イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
イデア9942の自殺が成されたその頃。
塔の中腹あたりにある図書館を模した施設では、A2とアダムが引き続き戦闘を行っているようであった。激しく暴れまわるだけの敵だったが、図書館という狭い空間が逆にその単なる暴力をより脅威に引き上げている。
振り回される爪のようなブレード。尖いノコを幾つも括り付けたような長い尻尾。錯乱したように振り回されるソレは、図書館の壁や本を幾つもの白い瓦礫に変えながら、しかし明確な殺意をもってA2たちに振るわれる。
A2は、その脅威となる一振りを見切り、一度も接触しないような身のこなしで躱してみせる。紙一重のところで体を反らし、横に動いた運動エネルギーを利用する戦法。避け、回転して切り上げる。単純だが、A2が扱う三式斬機刀はそのギリギリの剣閃の中で敵装甲を切り裂き、内部の基盤にまで到達する。
黄色い火花を散らしながら、また一太刀を切り込んだA2が後ろ飛び退いた。ハァ、と吐息を一つ置いて、顔を上げたA2は眼前に迫りくる刃を見た。
「ぐッ!?」
咄嗟の判断で三式斬機刀を盾に、接触した刃同士が拮抗する。相手は錯乱しているようだが、厄介なのは明確にA2たちを敵だと判断していること。敵はA2たちを排除しない限り、最期まで暴れ続けるだろう。
ギチギチと揺れる力の拮抗はA2が若干不利か。ポッドの援護射撃が振り下ろされた敵の尻尾を攻撃しはじめたことで、多少は楽になったが。
「手を貸せアダム!! 何見てるんだ!?」
「塔の崩壊が始まった」
「ハァ!?」
驚きとともに、両手で一気に尻尾を押し返して、怯んだ尻尾を斬りつけるA2。だが硬質なそれを切り裂くには至らず、弾き飛ばすのみに終わってしまった。
アダムはA2の実力を見て、崩壊しはじめたこの空間で戦い続けるのは悪手だと判断したのだろう。塔に使われているキューブの操作権限を一時的に奪い取り、敵の球型機械生命体を一気に閉じ込めてしまう。
「ロクに相手をしていられんな。逃げるぞ、A2!」
「あの壁ごとブチ抜けば良いだろう!」
「あと3秒ともたないぞ!」
「なら撤収! ポッド! 瓦礫の処理任せた!」
「了解」
掛け合いをしているうちに、機械生命体を覆い隠していたキューブの壁が破壊される。飛び散るキューブの欠片を背中にパラパラと受けながらも、A2たちはもと来た道を引き返す。
上部から降り注ぐ瓦礫は、ポッドのガトリング弾が脅威にならないレベルにまで砕いてくれる。今のところは、安定した道のりを確保できそうだ。
そうして二人が図書館の扉から飛び降りた瞬間、扉から爆風のようにして破壊された瓦礫が真横に飛び散り、塔の反対側の壁に打ち付けられる。真上から降りしきる白い瓦礫やポッドの射撃で砂のようになった、ケイ素等の欠片に冷気を感じながらも、A2は上から聞こえてきた金属の擦れ合う音を聞く。
『ボクタチハ、機械生命体。空ヲ、空ヘ、閉ザサレタ世界』
破損した足も、関節部も無理やり動かしているせいだろう。けたたましい金属音を掻き鳴らしながら、敵の球型機械生命体が壁をジャンプする蜘蛛のように張り付きながら降りてくる。
その巨体が、中央に一つだけの目を赤く光らせながら迫る様はいっそ恐ろしい執念すら感じられる。爛々と輝く目の先には、A2が見えているのか、はたまた何が見えているのか。
『ヒカリ、ガ見エル』
「何をぶつくさと…!」
なんにせよ、この追撃も最後の抵抗にすぎない。中身であるN2の声が聞こえなくなった代わりに、機械的で、意味の繋がらない単語を繰り返し始めているらしい。統括するものが誰一人としていなくなった、ネットワークの残骸にこびりついた単語だろうか。
今は亡きN2の意志を少しでも拾おうとしているのだろうか。ソレはもはや何もわからない。だが、亡き者の意志を継ごうという涙ぐましい行動も、この塔に侵入したA2たちにとっては滅ぼすべき悪がまだこびりついているのかという呆れにしかならない。
「作戦がある、A2」
足場を飛び降りながら、アダムが言う。
「あのデカブツ何とか出来るのか?」
「このままバイクを降りた場所まで向かう。その穴から飛び降りて地上に出る。この塔は建造途中ということもあるのか、どこも狭いからな、動きが制限されすぎて此方が不利だ。それに加え、地上には」
「待ち構えているヨルハ部隊と一緒に袋叩きってとこか。わかったよ」
「機械生命体アダムの提案を受諾。ヨルハ部隊へ救援要請」
ポッド042が射撃支援をしながらも、アダムの提案どおりにヨルハへと事の詳細を記したメールを送る。今頃は司令官の手に渡り、地上で待ち構えているであろうヨルハ部隊の動きに変化が訪れる頃だろうか。
「不味い、アダム前!」
「なっ―――」
しかし、ここが未だ崩壊しかけている建造物の中であるということを忘れてはいけない。ついに本格的に形状を保てなくなった「塔」が、内部施設ごとパズルのように解け落ちていく。
それは彼らが撤退するために足場になっていた塔の構造物も同じであり、アダムが今まさに足場にしようとした突き出た柱は、その中央から壁に向かって左右に崩れていく。ここで着地ができなければ、角度的にもアダムは奈落の底へ真っ逆さまだろう。
「アダムっ!!」
瞬時に壁を蹴ったA2が、ポッドを引っ掴んでアダムに向かって一直線に跳んだ。彼の手を取ったA2はポッドのアームに手を掴ませると、そのまま滑空するように近くの足場に降りる。
「すまないね、助かった」
「良いからさっさと走る!」
「機械生命体を助けるとは、変わったアンドロイドだな、君も」
ちょうど侵入した場所が近いこともあってか、油断していた己を強く叱責しながら、その感情を隠して礼を言うアダム。次に受けた彼女の言葉通り、そのまま侵入してきた部屋へと飛び込んだアダムは、A2とともに外へ通じる塔の穴へと手を掛けた。
転がり込んできた背後を見ると、扉の大きさのせいで立ち往生している敵の姿が見える。だが突破されるのも僅かな時間だろう。振り向いたA2は、アダムと視線を合わせた。
自然と二人は、同じタイミングで頷いていた。
「飛び降りるぞ」
「ああ」
ひらりと穴の外へと飛び込んだ瞬間、敵の球型機械生命体が飛び出してくる。二人は、近くのビルの屋上が幾つも視界に並んでいる景色を見ながら、遥か高所からの落下に備えて構えを取った。
「ポッド!」
「了解」
「アダムは―――なっ! オイ!!」
A2はそのままポッドのアームを掴んでゆっくりと滑空していくが、アダムは特に地上へ着地するための手段を持っていないようだった。いつものようにキューブを操作して坂を作ればいいのに、と考えたA2だが、その考えを改める光景を目にしてしまう。
アダムが、機械生命体に捕らわれている。
「不味い、ポッド、離すぞ!」
「非推奨。A2の行動は―――」
「ウルサイ、足場になってろ!!」
ポッド042の言葉を遮り、A2が再びアダムのいる方向に向かって一直線に落ちていく。重量の関係か、機械生命体とアダムのほうが落ちる速度が早い。なのでA2は、下を向いた瞬間にポッドを蹴り飛ばして勢いをつけた。
とっさのこととは言え、そこは随行支援対象の要請。戦闘中のとっさの判断にも従うようプログラムと演算されているポッドは推進をつけてA2の脚力に耐え、跳躍の足場としての役割をまっとうする。
「馬鹿者が……」
冷や汗を流しながら、不敵な笑みを浮かべてアダムが呟いた。直後にアダムを捕らえていたアーム部分が、A2の頭上にまで振り上げられた斬機刀によって切り裂かれる。電気信号を受け取らなくなった敵のアームはもはやタダのまとわり付くだけの残骸だ。
「お節介も程々にしておけ。お陰で助かった事には、礼を言うが」
「一応は目的も同じ仲間だろうが!」
A2の言葉に、きょとんと目を開いた。直後、彼の顔は面白そうに歪められる。
「仲間、か。思ったよりも柔軟な対応ができるじゃないかA2。データで見るよりも随分と違う。やはり、世界は情報を通して見たあとに己の目で見てこそだな。この間違い探しと、真実への探索が病みつきになりそうだ。それはともかく……」
このままA2に持論を語り続けるのも吝かではないが、今はこの落下している状態から無事に地上へ足をつけることが先決。タクトを軽く振るい、敵の機械生命体を塔の外壁に打ち付けたアダムは立て続けにタクトを二度振るった。
彼自身が操る、「街」を構成する白色のキューブ。凄まじい勢いで、蛇のように唸って地下から這い出したキューブの大波は、そのまま彼とA2を包み込むようにして集結し、広大な絨毯へと姿を変えた。
絨毯は彼らの落下速度を少しずつ緩め、地上に着く頃には何の衝撃も与えないほどに力を逃していた。その代償として力の逃げた先となったキューブは幾つも欠片となって転がっているが、崩壊する塔に呑まれていずれわからなくなるだろう。
「アラジン、という物語を参考にしてみたが、中々に乙なものだ」
「お、まえは……焦らせるな、馬鹿」
「罵るよりも喜べ、人類の夢見る空飛ぶ魔法の絨毯に貴様は乗れたんだ」
「喜べるかっ!!」
漫才を繰り広げている二人の背後に、ズゥンッ、と地を揺らしながら敵の機械生命体が降り立つ。だが、ここまでの逃走劇のさなかに負った傷は数知れず。そして着地の際にも無理をしたのか、最早何本もの足が折れた満身創痍の状態であった。
「っ!」
二人が構えを取った瞬間、周囲に漆黒の壁が出来上がる。
新しい攻撃か? とっさのことでその「漆黒」の正体にまで辿り着けなかった二人だが、次に聞こえてきた勇猛果敢な尖い女性の声で、考えを改めることとなった。
「ヨルハ部隊、攻撃開始!」
号令とともに、一糸乱れぬ動きで取り出された数多の四〇式戦術槍が投擲される。その数は百をゆうに超え、球型の機械生命体をあっという間に針のむしろへと変えてしまう。装甲を貫く、ヨルハの本気の投擲攻撃。当然機械生命体のコアに槍の穂先が到達していないはずがなく、赤い光を明滅させた球型機械生命体は、何度か身じろぐように手足をばたつかせた後に完全に沈黙した。
「あれは、逃げ――!」
アダムの警告も虚しく、その時は訪れた。
プシュッ、という気の抜ける音が聞こえたと思えば、球型機械生命体は大爆発を起こす。塔の外壁をえぐり取って余りある最後の、本当に最後の抵抗は、取り囲んでいたヨルハ部隊とA2たちを吹き飛ばしてしまう。
唯一状態に気づいていたアダムは難を逃れたものの、他の隊員は死亡こそしていないが同時に巻き散らかされた電磁パルスによって機能不全に陥っている様子が見て取れる。イタチの最後っ屁というが、それにしたって往生際が悪いことこの上ない。
「また、イデア9942の仕事が増えるか。ヤツも大変だな」
くっ、と苦笑して眼鏡の位置を直すアダム。
そしてアダムが咄嗟に張った障壁で、パルスからは逃れられていたのだろう。何とか復帰してきたA2が、彼の後ろから剣を杖代わりにしながら歩み寄ってきた。
「奴は…?」
「今度こそ沈黙したよ。結局外に出てしまったのでは、何のために塔に入ったのか分からないな」
「やっとか……」
気を抜いたA2が、剣にすがりつきながらその場に座り込む。
「……うん?」
だが、A2は長年戦ってきたが故に培ってきた「カン」と言うやつだろうか。非科学的だが、首の後にチリチリとした違和感をおぼえた。なにか、まだ、終わっていないような。
彼女の嫌な予感が的中したかのように、続けざまに傾きかけている塔から更なる落下物が土埃を巻き上げて出現した。先ほどと似たような構造の、球型機械生命体。それも、今度はアダムたちが戦ってきたものとは違い五体満足と言った様子である。
その事実に気づいたA2は立ち上がるが、周囲には最後の爆発によって吹き飛ばされたヨルハたちが転がっている。そして、今落下してきた機械生命体は、再び跳躍していた。狙いは、周りに吹き飛ばされた行動不能状態のヨルハ。
「な、やめろおおおおお!!!」
A2の叫びも虚しく、彼女が出来るのは手をのばすことだけ。
アダムもタクトを振るうが、衝撃波が届く前に敵の攻撃はヨルハを踏み潰すだろう。
もはや絶体絶命の状況下。
晴天から、影が差した瞬間だった。
そう、
飛び上がった機械生命体が落下する。
ただし、ヨルハ機体を踏み潰すことはできなかった。代わりに、その機械生命体が
「駄目だよ、気を抜いたら」
その声は、11Bのものだった。
突き刺さった場所が悪かったのか、ピクピクと蜘蛛のような節足を痙攣させている球型機械生命体。この時点で運動野にあたる基板を三式戦術刀で貫かれていたのだが、11Bはそんなこと関係が無いと言わんばかりに剣を持ち上げた。
まるで、爪楊枝に刺した団子を持ち上げるように。球型機械生命体は、土埃と幾つかのパーツをサラサラと表面から零しながら、11Bの頭上に持ち上げられた。そして彼女の「よっ」という気の抜ける声とともに上空に放り出されて、左手の銃口を向けられる。
「やっぱり過剰火力だよね」
雷が落ちたかと錯覚するほどの轟音。
間近で聞けば、鼓膜の3枚や、4枚が粉々になりそうな轟砲を立てて吐き出された砲弾は、1メートルに及ぶ銃身を通り抜けて螺旋の回転を描きながら球型機械生命体に迫っていく。
最後の瞬間、ゴリ、とカメラ部分と装甲を押しつぶされながら、敵の姿は破壊の爆炎に飲み込まれる。真っ黒な煙から飛び出してきた幾つかのパーツが、炎上しながら辺りに散らばるが、そこに大きなパーツは含まれていない。爆発の威力がどれだけ恐ろしいかを想像し、その光景を見ているだけだったアダムとA2はゾクリとその背を震わせる。
なんせ、正式にヨルハと手を組んだアダム、そして未だ正確な所在がはっきりしないA2。二人は、完全に独立した勢力であるイデア9942の庇護下にある11Bとは複雑な関係にあるからだ。
「……大丈夫だよ、もう、終わったから」
二人を安心させるためか、今はもう亡きイデア9942に捧げる祈りか。
彼女が呟いた言葉は、ゆっくりと空の中へと消えていった。
背後で倒れ込む塔が、地下に「工房」を抱えるビルを押しつぶす音を立てて、世界に閉幕を飾る。彼の痕跡を許さないような無常さに、激しい怒りを覚えたアンドロイドを世界に産み落としながら。
ゲーム本編でもあったように、もはやおまけ要素でしかなかったコウシ・ロウシ戦も合体させずに決着です。
残すはエピローグを数話、そして「短い後日談のエレクトロニカ」という章を入れて完結となります。
戦闘自体があっさりとするように、どちらかというと目まぐるしく変化していく機物と感情を描いてこれました。長い間ありがとうございました。あと少しだけ、お付き合いくださいませ。
そしてエピローグの前書きで、重大な真実を明かします。
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