イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
戦闘描写なんてやってられるか!!
――通信記録――
「ポッド153からポッド042へ。応答せよ」
「…………」
「ポッド153からポッド042へ。応答せよ」
「………」
「ポッド153からポッド042へ。応答せよ」
「…………」
「ポッド153からポッド042へ。応答せよ」
「………ポッド042からポッド153へ。機能の復元が完了した」
「了解:現状況を開示せよ」
「当機、ポッド042は随行支援対象2Bの元を離れ、現在砂漠地帯の廃墟の一部に放置されている。機能停止中のレコーダー映像を元に現状の把握を開始。……圧縮言語にて情報共有を提案」
「了解。圧縮会話モードを起動」
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「圧縮会話モード終了。理解した。脱走個体A2との接触により、さらなる情報収集を期待する」
「了解した。……ポッド042からポッド153へ。ヨルハがヨルハ計画のプロトコルを離れたというのは真実か」
「ヨルハ部隊総司令官ホワイトは機械生命体と同盟を締結させた。真実だ」
「そう、か。了解した。以降の情報共有を待て」
ポッド153との秘匿回線を切り、ポッド042が浮かび上がる。あの衝撃の最中、一時的にバンカーのメインサーバー、及びソレに二度の敵味方からの改変を受けた影響で思わぬ機能停止をしていたが、ポッドたちのあずかり知らぬ間に、随分と世界は異なる回り方を見せている。
あるいは、変わらなくてはならないのは自分たちの方なのかもしれない。ポッド042は思う。まるでアンドロイドどころか、人間にも匹敵するおこがましい感情論だと。それを己の中から切り捨てるが、彼自身そうした思考が出来ているという異常性に気付くことはなかった。
「起きたのか」
思考の渦にハマりかけていたところで、ポッド042を回収した張本人――A2が岩の向こうから姿を見せる。くるりとそちらに向き直ったポッド042は、ひどく無機質に答えた。
「訂正を要求。我々ヨルハ随行支援ユニットであるポッドに起床の概念はない。正しくは再起動した、が適切」
「……妙なもの、拾ってしまったのか? 私」
がさつに頭を掻きながら、最近こういうわけのわからないものだらけだと愚痴をこぼすA2。ボサボサに伸びたロングヘアー、それらに目が行きがちだが、顔立ちをよく見ればゴーグルを取った2Bに生き写しの表情をしているのがよく分かる。
2Bは同じ2号モデルという体を用いた後継機なのだから、そこは当然なのだが。とはいえ、人間と違ってポッドたちは同じ顔に思い入れするような心を持ち合わせていない。完全に別のものとして、そして情報を得るために、ポッド042は会話を試みる。
「互いの情報交換を提案。私は随行支援ユニット『ポッド042』、ヨルハ機体の射撃支援を担当している。大規模な電子攻撃を受けた折に機能停止したところを、A2に拾われた。現在自己修復が完了したため、再起動を果たしている」
「……」
「A2の情報開示を要求。此方の情報をもたらした対価があって然るべき」
「その前に一つ教えろ」
ポッド042の要求を突っぱねたがA2が、高圧的に睨みつける。
「ヨルハ部隊は壊滅してしまったのか?」
「否定。ヨルハ部隊は拠点であるバンカーを失ったが、新たな拠点を作成し活動休止状態にある。また、友好的機械生命体との同盟を締結させ、敵性機械生命体への警戒強化にも乗り出している」
「……機械生命体と、同盟?」
「A2の疑問に肯定」
再び訪れる沈黙。
彼女は無言で背中を岩に預けると、力が抜けたのかズルズルと座り込んだ。
「だから、ここの所……」
「提案:先の情報開示の対価として、A2の情報開示を要求する」
「うるさいっ! 今考えてるんだから黙ってろ!」
「否定:当機体は随行支援対象2Bの命令によってのみ束縛が可能。よってA2の命令に拘束権限はない」
「ああもう口が減らないやつだな! 教える理由はない!」
「肯定:ヨルハ部隊を脱走した個体A2に現所属機であるポッド042の提案に従う理由はない。だが、随行支援対象から離れた以上、最も近くにいるヨルハ機体を支援対象にするようプログラムされている。また、行動目的及び情報の開示が無い場合、要請プロセスが30秒に一度、繰り返される事となっている」
手をくるくると回しながら話すさまは、どこか人間を彷彿とさせる。だが、その行動すらもA2にとっては苛立つ要因になるだけである。そんな中でA2を唖然とさせるポッドの行動プロセスが開示されたことで、不満が口をついて吐き出された。
「はぁ!?」
「推奨:何かしらの目的の開示。頻繁な会話はエネルギーの無駄と判断」
「ああもう!! ゆっくり考えさせてもくれないのか!!」
一度取り憑いたからには離れない悪霊のように、そこからは延々とA2について回るポッド042に、A2は渋々ながらも同行を許可することになった。とはいえ、彼女が折れたのは半日もの時間を要したが。
ポッドの粘り勝ち、というよりもあくまでプログラム然として行動するポッド042の猛攻に、より感情的な人格を搭載されたA2では対抗しきれなかった相性の問題でもあるだろう。つっけんどんな態度の裏腹、破壊を選ばない優しさがもたらした自業自得とも言える不利益だ。
どちらにせよ、答えた分だけ必要とするヨルハの情報がある程度回ってくるため、A2は次第にポッド042との会話もそれなりに交わすようになっていく。ポッド042も、ポッド達の思惑を遂行するため本来の随行支援対象である2Bの元に帰ろうとする動きは見せなかった。
また、ポッド153もポッド042と同じタイミングで機能停止させられてしまったため、9Sを単独で捜索するという状態にある。ヨルハの助けを借りず、非効率的なそれらの行動が、何よりもポッドらしくないという事に気づかずに。
この世界とともに、小さなものも確かに変わり始めていたのだ。
「2B」
岩盤下のアクセスポイントに隣接されている、クレーターの上へ通じるハシゴ。そこから突き出た地下パイプの先に座り込むのが、最近の2Bのお気に入りの場所だった。
だからこそ、こうして一人でたそがれている彼女に遠慮なく声を掛けるものが居るというのは珍しいことだ。最も、彼女らヨルハの同居人が何よりも慇懃無礼であるのは周知の事実であるが。
と前置きをしたのだが、生憎と今回話しかけたのは大家の兄の方ではなかった。
「イヴ…か。驚かせないで欲しい」
「ん、そうか。悪かったな」
「だけど君が話しかけてくるなんて珍しい。どうしたの」
「最近のお前、結構張り詰めてるみたいだからよ、なんつーかよぉ……見てて、嫌ンなるから止めに来た」
「……張り詰めてる、か」
9Sの捜索は一向に進まない。
ヨルハの拠点がエイリアンシップに移ったことで、アダムが再び管理を始めた白の街、そこから通じる「施設」にも偵察部隊が送られたことがあったが、かつての道も、広大な空間も全てが崩落してしまっていたため、9Sが「施設」内に居る可能性もほぼゼロに等しい。
それからも心当たりの限りを当たってみたが、2Bが求める9Sの情報は、断片すらも見つからなかった。21Oも日に日に、焦る姿が目立ってくるがオペレーターモデルという立場上、職務を離れるわけにも行かない。ヨルハの立て直しには必要不可欠な、そして希少な人材なのだ。毎日ヒンヒンと泣き言を漏らす6Oを隣に添えられながら、死んだような目で情報処理とエイリアンシップのプログラム改変を行っている。
そんな中で、戦闘部隊である2Bたちは現状最も暇なヨルハ部隊員である。瓦礫撤去などの力仕事は100人弱のヨルハ機体にとっては苦にもならず、あっという間に済んでしまった。
暇な時間を利用して、2Bは何度も何度も廃墟都市を離れ、時にはパスカルのところへ、時には公開されたイデア9942の拠点を訪れ、情報のほどを聞きまわった。だが、見つからない。
何も、その痕跡の一片すら見つからないのだ。
特にイデア9942が最後の頼みの綱だと無意識に考えていたためか、彼の拠点を後にしてからは、2Bが発するどんよりとした雰囲気には拍車がかかっていた。
元来より楽しいことと、兄であるアダムの役に立つことが大好きなイヴは、そうして部隊の中でもより暗いオーラを発する2Bが気に食わなかったというわけだ。だから話しかけた。理由なんてそれだけで、2Bが考えていることなんて微塵も気にしてはいなかった。
「ほら」
「……りんご?」
「人間はコレを喰って知恵を身につけたんだって、兄ちゃんが言ってた。だから俺も、これを喰ってから勉強してたら、いろんなことが覚えやすかったんだ。だからさ、なんつうの、コレ喰ってまた探せばいいじゃんか。そしたらわからなかったところに気付くって。絶対さ」
だが、それでも。
誰かを元気づけようとする事が悪い訳がないのだ。
彼なりに気遣おうとする気持ちが、届かないはずもないのだ。
「……ごめん」
「謝るなよ、ほら、食えって。絶対分かるようになる。だって兄ちゃんの言うことに間違いなんてないからさ」
「そう、かもしれないな」
しゃく。一口かじったりんごは、人類が死滅してからもアンドロイド達の手によってその形を保ってきた。だが、いつか現れた人類に美味しいものを提供したい。その気持が、りんごの品種改良も進められてきた。
「おいしい、な」
9000余年に渡る進化の味は、たしかに美味であった。
かじった側から溢れ出す果汁。舌触りの良い甘さ、硬すぎないみずみずしさ。荒んだ野原のように足りなかった2Bの「心」を、イヴの優しさが詰まったりんごが解きほぐしていく。
3つ、4つ。
ふいに、2Bは口元を乱暴に拭って、りんごを持った手を膝においた。
「……もう、食わないのか?」
「いや、もう、お腹はいっぱいだよ」
食べきれるわけがなかった。
機械生命体にまで気遣われて、2Bはどこか自分のことが情けなくも思ったのだ。9Sが見つからないと言う情報を得るたびに、心の何処かで諦めが生じていた。彼が最後に発した逃げろという言葉に、甘えようとしていた。
「アンドロイドって案外少食なんだな。俺たち、なんだって食えるんだぜ」
「そう、なのか。羨ましいよ、私たちはそこまで食べたことがないから」
「イデア9942も言ってたぞ、
「本当にアダムのことが……兄が好きなんだな」
「ッ! 当たり前だ! だって兄ちゃんが大好きだからな!」
兄が大好きだから、彼の喜ぶ事がしたい。
その言葉が、何よりも今の2Bに突き刺さった。
そうだ、9Sはこうして逃げてばかりで本当に喜ぶのか。そんなはずはない。彼も、彼なら……私は、彼と会いたい。隣に居て、一緒に過ごして、叶うことなら、ショッピングなんかも楽しんで。そんな未来を生きたい。
せっかく約束したんだから、せっかく全てを打ち明けたんだから。
「その全部を、無駄になんてしたくないよ。ナインズ」
「……やっと笑った。よし、笑ったから俺は兄ちゃんとこ戻るぜ。じゃあな」
「ありが……もう、行ったか」
自分の目的を果たしたから、此処に居る理由はないと、イヴはすぐさま姿を消した。
「っはは、ありがとうイヴ。……機械生命体も、アンドロイドも、気にしてる場合じゃないってのはよくわかったよ。私も、私の決めた事を曲げずにいくから」
2Bが、立ち上がる。
永遠に変わらない昼の陽光に白銀の髪を揺らして。
もう、目を背けるためのゴーグルは必要ない。ポッド042もいない。軽くなった体、開けた真実の視界。手に持つのは、剣が二本。元来は敵を倒す為ではない。道を切り開くために作られた剣。草薙を語源とするそれを手に、2Bは大きく跳躍する。
数時間後、ヨルハ部隊から2Bの姿が消えたという報告がホワイトのもとにもたらされる。結局日付が変わっても彼女が戻ることはなかったが、彼女がよく座っていたパイプの先には文字が刻まれていた。
『9Sを探してきます。必ず戻ります。2B』
報告を聞いたホワイトは、最初は怒鳴り散らしていたが、次第に彼女を笑顔で送り出した。もはや言葉が届くことはないと知っていても、どこか遠くにいる2Bへ、きっと聞こえていると信じて言ったのだ。
「待っているぞ、2B。そして迎えに行くまでに見つけてこい」
晴れ晴れとしたホワイトの表情は、近年稀に見る清々しさであったらしい。
イヴの口調あってたっけ。
いやマイルドになったしこんなもんですかね
どちらにせよ毎日投稿とかよく出来てたな……今となっては無理だわ
今回も連日投稿じゃないですしね