イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
ニーアオートマタ始まります
「攻めてきた…! 行くよ9S!」
「了解!!」
バンカーの重力を操作された、縦円形の独特の廊下。カツカツと黒塗りの靴を鳴らして駆け回るヨルハ機体たちの中でも、特に冷静な様子で一点を目指す二人組が居る。その人格データは2番と9番、そのモデルは戦闘型と諜報型。2Bと9Sだ。
「飛行ユニットの使用を申請!」
『飛行ユニット、及び火器使用を許可します。急ぎ迎撃に向かってください』
駆け込みながら叫び、2Bは首だけを軽く後ろに向ける。
「発艦準備!!」
「ハッチオープン! 敵性機械生命体の侵入を阻止します!」
2Bは格納庫に行くと、設置されているHo229に組み込まれるように搭乗し、司令部の6O代理である21Oへと武装の申請。同じく乗り込んだ9Sと共に格納庫から発艦、直後にその漆黒の機体は、小隊リーダー機としてカラーを白に変える。
その隣をピッタリと9Sが並走し、宇宙空間へと飛び出た彼らにはバンカーの周囲に漂う大量の飛行型機械生命体で埋め尽くされている様子を視認する。
「うわぁ、見てください2B」
発艦直後に9Sが指をさしながら言う。
「あの方角からバンカーに向かって正確に打ち込まれてきているみたいですね。駒の損壊は気にせず、敵はとにかく量だけを送る作戦のようです」
宇宙空間であるため、肉声ではなく通信ではあったが、9Sが指摘した内容を裏付けるように、2Bが戦闘ゴーグル越しに見つめた敵の状態は、四肢が一部欠けていたり、飛行ユニットであればプロペラが破損していたりと、逆に五体満足である敵個体のほうが少ないのが分かる。
だが、問題はその量。100や200を遥かに超えた、幾千もの戦力がバンカーに向かって打ち込まれている。すでに戦闘を始めている部隊も居るようだが、うねりを上げる大波に対してバケツで水を掻き出そうとするようなものだ。
「焼け石に水、ですか。バンカーの防衛機構が破壊されないよう立ち回ることが重要になりそうですね」
「機銃一つが破壊されるだけでも損害は大きくなる、か。9S、策はある?」
「とりあえず戦いながら算出していきます。バンカーを守りましょう!」
「了解」
バンカーから放たれる機銃やレーザーの飛び交うなかに突っ込み、2Bたちは搭載されたビームガンから無数の弾丸を吐き出し、黒黒とした砂嵐を思わせる機械生命体の群れに突っ込んでいく。
無数に放たれる白ともオレンジとも取れる光弾の威力は凄まじく、数発触れるだけで機械生命体の体はバラバラのデブリに変えられていく。接近して回転するブレードを振りかざしてくる敵に対しては、大型のビームレールガンの発射口隙間に生じさせたエネルギーブレードで、一刀のもとに切り伏せていく無双っぷりである。
弾け飛んでいく敵の装甲がデブリとなり、また別の敵を破壊する要因になる。その中を2Bや9S、そしてその他ヨルハ機体たちが操る飛行ユニットが飛び交い、バンカーの迎撃砲で仕留めきれなかった相手を処理していく。
一見一方的にも見える展開は、しかし時間が立つに連れてヨルハにとって不利になっていた。敵とて、破壊されるためだけに来ているのではない。打ち込まれたエネルギー弾はヨルハ側よりひどく劣るとして、これほどの量だ。避けきれるわけがない。打ち消すことは出来ても、小さな被弾が幾度も重なり、戦闘を始めてからほんの10分ほどで、一部の飛行ユニットはラダーやエレボンなどが欠けている機体も見受けられてきた。
「見つけました! 2B、この前のパスコードで強化されたバンカーの演算機能を使うんです!」
「どういうこと!」
言いながら、機体を360度回転させ、寄ってきた小型の敵を一掃する。
組み込まれているように見える飛行ユニットの隙間から、短い銀髪を揺らし歯を食いしばる彼女の余裕のない表情が伺える。
9Sは手短に済ませるべきだと決意し、飛行ユニットを人型迎撃モードから飛行形態へ。レールガンから変形した、長く特徴的な後方レーダーの斥力リングを小さく前方へ押しやると、点火していたブースターの火力を上げて一気に突き抜けていく。
「バンカーにこれほどの軍勢を送り込み、いかにネットワーク上に芽生えた自我だとしても奴らにとってはデータの送受信するアンテナが無い、遥か彼方の場所になります。それにN2が直接操作しているなら、もっと敵個体の動きは良いはず」
だが、9Sの言葉を裏付けるように、攻撃してきている敵は大雑把に統率された動きしかできていない。そして話に聞いていたN2の性質上、学習して対処してくるはずだが、その徴候すら見えない。
ともなれば、この場においてN2の自我はバンカーの機械生命体にまで届いていないというコト。そして統率されているということは、これを指揮する個体がこの周辺に居るかもしれないということ。だが、9Sの見つけた、という言葉から察するに……。
「…そうか」
ここまでで、2Bも彼が何を言いたいのかを察し、バンカーへ再度通信する。
「バンカーに要請! 9Sの援護射撃を!」
『こちらバンカー、了解しました。迎撃装置の一部を9Sの援護にあてます』
21Oの淡々とした声が2Bに届き、人間であれば超Gでミンチのトマトになっているであろう起動戦闘を行う9Sの動きを予測した、正確な援護射撃が行われ始めた。最新型の飛行ユニットとは言え、個人運用の戦闘機。それとは比較にもならないほど大口径の光弾が敵性機械生命体に接触した途端、抵抗など許さぬ一撃が機械生命体の動力を貫き、スクラップを乱造していく。
9Sは味方識別信号を信頼し、ジグザグとしていた軌道から、まっすぐとした軌跡を引き始めた。目指すは先程発見した、特異な信号を広範囲に発している様子の中継機体と思わしき個体だ。
「ッ! ポッド、マーキング!」
『識別個体登録完了、マーク』
援護射撃が9Sの前方から迫っていた小型機械生命体を破壊した瞬間、その爆発した煙の向こう側にターゲットを改めて捉えた。戦闘ゴーグル越しに見える景色に、消えることのない赤色の下三角が表示される。
再び機械生命体の群れの中に隠れようとする個体は、見るからに電波を増幅させる機器を体に巻きつけていた。
「
「皆、9Sの援護をお願い!」
広範囲通信で呼びかければ、爆風を突っ切って2機のヨルハ飛行ユニットが9Sの方向に向かうのが見て取れた。
「了解っ! そっちに向かうよ!」
「待ってて9S君!」
現れたB型ヨルハ機体が9Sの前方に並び、近接攻撃で竜巻のように渦を作る機械生命体たちに切り込みを入れる。台風の目こそが安置であると油断していたのか、再び顔を合わせることになった9Sという天敵を前に、ドーム状のアンテナのようなパーツが特徴的な敵個体は、ぎょっとするように体を震わせていた。
「今だ! ハッキング!!」
9Sたち、スキャナーモデルだけが、常時許可されているハッキング機能。その特権を用いて、9Sの自我データが敵の自我内部へと侵入する。
歪み、白く染められていく景色。
重苦しい鋼鉄が詰まったからだから抜け出した自我データは、電子的な世界の中へと降り立ち、今その一歩が敵の中を踏みにじった。
『……ここか。やっぱり防壁が厚いな』
侵入すると同時、隔壁が下ろされ攻撃的なプログラムが9Sの自我データを直接削り取ろうと攻撃を仕掛けてくる。だが、所詮は敵も操られているだけの機械生命体であり、何度も忍び込んできたがゆえにパターンは限られている。といっても、今回ばかりはそうとも限らない。
『体が……重い。阻害も何重にも掛けられてる。そりゃ、そうだよねぇっ!!」
石を背負っているかのように重苦しい体で、彼は攻撃性防壁プログラムの弾丸をなんとか躱す。まぁ、こうして防壁が本気を出してくることは予想済み。だからこその、バンカーに直結された演算機能を間借りするときだ!
自身に照準を合わせてくる、バリアに守られた敵プログラムの核。無数の接触・非接触弾を織り交ぜた射撃を難なく右回りに駆け巡りながら走り抜けると、9Sは敵プログラムの4方向を安定させるように設置された支柱状のプログラムを攻撃し、破壊する。
途端に核を守るシールドが剥がれるが、最後の抵抗と言わんばかりに全リソースを攻撃に割いてくる敵プログラム。3WAYになった弾丸は、しかし中央の発射口が自機狙いであるため、容易に避けることが可能だった。
『最後の抵抗お疲れ様。ああそれから、君のお仕事だけど僕が代わってあげるよ』
聞こえたとしても、その意味の理解は出来ないであろう。
『プログラムの書き換えを開始、バンカーと僕の演算機能を繋いで、逆流する接触型トラップも解除!』
それを分かっていながら、9Sはほくそ笑みながら剥き出しになった攻撃的なプログラムを破壊し、敵のさらけ出されたデータベースに侵入する。イデア9942から渡されたパスコードがもたらした、バンカーの大幅なシステム面の強化。
そしてその項目の中には、個人でバンカーの演算を間借りするプログラムも用意されていたというわけだ。こうなってしまえば、ほぼ電脳空間では無敵に等しいスキャナーモデル9Sの独壇場である。
一見無造作に並んだ文字の羅列だが、今の9Sにとっては、窓の外から見えるリビングに置かれた、開いたままのキャッシュカードと預金通帳のようなものだ。文字通り、丸裸にするのは赤子の手をひねるよりも容易い。
過去、グリューン戦の折にイデア9942から直接演算補助をされた時の感覚があるため、9Sは滞りなくそれらの作業を終わらせていく。
ちょちょい、と軽く手を動かして笑みを浮かべた彼はハッキングを解除し、現実の空間に意識を引き戻した。ハッキングというデータ上の攻防戦は、現実時間に換算すればほんの0.1秒にすら満たない短い時間。
だが、突如としてその場からの離脱を始めた9Sの飛び方で察したのだろう。援護に来ていたヨルハ機体は9Sから離れ、代わりに2Bが彼のもとに近づいてくる。
「やったの?」
「はい、あとは此方から……」
特殊個体へと手を伸ばすと、糸の切れた人形のように垂れていた特殊個体は激しく身体を振るわせ、目に宿していた赤い光を翠のそれへと変えていく。それと同時に、暴風吹き荒れる砂漠のような様相だった敵性機械生命体の大群も、徐々にその動きを停滞させていく。
ピタリと動きを止めた途端、更に送られてきていた敵性機械生命体が味方の停止する体にぶつかり爆発。次々にレミングスを彷彿とさせる連続自爆特攻をさせられていく。
「まだまだ、ここからです。2B、しばらく僕の体をお願いします! なるべくマークした操作機に近づけてください」
「分かった。ポッド、9Sを飛行ユニットからパージ。自動航行で格納庫に戻して」
「了解。飛行ユニットパージ」
9Sが飛行ユニットから弾き出されるように2Bの胸元へと飛び込むと、彼女に抱えられたまま再び意識を潜行させる。膨大な電子データの防壁も、一度乗っ取った機械生命体の中は9Sが主人であるかのように迎え入れた。
『うん、偽装信号は出したままか。でも気づかれるのも時間の問題……さぁて、スキャナーモデルの真価発揮といきますか!』
両手を突き出し、9Sは機械生命体の回路にアクセスを始める。
弄り始めるのはこの特殊機体にのみ見られる特有の機能、命令系統の拡張機能だ。この周辺にいる機械生命体の回路にはこの機体から発せられる指令を受け取るような設計がされているらしく、故に9Sがこうして乗っ取ってしまえば後は思いのまま。
操り人形の切れた糸を手繰り寄せ、9Sはその後ある命令が持続的に出すよう、プログラムを書き換えていく。
『よし、脱出!』
あとは野となれ山となれ。バンカー周辺の敵はおおよそ自爆した。だからこその命令書き換えである。
これでこの個体が破壊されるまで、周囲の機械生命体はもと来た場所に対して向かっていくようになった。つまり、送り込まれていく通路で先程以上の同士討ちが発生するわけだ。それこそ自分の意志を無視して、受信するこの特殊個体の信号一つで運命を左右されるのだ。
「っと、ありがとう2B」
意識が戻った瞬間、不意に動いて崩れ落ちそうになる体を2Bが抱え直す。
2Bは彼を見下ろしながら、口元に笑みを作ってそれに答えた。
「とりあえず、これで後は相手が気付くか、それか襲撃をやめるまで……いえ、そう簡単にやめるとも思えませんけどね」
彼が見つめる先には、大量の機械生命体の黒くうごめく海流同士が衝突するかのような圧倒的な光景が広がっている。これだけ多いと実感も薄れてしまうが、アレら一機一機が機械生命体の生命であるのだ。
パスカルやキェルケゴールと同じ命。それを今、9Sはハッキングして書き換えた命令一つでそれらが失われるように仕向けた。
「この戦争で指揮をする司令官は、こんな気持ちだったのかな……」
垂らした両手を強く握り、彼はうなだれる。
これがバンカーを守るには正しいことであるとは理解している。そしてどのみち、相手を破壊するのは決定事項だったのだ。それでもだ、何とも言えない気持ちは、心に孔を開けるような冷たく尖い針を突き刺していた。
「全ての存在は、滅びるようにデザインされている。あの機械生命体たちは、元々ここで破壊されるのが製造目的そのもの。…それが少し早まっただけだから、9Sは悪くないよ」
「……そうかな。パスカル達を見てたら、機械生命体っていう相手のことを考えるようになってるんだ。前みたいに、ただそういうものだからとなんて、扱えなくなっちゃったみたいだ」
一つの命として、相手を見ること。それは素晴らしいことであるのだろう。だが、時に冷酷無比な戦闘機械でなければならない彼らは、その観点を持ってしまったが故に苦しむことになる。
その命と認めた相手を、何体も何体も何体も何体も何体も殺さなければならない。
ただ破壊するのだと、目をそらすことができなくなる。
9Sは知りたがりだ。ありとあらゆる知識は、最近の2Bとの話題に事欠かない程。そして9Sは知るために、考える。ずっと考える。考えた末に、いつも袋小路にハマっていく。真実に到達し、いつもならそこで消されている。
だが、こうして生きているからだろう。殺されることでリセットされる悩みは、少しずつ9Sの中に迷いを生み出していき、そしてこのような形で爆発した。
「いつも、君は考え過ぎ」
『これより飛行ユニットをバンカーへ帰還させる。航行モード起動。2Bに提案:バンカー司令部から、地上の司令官への報告』
ポッド042との声に出さないやり取りにより、二人を載せた飛行ユニットはゆっくりと格納庫へと帰還の道を進み始める。
「敵は敵で、守る相手は相手。一つの命を通して全体で考えなくても、良いと思う」
2Bは彼と違い、そこまで深く考えることをするような性格ではない。性格というよりも、任務に従わなければならない特殊な状況下であるからか、即断即決の癖がついてしまっているからと言ったほうが正しいか。
そんな彼女は、相手が機械生命体だとか、相手がアンドロイドだとか。種族に関する壁はほとんど気にしないようになってきていた。
イデア9942との出会い、パスカルたちの暮らす姿、ヨルハの脱走兵達の笑顔、圧倒的な破壊を撒き散らした超巨大機械生命体との戦闘、アダムとの対話、地下での奇妙な共闘。9Sと同じ経験をしてきているが、彼女の感じ方は彼とは違っていた。
「だから9S、割り切るのが大事……9S?」
格納庫に降り立ち、自分の考えを述べようとした2Bだったが、抱えている彼の様子が可笑しいことに気付く。苦悩している様子だったから気づけなかったが、いつの間にか彼は頭を抱えて苦しそうに呻いているではないか。
まさか?
最悪の想像が頭をよぎる。
「9S、しっかりし――」
肩を掴み、頬に左手を添わせて顔を合わせた瞬間。
赤い光が、彼の瞳を染め上げていた。
もう一度言います
お ま た せ し ま し た
ニーア オートマタ はじまります