イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
主人公は11Bと言ったけど思ったように進ませられない。
当初思い描いていた内容と90°それた 許して
復興が進んでいる「灰色の街」、その郊外は依然として人類が崩壊したばかり、のような様相を呈していた。というのも、アンドロイドと機械生命体、手を取り合ったばかりの二者は互いの特性を学びながら新たなる形態を創り出すのに相応の対立や食い違い、それらが余計に時間を取っていたからだろうか。
「車輪の跡をたどっているとはいえ……わぁあああっと!?」
「先行しないで」
何はともあれ、戦闘の跡がそのままということも珍しくはない。
ヨルハの一員だったとは言え、装備換装をしても居ないオペレーターモデルの6Oは、2Bに手を引かれながらも、デコボコとしたアスファルトに何度も足を取られているようであった。
「もぉー! 2Bさぁーん! 私もう嫌になってきちゃいましたぁ!」
「元はあなたが言い始めたこと。最後までやり遂げよ、私も、ちゃんと付き合うから」
「うぅぅ……女神、女神ですよこの人……そしてなにげに後戻りできないいい」
こうして何度も何度も嘆く6Oに対して、2Bは微笑を携えていた。
想定していた戦闘行動は何一つとして無く、現在の技術で作られたレーダー機能にも、敵性エネミーの反応は無い。完全武装の2Bだったが、それらを振るう機会もなく、こうして6Oと素のままで向き合えるハイキングじみた道のりは、彼女にとって楽しみとなっていたからだ。
そんな2Bは完全武装とは言え、歩きにくそうなヒールの靴。6Oもまた同じであるのだが、そこはやはり
「それにしても、ですけど」
「うん、遠いね」
片手を望遠鏡のように当てて、遠くを眺める6O。
彼女の視線の先は、まだまだ目的地となるような所は見えてこない。
灰色の街から外れ、ついにビルや建物が見えないような道についても、まだ件の機械生命体が居るであろう場所は目視できないのである。
「ですよねぇ……情報ではすこーしボケてるって話ですが、こーんな長い距離を野菜乗せたリアカーで走破してるだなんて、少し信じられません」
「運動機能に長けた機械生命体、かもしれない」
「そうですかねぇ」
変わり者であるということは確かなのだが、6Oもこのような状況に陥るとは思っても見なかったのが本音である。とはいえ、一度言い出したことであり、2Bにまで手伝ってもらっている現状、口ではともかく、本当に取材を投げ出すつもりは微塵もなかったが。
「まぁ交流はつい最近になって始めたっていいますし、謎が多いっていうのも記者的にはポイント高いんですけどねっ」
「元気だね、6Oは」
「勿論ですよ! ヨルハ抜けてから、ほんっとうに毎日が楽しいんですから!!」
心から弾んだような声に、嘘の色は混じっているように思えない。
こんな平和な未来の礎に、一度機能停止するほど頑張ったんだな、と。誇らしさと懐かしさが入り交じる、当時の「塔」の記憶が蘇る。実際の所、9Sの機転にまかせて自分は刃を振るうだけであったが、それでも自分の意志で選んだ道が、この未来に繋がっていることが何よりも嬉しかった。
今を生きる。
それだけの事だが、自由に生きることをついに許された、実際年齢二桁にも及ばない両者は、外見年齢不相応にあるがままの感情を発露させているようにも見えた。
「あ!」
「どうしたの」
「見てください2Bさん! 右の方、なにか見えてきましたよ!!」
土色と、瓦礫の灰色、そして時折雑草の緑色が続くだけの殺風景な道。
ついにそれが終わりを告げる。
ざあっ、と。風が吹く。
見たこともないような美しい光景が、2Bの視覚情報に映し出された。
それは一面の―――黄金。
吹き付ける風が金色の稲穂を揺らし、淡い光の帯が彼方へと消えていく。
そよぐ黄金の海が、本物の生命の息吹を地上に彩っている。
「……これ、は」
2Bも、自分たちが生命であるということに誇りを持っている。
だが意思を持たずとも、発する言葉がなくとも、無言で伝わる本当の生命のあり方が、2Bの「心」にずしりとのしかかってくるようにも思えた。
だが重みは苦しいものではない。むしろ、もっと心地よいほどの―――
「も、もしかして“稲”じゃないですか!? その昔、人類が炭水化物を摂取する際に食されていた、とてもメジャーな食べ物です! まさか、現存する米は品種すら変わってしまって、絶滅したって記されてたのに……これ、もしかして例の機械生命体がやったってことですか!?」
トンでいきそうになっていた思考が、6Oの驚愕の声によって引き戻される。
彼女の話を聞いてみれば、「米」と言う食物を実らせる、人類の主食と成り得る植物であることを力説された。
アンドロイドも嗜好品としてコーヒーなどを嗜むことは在るが、あくまで真似事だ。人類に似せた人工消化器官も存在するが、アンドロイドも機械生命体も、エネルギー補給の主流はあくまで燃料、そしてコアから生み出されるエネルギーの直接摂取。
代理戦争が終結した今でこそ、そうした「食べ物」や「味」を楽しむ文化がロボットたちにも生まれ始めているが、人類が嗜んでいたそれらのうち、現存するものは遥かに少ない。
「失われた人類文化の再生ですか……どうしましょう2Bさん! うちで扱う内容というより大手の情報誌が扱うようなレベルです!!」
「そ、そっちなんだ」
2Bの驚きをよそに、6Oはといえばあくまで自分の仕事が基準の考え方らしい。大事であるとは言え、そう臆するようなこともないな、と正気に戻された2B。
これからどうするのかと、彼女は訪ねた。
「内容はどうあれ取材です取材! 探しましょう、例の機械生命体を――」
「おんやぁ?」
「!?」
6Oの言葉が言い切られる前に、不思議そうな声が2Bたちの聴覚機能に届く。
一瞬で6Oを下がらせ、背中の愛刀に手を掛けた2Bが戦闘態勢を整えて振り向くと、目に入ったのは慌てた様子の「中型二足」の機械生命体が両手を振っているところだった。
「まてマテ、またンカいな! アンドロイドは血の気が多クてイカん!」
「……アナタが、ここを管理しているのか」
「オウさ、そのとおリよ。どウジャ? すごかろウ!」
ところどころ、イントネーションが特徴的だがその中型二足の機械生命体は豪快に笑ってみせた。彼は何度か灰色の街で交流していることもあって、アンドロイドがそのまま敵であるという認識はないらしい。
目的の人物であることの確認が取れたので、6Oが取材の旨を伝えた。
すると彼は鍬を肩に担ぎ、こっちだと言って自分が拠点にしている場所に案内を始めた。
「それにしても、ボケてるって噂きいたんですが全然そんなことないんですね」
「アぁ、流石に街マデは遠いんじゃヨ、そりゃァ疲レもスルわい」
噂というのは、大体が内容に反して、こうした理由あっての小さな事実である。そんなことを再認識した6Oたちはそれから数分ほど歩くと、木々に囲まれた機械生命体の拠点に辿り着いた。
そのまま二人が案内されたのは簡素なテーブルと、太い木をそのまま輪切りにしただけの椅子が並ぶ掘っ立て小屋の前だ。座りや、と指された椅子の丸太を6Oが恐る恐る触ってみると、
「なにげに椅子がコーティングされてる……」
椅子はつるつるとした樹脂のようなもので覆われていた。
これなら汚れることも無さそうだと、二人は安心して席に着く。
「アンドロイドにゃ友人もおルけぇのゥ。“服”を汚サンようしテあるんじゃ」
「ほうほう……」
機械生命体の、細かな気遣いに感心する6O。
これなら取材も捗りそうだと、早速彼女は身を乗り出し、前時代的なメモ帳を片手に目を輝かせる。
「それでは、早速取材に関してなんですが」
「ええぞぉ、何デも聞きィ」
豪快な口調とともに、身振り手振りで彼は6Oとの会話に興じ始めた。
そうなると暇になるのは2Bである。農業の話は専門外であるし、米の再生について熱く語っているところも、仕事中である6Oと違ってそこまで興味を持てない内容であったからだ。
すると、そんなそわそわした様子の2Bに気がついたのか農場主の機械生命体が気を利かせ、
「おう、つまらん話デ悪いナお嬢ちゃん。ココらは安全じゃキ、見て回ってクるがええ」
「そうですね、2Bさんもここまで来てもらってますし、お言葉に甘えて見てきたらどうでしょうか。あ、一応この辺りのマップデータいただけませんか?」
「ええとも」
と、6Oからの提案もあり、機械生命体からマップデータを投げ渡された2Bは、興味の赴くままに二人が話し合っている場所から離れ始めた。
彼女がそのままの足取りで訪れたのは、先程遠目で見た、黄金の稲穂が揺られている田園である。近くで見れば、細かい農業としての意匠が見て取れる。ズームアップした視界には、きらめいていたと思えた稲穂も、少し汚れていて、葉や根のあたりの小さな汚れは、先程の光景が嘘のように泥臭い。
「……命、か」
小さな虫が葉をよじ登り、土の周りにはミミズが掘った穴が見える。風と共に運んでくる、小さな塵の中には巻き上げられた砂や、枯れた草の欠片、そして羽虫の死骸なんかも見えてくる。
美しいばかりではない。それでも、
私は、生きているのだろうか。
「……なんだろう。会いたくなったな、9S」
一人佇み、その光景を見続けているうちにそれなりの時間がたったのだろう。同じ景色を見続けているだけなのに、その些細な変化が時間を忘れさせていた。感情と心は、時にこうして、一分一秒を正確に刻む機械であるはずの彼女らを惑わせる。
でもそれが、心地よいのだ。
「2Bさーん! 取材、おわりましたよー!」
「っ、6O。すぐ戻る!」
田園の向こう側から、手でメガホンを作って叫ぶ6Oの姿があった。
片手を振り、叫び返した2Bははたと気づく。通信機能を使えばもっと効率的だったな、と。
なんとなくだが、こうした無駄な部分は感情に従っているらしい感じがする。そして、心の何処かにあの不明瞭の化身である、イデア9942の影がちらつくのだ。
「………いや」
ふと浮かび上がったそのヴィジョン。
この世界の中で、唯一、11Bだけが、出会った者たちの中で浮かない表情をしていたな、と。思い出した。
2Bはどこか影を背負いながらも、田園を傷つけないよう、飛び越えるのではなく回り道をして6Oの元へと戻った。流石にそれくらいの分別は彼女にもある。何より、機械生命体の一念が作り上げた美しい光景を壊したくないだけでもあるのだが。
「2Bさん、それでは戻りましょうか!」
彼女の言葉に頷き、帰路につこうと2Bはもと来た道のマップデータを開く。GPSに記されている自分たちの現在位置を見ると、灰色の街から、徒歩の距離としてはずいぶん遠くに来たなと、帰りの長さを思い描く。
そんな時だ、後ろの方からガッシャンガッシャンと、機械生命体が歩く特有の音が聞こえてきた。
「おぉーい! ちョイと、待っちャぁくレんか」
「あれ、どうしたんですか?」
急いで走ってきた機械生命体は、腰に括り付けた道具箱を探ると、中から取り出した小さなソレを、6Oではなく2Bへと差し出した。
「あんた、2Bさんジャろ?」
「そう、だけど」
手に載せられたそれは、アンドロイドなら酷く見覚えのあるものだ。
今となってはほぼ使われていないが、戦闘用の「プラグイン・チップ」である。
「……このチップは?」
「古い友人ニなぁ、2Bか9Sってなアンドロイドに渡セと言わレテタのを思い出しタんだ。生憎、わしモ中身は知らんが」
「古い、友人? 何で私達個人に」
「おう、名前も分かラんが……わしに米ノコトを教えテくれたいいヤツだ。今頃、何をしとるんじゃろうなぁ」
「え、さっきその話きいてませんよ!?」
6Oが叫ぶと、機械生命体は素っ頓狂な声で返した。
「聞かレんかったゾ?」
「あ、ボケてるってそういう……」
「ともカくだ、用はソンだけジゃ。達者でナ」
農業があるからと、機械生命体はまた慌ただしそうに丘の向こうへと消えていった。その場に残された2Bはプラグイン・チップがどんな内容のものか確認しようとしたが、不思議なことに、そのチップは挿入してもデータの読み取りが始まらない。
「……?」
「んー、2Bさん、ちょっと見せてくださいソレ」
頷き、6Oに受け渡したのだが、6Oも頭を撚るばかりで正体に辿り着けない。
結局よくわからないまま、そのプラグイン・チップと同じ形状の何かは、2Bの手に戻されることになった。
「そうだ、11Bさんならなにか分かるかも。時代の最先端を行くこの時代の立役者ですし、間違いありませんよ!」
「そうだね、古い友人っていうのも気になる。11Bに見せるのが手っ取り早い……か?」
今度こそ帰路につこうと、振り返った2Bは、その視界の端に影を捉えた。
「あれ、何か、いたんですか?」
「……」
今の映像データを急ぎ保存し、リピートして停止。
そして気になった地点を拡大した彼女は、思わず口を開きかけるほどの驚愕に身を染めることになる。
「……6O、急いで戻るよ。11Bに伝えなきゃいけないことが出来たから」
「わわ、ちょっと2Bさん!?」
余裕が無いのか、6Oを両手で抱え上げた2Bは、バトラーモデルの運動機能を十全に活かして駆け出した。此方に来た時とは、比べ物にならないほどのスピードで来た道を戻り、2Bはひたすらに「灰色の街」を目指していく。
「わ、あわわ! あ、憧れの2Bさんに憧れのおひめさまだっこ……」
その胸元に、一人の幸福なアンドロイドを生み出したことすら気が付かない。
今の2Bの頭の中には、たった一つの事実だけが渦巻いている。
目覚めてから、一度はお礼をいいたかった相手だ。
心や感情のブレーキを壊し、ヨルハを変えた、あの変な機械生命体。
よく似ていたのだ。
あの映像の中のシルエットは、見覚えのある帽子のような形をしていた。
2Bが二ツ葉探偵事務所に戻った次の日、11Bの研究所……
「工房」と呼ばれ始めた場所に、一通のメールが届けられた。
タイトルは―――帽子を被った機械生命体を見た。
未だそのメールは、開封されていない。
こどくぅーなーsilhouette~♪
うごきだー(ry
紛れもなくヤツなのだろうか。