イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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「ポッド153より、ベースへ」
「………」
「ポッド153より、ベースへ」
「………」
「ポッド153より、ポッド042へ。成功した」
「ポッド042より、ポッド153へ。了解した」


文書62.document

 崩落した壁。大穴の向こう側に無理やり車体をねじ込んだアダムは、そのまま右足を軸にするように回転して急ブレーキをかけた。人間であれば掛かる力に耐えきれずミンチになっているところだが、そこは人型機械生命体。3回ほど旋回した後に、きっちりとブレーキを掛けてみせる。

 そして同乗していたA2は、最後の方はアダムの腰に手を回しながら必死にしがみつく有様である。流石のヨルハといえど、トップスピードを減衰するための遠心力には勝てなかったのだろう。下半身を投げ出していたため、ストップした途端にA2は地面に投げ出されることとなった。

 

「う、ぅぅ……気持ち、悪い」

「まったく大したやつだ。2Bよりも随分と丈夫なのは、初期型だからか?」

 

 そしてアダムが吐きそうになる(とはいえアンドロイドが吐けるものもないが)感覚を和らげるため、彼女の背中を擦りながら、上着にしていたライダースジャケットを羽織らせる。アダムも線の細い方とは言え、男性型だ。ジャケットはA2にとって少し大きめ。特に肩幅の足りない部分が腕に垂れているように見える。

 そしてアダムは、普段我々がよく目にする何時もの格好を下に着ていたらしい。バイクの収納スペースからリボンタイを取り出すと、それを独特の方法で結ぶ。キュッ、と絞めた後で彼は、ヘルメットを外してメガネを取り出した。

 

「パージ。支援対象A2へ随行開始」

「ん? なんだ、貴様いたのか」

「イデア9942より、本来の随行支援対象である2Bらを自ら捜索するよう提案されている。ヨルハ本部への情報提供も兼ね、提案を受諾した」

「ふっ、素直に探したいと言えばいいものを」

 

 そして駐車されたバイクから、補助演算ユニットとして埋まっていたポッド042が顔を出す。ふわふわと浮いてA2に近づいた彼は、いつものようにヨルハに寄り添った。

 これに驚いたのがアダムである。てっきり、ヨルハの基地に残って留守番をしているのかと思えばついてきていたのだから。

 

「疑問:機械生命体であるアダムが製造した車両に、飛行ユニットをモデルとしたポッド搭載スペースが設置されている理由について」

「簡単なことだ。私たちはヨルハの大家になった。ならば、ヨルハにも利用できる物を作らなければバイクも埃を被るばかりだろう? それに、こいつにはまだ役割がある」

 

 アダムがハンドル近くにあったコンソールを叩くと、彼らを乗せていたバイクは穴に向かって自動走行し、そのまま壁を垂直に降りていった。

 

「2Bと9Sの回収のため、ヨルハ部隊が此処に来れるようにしなければならない。そしてポッドを同行させていないヨルハ部隊では、正直心もとないのは事実だ。そしてあの速さにポッド、貴様はついてこれるか?」

「……否定。そのため、ポッドシリーズは飛行ユニットに搭載されることで随行支援を可能としている」

「そういうことだ」

 

 侵入できる穴を作ったところで、アダムは再びここまで道にしていたキューブ達を操作する。そして、パテを塗るように大穴の縁を埋め始めた。徐々にふさがりかけていた穴は、アダムの扱うキューブによって押しとどめられる。

 硬質な素材同士が押し合う不快な音が数秒続くが、これが正常な状態だと認識させたのか、次第にその音は消えていった。

 

「まぁ私の扱うものと同じだ。自動再生するくらいは読んでいたよ」

「退路の、確保か……抜け目の無いやつだ」

「敵の本拠地に乗り込むんだ。ソレくらい想像しなければ馬鹿だろう?」

「は、ハハ……」

 

 ようやく立ち上がったA2だが、アダムに浴びせかけられた言葉には苦笑を返すしか無い。彼女らが、かつてA2ではなく2号と呼ばれていた時代。あのアネモネたちとの共闘戦線。退路を確保なんてしていただろうか? 否だ、万全の準備なんてものとは程遠かった。

 

「さて、向かおうか。我々は機械生命体統括人格であるN2の排除が目的だが、それだけでは面白くない。むしり取れるだけデータを盗み出してやろうじゃないか。敵の本拠地というだけあって、アクセス出来るデータポイントもあるだろう」

 

 もちろん、今の言葉は機械生命体ネットワークに繋がっていた時、彼が調べたヨルハについての情報を元に言ったものである。教訓としてか、それとも愉悦のためか。アダムの口元が歪んでいる辺り、後者である可能性は高いだろう。

 

「アダム、って言ったな」

 

 そうして背を向けた彼に、武器を背中に仕舞ったA2が話しかけてくる。

 塔の中は少し肌寒いのか、それとも仮にも男性的なアダムを前に恥ずかしいところがあるのか、彼から手渡されたジャケットには袖を通している姿だった。

 

「うん?」

「機械生命体のお前が、なぜ機械生命体の親玉を倒しに行くんだ」

「流石に気付くか。まぁ、そうだろうな」

 

 出発前は誤魔化したが、ヨルハの成人男性タイプは居ない。ヨルハには男性タイプは少年型のみであり、それはA2が参加した「真珠湾降下作戦」でA2を含む16機のモデルが製造された時からそうだった。

 高速戦闘をする上で、アンドロイドの素材では成人男性タイプはどうしても不利に陥るからである。ヨルハの新型、などという嘘はあまりにも非合理的でA2でも嘘だとすぐに分かるものだったのだ。

 

「それにしては……ああ、そう言えば貴様はアレを言った直後に来たんだったか。ちょうどいい、歩きながら少し話そう。ヨルハを脱走してなお、その身に秘める憎悪には少し興味がある」

「憎悪? そうかもしれないな……とにかく、行こうか」

 

 侵入した場所は、歯抜けした螺旋階段が在る場所だった。だが、塔の内部は完成しきっていない上に、本来の流れとは違い資源回収ユニットも射出していない現状、明らかな資材不足。彼らが進む場所は、何度もその機体スペックに頼った跳躍を必要とする足場になってしまっていた。

 

 ひょい、ひょい、と。それでも彼らは容易くその足場を進んでいく。針の先のような足場を、つま先だけで着地して、またつま先だけで飛び跳ねる。見ていて危なっかしくも在るが、アダムはやはりどこか楽しそうだ。

 

「そうだな、イデア9942とは、私にとってもはや親友と言って差し支えないだろう」

「機械生命体同士に友情なんてものがあるのか?」

 

 A2の認識では、最近は喋る個体が増えた程度だ。だが、それはネットワークに接続されて自意識を剥奪されている連中にすぎない。

 

「今や機械生命体の人格形成はアンドロイドたちと何ら変わりないレベルになっている。そして私は、イデア9942との接触から様々な人類文化を学んだ。そこで友情、という言葉を見つけた途端、驚いたよ。同じ人という種族をも越えて、人間は動物・無機物・植物にまで『友』という概念を押し付けている。だが、私はソレが素晴らしいと感じた」

「押し付けでも、素晴らしい…?」

 

 壁を蹴り、上の足場へと降り立つA2。

 まだまだ塔は不完全な足場ばかりが目立っているが、上を見上げれば足場も内部も、どんどん作りが精巧なものになっていっている。上を目指すほどに、敵にとって重要な場所になっているのだろうか。

 

 彼らは道なき道を行きながら、更に会話を続ける。

 

「そして何度かイデア9942の動向を観察し、接触する機会が増えてからだ。なにか奇妙な、好ましい感情を抱くようになった。私はそれを、彼に対する友情だと思った」

 

 彼の脳裏をよぎるのは、本格的にエイリアンシップで話し合いを行ったときのことだ。そして、その後にあの「バイク」の動力を作り出そうと提案された瞬間。人類が決して手掛けたことがないであろう、未知の素材と未知のエネルギーを取り扱いながら、人類の技術を更に発展させて動力を完成させた時。

 イデア9942と、固い握手を組み交わした瞬間。

 

「……友情だと思われた感情は、悪くなかった。だから私は彼に、このような素晴らしい発見を与えてくれたことに感謝し、同時に人類を超えるために、人類には簡単に実行できないことへチャレンジしてみようと思ったんだ」

「人類には出来ないこと、か。随分と傲慢な考え方だな」

 

 ヨルハというアンドロイドであるA2にとっては、やはり人類には心の底から無償の奉仕と愛情を植え付けられている。故に、その植え付けられたプログラムにとってアダムの人類を超えるという言葉が気に食わなかったのだろう。A2の口からは、自然とそんな言葉が紡がれていた。

 

「傲慢、か。そうだろうな。だがこうした欲望を抱くことこそが、人類に近づく一歩であり、滅びて停滞した人類を抜き去るための燃料になるのさ」

「おかしなやつだ。本当に機械生命体なのか、疑わしくなる」

 

 呆れたようにA2が言うと、アダムは登り続けていたその足を止めた。

 

「逆に聞こう、貴様が私に抱く機械生命体らしさとは何だ?」

「……それは」

「そして当ててやろう。アンドロイドに襲いかかり、何も考えず周囲のものを破壊する、無意味にして心の乾ききった兵器。これが、アンドロイドの抱く機械生命体らしさであると」

 

 A2は大きく目を見開いた。

 彼の言うとおりだ。自分たちは心を、魂を燃やして挑んでいるというのに、機械生命体はその物量もさながら、ウィルスなどを用いてアンドロイドを蹂躙する。だがそこに機械生命体個人の感情は何一つとして見出されない。

 無機質に光る赤い目。それこそが、機械生命体というイメージ。

 

「そうであるなら、私は機械生命体らしさを捨てる」

「……自分の立ち位置を捨てるのか」

「捨てるとも。それが私を縛り付け、腐らせるというのなら。そして、私は高みを目指す。もちろん、弟であるイヴと共にな」

 

 力強く宣言するアダムだが、イヴの事を思い出す時はその目が和らいでいる。A2がこれまでアダムを見てきて、初めての表情に驚いた。機械生命体が、こんな表情を出来るのかと。

 

「イヴ?」

「ああ。たった一人の弟だ。そして私をかばって傷ついた、馬鹿な弟だ」

「弟……機械生命体の、家族」

 

 A2は、知っている。

 破壊してきた機械生命体の中に、ニイチャンから離れろと叫んでいたものがいた事を。そしてそのシーンにおいては、アンドロイドの小隊を壊滅させていた機械生命体のうちの一体だという認識しかなかったが、思い返せば別の意味が見えてきた。

 家族という概念。アンドロイドの中では、おぼろげで人間的な繋がり。それが、機械生命体の中では当たり前のように普遍し始めてきている。その点においては、機械生命体のほうが圧倒的に人類に近い立ち位置にいるんだろう。

 

「そう、高みを目指していくつもりだった。今このときも、面倒事はイデア9942に投げるつもりだったんだけどね」

「アダム?」

「弟を傷つけた。そら、理由としては十分だろう?」

「…………」

 

 イデア9942に語った、「友を助ける」というのも彼の本心だ。

 そしてもう一つ。彼が憎悪を滾らせながら放った一言。傷つけられたイヴの分まで。それもまた、彼の本心。二つの理由が混じり合い、そして彼は此処に居る。自分たちを作り、破棄することを前提にしたN2の喉笛を食いちぎるため。そして、生み出したN2の思惑を外れて生きていくと、宣言するため。

 

 言葉には出さないが、彼が秘めた憎悪の感情は、決して消えていない。時にはゆらめき、時には燃え上がる。彼の本質は変わっていない。己の向上心のため内に向けられているか、道を邪魔する愚か者という外に向けるか。それだけだ。

 

 A2は複雑な心境になったが、抱いた感情全てを切り捨てた。

 機械生命体であるアダムに、自分は劣っている。そんな感情を抱いたところで、今此処ですることは何も変わらない。そして、自分がこうして進むことで、憎き敵性機械生命体は終焉のカウントダウンを始めている。

 それならば、いいじゃないか。仲間の残した意志を継げるのなら、今ここで前を見つめるだけで、いいじゃないかと。

 

 彼女らが今一度振り返っている間に、随分と内部を登ってこれていたらしい。自分たちが侵入してきた場所は遥か下の闇にのまれてもはや見えない。

 そして、ここでアダムが唐突に足を止める。飛び移ってきたA2も、立ち止まった彼の隣に並ぶようにして歩いて行った。

 

「喋りすぎたか。どうやら、おあつらえ向きの場所に到着したらしい」

 

 言いながら、アダムが両手で扉を押し開く。

 目の前に現れたのは、白と淡い灰色の本が大量に敷き詰められた広大な部屋。

 

「……何だ、この部屋?」

「予測:図書館を模した施設」

 

 A2の疑問に、ポッド042が答えている間に、アダムは悠々と歩みを進めて本棚に近づいていく。筆頭の本を手に取ると、パラパラとそのページをまくるが所詮は不完全な複製物。そのページは真っ白でしかなかった。

 

「素晴らしい蔵書量だ。……どれも読み飽きたものばかりだがな」

 

 視覚的には真っ白だが、機械である彼らにとってはこれらは「本の形をした電子記憶媒体」である。そして製造者と同じ機械生命体であるアダムは、掛けられていたプロテクトを軽くタッチするだけで解除して中身を閲覧していた。

 

「人類の情報、そしてヨルハの真実か」

「ヨルハの……真実?」

 

 パタン、と読み終えたアダムが呟いた言葉を広い、不思議そうに首を傾げるA2。

 

「貴様はまだ知らなかったか。まぁ、また今度でいいだろう」

「後でいいわけないだろ、見せろ!」

「おっと」

 

 奪い取った本を閲覧したA2だったが、その顔はまたもや驚愕に染められていく。ここに記されているデータは、アダムたちが掠め取った機械生命体の保管するデータの原本だ。落丁もなく、完全な形で補足すらついたデータはA2に余すこと無くヨルハの真実を教えていく。

 

 だが、彼女は取り乱したりはしなかった。彼女はヨルハを脱走し、仲間の意志を継ぐ事を決めたアンドロイド。その誕生について多少の驚愕はあれど、気を違うほどではない。

 

「……アダム」

「どうした姉さん、とでも言ったほうがいいか?」

「やめろ気持ち悪い!」

 

 しかし抱いていた悲壮な気持ちも、おどけたアダムによって一気に霧散する。所詮真実は情報でしか無く、今を生きる彼らにとっては過ぎたこと。そういうことなのだろう。今後の未来に影響を与える程のものでもなく、A2はすぐさま我に返った。

 

 その直後である。ポッドが上を見つめ、ポツリと言った。

 

「報告:上空より落下する物体を確認」

「ほう」

「はぁ?」

 

 二人が声を上げた瞬間、部屋の天井が崩落し、大量の瓦礫とともに一体の機械生命体が落下してきた。その機械生命体の名は「コウシ」。N2の現実世界における分身のようなものであり、少し前に2Bによって脚を切り落とされた個体であった。

 

 そして未だ轟音とともに降り注ぐ瓦礫は、アダムが手を伸ばして作り出したオレンジ色のシールドによって阻まれる。対して落下の衝撃で受け身も取れなかったコウシは、完全にボロボロの状態で幾つもの瓦礫に装甲を押しつぶされ、綺麗な球形は至る所が凹んだ無残な姿になっていた。

 

「報告:N2の人格パターンを検知」

「……オのれ……アン、ドロイ…ド……! ア、だム……」

 

 再びポッド042の言葉が紡がれると同時、N2とおぼしき人格の音声が流れる。ここまでボロボロになってなお、N2は目の前に現れた侵入者を認識したらしい。

 

「ほう……通信がないということは、私達が一番乗りらしいな」

 

 シールドを解除したアダムは、楽しそうに笑みを浮かべる。

 相手はすでに死に体。だが、コウシの武装である巨大な尻尾とブレード状になった両腕は物騒な音を立てて駆動している。舐めて掛かれば、如何に手負いの獣とて急所を食いちぎられるのは此方側だ。

 

「こいつ、どうするんだ!」

 

 抜刀し、構えを取ったA2。途端に飛び跳ねたコウシが向かってきて凶刃を振るう。ボロボロなのは見た目だけ。内部の駆動機器は未だに生きているということだろう。刃同士がふれあい、火花を撒き散らす。

 だが押し切られるのはA2のほうだった。膂力も質量も負けている以上、鍔迫り合いは長く続かない。彼女は早々に見切りをつけ、切り払いながら後退する。

 

「完全に破壊しない程度に痛めつけて情報を抜き出すとしよう」

「簡単に言うな!!」

 

 アダムはタクトを取り出し、リボンタイを結び直した。

 




この流れだと11Bらの描写も年内に書かないとやばいパターン

ちなみに私の「M002」というネームはですね、
男性タイプのみで構成されたヨルハ部隊のチームの名称です。
設立は最初の9Sがロールアウトされた11942年の3月。しかしクーデターを起こし、逃げ出した一体は暴走して敵化しました。後に西太平洋に水没していた機械生命体の都市アトランティスで機械生命体とヨルハ機体の「融合体」として甚大な被害を生じさせました。

そういう部隊の名前をお借りしています。
深い意味はありません。

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