イデア9942 彼は如何にして命を語るか 作:M002
本編の主要人物は全員出ます。
え、アダムとイヴはどうしたって?
あいつらなら世界中で
「11Bさーん? 今月の報告書まだ出てませんけどー」
一体のアンドロイドが、紙媒体の資料を片手に「工房」へと訪れている。彼は、ここ灰色の街とは別コミュニティに属する機械生命体との次の会合にむけて、11Bから追加資料の受け取りに来たというわけである。
禿げ上がった頭をボリボリと掻きながら、彼は11Bの姿を探しているのだが、「工房」は依然として静まり返っており、返事の一つも聞こえてこない。
いつもの11Bなら、気だるげにも返事だけは返すはずだが、と。異常事態であることを危惧し、いつもなら踏み入れない11B自身のプライベートスペースにまで足を伸ばす。
探し回ったものの、見つからない。しびれを切らし、怒られる覚悟でそのアンドロイドの男性が最後に訪れたのは、彼女にとって思い出の場所。
木製の作業台と、ブラウン管テレビのモニターが数個程。アンドロイドから中型の機械生命体までなら寝かせられそうなベッド。かつて、かの機械生命体が存在していた頃から、全く変わっていない部屋。
「……ああ、やっぱり。そんなことだろうと思った」
作業台の上には、一枚のメモが置かれていた。
このアンドロイドの男性が呼びに来ることは、数日前から決められていた予定だ。そしてここまで踏み入れることまで予想していたのか。男性アンドロイドが手にとったメモには、彼女が居なくなった理由が短く記されていた。
―――お疲れ様でした。
「……仕事、どうすんだよ」
元アネモネ部隊のアンドロイドは、苦笑しつつも肩を落とすのであった。
「今日は気分的にクラシックですかねー」
「私はジャズが好き」
「いや、その……昨日も流しましたよ」
「新作あったから」
「……ホント変なところで強引ですね2Bは」
2Bと9Sの経営する「二ツ葉探偵事務所」。
灰色の街の住人たちの、暮らしの問題を解決することを主な収入源とし、時に浮気調査、時に迷子探し、時に暴走する機械生命体の実験兵器をなます切りにする。そんな暮らしを続けているうちに、半年という短い経営期間ながらも頼られる存在としての地位を獲得した二人。
とはいえ、人間と違って機械たちは折り合いをつけることが得意な種族。一日にそれほど多くのトラブルが舞い込むこともなく、依頼の来ない日も少なくはない。
「今日もお客さんきませんねー」
「平和なのが一番いい」
ブラインダーに指を差し込み、変わらぬ景色の街を見つめる2Bが、万感の思いを込めて呟いた。声にこそ出さないが、9Sも本心ではそのとおりだと同意する。
それでも、だ。俗世に塗れた9Sとしては、こんな欲もある。
「バーテンダーセットも買いたいし、大きい収入が欲しい所かなっと」
1週間分の収入支出を付けながら、彼は最近の趣味を口にする。
探偵らしい衣装に身を包む彼の姿から分かるように、わりと形から入るタイプの9S。真実を見極める力と好奇心もあるが、やはり外観にもこだわりたいという、戦後はじめて見出した特徴の一つである。
そして最近の人類史漁りから、「カクテル」という存在を知った彼は、2Bに美味しいカクテルを振る舞うため(何よりその姿が渋くてカッコイイと思ったから)、事務所の空きスペースにBARを設けるつもりらしい。
そのための資金は……今の彼らの収入だと、数年掛かってようやくだ。
「また3日坊主にならないように」
「分かってますって、もぅ、2Bは心配性だなあ」
「ナインズ、そう言って今まで何回やろうとしたことを放り出して、何回私が片付けたと思っている」
「……アハハ」
「笑って誤魔化さないで」
「提案:9Sが懲りるまで小遣いをカットすること」
口酸っぱく注意を重ねる2Bに、ふよふよと近づいてきたポッド042が言う。
彼の言葉を聞いてか、書斎の方で紙媒体の書物を整理している153までもが口を出してきた。
「肯定:9Sの自制心が身につくまでがいいだろう。期間を設け身につかなかったと認識できた場合、精神的拘束を追加」
「興味深い案だ。ポッド153に同意」
「ポッド二体の案も出たけど、どうするのナインズ」
「……はい、よく考えます」
今日も至って平和であった。
「2Bィ!!!」
ドアがぶち破られる今のこの瞬間までは。
「話聞かせて!!!」
ティーカップにパックが放り込まれ、ポッド153の中で沸かされた熱湯が注がれる。途端に広がる紅茶の香り。仄かに色づく白い湯気が立ち上り、11Bの鼻先を熱とともに僅かに濡らしていく。
「疑問点、9Sが当機体の機能に湯沸かし機能を付けた理由について」
「僕が紅茶好きになったからだけど」
「……その回答に遺憾の意を示す。9Sの脳回路をフルメンテナンスすることを推奨」
「え、酷くない?」
「いいから早く話しなさいってば!」
「あっつい!」
ドン、と叩かれたテーブル。
幸いにも11Bの馬鹿力は発揮されていなかったが、カップから跳ねた飛沫が9Sの手に掛かる。
「わかりました、分かりましたから落ち着いてください。2B、画像データある?」
「あるよ。ポッド、拡大と映写お願い」
「了解」
2Bの記憶データから、以前6Oと行った取材先の「影」を移したそれが、空間投影の画像としてポッドから映写される。
「……少し、似てる」
「ごめん、視界の端に一瞬写った程度だったから、省メモリーでの画像しか無かったよ」
「ううん。ワタシも取り乱してごめんね。……希望は、出てきたかな」
すべての仕事をほっぽりだしてきた11Bは、白衣をまくりながら、その細い指でカップをつまむ。コクコクと一気に飲み干していく様は飲み方としては無作法だが、彼女のこれまでの想いをとりあえずは飲み込んだという意思表示だろうか。
チャ、と僅かに音を立ててカップが戻される。
「アナタから渡されたプラグイン・チップも解析したけど、あれ、ガワだけがチップの形をしてただけだったよ。中身はこれ」
プラグイン・チップの外装が剥がされ、更に細かな、欠片のような端子を持ったチップが11Bの手のひらに乗せられる。あまりにも小さすぎて何も記録出来ないように見えるが、この中には驚くべきものが入っていたのだと11Bは語る。
「イデア9942の……演算回路だよ、これ」
「……コアのパーツ、ってことですか?」
「ううん、それとは別の外部回路。イデア9942の処理能力の秘密の一端だね」
解析結果に寄ると、コアと、それを取り囲むようにしてこの1ミリにも満たない極小さなパーツが3重にもなって層を形作っていたらしい。そして、この小さな小さなパーツ一つで、ヨルハのブラックボックス並みの演算処理能力を誇る。
更に恐ろしいのが、これと同規格の物があればあるほど、処理効率と並列処理数がダルマ式に増えていくとのこと。
「あー、だから始めて会った時に弾かれたんですね。万の
言ってしまえば、イデア9942は「ウィルスが最深部に侵入するのを見てから対処余裕でした」と言う所業を行えていたわけである。その秘密の一端と、そして11Bの解析結果のレポートから片鱗を読み取った9Sは、イデア9942本人でなければ付けたところで脳回路が自閉するだけだと、苦い表情を形作る。
「それじゃあ11B、それを…探しに?」
「もしかしたら、アナタが会った機械生命体がイデア9942の演技した姿って可能性もあるからね。まずそっちを当たってみる予定」
「分かった。それなら、座標データを渡しておくよ」
「ありがと」
2Bと11Bの間で一瞬のうちに同期が成され、11Bの視界の端に目標地点までのマーカーがセットされた。
「11B、どうせならウチに依頼してみませんか? 出来うる限り手伝いますが……」
2杯目のパックを入れ替えながら9Sが提案するが、11Bは静かに首を振った。
「ううん、彼の問題は、ワタシだけで決着を付けたい。最期まで見えなかった最後の縁、もう過去になったはずの後ろ姿を追いかけるのなんて……ワタシだけで、いいから」
「分かった。でも、私達でも何か分かったら個人回線に連絡を入れよう。6Oや司令か――ホワイトさんにも、呼びかけてみる」
「っ……ありがとう」
何度も突き放したはずだが、やはり11Bには復活させてもらったという恩がある。そして、この世界を作る一手でもあり、この関係を築くことが出来たきっかけをくれたイデア9942にもう一度会えるのなら。
9Sや2Bとしては、その時に直にお礼を言いたいという気持ちもあるのだ。
「それじゃ、そろそろ行くね。押しかけてごめん」
「いや、元の11Bに戻ったのはいいことだと思う。前までのアナタの姿は、あんまり、見ていられなかったから」
「……そう、かな」
どこか上の空で、仕事はこなすがそれだけの存在。
魂がまるごと抜けたような、支柱を失った屋根のような。いつ崩壊しても可笑しくはない印象。それでも、ギリギリを保ちながらもイデア9942の「リスト」をこなしていく11Bは、アンドロイドと機械生命体の新生社会において必要不可欠なキーパーソンであるという重圧。
快活で、時に感情的で。そして脳筋だった姿とは程遠い陰鬱とした11Bの姿は、誰が見ても痛ましいものであった。
だが今はどうだろうか。
一縷の望みを目にして、僅かながらもかつての姿を取り戻しつつある。それでも、何か違和感が拭えないのは――
「11B、待って」
「?」
「その白衣、
「……ハハッ、そうだね。研究者でも気取ってるのかってからかわれちゃう」
目をパチクリとさせて、破顔。
白衣を鷲掴みにすると、一息に脱ぎ去った彼女は、パスカル達から送られたあのときのままの姿に戻った。過去への回帰か、はたまた今との決別か。その覚悟のほどは、聞いていない。それでもだ。
「ソッチのほうが似合ってますよ」
「もしかして、脳筋だってバカにしてる?」
「そ、そんなコト無いですって」
革製のホルスターに三式戦術刀を差し、イデア9942の巨大銃を担ぎ、腰まで長く伸びた髪の毛を一本に縛り上げる。
過去を探しに、11Bは第一歩を踏み出したのであった。
「……そうですか、11Bさんが」
『ええ、そちらで見かけたら是非歓迎してあげてください。まだ、少し取り繕ってるように見えたから、不安なんです』
「ええ、ええ、勿論です。それよりどうでしょう? 灰色の街の生活は」
『満喫してますよー、僕もやりたいこといっぱいありますし、目移りしっぱなしですね』
「ふふふ……」
質素なツリーハウスの一室で、楽しげな、それでいて穏やかな笑い声が響き渡る。
その機械生命体は、パスカル。平和を愛し、平和のために尽力し、いまや機械生命体側の一大コミュニティ「緑の街」の長となった存在である。
通信を切っても未だ止まらぬ細かな震え。駆動機関のそれか、それとも単なるこらえきれぬ笑いのせいか。全身を常に震わせているパスカルは、長というにはあまりにもまったりとした暮らしを送っている。それというのも、「緑の街」にとって、実質長という肩書は名ばかりのものであるからであった。
「さて……イデア9942さん、最後にまた、残酷な課題を残したものですね」
成長してきた子どもたちのため、自分も教養を鍛えるべしと。奇しくも名前のもととなった歴史上の人間ブレーズ・パスカルが著した本の複製をパタンと閉じる。
「我々は人間ではありませんが、考える葦となりうるのでしょうか。我々は、
パスカルが見つめる先には、窓がある。
窓の縁には、一つの写真が立てかけてあった。
少しキザなポーズを決めたイデア9942と、肩をすくめて呆れたと言わんばかりのパスカル。そしてイデア9942の胴に飛びつこうと、満面の笑みを浮かべる11B。そんな、3体の機械たちが収まった写真。
「生き物ではなくても、私達は考える事ができます。そうでしょう。でも、過去には戻れません。……本当に、酷い方ですよ。こうして、在りし日の思い出を記憶から参照するだけで、こんなにも脳回路がズキズキと痛むのですから」
写真立てに手を伸ばすと、写真の面を下にパタンと倒される。
パスカルは、ついで右へと視線を向ける。
小型の機械生命体…いや、機械生命体の子どもたちだ。ゆくゆくは内面の成長に従い、中型のボディや、好きな構造で己の身体を作り変え始めるであろう。だが、写真の中の子供たちは、一見して何の変哲もない小型の姿。
一つとなりには、ペイントで差異をつけようとして、ただの落書き遊びになって指を指して笑い合う子どもたちの写真。
「……悩みますねえ、人間も悩んだんでしょうか。変わらず、過去と言われる姿のままでいたいのか、それとも、新しい姿を追い求めるのか。―――変われなかったのか」
たはは、と苦笑するパスカル。
しかし、しばらくするとだ。ふと思い出したかのように、手をポンと打った。
「そうそう、今日は確かキェルケゴールさんの教会にお呼ばれしていたんでした。あらっ、時間もギリギリじゃないですか!」
教祖キェルケゴールが率いる「シンデカミニナル教」は、死後に神となれるよう、この生があるうちは善行を積み続け、己の納得する死に方と生き方を見つけるための場所にもなっている。緑の街の大多数の機械生命体が信仰するまでに、その布教活動は広まっていた。
そして今日はパスカルが、街の長として行事の進行に呼ばれていたのである。
「まぁでも」
行事に使うタスキや、配布用の濾過フィルターを用意しつつもパスカルは呟いた。
結局はこうなるのだ、と。負けてしまったような声色で。
「会いたいと思う気持ちだけは、偽れないものです」
ようやく物語が動き出しました。
でも宣言します。手記10冊目以内に終わらせる!!!絶対ニダ!!!
以下は作者のこれまでこだわった謎ポイント。
誰も気づいていない可能性もあるので、読み飛ばしてどうぞ
ああああポプテピピック終わった……星色ガールドロップも終わってしまった…
パスカルを性別不明なまま書く!
イデア9942は特殊状態を除き、一人称を使わない!
二ツ葉探偵事務所→ヨルハ→寄る葉→2枚の葉→二ツ葉!!
オリキャラを安易に出す!(メインにもサブにも見えづらいラインで)
実はプロット一切無し!!!!!!(着地点すら無かった)