イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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まえがきあとがきで敬語を忘れてかけてました

一応時間的には毎日投稿のペースのはず!!!!!



※早速誤字報告いっぱい来ましたが、記(ロク)は記録と記憶掛けてます
 わかりにくくてすいません


文書07.document

 無言の時間が続くこと10秒。

 キィ、と金属の擦れる音とともに、機械生命体は肩を竦める用な動きをしてみせた。

 

「握手は無しか。まぁいい」

 

 残念そうに言いながら、右手を引っ込めるイデア9942。アンドロイド側の反応もわからないわけではないのだ。アンドロイドと機械生命体は、1万年もの長い付き合いがあるが、それは敵同士という立ち位置だ。

 戦闘専用として作られたヨルハ部隊は、機械生命体にもつ敵意も排除思想も殊更に強いはず。だというのに、初対面で武装すら構えさせなかったパスカルのほうが異常だったのだ。

 

 それはともかく、だ。せっかくパスカルが整えた穏便な雰囲気も、ある種異質な見た目をしたイデア9942の登場で剣呑なそれを含んだものに変わってしまった。内心、残念な気持ちが無いわけではないが、今後の対応が良いものになるなら、これもまた良い思い出になるだろうとイデア9942は苦笑する。

 

「実は、頼みごとがあッてな。先程パスカルにレジスタンスキャンプの交易介助を頼まれていただろう? そのついでに、キャンプまで連れて行って欲しいんだ」

「それで、キャンプの位置を他の仲間に教えようって魂胆ですか?」

「まさか。敵ではないということをアピールしたいだけだとも」

「あなたの言葉が、真実であるとも限らない」

 

 大げさに両手を広げて語るイデア9942の姿は、傍から見てみれば胡散臭いの一言である。故に、9Sよりも寛容な意見を持つ2Bでさえもが、今のところはイデア9942のことを信用しかねていた。

 このままでは膠着状態が続き、せっかくのパスカルが頼んだ不信感を拭うための配達依頼も、こなされることはなくなってしまうかもしれない。

 

「なら、仕方ない。ヨルハ機体9S、と呼ばれていたな。ハッキングしてくれ。実際に中身を覗けば、君とて納得してくれるだろう?」

「なんっ…!?」

 

 簡単だろう、と言われ、9Sは絶句する。9Sをはじめとしたアンドロイドたちにとって、ハッキングは従来の人類が持つ言葉とは全く違っていた。単に入り込むだけではなく、現代で言うクラッキングの他にも破壊もコントロールも自由自在にできるという恐ろしい所業すらも可能なのだ。

 

「イデア9942さん! いくらなんでもそれは!」

「パスカルは黙ッていてほしい。これは、必要なことなんだ」

「いいですよ。でも、少しでも怪しいと思ったら破壊します。文句はありませんね?」

 

 馬鹿な機械生命体だ、と9Sはイデア9942のことを内心嘲笑してみせた。

 格好、そして争いを否定するといった集団の中で、唯一得物を背負っている姿からして、このパスカルの村の住人とは違うのは明白だった。パスカルにとっては親しい相手にも見えるが、相手はそのパスカルの前で生殺与奪を9Sに委ねたのである。

 

 見るからに、脅威ともなりえそうな特異な思考をする機械生命体。破壊してやろうというヨルハ部隊の本懐。イデア9942は、その衝動に身を委ねるには、十分な要素が詰まっていた。

 9Sは両手を翳し、イデア9942に侵入準備を整える。その間にも全く抵抗しない様子を見て、2Bは訝しみ、9Sはほくそ笑む。やがて精神はほんの数万分の1秒の世界の中に埋没していき―――

 

 

 

『ここは…あいつの電脳か』

 

 2Bなどの前で見せている慇懃な態度を崩し、本来の生意気そうな口調となった9Sはイデア9942の電脳内を見渡した。我々には理解できない仕組みにより、ハッキングして侵入する電脳空間は共通して、簡素なブロックで構成された世界に変化する。

 そこにあるモニュメントにアクセスする、または破壊することにより機械相手であればありとあらゆる事を実現させる事が可能なのである。

 

『でも、なんだこれ……なんで電脳内にこんな無駄なオブジェクトが生成されてるんだ……? 机に、椅子? これは……本の形にしたデータが入った棚か』

 

 9Sは、数あるヨルハ機体のシリーズの中でも非常に好奇心旺盛な性格で製造されている。時には機械生命体を破壊するという使命を放棄してまで、奥底に眠るデータを引き出す事に興味を惹かれることもある。

 そして今まさに、その状況は成立していた。

 

『侵入者を排除する防壁もあるけど……あっちはきっと本来の入り口だ。イデア9942とか呼ばれてたあの機械生命体、あえて僕をここに呼び込んだっていうのか…? この本も……プロテクトが掛かってない。いや、反応してないんだ』

 

 くぐもった9Sの声が電脳空間に木霊する。

 彼が手に取った本は、イデア9942が持っている記(ロク)の一部を記したものだった。タイトルは特になく、電脳空間内で無理やり再現したせいか真っ白なカバーと、軽く発光するページの中身が9Sの頭のなかに直接流れ込んでくる。

 

『これはあいつの生活記録か。2月8日晴れ、対砂漠用の改造を施してみた。運用はうまく行ったが、問題は自重で歩きづらい地点があったこと。ありとあらゆる場所を走破するため更なる改造計画の草案を作る……これじゃないな。というか、機械生命体が試行錯誤して自己改造していた…なんのために?』

 

 読み進めていくと、日記は3月に差し掛かろうとする地点になった。

 これまで記されていたのは、ヨルハ部隊の技術開発部も真っ青になるほどの急速な自己改造とシステム面における進化の過程。試しに攻勢プログラムを周囲の空間や、読み終わった棚に打ち込んでみてもびくともしなかったため、9Sはもはや捕食者の腹の中に居ることに気づいていた。

 だが、腹の主は9Sを食い殺す気は微塵も無いらしい。だから一気に読み進め、いっその事誘導されるがままに記憶を紐解いていく。なんせ、キーワードと思わしき情報を手にした瞬間、次の部屋への道が勝手に生成されるのだから。

 

『2月26日晴れ。いよいよ歴史が近づいてくる。万全の準備はしたつもりだ。そしてこの日の記憶を今読んでいるのはヨルハ機体9Sだろうっ…!? なんで、この時点でこいつは僕を知ってるんだ? 僕がこの地域に降り立ったのは第243次降下作戦の時からのはず…いや、“歴史が近づいてくる”っていう文面、こいつは降下作戦そのものを知っていた? だけどリークされてたなら、今頃僕達は……これじゃあまるで』

 

 未来予知、なんて絶対に有り得ない人類の言葉が浮かび上がる。9Sは頭を振り、そんな馬鹿なことがあるわけがないと考えそのものを振り払った。

 

 真実は、この言葉の真実はこの先に…?

 手を伸ばしたのは、先程呼んだ記録の棚の下段に1冊だけ突き立つ、あからさまなまでに自己主張する本型の記憶媒介。たとえ攻勢の罠が仕掛けられていたとしても、この自分の中の興味を惹いて仕方のない衝動を塗り替えられるのなら、喜んで踏み入ってやろう。どうせ、腹の中にいるのは変わらないのだから。

 

 手に取った、その瞬間だった。

 

『なっ!? ポッド、ハッキング状態の維持を!』

『不可能。個体・イデア9942はこちらの演算速度を上回っている。対抗プログラムは全てレジストさ』

 

 不意に途切れたポッドからの返答。気づけば9Sは現実空間に引き戻されていた。

 

「うわっ!?」

「9Sっ!」

 

 反動で倒れかけた9Sを2Bが支えた。

 彼女の体に抱きとめられながら、9Sは演算領域をフルに使って先ほどのいざという時に隠蔽された真実について考える。だが、結論は出ない。だからもう一度ハッキングしようとしたが、あの時点で弾き出したということはもう一度侵入させるつもりは無いだろう。

 直接聞くしか無い。結局はそれしかなかった。

 

「イデア9942、さっきは僕に何を見せたかったんだ?」

「それが知りたければ、教えてやる」

「なら」

 

 食い気味に突っかかる9Sを、イデア9942は片手を突き出すことで制した。

 

「だがな。その前に頼み事があるだろう? 対価だ。レジスタンスキャンプとの仲介役をして欲しい。さッき言ッた通りだな」

「くっ、こいつ……」

「どうしたの9S。この機械生命体に、そんなにも気になる情報が?」

「2B。もしかしたら、バンカーの情報が筒抜けかもしれないんです。そしてこいつは、何より僕達が降下作戦に参加するよりも先に、僕のことを知っていた。9Sというモデルで製造されることすら知っていたんです」

 

 日記という形になっていたデータは、一度でも更新してしまえばそのデータが作成された「日付」が最新のものになってしまう。そしてたとえ演算速度が上回っていたとしても、日付が改ざんされていればその違和感にスキャナーモデルが気づかないはずがない。

 まんまと思惑に乗せられて居ることに歯がゆい思いしか無いが、9Sはこの2つの意味で危険な機械生命体に対して、判断を下す事がまだできなかった。

 

「惑わされちゃダメだ。でも……」

「9S、連れて行こう」

「2B!?」

 

 そんな9Sの優柔不断さとはまるで反対に、2Bは即決した選択肢を口にした。

 

「暴れようとしたならレジスタンスキャンプの全員で押さえ込めるよ。それにこのイデア9942は、そんな危険な場所に飛び込むと言っているけど、他の機械生命体より少し動きがマシな程度。重要な情報があるというなら、いざという時やりようはいくらでもある」

「それも…そうですね」

 

 なにより、イデア9942の日誌を読み込んでいた9Sだからこそ分かる。イデア9942は戦闘方面に関しては中型二足の限界を超えることはない。下手すれば、9S単騎でも殺ろうと思えば破壊できるだろう。

 システム面の化物っぷりが不安要素ではあったが、迅速に破壊してしまえば情報は失われるにしても、被害が出されることは無いだろう。

 

「話は決まッたようだな」

「私たちはあなたを連れて行く。だけど、直前で隠した情報は必ず開示すると約束して」

「勿論だとも」

 

 帽子を抑え、一礼するイデア9942。普段の物静かなだけの様子を知っているパスカルからしてみれば、大分はっちゃけてるなぁと思われているのも気にせず、イデア9942はあくまで道化を演じる。

 

「道中、僕達に攻撃するようなことがあっても破壊するから。余計な真似はしないほうが良いですよ」

 

 あくまで念押ししてくる9S。

 もっとも、イデア9942にしてみればありえない未来だ。故に、その言葉を放つ9Sの姿は背伸びした子供のようにしか見えていなかったのだが。

 

 

 

 

 

「なんというか、不可思議な思考を持つ機械生命体ですよね」

「でも唯一の武器である鈍器もパスカルたちの元に置いてきてる。今のところは、約束は守るつもりみたいだ」

「それが続けばいいんですけどね……」

 

 片手をメガホンのように立てて、2Bに耳打ちする9S。その会話は当然イデア9942に聞かれているし、聞かれたとしても当たり障りのない言葉を選んで二人も話している。その後ろをイデア9942は無言でついてきていた。そのまま、レジスタンスキャンプに到着するまで、イデア9942はずっと黙っているものだと思ったのだが。

 

「仲がいいんだな。二人は」

「なかっ……喋ったと思ったら一体何を言ってるんですか」

「純然たる事実を口にしただけだ。おッと、この体に口は無いか」

「…?」

「やれやれ、この手のジョークが通じたことがないのは悲しいな」

 

 あまりにも唐突で、中身に意味のない発言だった。それが9Sと2Bには少し新鮮に感じられ、同時に、ヨルハ部隊どころか全アンドロイドの中に眠る「何か」がくすぐられる。機械生命体のやることに意味なんて無い、と何時もの意見を胸にいだいて、反応してしまった擽ったい感覚を追い出す9S。

 反対に、2Bは何かにハッと感づいたような仕草をしたが、それが9Sに気づかれることはなかった。

 

「ところで、あなたは何のためにレジスタンスキャンプとつながりを持とうとしているんだ?」

「ん、質問してくれるとは嬉しいな。そうだな……アンドロイドたちと事を荒立てたくは無いんだ。穏便に済むよう、パスカルたちとは別口の交易関係を築きたい、といったところか」

「とてもじゃないけど、それがあなたの本心とは思えない」

 

 余計な言葉を最後につけたばかりに、2Bからも懐疑の視線を向けられるイデア9942。

 

「ハハハ、正直を言うと、9S君もそうだがアネモネというレジスタンスリーダーとも話しておきたいことがな」

「9Sと…アネモネに?」

「まぁ、そろそろレジスタンスキャンプも近づいてくる。続きはそこからにしよう」

 

 イデア9942が言うと、レジスタンスキャンプの近くにある小さな滝と、流れ出る水が自然に作った小川の地域が見えてくる。

 いくつもの疑問を残して、2Bたちは正体不明の機械生命体を招き入れるのであった。

 




何が難しいかというと、2Bの口調って一部イデア9942とかぶるんですよね。
文面で男性的か、女性的かで分けるのって結構難しい。

現在の11B:熟睡中

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