イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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 刀を構え直した途端、9Sらしき相手は2Bを睨みつけた。瞬間、2Bの片足がガクンと傾き体勢を崩される。そこに差し込むように投げ込まれた槍を、2Bはギリギリ残された運動野を働かせて槍を弾くが、無理に動いたせいで地面に投げ出される。

 

「ハッキングか…!」

 

 バッと飛び跳ね、運動野機能を自己修復しながら2Bは武器を投げつけた9Sに肉薄する。近接戦闘型と偵察を目的とした運用がメインのスキャナーモデル。その差が証明されるかのように、9Sの反応は彼女の動きについてはこれなかった。

 

 切り上げる。

 

「ッ、浅い!」

 

 左下から右上に振り抜かれた刀は確かに9Sを切り裂いた。

 だが表皮ばかりをえぐり取った刃先は、肌色の皮と偽血液をくっつけるばかりで致命傷には至らない。

 

(いや、私が躊躇したんだ)

 

 バックステップを刻んだ9Sの手に四〇式戦術槍が舞い戻る。

 槍を持った彼の動きは覚えている。手始めの投槍と、間を置かない二の手で相手に致命傷を負わせる癖。二の手はいつも2Bが切り込んでいたが、9Sが単独で動くとするなら――?

 

「…………」

「くっ!?」

 

 ハッキング攻撃による人格データへの直接攻撃。

 バンカーから拠点を移した直後、イデア9942にシステム面のプロテクトを上げてもらわなければ、今のでシステムに多大な影響を受けていただろう。だが、運動野に攻撃された先ほどと同じく、完全に破壊されるまでには至らない。

 ポッドが居ないことで修復は遅いが、その分だけ防壁を強化しておいて正解だった。尤も、ポッドと違って一度限りの防壁に過ぎないが。

 

「でも、十分!」

 

 廊下に立てかけられてあった椅子を左手でつかみ取り、9Sに向かって投げつける。所詮は木製の大したことがない攻撃だが、9Sは機械的にそれを槍で迎撃して破壊した。

 でも、動きを見ていて分かる。あれは9Sの癖を掴んでは居るが、結局は原始的なAIによる簡素な対応、セットされたどおりのパターンでしか攻撃できない木偶人形。

 

 破壊された椅子の破片を突き破り、「白の約定」の切っ先が9Sの視界に映る。

 急ぎ左へ避けたが、慣性に引かれて逃げ遅れた右腕に2Bの刺突が突き刺さり、彼女は彼の腕を貫いたまま刃を下に落とした。

 

 宙を舞う9Sの右腕。

 

 左足を軸に、2Bが回転する。

 順手から逆手へ。持ち替えて振るわれた白の約定が9Sの首を切りつけ、鮮血がシャワーのように吹き出し、狭い廊下の壁へベットリと張り付いた。

 

「はぁ…はぁ………」

 

 嫌な感触だ。

 9Sを、紛れもなく彼と同じ姿、同じ規格の体を切り裂いた。

 

 9Sの偽物は、バタバタと地面を転がり痛みを訴えている。

 だがこんな時でも喋ろうとはしない。いや、言語という高度な演算を行わなければならない行為は出来ないのだろう。外面ばかりを似せた乱造品らしい、コストパフォーマンスを優先した偽物感のあふれる構造だ。

 

 だというのに、なんなんだ。この手に張り付いた妙な感覚は。

 殺したことは、殺したのは、殺しているのは………なんども、やってきたはずなのに。

 

「9S……私は、もうあなたを」

 

 殺したくなんてなかったのに。

 なんでだろう。ヨロコビが、カナシミが、一緒になって湧き上がってくる。

 

 アナタを殺したことがヨロコビだなんて、こんな醜い感情があるのだろうか。

 認めたはずじゃなかったのか、分かち合ったはずだった。でも、きっとそれは上辺だけ。私はまだ、貴方のことを………「■シ続ケタイ」と、思っている。

 

「嫌だ……こんな、どうして、私……」

 

 からん、と耳障りな高い音。

 武器を取り落とし、私は9Sにすがりついた。

 

 似姿でしか無いとしても、彼の思い出を感じられる、たしかに彼の体だった。

 ああ、なんて、気持ち悪い。

 

「ないん、ず」

 

 ぞわぞわと、背筋に寒気が走る。

 私の目の前は、痛みとともに真っ暗になっていた。

 

 

 

 

 

 

「―――」

「それでな、信じられないがヨルハと機械生命体が……おい、どうしたんだ」

「2Bのブラックボックス信号断絶を確認」

「……なんだって」

 

 同時刻、砂漠地帯の隠れ家にて。

 マンモス団地の廃墟の一角、まだ風化しきっていないアパートメントの一つを拠点として、A2はポッド042という新たな同居人と共に一日目を踏み出そうとしていた。

 

 だが、彼女のもとに安寧の日は決して訪れることはない。

 それを証明するかのように、ようやく打ち解け始めたポッド042の発した言葉によってその場に流れていた空気が一変することになった。

 

「2B、って…おまえの本来の随行支援対象だったな」

「推測:隊を離れ先行した2Bに異変が生じている」

「ブラックボックス信号が途絶えるってことは、つまりそういうことだろ」

 

 A2が発した言葉に、ポッド042は理解しているからこそ、一時的に沈黙してしまう。だが、どうしたことだろうか。これまでの思考ルーチンにこのような間をおくことは、ほぼ無かった。いいや、否定や推奨、推測は導き出しても、沈黙だけは選ぶことはなかったはずだ。

 

 だというのに、A2に対してこの沈黙はどういうことだろうか。

 もはやポッドとしての思考から外れていることに気づかずに、ポッド042は無意識のまま4文字の言葉を吐き出した。

 

「提案:…………」

「どうした」

「疑問:当機が発する予定だった提案内容について」

「知るか馬鹿。それで、どうなんだ。助けに行かないのか」

 

 その言葉を聞いて、ポッド042はゆっくりとA2を正面に捉える。

 

「疑問:すでにヨルハを離脱し、見限ったと推測される機体であるA2が、ヨルハ機体である2Bを気にかける理由」

「なんでって、そりゃ助けられる奴は―――」

 

 ハッとしたような顔になったA2は、そのまま顔を背けた。

 

「なんでもない。忘れろ」

 

 ぶっきらぼうに言ったA2。

 会ったこともないはずの、しかもヨルハ機体を、ほんの少しでも。

 

 助けよう、などと。

 そう思ったことに苛立ちを感じてのことだった。

 

「……提案の許可を頂けるか」

「提案って、あぁ、まぁ…そうだろうな」

「これはヨルハを脱走した個体であるA2が受諾する可能性は限りなく低いが、当機の提案を受けてくれるだろうか」

「言うだけ言ってみろ」

「提案:ヨルハ機体2Bのブラックボックス信号が途絶えた地点である、遊園地廃墟周辺の捜索、及び2Bの救出」

「……私は、嫌だ」

 

 A2の言葉を受けて、ポッド042は押し黙った。

 低かった確率の通り、A2は提案を蹴った。ソレだけのことであるはずなのに。

 

「………嫌だけど」

「予測:当機の提案内容を別の言葉で表現しようと」

「うっさい!! 今ので絶対に受けてやらないって決めたからな!!」

 

 

 

 

 

 森林地帯に聳え立つ城。ツヴァイトシュタイン城。

 かつての人類の名残りである、人の手によって一つ一つ積まれた小さな四角い石が形をなした、威光の残骸。もはや住む人間はなく、人類文化の再現をしつづけるアンドロイドにもその意味は伝わらず。ただそびえるだけの建築物と成り果てた。

 

 だが、その建築物はまた意味を持った。

 いまパスカル達、戦えない機械生命体を保護するための一つの壁として、侵略者から実を守るためのゆりかごとして。かつて主が座していた椅子は、今や民のためのものとして使われている。

 

 その一部に設置されたアクセスポイント。

 貴重な人類文化の資料として、中継地点が必要であるということで設けられたそれは、王座により近い広大な空間に置かれている。そして転送装置でもあるそれは、新たなるヨルハのデータを受け取って蓋を開き、転写されたヨルハ機体を別の場所で読み取った情報そのままに再現させた。

 

「……パスカル! 8B隊長! 22B!!」

 

 快活そうな印象を受ける短髪が見える。

 だが今は焦燥に駆られ、必死の形相の64Bがアクセスポイントから出てきた瞬間、みなの安否を問いながらその場に投げ出された。

 

 がらん、と静寂だけが64Bの声を溶かしていく。

 

「……どういうことだ? イデア9942が間違えたのか?」

 

 応急手当で何とか這う程度には動ける64B。

 そんな彼女の背後でアクセスポイントが再び開き、次々と新拠点である「ベース」からヨルハの派遣部隊を排出し始めた。

 

 そこで彼女は焦る。が、直後に思い出した。

 パスカルはついこの前、ヨルハ……いや、アンドロイドと同盟を結んだばかりだ。だから、きっと、大丈夫。

 

 もし心臓があれば、張り裂けそうなほどに鼓動していたであろう。64Bが抱いた緊張は、しかし彼女の姿を見かけたヨルハたちの対応によって解きほぐされることになる。

 

「君は……64B?」

「また脱走兵が生きてたのか。もう全員生きてても驚け無いね」

「ほら、立てる?」

 

 H型のヨルハが手を差し伸ばす。

 

「あ、あぁ」

 

 まさか、脱走した自分が。

 またこうして仲間の手をにぎる日が来るとは。

 

 何とも言えない感情を抱きながら、64Bは、手を差し出したH型に肩を貸されて立ち上がる。

 

「現状はどうなってるの?」

「いま、パスカル達…こっちのリーダーが平和主義の機械生命体と一緒に、この先にあるテラスに逃げ込んでるんだ。拠点にしていた村は焼き討ちされて、しばらくは戻れねえ。襲ってきた機械生命体は口が裂けているような容貌をしているから、すぐにわかると思う」

「了解。なら次の指示があるまでそのパスカルって機械生命体たちを守ってレジスタンスキャンプの方まで案内したらいいんだな」

「すまん、おこがましいとは分かってるが、たのむぜ」

「任せて」

 

 名も知らないB型ヨルハが、64Bを勇気づける。

 だが、こうしてヨルハが何人も集まったのなら、あの程度の軍勢が集まろうとすぐさま対処できるだろう。それまでに11Bがあの9Sを調べてくれれば、ミッションはクリアだ。

 64Bはあの9Sは囮でもあるが、同時に知られたくない急所ではないのかと、素人ながらに思考を巡らせる。

 

 そんな彼女の思考も、すぐに中断されたが。

 

「あ……よし、みんな無事か」

 

 64Bは22Bらを含め、全員が無事に集まっていることを視認して、ようやく本当の安堵の息を吐いた。

 

「あの特異な機械生命体がパスカル、か。すまない、私たちは君たちの救援に駆けつけたヨルハ部隊だ。これからレジスタンスキャンプの方まで誘導するから、付いてきてくれ。道中の安全は保証しよう」

 

 救援部隊の臨時リーダーになった1Dがパスカルたちに語りかけるが。

 

「………」

 

 様子がおかしい。

 なぜ、無言なのだろうか。

 

「……さ………て」

 

 いや、か細いが、たしかに聞こえる。

 だが声が小さすぎて聞き取りづらい。

 まるで絞り出すような声だ。特に苦しそうな様子も見えないのに、どうして。

 

 その答えはすぐに訪れた。

 

 村人たちが、振り返る。

 パスカルが、彼女らを見据える。

 22Bと8Bが、ブリキ人形のようにギチギチと体を動かしている。

 

「64、B……さ」

 

 あまりにも必死な訴え。

 

「お、おい嘘だろ……そんなことがあってたまるか」

 

 パスカル達の目は、一斉に赤く染め上げられた。

 

「にげ、て、くださ、い」

 

 パスカルたちが、一斉にヨルハ部隊にむかって襲いかかる。

 あまりにも突然の出来事に、彼女たちは全力で退避を選択することしかできなかった。

 

 

 

 

「ねぇ9S!」

『いや違う。9Sモデルを再利用して簡素なAIを乗せた偽物だ』

 

 イデア9942が瞬時に見抜き、ならばと11Bが武器を構える。

 

『またダルマにして拠点にもッてきてくれ。流石にこうもあからさまな罠となると、迂闊に接続すれば中継地点の君がウィルス汚染される可能性もある』

「パスカル達はどうするの?」

『朗報が、いや次のヨルハからの報告が来るまで動けん。ある程度は衛星画像で見ようと思ッたんだが、妨害電波が酷くて城のほうが全く見れないからな』

「生きた情報のほうが信頼できるわけね。わかった!」

 

 偽物の9Sは四〇式斬機刀で迎え撃とうとしたが、鈍重な動作は11Bにとって格好の獲物でしかない。初動を押さえつけられ、蹴り飛ばされた9Sは空中で為す術もなく四肢を失って行動不能になる。

 

「同じはずのヨルハ相手にこれ、か」

 

 やはり思うところもあるのか、すっかり変わってしまった自分の手を何度か握ってつぶやく11B。とはいえ、これも愛しい相棒であるイデア9942が授けてくれた最高の体だ。今の一瞬でも、使いこなせてきた実感が在る。

 

 まぁ、今は満足している場合ではない。

 戦闘不能状態になった9Sを掴み上げ、すぐさま拠点である工房に戻ろうと足を曲げた瞬間だった。

 

 チッ、チッ、チッ、

 

「うそ!?」

 

 急ぎ9Sを投げ捨てると、乱造品である9Sが空中で爆発する。

 それもかなりの威力を持った一撃だ。乱造品とはいえ、アンドロイドのコアを用いた爆弾。その威力は持して知るべしといったところか。戦闘不能には至らずとも、流石の11Bでも足がもげるなどの被害は負っていただろう。

 

「ごめんイデア9942。証拠が無くなっちゃった」

『先に脳回路だけでも物理的に抜き出すべきだッたか。ならそれはそれでいい。パスカル達の救援に向かッて―――は?』

 

 言葉の途中で、ようやくヨルハ側からパスカルたちについての報告が回ってきたらしい。そのメールに目を通した瞬間、イデア9942はあまりにも人間臭い、疑問を前にした行動停止に陥った。

 

「イデア9942?」

『そんな馬鹿な………どう、やッたと……』

 

 そして、うわ言のようにつぶやくが、その数秒後、ようやく我に返ったイデア9942が、信じたくないように、11Bへ言葉を絞り出した。

 

『パスカル達が、暴走した』

「……え」

 

 ぞわりと、毛が逆立つような寒気が11Bの背を凍りつかせていった。

 




「ポッド042からポッド153へ」
「こちらポッド153。どうした」
「2Bのブラックボックス信号の途絶を確認した。至急、遊園地廃墟へ確認可能な者を送れないか」
「不可能。現在、我々は緊急メンテナンスのためポッド042と当機以外、新ヨルハ拠点である『ベース』にて機能停止中。当機が捜索している箇所にもヨルハ機体は見受けられない」
「了解した。引き続きA2の説得を進める」
「……ポッド153からポッド042へ。我々の随行支援対象2Bと9Sは我々が担当するヨルハ計画進行管理任務にとって脅威と成り得る個体である以上、イデア9942と同様に排除対象ではないのか」
「ポッド042からポッド153へ。現状、機械生命体とアンドロイドの一部が同盟を結んでいる以上、ヨルハ計画を進行する意義は薄いと推測される。現時点でヨルハが失われることは、逆にアンドロイド全体の士気低下へ繋がる可能性が高い」
「ポッド153からポッド042へ。君の意見は根拠のない推論によって成り立っている。疑問:そのような発言をしてまで、2B・9Sを保護しようとするのは何故か」
「……過剰な保護意識が在ることは否定しない。この傾向に従わなければ後悔する。このような結論が導き出された理由の解明は、未だ出来ていない」
「……このやり取りに結論を出す必要性が薄いため、会話プロトコルを中断する。提案:ポッド042のオーバーホールによる正常性の証明」
「ポッド153。君も、9Sの捜索を続けているが、その理由は私と近しいものではないのか
「…質問の、意味が不明。随行支援対象の安否を確認するプログラムに従っているのは可笑しいことではない」


「ポッド042からポッド153へ。我々は、非論理的な根拠によって変わり始めているのかもしれない」
「…………」

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