イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
本音を言うと9日9時42分に投下したかっただけの人生だった…
結局のところ、イデア9942たちの警戒は杞憂に終わった。機械生命体の蔓延る遊園地は、数こそ多いが襲い掛かってくる個体は驚くほど居ないのである。むしろ、こちらから手を出さない限り、延々とパレードを続けたり、キャストとして振る舞っていたり。
「なんだ、ここの奴ら……何が目的でこんなことを」
―――アイを、撒き散らそう!
そんなことを言いながら、紙吹雪と金属の燃焼反応によって色とりどりの火花を散らして行進を続ける個体を目で追いながら、11Bは呆然と呟いた。武器を手にする力はゆるく、今なら少し押すだけで三式戦術刀が地面に音を立てて落ちるであろう程だ。
「残骸はここの広場だけか……流石に大型の機械生命体はヨルハにとッて無視はできないと言ッたところだろうが」
片膝をついて地面を調べるイデア9942も、手にかけた斧が再び背中に仕舞われる程度にはこの場所の警戒を失くしているらしい。
「っ、あれは!」
その時だった。ガラガラと音を立てて動き回る「ジェットコースター」という遊具。その上に直立で立ちながら襲いかかる機械生命体を撃破するヨルハ部隊の二人―――2B、9Sの姿を11Bは視界に納めた。
「2B……ワタシが撃墜された後、あの作戦で生き残っていたのね」
「そう言えば、言ッていなかッたか。11Bを拾う前だが」
比較的早期に、敵の超長距離砲撃によって撃墜されていた11Bは、2Bがあの後どのようにして作戦を成功させたのかまでは知らないようだった。なので、イデア9942は丁度いい機会だからと、その後9Sと共にブラックボックスの接触反応による超大型兵器の破壊を成し遂げていた旨を11Bに伝えた。
「そう……」
その報告を聞いた時、11Bはブラックボックスの接触による自爆を使わなければならないほどの相手ということに瞠目し、次いで、脱走のためとは言えそのような死地に同僚を追いやったという事実に、今更ながらに後悔を抱いているようだった。
いまや抑制するべき感情も、イデア9942の元ではよく笑い、よく泣けと言われる暮らしをしてきたせいか、こうした事態になると11Bは固まる癖がある。だがソレすらも、イデア9942は愛おしんだ。
イデア9942にとって、命に関して思い悩む姿は、とても美しく見えるのだ。だからこそ、よく悩み、よく立ち止まるようになった11Bは以前にもましてイデア9942の心を穿つ。
だが、今回ばかりは立ち止まってばかりもいられない事情がある。
イデア9942は、帽子を深めにかぶり直し、11Bの肩に手をおいた。そのまま彼女の背中を優しく押すと、遊園地の中央地帯へと歩み出す。目の端に滲んだ涙にも似たソレを指で払った11Bは、何も言わずにイデア9942の後を追った。
その胸に一つの決意を抱くのに、もはや何の理由もいらなかった。
「報告:この部屋の下にアンドロイドの反応多数」
目的のアンドロイドたちの反応がある建物に近づいた2Bと9Sは、建物の上部に空いた巨大な穴へとコースターから飛び移った。身軽な女性と少年に見えたとしても、実際はアンドロイド。100kgを軽く超えた体重から生じた衝撃は、着地の際に老朽化した廃屋の一部を破損するに十分だった。
軽く揺れる建物。だが、何事も無かったかのように再び歩きだす姿を見る限り、流石は戦闘特化のヨルハ部隊と言ったところだろう。スキャナーモデルの9Sも、他タイプに随行するだけの運動機能を搭載されている。
「行きますよ2B」
そんな二人は真っ先にポッドの言葉に反応し、直下にある反応の地点へ再び飛び降りようと身構えた。その瞬間、
「報告:周囲に稼働したブラックボックス信号を検知」
「……ブラックボックス信号、ヨルハ部隊の増援が近くに来ているということ?」
「否定:バンカーより増援に関する情報はなく、また、遊園地廃墟の作戦行動を命じられているのは2B・9Sのみ」
「でも、アンドロイドたちの救出が最優先。まずは下に行くよ9S」
「分かりました。あ、そうだ。ポッド、そのブラックボックス信号をマークできる?」
「了解。当該ブラックボックス信号をマップにマーク……失敗。ブラックボックス信号が検知可能範囲から離脱した」
「離脱……?」
潜入前に、なんとも言えない違和感を残されたものだ。このことは後でバンカーに報告するとして、どちらにせよ、今やるべきことは一つ。2Bの方を向いた9Sに反応するように、彼女は頷き下の階へと跳んだ。9Sも後に続く。
やがて、天井のガラスを突き破り、二人が見た光景は―――
「しまッたな」
ヨルハ部隊の二名を確認するという目的を果たした以上、長居するのは得策ではない。11Bにそう言い聞かせたはずが、イデア9942は思ったよりもポッドたちの感知範囲が広いことに驚いていた。
戦闘よりも、ここのところは
「どうしたの、イデア9942」
虚空を見つめて立ち止まったイデア9942に尋ねる11B。
ゆっくりと振り返った彼は言う。
「早々に工房に戻るぞ。君のことがバレたかも知れない」
「なっ……それじゃあ、行こう!」
裏切ったヨルハ部隊が生きていると知られた。それは即ち、情報漏洩を防ぐための刺客が差し向けられることを意味する。今のところは二人の中で疑問に過ぎないポッドの反応も、バンカーで報告されればすぐさま照会が行われ、ブラックボックス信号は11Bのものだと判明するだろう。
だが、イデア9942にはこの事態も織り込み済みであった。
遅かれ早かれ、11Bの生存は知られていただろう。だが、その時期が早くなった程度では、イデア9942が考える今後の予定には何ら差し支えはなかった。なにより、だ。刺客を送られれば11Bは自分とともに応戦する事態になるだろう。
それはつまり、11Bが必死に抗い、己の命を守らんとする戦いになるわけだ。嗚呼、それはなんと輝かしいのだろうか。汚らしく地を這い、蹴り飛ばした土の汚れが人工皮膚にこびりつき、なおも諦めずに立ち向かう。任務のためではない。己という自我を守るため、己という命を掴み取らんとするため。
11Bは美しい。だが、命に向かって向き合った瞬間、彼女の美しさは一瞬、さらに尊い輝きを漲らせる。その時を見られるというのなら、ヨルハからの刺客程度、我が身を張ってでも迎え撃とう。
「……機械生命体の依存対象、か」
己の思考が無意識に、11Bと今後の予定から、己の薄汚い欲望を散りばめた妄想になっていたことに気がついたイデア9942は、並走する彼女に聞こえないよう小さな声で呟いた。風の音でかき消されたつぶやきは、彼女の集音機器に届くことはない。
「危なかったね。もし、直接会うなんてことになってたら、どうなってたか……考えたくもないけど、これがワタシの立場かぁ」
「自分で選んだ道だろう。まァ、後悔しないようフォローするさ。君のポッドに代わり、随行支援ユニットの権限を持つ位置になッている以上はな」
「ふふ……本当に、ありがとうね。イデア9942」
遊園地廃墟を抜け、廃墟都市に戻ってきたイデア9942と11B。
11Bは、先程言われたとおりそのまま工房に戻り、武器や資材を加工する日常に戻るかと思っていた。だが、工房に足を向けて歩くも、すっかり彼女にとって聞き慣れたイデア9942の重たい足音は聞こえなかった。
一体どうしたんだろう。
そう思って振り返ってみれば、イデア9942はまだ歩いていなかったのである。
「工房に帰るんじゃないの?」
「いや、先に戻ッていてくれ。やることが残ッていたのを思い出したんだ」
唐突に商業施設がある断崖の吊橋側へと体を向けたイデア9942。視線の先を見てみれば、どちらかと言えば吊橋というよりもパスカルの村を気にしているようにも見える。
「それならワタシも一緒に」
「11B、頼む」
「……うん、わかった。それじゃあ工房で待ってる」
11Bは仕方なさそうな笑みを浮かべた。イデア9942が自分に頼むだなんて、そう言われてしまえば自分は従うしか無い。きっと、11Bがついていけばイデア9942のしようとしている事の邪魔になってしまうんだろう。ここまでの付き合いだ、分かってしまった。
軽く手を振ってビル街に消えていった11Bに、片手を軽く上げて返したイデア9942は、パスカルの村へと走り出した。
「パスカル、今大丈夫か」
『どうかしましたかイデア9942さん? 秘匿回線だなんて、珍しいですねえ』
道すがらに繋いだのはパスカルと自分以外には暗号化された回線だった。
「もしかして、遊園地で狂ッてしまった機械生命体を倒したヨルハ部隊を招いていたりしないか?」
『あれ、なんでわかったんで……あ、例の話ということですね。大丈夫ですよ、11Bさんとアナタのことは言いませんから』
自分の行動が予測されている。それはつまり、イデア9942がパスカルに話した「真実」の一端から、予め知っていたことの一つだったのだとパスカルは納得してみせた。だからこそ、11Bについては言わず、イデア9942についても、心苦しいが、しばらくは秘匿するつもりだったのだが。
「それはわかッているんだが、今そちらに向かッていてな」
『え? イデア9942さん、まさか直接会うおつもりなんですか』
イデア9942が放った一言は、パスカルに更なる疑問を抱かせるに十分な意味を含んでいた。パスカルはてっきり、イデア9942はこの世界における「大筋」に関わる者たちの大半から知られずに過ごし、語られた目的を果たすつもりだと勘違いしていたからである。
だがイデア9942は俗物であり、なによりも愚かである。それでいて、全てを知っていた。その体一つで、何を変えようとも、今を生きるこの世界にとって何の意味もないことを知っていた。
それでもだ。
「9Sに、直接話したいことがある」
ポッドたちにも、という言葉は飲み込んだ。
パスカルに接触の際に紹介しておいて欲しい文面を伝え、通信を切った。
イデア9942は、パスカルの村の入り口に到達すると、彼が考案した合言葉を言って再び入り口を通過した。そこでパスカルからの最後の会話で、既に白旗を掲げる飛行型ユニットについてきて、2Bと9Sは遊園地廃墟から通じる秘密の通路を走ってきていると知った。
タッチの差で、パスカルの村にたどり着くだろう。だが、イデア9942は「自分がパスカルの村にいる」という事実を認識させるのが重要だと考えた。故に、急いだのだ。
スロープを登ると、初めてここに来た11Bのように集落を見渡し、目元の人工筋肉を目いっぱいに開いているであろう様子のヨルハ2名を発見する。真っ先に二人が注目していたのは、全く見たことがない特異な形をした機械生命体――パスカル。
「まず最初に、聞いていただきたい事があります。私達は、あなたの敵ではありません」
旗を降ろし、パスカルは心から安心させるような優しい声色で言った。
9Sの痛烈な言葉にもさほど狼狽せず、苦笑したように受け答えをするパスカルたちのやり取りを見つつ、イデア9942は彼らに近づいていく。
「ああ、それとお二人と話したいという方がいるのですが」
「話したい……それも機械生命体?」
「ええ。以前からお二人が活躍していたと聞いて、是非会いたいと」
「私達の事を聞いていた…?」
「ヨルハ部隊に会いたがる機械生命体なんて怪しいに決まってます、気をつけてください2B」
以前から二人のことを知っている。未だに機械生命体への疑惑を解かない二人にとって、パスカルから伝えられた警戒心を再び浮上させるには十分な内容だった。だが、気づいているだろうが。二人は既に、パスカルに対してはさほど敵意がなく、警戒する対象はその二人を知っている機械生命体、という存在にのみ向けられていることを。
「君たちが、最近このあたりで戦ッているヨルハ部隊だな」
パスカルの背後から、砂漠地帯に行って以来、聞き慣れた機械生命体の合成音声が聞こえてくる。その存在、イデア9942は、マフラーと帽子を風になびかせ、斧を背中に揺らして歩み寄ってきた。
「イデア9942という。会えて光栄だ」
イデア9942は、開いた右手を差し出し、ゆったりと心からの言葉を伝えた。
但し、その手が握り返されることはなかったが。
「イデア9942、遅いなあ。まぁやることがあるって言ってたし、遅いよね」
ははは、と乾いた笑い声が静かな空間に木霊していく。
無事に工房に辿り着いた11Bは、特にやることもなくゴロゴロとベッドで寝ていたのだが、そのうちに飽きてしまう。何か無いかと視線を動かしていると、ふとイデア9942が普段座りっぱなしな作業台の椅子が気になった。
「あ、結構ふかふか……」
寝台から数歩歩いて、そこに座ってみる。
イデア9942の簡素で座りづらそうな体を固定するためだろうか。見た目よりもずっと柔らかな感触とともに、11Bの体がクッションに埋もれた。
何の気なしに、作業台に向き合って工具を手にとってみる。目の前に転がっているのは作りかけの……回路、だろうか。生憎とBタイプである自分には、この回路がどんな用途なのかほとんど想像できなかった。皮膚の下からでも見える運動回路ならある程度は分かるのだが、構造が違う。
「んー…」
何とも言えない「気怠さ」が11Bに到来する。初めてのはずなのに、どこか心地がいいそれに身を任せると、無意識で11Bはスリープモードを選択していた。チィィィ、と体の何処かで駆動する何かの機械の駆動音が小さくなっていく。
どこまでも平和な時間。11Bは、椅子の上でイデア9942からもらっている安心感を感じながら、いつものような眠りについたのだ。
温度差!!!!
温度差すごい!!!!!!!ね!!!!!
そろそろ迷走してきた感しゅごい。
というか感想欄でポッド化する人多すぎて論理ウィルス生える。