イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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戦闘はありません


あと、オートマタ2の情報が出てるから後日談も本編も矛盾塊になるだろうからただ怖い


手記5冊目

「ワタシは11B。ココに来てあなたと話を通せって、バザールのアンドロイドに言われたんだけど」

「ええ、勿論()()()()()()()。どうぞお掛けください」

 

 ダーパと名乗った小型の機械生命体は、11Bをソファへと促すとベルを鳴らした。癖なのだろうか。ネクタイをキュッと引き締めるとオホンと咳払いを一つ。十秒後、受付で見かけたアンドロイドの一人がお盆の上に湯気が立ち上るカップを乗せて持ってくる。

 

「飲みながらで構いません。聞きたいことも在るでしょうが、ここでたった一つ、守ってほしいルールを、あなたの脳回路にしっかりと記録してください」

「ルール?」

「ええ、シンプルなものです。一切、争いごとはしないこと。それだけです」

 

 11Bへ対面しながらも、視線の先はどこか彼方を見つめている。そんな、不可思議な接し方をしてくるダーパは、しかし確かに11Bを相手に言葉を発した。

 

「わかった、争い事は一切ナシね。約束するよ」

「ありがとうございます。それでは11Bさんとおっしゃいましたね、このジャンクヤードに一体どのようなご用件でしょうか」

 

 深く一礼したダーパは、改めて問いかけた。

 

「人を探してるんだ」

「人探し、ですか」

「イデア9942という名前、帽子をかぶった機械生命体。プログラム面では他の追随を許さない性能。機械生命体にしては、意味のわからないジョークをよく言う。……分かりやすい特徴はこんなものかな」

 

 カップを置き、真剣な瞳で彼女は問いかけた。

 

「なにか、知らない?」

「ふぅむ」

 

 考え込んでいるうちに、記録されたデータの中にこれらの特徴に当てはまる物がいないかを探しているのだろう。このジャンクヤードというらしい集落は、現在各所で確認されている集団としては、規模が小さい方だ。

 じっくりと考え込んだあと、ダーパはゆっくりと首を振った。

 

「どうやら、お役に立てることはないようです」

「……そっか。邪魔したね。あのアンドロイドたちを見る限り邪魔になりそうだし、すぐにココを発つよ」

「お、お待ち下さい!!」

 

 11Bが立ち上がった瞬間、ダーパは焦ったように呼び止めた。

 

「?」

「っ、あ、い、いえその……少し、ゆっくりしていかれたほうがよろしいでしょう。それに、此方に報告が来ていないだけで、住民たちが情報を持っている可能性もあります。聞き込みをしてみてはどうでしょうか」

「聞き込み、………そうだね」

「ええ、ええ。それがいいかと思われます。住民たちには言っておきますので、今からどこの施設も貴女を受け入れるでしょう。それにここは、かの灰色の街からも遠い。しばらく休息と補給を取っていってください。損はないはずです」

「そうするよ。ああ、もし滞在するとして、どこか場所は空いてるかな?」

「それでしたら、ここの一階に空き部屋がたくさんあります。どこでもご自由にお使いください」

「そっか。ありがと。それじゃ失礼するね」

 

 ひらひらと手を振りながら、11Bはダーパの部屋を後にする。

 カンカンと階段を降りてバザールの通りに出ようとすると、無愛想で一瞥するだけだった受付嬢の機械生命体は「マタのお越しをお待ちしております」と、深々と頭を下げて言葉を投げかけてきた。

 

「…………」

 

 11Bは無言でその建物を後にすると、バザールをしばらく歩いた先にあった、飲食スペースらしき場所に腰を下ろした。すると、彼女の姿に気が付いた大柄な男性型アンドロイドが、快活な笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

「おう、旅の姉ちゃん、リーダーから聞いたがどうやら長旅らしいじゃねえか。ウチで燃料でもいれておくかい?」

「ううん、燃料自体はまだまだ在るから大丈夫。少し座りたい気分になっただけ」

「そうかい、まぁゆっくりしていきな。いつでも歓迎するぜ」

 

 人当たりのよい笑みを浮かべて、その男性型アンドロイドは共通燃料が入っているであろう、大きな燃料缶を抱えあげ、テントの奥へと消えていった。

 

 おかしい、と11Bは言いようのない気持ち悪さを覚える。

 

「ねぇ、そこの機械生命体さん」

「ン、ナンダイ?」

「ちょっと聞きたいことがあってね―――」

 

 それから11Bは、周囲の機械生命体にイデア9942……ではなく、まず一言目に「帽子を被った機械生命体を知らないか」という問いを投げかけていった。一体一体に根気よく話しかけるさまは健気なものだろう。

 しかしそのたびに「知らないけど、他のやつにも訪ねてみる」「分からないが映像記録を探ってみる」といった温かで協力的な言葉をもらい、そのバザールにいる者たちの笑顔の歓待を受け続けた。

 

 それから数時間ほど経った頃。永久に日が昇っているため分かりづらいが、一日の終りが近づき始めた時間帯。バザールにあれほどいた集落民の姿は建物の中へと消え始め、あとには一日を通して作業に明け暮れるような者たちだけが残った。

 

「やばいかもね、ココ」

 

 11Bはこのジャンクヤード圏内でも、人気のない場所へと移動すると、被っていた笑顔の仮面を脱ぎ捨て、忌々しそうに呟いた。

 

 そもそもだ。途中から隠しきれていなかったと言うか、杜撰というか、違和感しか無かった。リーダーを名乗るダーパの、この集落を離れると言ったときの焦りよう。灰色の街から来たことを知っているかのような口ぶり、そしてあの一瞬で、集落民たちの態度が180度反転して友好的に接してきたコト。

 

 きな臭さが、あからさますぎて逆に気持ち悪い。

 言いようのない身の危険……というよりかは、かつて訪れた「廃工場地下の狂信者たち」を彷彿とさせる違和感。一度感じた、受け入れようとする柔らかさの裏に潜むものを知っているからこそ、この集落がマトモではないではないことが機械らしくない第6感から訴えかけられている。

 

 そして何より、だ。

 彼女は今や単なる脳筋ではない。灰色の街をはじめとした、アンドロイドと機械生命体が手と手を取り合う世の中に最も貢献したものの一人。それでいて、イデア9942の背中を追い、技術方面で開花させた御業が、彼女の不審を裏付けた。

 

「……アイツら、イデア9942の事は何一つとして知らないね。しかも、見せてきたあの態度もぜーんぶ嘘って感じだ」

 

 住民たちに話しかけながらも、彼女はその話している住民から気取られぬようフルスキャンを掛けていた。その結果分かったのは、彼らの中にイデア9942に一致する情報が一切なかったということ。そして、ここでは常日頃から――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「異様に多いジャンクパーツはそのせいか。となると、見つけた足跡はここの奴らの犠牲になったってとこかな」

 

 記録に在るイデア9942と似通った足跡だったが、現状ほぼ全ての住民をスキャンした中で、その足跡と一致したものは見つからなかった。そして足跡は真新しいものであるのに、その姿がないという事実が彼女の言葉に繋がる。

 

 こんなところ、さっさと通り過ぎてしまおう。ダーパの元を訪れてから、ずっと監視していたアンドロイドが交代したタイミングを見計らい、11Bはその集落を去ることにした。

 

 

 

 

 成果ゼロ。どころか、勘違いした挙げ句に無駄足を踏んだ分を考えればマイナスであろうか。陰鬱な表情で灰色の街へと戻ってきた11Bは、そのままの足で自らの「工房」へと戻ってきていた。

 廃墟都市から灰色の街へと変わり、ありとあらゆるものが変化していく中で、イデア9942の記憶のカケラは、もうここにしか残っていない。だからこそ、疲れた彼女は必ずこの部屋に戻り、そして例の寝台へと体を転がせる。

 

 このまま、一度スリープに入って自己メンテナンスでも始めようか。定期メンテナンスの日程は遠いが、そうでもしなければやってられないと、実に人間らしい感情で彼女は半目を開いた。

 途端、視界の端でチカチカと緑のランプが明滅している様子が見て取れた。この工房そのものが受け取る形になっているメールだった。業務用連絡の場合はランプの色が違う、となれば彼女自身に用向きがあることを知らせる内容か。

 

 のっそりと寝台から起き上がった11Bは、そのまま手を伸ばしてメールのホログラムウィンドウを開く。空間に投影された画面には、タイトル無しの新着メールが一通届いている。

 

「……誰の符号(コード)だろこれ?」

 

 知らない人物が無造作に撒いている迷惑メールだろうか。だとしても、一応プライベートかつ遊び用のこっちには雑ながらも一種のプロテクトは掛けられている。

 

 不思議に思いながらもメールの内容を確認した途端、彼女は表情をさぁっと青ざめる。

 

「ダーパ……? なんでアイツが」

 

 差出人はダーパ。あの集落で会ったきりの小型の機械生命体である。

 ジャンクヤードとかいう集落から出ないようにと、言外で仄めかしていた事を破られた仕返しか。それともまんまと逃げおおせた11Bに対する嫌がらせか。いや、その程度で彼女が青ざめるはずもない。

 

 メールごときで、彼女に衝撃を与えるたった一つのワードがある。

 もう、おわかりだろう。イデア9942らしき、帽子を被った中型機械生命体の影だ。それが、どこかの荒野らしき場所を撮影した写真の隅にあったのだ。該当する場所は、残念ながら11Bの記憶の中の映像に一致しない。

 

「そんな、アイツ、知らないって言ってたのに……」

 

 ギリギリと歯を噛み締めて、怒りに打ち震える11B。彼女が怒気を発するだけで、部屋の空気がミシリと軋む。無意識に握った三式戦術刀の柄が砕かれなかったのが奇跡なほどに、彼女はギチギチと義体の出力を引き上げていた。

 

 彼女をこんな状態にしたメールは、文章すら書かれていなかった。

 添付され、貼り付けられている画像が一つだけあったのである。

 

 11Bは感情の赴くままに、工房を後にしジャンクヤードへととんぼ返りを果たす。音速を超えてやってきた11Bを発見した集落民のアンドロイドは、これまで見たどの表情とも違っていた。

 ニタリと口を歪め、それでいて目は笑っていない。不気味に過ぎるアンドロイドや、顔は無くとも失笑する機械生命体らを一瞥した11Bは、足に力を込めて跳躍すると、リーダーであるダーパが過ごしているであろう部屋に飛び込んだ。

 

「ダーパッ!!!」

 

 窓ではなく、壁を蹴破って入ってきた彼女はコンクリートの粉塵を腕の一振りで風と共に打ち払いながら、その衝撃に巻き込まれて転がっているダーパに目をつけた。

 強引にその手を引き上げて眼前に引き寄せた彼女は、当たり散らすように叫ぶ。

 

「あのメールはどういう意味!? 答えて!!」

「は、はははは!!! はははははハははハハあははははははははははあっあはっ、アハハハハハハ!」

 

 傑作だと言わんば明かりに笑い狂うダーパ。

 

「ははははは!」

「ヒヒヒ…! ひひ!」

「くっふふははは!!」

「アハハアハハ!」

 

 気づけば、ダーパの胸ぐらを抉ってまで掴んでいる11Bの周囲に、この集落の住人たちが集まってきていた。11Bが破壊した壁をよじ登りながら、階段を一歩ずつ上りながら、その口から狂気的な笑い声を発して。

 

「チッ、それがあんたらの素?」

 

 11Bは空いている方の手で三式戦術刀に手をかけると、その切っ先をダーパに向ける。イデア9942の情報を聞こうと思ったが、こうなれば最悪ダーパを工房に持ち帰って分解し、その脳回路とコアから情報を抜き出せば良いだろう。

 これだけ狂った集団なら、現状それをしたところで自分に非はない状態をいくらでも創り出すことが出来る。今の11Bにはそれだけの権限があった。

 

「どいてよ! コイツを破壊されたいの?」

 

 今か後かの違いだが、どうせ破壊するにしてもこうして脅せば有用性も増すというもの。どう考えても正常なアンドロイドでは下せない判断だが、冷徹にその処断を下した11Bが、少しでも穏便に済ませるためにダーパの命を引き合いに出す。

 だが、彼女の考えが通用することはなかった。

 

 ダンッ、と一発の銃声が彼女の耳に届く。

 途端、11Bはダーパから手を離し、凄まじい瞬発力でその場を離脱、そのまま壁に張り付いた。その場に残されたダーパは、重力が働く前に銃弾をそのコアに受け爆発四散。ダーパを構成していたパーツが辺りに飛び散り、腹回りの装甲板が虚しい音を立てながら11Bの眼前に転がった。

 

「……なに、コイツら」

 

 三式戦術刀を右手に、イデア9942お手製の巨大銃を左手に。

 改めて臨戦態勢に入った11Bは、再び狂気の笑い声を上げながら手を伸ばしてくるジャンクヤードの住人たちを見据えて力を込める。背後を塞いでいた壁を肘打ちで破壊すると、その瓦礫と共に宙を舞いながら地面に着地。広い視界を確保にかかる。

 

 対して住人たちは、その目を赤く光らせながらゾンビのような足取りでゆったりと11Bに近づいていく。11Bの壁の穴から無防備に一歩を踏み出し、無様に地面に落ちつつも、何事もなかったかのように這いながら11Bを目指す。

 それはどこか狂気というよりは、操られているような動きである。改めて別方向でのスキャンを掛けてみれば、11Bの視界にはどこぞから飛んできた信号を受信し、単純なプログラムによって住人たちが動かされている様子が見て取れた。

 

 だからといって、11Bは操られる彼らに憐憫の情も、義憤すらも抱かない。なぜなら、彼女は単なるアンドロイドではない。感情を押し殺し、任務に忠実である「ヨルハ」の元一員だ。論理ウィルスによって操られた同士を無常に切り捨てた事も数知れない。

 何より、イデア9942の情報を餌に釣りだした彼らは、こうなる直前まで確かに彼ら自身の意思で笑みを浮かべていたのだ。容赦をするという選択肢は、11Bの中に始めから存在していなかった。

 迷いなくリーダーもろとも破壊(ころ)されそうになったのだから、此方が殺しても正当防衛は成り立つだろう、と。少しばかり飛躍した頭のまま彼女は刀を構えた。

 

 その時だった。

 バラッ、バラバラバラッ、バババババババババッ。まばらに聞こえてきたエンジン音が11Bの集音マイクを刺激する。彼女の視界の端に出たのは、識別信号。そのコードを読み取った瞬間、この一年近くほとんど交流のなかった相手が来たことを理解した。

 

「んなっ!?」

「乗るがいい、11B!」

「ああもう、説明してよね!!」

 

 アンドロイドや機械生命体を蹴散らしながら、その「モンスターバイク」に乗った青年が叫ぶ。赤いバイクヘルメットと黒いライダースーツの間から、輝く銀髪を覗かせたその人物の手を取った11Bは、唐突に襲いかかる全身(前進)分の超Gが右手を軋ませている事に涙目になりつつも、そのまま体を捻ってモンスターバイクのシート後部に尻を降ろした。

 

「しっかり掴まっていろよ。少しばかりトばさせてもらう」

 

 更にアクセルを深く回したその人物は、ジャンクヤードの住人にも、自身のバイクのエンジン音にすら負けない高笑いをしながら、ハンドルを真っ直ぐに固定した。当然、バザールのテントや障害物のある方向へと突っ込んでいく。すると、不思議なことにそれら障害物は純白のキューブのような集合体に吹き飛ばされて、11Bとその青年の行く道を作っていくではないか。

 そのまま、彼らの背中はジャンクヤードから遥か遠くに消えていった。砂塵を拭き上げ、タイヤ痕を掻き消しながら。

 

 

 




戦闘はありませんでした(暴力描写が無いとは言っていない)

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