イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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 2B失踪の知らせは、すぐさまイデア9942の元にも届いた。ヨルハ部隊が地上で暮らすようになってからというもの、機体チェックも担当するようになったことでヨルハ部隊員とよく会話も交わすためだ。

 

「そうか、2Bが」

「いつもの姿を見てきただけに、いきなり隊を離れて単独行動するなんて今でも信じられないわ。数々の功績を残してきた2B、9Sのコンビは一目置かれていたけど……それだけ一緒に居たから、特別な感情を持ったのかしらね」

 

 その日、イデア9942の工房に訪れていたのは7Eだった。ヨルハの中でも2Bたちに次いで、彼との交流が多い機体である。勿論、この状況は11Bにとって面白くないものなのだが、次第にヨルハの現状の理解と、一種の共感を覚えたことで11Bの態度もそれなりに軟化している。

 気まずさはまだまだ残っているため、11Bは今工房の奥に篭っているが。

 

「喜ばしいことじャァないか。祝福するに値するがね」

 

 イデア9942にしてみれば、ヨルハが当初の予定の根本から否定されるような現状には大変満足の状態である。だからこそ、迷うヨルハにはこうして感情を持つことを肯定し、メンテナンスとともに心のケア(と言う名の価値観の押し付け)もしているというわけである。

 

「…今まで抑圧されていた感情を抑えなくてよくなって、大分変な感じはあるけど……貴方みたいなのに肯定される、ってのも更に変な感じね」

「直に慣れるだろう。ほら、終わッたぞ」

 

 この7Eで、バンカー墜落時に負傷したヨルハの全機体は修復が完了した。

 あとはホワイトからの接触次第で、全面的にヨルハと関わるかどうかが決まってくるだろう。イデア9942はそれら全てを受け入れるつもりであるが、まだまだ機械生命体という憎き存在に頼る状態を良しとしない者も多い。

 

 時間とともに何度もぶつかり、傷つきながら、角を削って。

 いつしか柔らかなふれあいが出来ることを信じているが。

 

 彼の腹の中を知らないヨルハにとっては、しばらくは心やすまることのない日々も続くだろう。現拠点でもあのアダムが大家となっているのだから。無理やり機械生命体のビッグネームと関わらせるという荒療治を目的としたのも、否定はできないが。

 

「……ほんとに体が軽いわね」

「これは他のものにも言ったが、ヨルハは幾つか、あえて構造上に欠陥が生じさせられている。それらの隙間を埋め効率的にし、余分な処理を行ッていた部分を省略すればそんなものだ。出力に関しては自分で好きにパーツの取替を試して調整すると良い」

 

 手に持っていたカルテを置いて、イデア9942はそこに書き込み始める。

 覗き込んでみるが、7Eには全くわけの分からない数字と文字の羅列である。イデア9942が簡単に診れたとしても、ヨルハ機体のパーソナルデータを含む機密案件だ。書き込む時点で暗号化されているのだから仕方がないが。

 

 そうして負傷していた部品を既存の規格と同等の物に置き換えた7Eだが、彼女も少しばかり他人との違いを明確にしたいタイプだ。B型とほぼ同じ構造であるE型。だからこそ、対人専門の特殊な機能が欲しいという欲望もある。

 

「あ、そうだ。パーツといったら、貴方の11Bと同じものは付けてくれないの?」

 

 だが彼女もまだまだ知識不足。どのようなパーツが自分を望む方向に進化させるのかが分からない。

 なのでとても身近で、かつ全体的にチューンナップされている11Bを引き合いに出してみたのだが、彼女はほんの数秒で後悔することになった。

 

「付けられるが、値は張るぞ。ほら」

 

 イデア9942が余った用紙に書いた値段は、ヨルハの予算案でも見ない値段であった。

 

「うっわ、これ0の数間違えてない? 4つほど小数点だったりしない?」

「適正価格の十分の一だが」

「あの子が規格外なわけだ……」

 

 額に手を当て、がっくりと項垂れる7E。

 実はエイリアンシップの瓦礫を撤去したスペースは、そのまま体を動かすことが出来るトレーニングルームに改築されつつあるのだが、この数日の間でヨルハという大部隊が、たった一体の強力な敵に対してどう動けるかのデモンストレーションを行ったことが在る。

 その際の仮想敵はアダムとイヴ、そして11B。

 

 アダムには件のケイ素と炭素の混合オブジェクトを使った攻撃で翻弄され、イヴには他を圧倒するパワーとジャンクを操る豪快さに押し負け、最後に元は同じヨルハだからと高をくくっていた11Bには、思い出したくないほど屈辱な敗北を強いられている。

 

 その際、11Bはアダム・イヴ両名よりも圧倒的に早く、センサーにすら捉えきれない高速戦闘でヨルハ一人ひとりを気絶させるという、恐慌状態に陥りかねない倒し方をしていた。よって、あの速度と正確さがあれば、と7Eは願ったのだが。

 

「まァ、此方も鬼ではない。素材を持ち込んだ時は加工費だけを取ッてパーツのアップグレードをしてやろう。自分のパーツを入れ替えることに抵抗が無ければ、ある程度アップグレードパーツのカタログと必要素材量を記載したデータを『ベース』に送ろう」

 

 そして今の会話でイデア9942が思いついたのは、単純な強化案だった。

 ヨルハも練度は高く、実際他のアンドロイドを凌駕する性能を持っているが、近年の敵性機械生命体に混じって現れる特異個体などは、そのヨルハをも圧倒する強さを持つことが多い。エンゲルスがいい例だ。2Bや9Sは内面からの攻撃や誘導を使って辛くも撃破しているが、9Sというモデルが戦闘に精通しているだけであって、4Sや12Sなど他のスキャナーモデルはそもそも戦闘能力自体がそこまで高くはない。

 

 つまり、実質エンゲルスは飛行ユニットと9Sありきでようやく倒せるレベルというわけだ。戦力が偏りすぎているヨルハは今、その9Sと最高の相方である2Bが居ない状態。この状況下で強力な敵性機械生命体が現れれば、壊滅とは行かずとも破壊されてしまう個体が出るのは必定だった。

 

「……早速草案を書いてみた。このデータチップをホワイトに渡してくれ」

「わ、わかったわ。それにしても、司令官のことを名前で呼んでるのね?」

「ん? まァ。話すようになッてから、多少親しくなッたのもある」

 

 もしかしてスキャンダルか、と野次馬根性が7Eに湧き上がるが、騒いだところで目の前の人物は「ヨルハオペ子が選ぶ得体の知れなさランキング」でナンバーワンを飾った相手である。

 藪をつついて蛇を出すとも言うし、気付かず死に至る毒牙をわざわざ触りに行く意味もない。引きつった表情で、7Eは草案の入ったチップを受け取った。

 

「さて」

 

 7Eが退室したのを見計らって、イデア9942はコンソールを操作する。

 すると床の一部が開き、下からアダムと共同開発していた動力を元にした機械――バイクのようなものが現れた。

 

「うーむ、外装はよし、動力もよし」

 

 点検を行っていくイデア9942。

 実はこのバイク、11Bと仲良くツーリングをするため――のものではない。

 

 ポッド達を参考にした重力・斥力制御システムにより壁や天井を走り、某雲のチョコボ頭を参考にした兵装収納スペース、そしてエイリアンシップのパーツやエイリアンたちが用いていた未知の動力、そしてこの世界に未だ薄っすらと満ちている魔素を利用した、戦闘用のモンスターマシンである。

 11Bが運転するのにちょうどいい規格になっており、イデア9942も搭乗可能なよう、サブ演算装置を兼ねたサイドカーも後付可能だ。

 

 動力からバイクの形にするのに3日、そしてデザインの決定に1ヶ月以上を要したこの化物バイク。とある目的のために作ったのだが、中々使うための「機会」がやってこない。

 お披露目もその時だと決めているのだが、現状敵側に何の動きも見られないため、また動きを探れないため、このバイクは埃を被る仕事だけがこなされていた。

 

「あいつ帰った? って、イデア9942。またソレ出してたんだ」

「せッかく制作したが、中々なあ。せめて9Sが見つかれば動き始めるとは思うんだが」

「N2、だっけ。イデア9942をあんなボロボロにしたやつ」

 

 愛しのイデア9942を傷つけた相手。

 それだけで彼女にとって万死に値する。

 ふつふつと湧き上がる怒りが、彼女の右手に握られていたスパナを握り切らせた。

 

「替えで直ッたんだ、そう怒るな。どうどう」

「でも、こればかりは譲れないからね。ワタシも貴方が心配なんだから」

「奴に物理的な攻撃は効かんが」

「だから奥の部屋で練習してたの、ハッキング攻撃」

「……ほう?」

 

 ただの脳筋だと思っていたが、11Bの返答は彼にとって意外なもの。

 ハッキング攻撃、たしかにそれならネットワーク上の概念人格であるN2を害する事が出来るだろう。最も、イデア9942が知る限り仮想空間上の敵モデルを破壊したところで、無限増殖が可能な相手だ。それだけで通用するはずもないが。

 

「ワタシだって色々やってるんだよ? ただ叩き壊すだけで終わる敵なんて居ない。どう壊せば良いのか、どこを狙うのか。今まではボディに振り回されてたけど、ワタシにくれたこのスペックを十全に活かせない限り、貴方の顔に泥を塗ることになるから」

 

 ソレが何よりも嫌なんだと、自分がイデア9942の汚点になることが、悔しいんだと11Bは語った。真摯に見つめる瞳と、固く結ばれた口は決意の表情だ。

 イデア9942はフッと笑った。

 

「ありがとう」

「ううん、まだそう言われるのは早いよ」

「なら、頑張らなければな。そういうことはもッと早く言え。手伝わないはずがないんだ」

「……うん。分かった」

 

 今度11B用のシミュレーションを新しく構築してみようか。

 イデア9942がそう考えて、机に向き直った瞬間である。

 

 世界が動き始める一報が、彼のレーザー通信回線を開いた。

 

『イデア9942さん! 見つけました! ついに見つけましたよ!!』

「どうしたパスカル、そう慌てるな」

 

 普段の様子からは程遠い、ひどく焦った様子のパスカルがウィンドウに現れる。だが、パスカルは彼の言葉で落ち着きを見せることはなく、ただひどく狼藉した様子で驚くべきことを言い放った。

 

『見つけたんです! 9Sさんを!!』

「……何ッ!?」

 

 森林地帯はゲリラ化した森の国の機械生命体が居るということで、11Bに捜索させたはずだった。その際すみずみまで探し回ったが、9Sらしき人影を見つけることは叶わず、森を偵察していた訓練兵以外、森の国の機械生命体が城に居なかったという奇妙な報告で終わりっていたはずだ。

 

 だが、パスカルは森の国の奥に9Sの姿を見つけたのだと言う。

 

 事のあらましはこうだ。行動的で、意外と献身的な64Bが危険を犯してよく森の奥にある天然素材を取りに行くのだが、その際に森の城に通じる崩落しかけた石橋の底、落ちてなおも凶暴な機械生命体が犇めく魔境に9Sが直立している姿を見つけたのだという。

 今パスカルに報告し、見続けているため現在も9Sの姿は確認できているのだとか。

 

「くそッ、2Bと連絡がつかない時に限ッてか……」

『2Bさんが?』

「その話は後だ。ヨルハの新拠点、『ベース』に連絡を入れたら11Bを向かわせる。この身は拠点から11Bを通じてオペレートに徹しよう。…現状、相手の出方も妙な状況だからな。11Bが到着したら64B君は下がらせておいて欲しい」

 

 拠点からあまり近くはないが、今の11Bなら一瞬で彼らの元へたどり着けるだろう。ともかく時間を稼ぐようパスカルに指示を出したイデア9942は、マフラーをグッと締め直した。

 

『分かりました。64Bさん、聞いてのとおりです。しばらくは周囲を警戒しながらその場に留まってください……え、機械生命体が投下され始めた!?』

 

 パスカルは、困惑したような声で64Bからの報告を受ける。

 その声が通信越しに聞こえた瞬間、イデア9942が叫んだ。

 

『イデア9942さん!』

「11B!」

「分かってる!!」

「いいかパスカル、まずは村を守ることを優先しろ。だが森の国と村を隔てる門は開けておくんだ。いざという時、君たちの規模では逃走経路が狭すぎるからな」

 

 言いながら、彼女に立てかけてあった三式戦術刀と改良した銃を投げ渡す。

 

『わ、分かりました。……あぁ、どうか最悪の事態だけは……』

 

 縋るようなパスカルの嘆きを聞いた11Bは、急ぎ腰と背中のホルスターにそれらを収め、ゴスロリ調の戦闘服を揺らしながら凄まじい勢いで工房を飛び出していった。彼女が一歩踏みしめた地面は、相も変わらず罅が入っている。

 

 だが、そんなことを気にする場合ではない。

 オペレート用の機材全てに電源を通したイデア9942は、並列した思考のまま9Sの目撃情報を『ベース』に送りつけると、森の国周辺を映し出す3Dマップを表示させる。

 

「……もう、未来を知るゆえの予測は通じない、が、嫌な予感もするな」

 

 こんな非科学的な体になってから感じる悪寒。

 どうか当たらないで欲しい、と願うイデア9942。

 

「自業自得と言うべきか、いや、だが掴んでみせるぞ……未来を」

 

 だが数分後、彼の願いは無残に散る事となる。

 

 

 

 場所は変わって遊園地廃墟。

 様々なところは見て回ったが、此処にはまだ足を踏み入れていないことを思い出し、ここの機械生命体達の中でも、友好的な商人などに話を聞こうと思ってのことだった。

 だが、

 

「……悪いネ、見たことなイや」

「そうか。ありがとう、これを買ってくよ」

「毎度あり!」

 

 だが、彼女の期待は外れた。

 道行く機械生命体たちに話を聞くが、9Sの目撃情報は見つからない。

 

 ともなれば、彼らでもほとんど足を踏み入れないジェットコースター周辺しか残っていない。かつて二人で稼働中のコースターにのり、狂った歌姫と呼ばれた機械生命体を破壊するための侵入経路にした思い出が蘇る。

 

 また、あのときのように話したい。

 切ない想いを抱きながら、胸を締め付ける痛みをこらえて2Bはひた走る。

 

「……ここも、か」

 

 ポッドが居ないということもあって、2Bは念入りにあらゆる場所を見回した。だが、9Sはこの遊園地廃墟に見当たらない。機械生命体たちの活動範囲外……コースターの足場が設置されている、金網の向こう側も探してみようか。

 2Bが思い立ち、心身の疲労もあいまって空を見上げた瞬間だった。

 

「……ナインズ!!?」

 

 ハート型にくり抜かれた遊園地のお城。

 その中心に、彼の姿を2Bは捉えた。

 

 その時刻は、64Bが森の国で9Sを見つけた時間と全く同じであった。

 









「疑問:A2の学習能力」
「う・る・さ・い・だ・ま・れ!!」
「当機は2Bの権限が残っ」
「あああもおおおおう!!? なんであの時こいつを拾おうと思ったんだ私!!」

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