イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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9Sのブラックボックス信号を検知。

受信したメッセージを開封しますか?

 はい  いいえ



>はい  いいえ

開封しました。


「イデア9942へ―――」


文書59.document

 2Bの捜索のため、ポッド042とA2は遊園地廃墟、その奥にあるホテルで2Bの軌跡を追いかけていた。ポッド042が、ところどころで振り向きながら、信号が発信されていた地点と、建物の構造を見比べて浮遊していく。

 A2よりも先行しているのは、随行支援ユニットには似つかわしくない姿であるが、それを指摘する者は誰もいない。なんせ、A2もポッドの本来の役割なんかはわからないのだから。

 

「ブラックボックス信号の途絶地点に到着」

 

 立ち止まり、無機質なポッド042の低い声が、薄暗い廊下に響く。結局、来てしまったな、と。バラバラになった椅子や、様々なものが散乱する狭い廊下を見渡していく。すると、照明代わりにポッドのライトが点灯され、暗闇で慣れてきたA2の目は、突然の光に細められる。

 そうして、ポッドが照らし出したものがA2の興味を引く。膝を立て、しゃがみこんだ彼女はそれをごろりと仰向けに転がした。

 

「ヨルハの死体、か?」

「照会完了。ヨルハ機体9Sモデルの義体であると推測される」

 

 だが、ポッド042はそれ以上何も言わず、行動を起こさない。

 調べたいのか、調べたくないのか。はっきりしない態度に、A2は不満げな表情を浮かべた。まだポッドがどういう役割なのか、理解していない事は確かだ。だが、それでもポッド042が探したいといい出したから、此処まで来た。

 

「調べるんだろ、見てみたらどうだ」

 

 なら、そいつにワザワザ言ってやるこの状況はなんなのか。

 納得できない気持ちを抱きつつも、いやいやその背中を押してやるA2。

 

「……了解」

 

 ポッドがライトを照射しながら近寄ると、四肢の欠けた9Sモデルの義体へアームを近づける。そして、脳回路がある場所にアームが突き刺さり、不快な水音が立てられ始めた。

 

「そんなとこまで見るのか…」

 

 口元を抑えながら、不快を露わにA2がつぶやく。

 彼女のことを極力無視しているのか、それとも何とも思っていないのか。ポッド042は無心にアームを動かすと、9Sモデルの頭から一枚のチップを取り出した。

 

「脳回路の代わりに、受信装置を確認」

「受信? 遠隔で動かしてたってことか?」

「受信先の検索を開始」

「今度はやる気になってるし。イマイチわからないな、お前」

 

 A2の疑問に答えず、ポッド042は、その受信用のチップが一体どこからの電波を受け取っているのかを調べ始めた。だが、おかしなことに、明らかに手を施された9Sモデルの体から出てきたチップには、何の電子的な防壁も施されていない。

 在ることには在るのだが、簡単な12文字の英数字パスワードが必要なだけであり、ポッドにとってその程度の守秘は丸裸同然だったのである。

 

「……受信先を特定。信号を発信している個体は、バンカー強襲時の特殊個体AWACS型と酷似している。提案:信号を発信している機械生命体の捜索、及び謎の解明」

「乗りかかった船だ。それに、機械生命体どもがきな臭いコトやってるんだったら、私も行くに決まってるさ」

「感謝する、A2」

「~~~ッ!」

 

 ぷい、と顔を背けて、A2は近くの窓に手を掛けた。

 そのまま身を投げ出し、来た時とは別に外壁へ手を掛け滑るように降りていく。ポッドがA2の視界にマップを表示し、9Sモデルを操っていた個体がいるであろう地帯にマークを施す。

 

「さて……!? 何の揺れだ!?」

「推測:震源地は廃墟都市中央。地下から巨大な構造物が地表へせり出している」

「構造物…?」

 

 赤いサークルで囲まれた場所。それは、奇しくも「塔」が出現した場所だった。遊園地廃墟から見た、廃墟都市からせり出てきた白亜の「塔」がせり出した光景は、A2を呆然とさせるだけの迫力に溢れている。

 やがて揺れは収まったが、中心の螺旋状になった構造物の中央に3つの発光する物体が見えた。あれは、なんだろうか。螺旋状の中央塔の上には、何かを発射できそうな口が開いている。新型の破壊兵器だろうか。

 

「廃墟都市に出現した構造物の成分を分析。完了、構造物はケイ素と炭素を主に含んだ未知の物質。アダム・イヴが創造した『街』、及び以前出撃した『施設』との一致率は100%。地下から出現した構造物は、機械生命体由来のものと推測される」

「あれが、機械生命体どもの城ってわけか」

 

 A2は呆然と見つめていたが、ポッド042の推測を聞いて目を怒らせる。憎き機械生命体。話では一部のものは平和的な選択肢を取ったらしいが、あれほどの構造物を、レジスタンスキャンプも設置されている廃墟都市に、大規模な地震を伴ってまで出現させた。アンドロイドに配慮の欠片もない行為は、つまり壊してもいい敵だということ。

 

「提案:2Bの捜索を行う前に、ヨルハ部隊の現拠点であるベースを訪れ、メンテナンスを受けること」

「はぁ!? 謎は分かったから処分しようってことか?」

「否定。A2は現在度重なる戦闘行為により、各部位に構造上の欠陥が多々見受けられる。特に燃料濾過フィルターの劣化が激しく、戦闘中に突然停止する可能性が高い」

 

 それでも、A2は受け入れられない。

 

「受け入れられるわけ、無いだろ」

 

 そうはいいつつも、彼女はしっかりと塔に向かって歩を進めている。

 ポッド042が浮遊し、彼女の一歩後ろへついていきながら、A2への説得を続けた。

 

「現在ヨルハ部隊は、確認した脱走兵を処罰していない。ヨルハ機体A2がメンテナンスを受けられる確率は非常に高く、また、現状イデア9942の進言を含めると確率は99%を上回る」

 

 思い出すのは、あの森の城前広場で行われた戦闘。そして、後に砂漠地帯の洞窟で出会った11Bとの会話。少なからず、影響を与えたあの会話から、A2は時折機械生命体を破壊する行動を自粛したり、なにもせずに木の上で過ごしたりする時間が増えた。

 それほどまでに、彼女を悩ませる存在。その情報が、ついにA2にもたらされたのである。

 

「イデア9942……それって」

「脱走兵、11Bと行動を共にする機械生命体。目的は不明だが、ヨルハに対して発言力が強く、また傷ついた敵対的でない相手を高確率で保護する特殊個体。双子型アンドロイドの治癒能力を大きく上回り、ヨルハの性能を上げる技術も保有している事が確認されている」

「そうか」

 

 だが、迷いの種であるからこそ、そう簡単にポッドの言葉には従えない。かつて4号たちと交わした約束。そして今までの機械生命体を破壊するためだけの生き様。そう簡単には変えられない。変えられそうになるのは、どこか怖い。

 

 迷いが晴れないまま、それでもA2は歩みを進めた。

 がむしゃらに破壊するだけじゃ駄目だということは分かっているから。機械生命体の統括するような存在を破壊しない限り、この戦争は終わらないから。

 

 その背中を見つめたまま、ポッド042は静かに随行していった。

 

 

 

 

 

 

「…どうやら、ここまで来れば影響下から外れるようですね」

 

 そう言った9Sの目には、あの敵化を意味する赤い光が灯っていない。2Bも同じく、あの体を縛り付けられ、勝手に操作されるような感覚からは開放されていた。だが、イデア9942から離れることでどうして影響されなくなったのか。

 

「彼の信号が、私達に害を与えるようになっていたのか?」

「いえ、少し違います。ともかくそのことは、彼にメッセージを届けられるよう外に出てから話しましょう。……ここは、まだ敵の腹の中ですから」

「分かった…うっ」

 

 ふらつく2Bを、9Sが支える。

 

「ムリしないでください2B。まだNFCSも破損していますし、どこか落ち着けるところで休みつつ、機能を回復させていきますから」

「ごめん」

「でも、貴方の無茶のお陰で閉じ込められていた部屋からは脱出できました。ありがとう、2B」

 

 正面からの感謝に、少しだけ顔を赤く染めた2B。言ってから恥ずかしくなったのか、同じく頬を染めて顔を背けた9Sは、そのまま彼女の腕を肩に回し、同じく自分の腕を彼女に回しながら立ち上がる。

 そのまま、いざ踏み出そうとした、その瞬間だった。

 

「ヨルハ機体2B」

「ヨルハ機体9S」

 

 9Sはイデア9942から離れようと、ひたすらに上を目指して駆け抜けなければならない。だというのに、そんな目論見を破壊しようと、上空から、ふよふよと浮かんだ赤い少女が降下してくる。

 幼い少女の見た目に反した、渋い男性の声があまりにも異彩を放ち、2Bたちに警戒を抱かせる。だが、意識を向こう側へととらわれていた9Sは知っていた。その顔を。

 

「ようこそ塔へ。歓迎しよう」

 

 能面のように変わらない表情。

 そして透けて向こう側の景色が見えているということは、ホログラムだろうか。ここはアダムの「街」のように、敵の体内同然の場所だ。こうして、可視の映像体を自在に動かす程度であればお茶の子さいさいと言ったところか。

 

「おまえが、N2だな」

 

 ヨルハ、いや全アンドロイド、そして被害を受けた機械生命体全てに共通する、因縁の相手だ。その正体を目の前にして、2Bは警戒を最大限に高めていく。

 彼女はまだNFCS、近接戦闘用のプログラムを修復することは叶わなかったが、いつでも逃げ出せるよう構えを取る。歩くことも困難だが、瞬発的に力を込めるのは、まだ大丈夫だった。

 

「いかにも、私達こそが機械生命体のネットワーク人格だ」

 

 現れた二体のN2はさぞ愉快だと言わんばかりに言い放った。それは顔の辺りにノイズを走らせると、口元に大きな弧を描いた、嘲笑の表情に切り替わる。感情を表情でつくったということだろうが、平坦としたままの声にはおぞましさが感じられる。

 それより気になるのは、いくらホログラムであろうと姿に関しては簡素に過ぎることか。まるで、見た目には何の興味も抱いていないように思える。そのあり方は、アンドロイドにとってはひどく歪で、しかし確かに感情の琴線に触れるような不快さがあった。

 

「僕たちは急いでるんだ。邪魔するなら……ぶっ壊す!!」

 

 その不快感を解き放つように、9Sは怒号を飛ばす。

 構えた剣は不格好だが、抗ってみせるという姿勢の現れだ。

 

「無駄だ。ここにいる私は実体ではない。だから、斬れない」

「だったらいい。じゃあ先に進むよ」

 

 9Sは、2Bとは対象的にN2に対して啖呵を切るまではあっても、そのまま避けられそうな戦闘であれば積極的に避けていく方針らしい。N2が浮遊し挟んでいる一本道を、2Bと手をつなぎながらズカズカと歩き始める。

 

「9S、頭を下に!」

「うっ!? あぶな……」

 

 だが、彼の眼前に床からせり出してきた一本の板が視界を防ぐ。正確には、部屋の柱だったものが勝手に形を変えて、彼らを逃すまいとするバリケードに変化したのだ。

 バリケードだけではない部屋は、一本道から切り離された。そのまま壁がカタカタと四角いキューブに分解されながら、床と4本の柱、そして天井だけを残して構造をエレベーターへと変化させる。

 

「動いた……?」

 

 そして2Bと9Sを乗せたまま、そのエレベーターはなだらかに螺旋を描きながら上昇をはじめる。そのエレベーターには、二人のアンドロイドと、概念人格の投影された姿だけが残される。

 

「何のマネだ、N2」

 

 イデア9942から遠ざけるために、だろうか。

 あからさまに2Bたちにとって有利な行動をした相手が不可解だったのか、9Sは敵意を抑えること無く尋ねる。どうせ答えは返ってこないのだろうなと思いつつも、彼は戦闘行為まではまだ回復していない2Bを庇うように、剣を構えて前に出る。

 

「まずは9S、貴様を褒めてやろう」

「…?」

 

 疑念を抱いた彼の近くに、少女のホログラムが耳元まで近寄った。

 

「よくぞ私達の用意した牢獄を打ち破り、2Bと共に脱出した」

「このっ!!」

 

 刃が振るわれる。だが、所詮はホログラム。刃が通過していこうが、なんの被害も負っていない。苛立ち混じりに9Sが舌打ちをするが、その手を2Bが押さえつけ、囁いた。

 

「待って9S、今少しでもエネルギーを抑えないと」

「……わかった」

 

 そんな二人のやり取りを聞いてか、更に口元を歪めたN2が拍手のような仕草をする。

 

「……その栄誉を称えて、貴様にプレゼントを用意した」

「プレゼント?」

「その箱を開けるといい」

 

 すると、エレベーターのちょうど中央あたりの地面が開き、下からあからさまに木で作られた「宝箱」らしい宝箱が出現する。

 

「ふざけているのか?」

「っくくくく……」

 

 だが、現状敵の掌の上で転がされているのは間違いない。これ以上、無益な戦闘や過剰なエネルギーの消費は避けるべきだ。罠か、それとも奴らの用意した余興か。どちらにしても碌なものではないだろうと思いながらも、9Sは慎重に近づき、そのハコを開いた。

 

「これは、極秘資料だって? これが、ヨルハ計画……なんでこんなものを、お前が」

「……ヨルハのコアが、機械生命体のものを流用されている? 通常のAIを廃棄する機体に乗せるのは非人道的であるため、機械生命体の人格形成プロセスを利用……」

 

 ヨルハ機体が製造された目的。ヨルハのあり方が変わっているとは言え、ホワイトがまだ伝えていなかったのだ。2Bにも、9Sにとっても、この情報は己の根底を覆すような真実を。

 読み進めていくたびに、彼らの瞳孔が揺れる。

 

「じゃあ、ぼく、は」

 

 機械生命体のやることに意味なんて無い。

 そう言ったコトは、何度あっただろうか。あの言葉はすなわち、自分自身にも向けられていたのだ。なんせ、自分たちは機械生命体のコアが使われている。本質は機械生命体であり、アンドロイドですらないナニカ。

 

 僕は本当に、意味の無い存在なんだろうか。

 

 本当に?

 

「……く、ふふ。ははははは」

 

 突如として狂ったように笑い始めた9Sに、2Bは心配そうな視線を向ける。元々、真実を守っていた2Bにとってこのような事実が今更もたらされようと、やることはやることだと、彼女は判断していたためだ。

 だが9Sはどうだろうか。性格上、そして謎を解き明かすことを喜びとしつつも、特に感情的である彼は。まさか、この情報で狂ってしまったのか。

 

「9S……?」

「ハーッハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

 心底可笑しいと言わんばかりに、膝を叩いて9Sは笑い崩れた。

 それはどちらかと言うと、狂ったが故の行動には到底見えない。理性をきちんと持ち、本当に、可笑しくてたまらないからこそ笑い転げていただけにすぎない。

 

 意味がないなんて、ソレこそありえない。

 

「っふふふ……N2、キミ、何がしたかったんだ?」

 

 9Sの問いかけに、N2は答えず浮遊するばかり。

 

「無意味か。確かに生み出された時点では、破壊されるためだけなんだから、意味は無いかもしれない。僕達の情報も、生きた証も、全て消されるんだったら。でも」

 

 9Sは知っている。

 今この時点で、彼は生きてやり遂げなければならない目的を持っていることを。そして自分がこの地で死なないために、生きるために、その目的は、後世に自分たちが生きた証を残せる――未来につながっていることを。

 

「生憎と僕は、もうこんな過去の残骸に惑わされない。だって、やることが在るんだからね」

 

 そして、この情報を持ち帰ることこそが、このN2を滅ぼし、N2の残骸を欠片も残さない一手に成り得る。N2は、ここで9S達の心をへし折るつもりだったのだろう。そうしてアンドロイド側にさらなる絶望を与え、狂ってしまった予定を正すための「時間」を稼ごうとしていたのだ。

 

「……人類が残したアンドロイドが、まるで人類になりたいかのように振る舞う。そして人類の真似事をし、生きるというのか。死により全ての終末を迎えることだけが、貴様らの救いだというのに」

 

 だが、そうして時間を稼がれていたのはN2も同じだった。

 9Sは長々と話、そして狂ったように笑うことで、登り続けていくエレベーターの位置から、脱出できそうな頂上への順路を分析していた。オペレーターモデルの行っていた、接続による並列処理だ。

 2Bが困惑したように彼の名前を呼んだのは、演技である。そして、今この瞬間を以て彼女のNFCSは戦闘が可能なレベルに修復が完了した。

 

 立ち上がった2Bが、背中に背負っていた白の約定をすらりと抜き放つ。

 

「僕はお前に、何がしたいのかって聞いたよね?」

 

 9Sは、ニヤリと口元を歪めて嗤った。

 

「そうすることしか出来ないんだろう?」

 

 N2の表情が切り替わる。

 歯を食いしばったような、悔しげな表情だ。

 

「バンカーに送り届けた大量の機械生命体、そしてイデア9942やキミを裏切ったアダム。それらを足止めし、キミはこの『塔』を完成させるためにあまりにも多くの駒を失った。その結果、今キミの元には動かせる機械生命体はほんの僅かしかいない。そして」

 

 9Sの視線が、ちらりと流され斜め後ろに向けられる。

 

「そこで隠れてる、特殊型で確実に僕達を抹殺しようとした。でも、不安だったんだ。なんせ、そこにいるタイプは2Bがあの工場で難なく破壊したタイプだ。特殊なシールドを纏っていない限り、ヨルハで破壊できることは証明されている」

 

 2Bが素早く動き、隠れるようにして張り付いていた球体多脚型の機械生命体、その張り付いていた足を切り裂いた。これまで多くの機械生命体を切り捨ててきた白の約定(2Bの刃)は、これまでと同じように容易く全ての脚を切り裂いた。

 

「すぐに向かってくれば、まだチャンスはあったのに」

 

 2Bはひとりごちた。

 たったそれだけで、N2がこの二人を物理的に害する手段は失われた。

 

「貴様ら……!」

 

 激情に駆られたN2。

 そう、N2にもう余裕はなかった。

 

 パスカル達を操った術は残っているが、想定外に精神の牢獄から脱出してしまった9Sは、その影響下から離れる答えを知っていた。そして、N2は力を蓄えつつも天敵にも近しい脅威と成り果てたイデア9942や、アダム、そしてヨルハ部隊という敵勢力を前に、絶体絶命の状況にあったのだ。

 だからこそ、せめてヨルハを壊滅させようとしたが、それもイデア9942によって阻止され、バンカーという替えのきく基地だけが破壊されるに留まった。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()イデア9942が野放しになっている状況で、N2はもはや進化ではなく己の生存のために必死の手を講じるしか無かったのだ。

 イデア9942を分析し、イデア9942の思考パターンを何とか把握したN2は、どうにかこうにか、彼が近づくだけで、一定の機械であれば暴走に近い状態へ陥らせる事に成功した。バンカーを襲撃しながら、そのデモンストレーションを行って。

 

「N2…いや、()()()()()()()の概念人格。おまえはもう終わりだよ」

「私たちヨルハ部隊は、新しい世界を生きる。そこに、争いを持ち込むお前は必要ない。排除する」

 

 事実上の死刑宣告。

 黒い衣を纏ったアンドロイドが、白と黒の刃をN2に向ける。

 彼らこそが死神であり、審判を下す存在であるかのように。

 

「……なるほど、やはり、貴様らは脅威だ。今、私達の全てがそう結論を出した。私達の邪魔をするものは――敵だ」

 

 事実、持ちうる手をすべて出し切ったN2は、しかしまだ最後の手が残されていた。

 この二人がいま、何をしようとしていたのか? なんのために頂上を目指していたのか。

 

 どうして、わざわざイデア9942から遠く離れた頂上から、真実の伝達をしようとしていたのか。

 

 ガタン、とエレベーターが大きな音を立てて停止する。

 

「これで終わりだ。その真実さえ無ければ……私達を知り、私達を殺しうる存在は消え去る」

「しまった! 2B、早く中央の構造物に飛び移って…」

 

 二人は急ぎ、エレベーターにほど近い構造物に飛び移ろうとしたが、その試みは構造物の縁を掴むことすら無く妨害されることとなった。それは、N2が打っていた本当に小さな一手。

 飛行型の小型機械生命体。それが放った2発の小さな弾丸だ。

 

 エネルギー体ではないため、アンドロイドの体を破壊するには至らない。だが、弾丸であるからこそエネルギー球よりも早く二人に到達し、二人の伸ばした指を吹き飛ばした。

 あと少しで届きそうだった腕は空を切り、二人を自由落下に陥らせる。

 

「フ、ハハハ」

 

 N2の嘲笑が二人の耳に届く。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!! ハーッハッハッハッハッハ!!!!」

 

 意趣返しのように、深く、地の底までも。

 二人の体は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 





「うん、ポッド153は受け取ってくれたみたいだ。僕の最後のメッセージ」

 落下しながら、二人は手を繋いで上を見上げていた。
 バタバタとはためく黒い衣が耳障りだったが、相手の声は不思議と、聞き逃すこと無く耳に入ってくる。

「2B、ごめん。最初から茶番に付き合わせて」

 申し訳なさそうに、9Sは謝った。2Bは笑って、それを許した。

「大丈夫。これでアンドロイド側は勝てるんだろう」
「うん、でもこれでN2は、もうメッセージを伝える術はなくなったと、勘違いするだろうから」
「私達の役割はきっと、これでいい」
「……でも、やりたかったなあ」
「やりたいこと? それは何、ナインズ」
「キミにお似合いのTシャツを探しながら、うろたえる姿を見ること」
「……趣味が悪い」


 数分後。
 どのアンドロイドも経験したことが無いであろう衝撃が、二人に襲いかかった

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