら問いかけてくるが、ホワイトは首を振る。
「いいや、今は動くべき時ではない。それに、私が居なくとも今のバンカーは回る。……ほんの数日で、そうなってくれたからな」
「ほう? 随分と自信に満ち溢れた言葉だ。とてもではないが、あのおんぶにだっこが無ければ動けない人形共のリーダーとは思えないな」
「悔しいが、少し前まではそうだったさ。だが、今は違う」
人間であれば冷や汗を垂らしていたであろう表情で、ホワイトは薄く笑う。
「話し合いを続けよう。バンカーは大丈夫だ……そうだろう、イデア9942」
「…………さて、どうだろうか。生憎とアンドロイド側の事情には疎いんだ」
イデア9942は
返答としてはこれで十分だったのだろう。よく言う、と紡ごうとした言葉を押さえ込んで、ホワイトは心配そうに見つめるキェルケゴールやパスカルの視線を振り払う。
「ヨルハは現状、最高戦力に等しい戦闘部隊だ。……人類会議の決定から離れているからこそ、更に強くなったのは皮肉としか言いようがないが、な」
こうして機械生命体たちと手を取り合おうとしている事自体、ヨルハの創造主の望むところではないのだろう。だが、知らされた真実を知った今、その滅ぼすために生み出した創造主の意向に、最後まで従うつもりなど毛頭ない。
ホワイトは強がる態度ではなく、悠然とした態度で隊の無事を確信している。だから改めて、こういうのである。
「まずは迷っていた教祖キェルケゴール、君の意見から聞かせてもらえないか」
「……あいわかった。貴殿がそれで良いのであれば、我は何も言わぬ」
会合は、つつがなく進行する。
次回、バンカーにおけるヨルハの対応とは…?
ちなみに2Bと9Sは会場に居ません。
A2はその辺