イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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ある機械生命体は言った。

―――上手くいかないのが常だ。だから幾重にも策を張り巡らせることで、失敗を前提に成功を形作る。突発的な発想、思いつきが成功する例など百回やって一回成功するかどうかだろう。
―――だからこうかもしれない、などという飛躍した考えの元の行動はおおよそが失敗する。大概、取り返しのつかない要素に後から気付く形だろうな。


手記7冊目

『続いてのニュースです。灰の街、近隣の集落の一つがまた壊滅したとのこと。今回も集落の物資には何も手はつけられておらず、救難信号を受け取ったアンドロイド軍――失礼しました、警備隊が駆けつける頃には住民が全滅していたとのことです』

 

 元ヨルハの4Oがニュースキャスターを務める朝時間の番組が流され、街の雰囲気がまた色めきだつ。実行犯不明、目的不明の大量虐殺は当然、探偵業を営む2Bたちの耳にも入っており、9Sが購読している電子朝刊の一面にも大きく張り出されているほどであった。

 

「こんな戦闘能力を持つなんて、今この世界には11B以外居るはずないって」

 

 つい、と一面をスライドさせて画面の外に押しやりながら、つまならさそうに9Sは真実に突き当たる。だが彼にとっては好奇心くすぐる話題でもなかったのか、酷くつまらなさそうにツンとした態度で吐き捨てていた。

 

「まだ、連絡は取れていないの?」

 

 ほんのりと湯気の立ち上るお茶を手にした2Bが、デスクの向こう側から顔を覗かせる。差し出してきたカップを小さく礼とともに受け取った9Sは、ちびちびと中身を啜りながらに返した。

 

「ええまぁ、着信を拒否されていると言うか……どちらかと言うと個人回線の受信番号を消去して、新しいアカウントを作ってるようです。なのであちらからの接触がない限りは連絡の取りようもありません」

「機械生命体も、アンドロイドも、今は和平条約の上で敵化した個体じゃないと破壊出来ないはずなのに……」

「いや、きっと集落ごと敵化したと言ったところでしょう。とはいえマトモなメンタルスペックの奴らには決断できないでしょうし、手際や現場の写真なんかを見る限り、アダムとかが協力してそうですけどね」

「……そういえば、この前デパートで会った時に弟が眠りっぱなしだと、そんな話を聞いたことが在る」

「じゃあ原因それじゃないですか?」

 

 バサリと大きな地図を広げて、9Sは得意げに印をつける。

 

「ここと、ここの集落。そしてここが襲われました。絶え間なく潰してるとしたら理由があるんでしょうが、まぁ11Bのスペックから考えるに移動時間を加味して計算すると、彼らの拠点は今」

 

 荒野の辺り、ちょうどアダムとイヴが居を構えている場所を指で円を描くようにして言った。

 

「ここですね」

「……それで、行くの? ナインズ」

「行きませんよ。僕らだって仕事がありますから。今日は2Bとお揃いのパジャマ買う予定があるじゃないですか」

 

 得意げに言い放ち、机の上の地図から身体を戻しソファに深々と掛け直した9Sであったが、ため息とともに繰り出された次の言葉に、彼はカラダを固めることとなった。

 

「パジャマは9Sの自費、それにメインの買い物は宣伝用のミニ黒板」

「え、自費ですか!? あ、あの。どうせ僕と2Bだけのスウィートルームなんですから今嗜好品真っ只中の衣服は経費で落としたいなーと」

「結局BARも飽きて、高いお酒を買ったところで投げ出した事、私は忘れていないよ。だから締める所はきっちり締める」

 

 慈悲も無い2Bの言葉に、崩れ落ちる9S。そして彼のデスクの上に積まれた本を本棚に戻す仕事をしていたポッド153は、あえて本の角が彼にぶつかるようにして通り過ぎていった。ッヅ、と地味に痛そうな声を出して頭を抑える9S。2Bは彼の醜態にくすりと笑って、踵を返して仕事用の服に袖を通していく。彼は恨めしそうにその後姿を見送り、それでも今日のデートを思って雰囲気を和らげた。

 

 世界に小さな波紋が投げられたとして、波紋の届かない場所もある。元ある波があれば、波紋などかき消されるのもザラだろう。

 今日も今日とて、悲壮な決意をする者たちの反対側で、気楽な選択をする者たちが生きていく。どこか残酷ながらも優しくて、救いがありながらも絶望に満ち溢れたこの世界は、周り続けているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……データが、足りない」

 

 論理ウィルスの残骸に侵された、最後の集落が破壊された一時間後のことだった。自身の工房に戻ってきていた11Bは、これまで集めた機械生命体達のコアから抽出したデータを並び立て、そしてイデア9942の人格データと思わしきソレを復元しようとしていた。

 だが、最初そうとは気づかずに破壊していた分、そしてアダムが単に破壊していた分も含めて、その人格データは穴あきの様相を呈していたのである。イデア9942については誰よりも知っているという自負がある11Bであったが、残念ながら彼を構成するデータについては誰と比較しても同じく知らないことだらけ。

 

 これでは、復元どころか改変すらままならない。予測して埋めようにも、四割近くがロストしているとなれば、無理やり穴を埋めたところで出来上がるのはイデア9942ではない別のなにかの新生だ。

 

 やっと手に入った手がかり。

 だがそれすらも彼女の手からこぼれ落ち、どこかへと流れていってしまう。自分の手に感じていた幻の重さが、途端に無くなったような感覚が訪れる。

 

 狂いそうだった。いや、既に狂っているのかもしれない。

 心の支えたる人物が消えて、そこから立て直す精神も持ち合わせていなかった彼女は、もう限界であるとも言えるだろう。かつての思い出にすがり続けていたが、こうも何度も希望をちらつかされて、そのたびに奪われてしまっていては如何に強靭な精神の持ち主とは言え、精神崩壊に至るのも無理はなかった。

 

「は、は、はは……」

 

 椅子に深く背中を預け、天を仰ぐ。

 コンクリートの無機質な天井と、吊るされたランプがゆらゆらと影を動かす景色が目に入る。思い出に浸り続けて、居なくなった彼を幻視しようとしていたが、もうだめなのかもしれない。

 

 脳回路の中で、かつての思い出を再生する。

 彼の姿、彼の声。映像の中の姿は、何をどうしたってそのままだ。

 

 何千何万回と再生してきたその記録は、何かの拍子に話しかけてきたりもしない。当たり前だ。彼は第四の壁を破る認識を持っていないのだから。

 

 彼を作る、薄々と感じていた冒涜はやはり許されないのか。

 そも自分が作ったところで、彼はイデア9942と言えるのだろうか?

 

「ヨルハの蘇りは、本当に本人なのかな……」

 

 蘇りとは、何の定義をもって本人といえるのか。

 ふとした拍子に思いついたソレは、これまでの自分の行いを根本から否定するような考えでもあった。ぼう、と虚空を見つめる彼女の頭の中では、無数の演算が繰り返され、そのたびに浮かんだ定義が破棄されていく。

 本来なら、この世界で蘇りは一度として行われたことのない現象であった。アンドロイドであれ、人間であれ、それは変わらない。その前提を変えたのはヨルハ。死ぬたびに必ず記憶のどこか一部を棄却されて再構成されるヨルハ部隊。ああ、確かに蘇りと言えるだろう。

 

 ならば100%本人であると言える蘇りは何か?

 

「無理だよ」

 

 そして11Bは、3時間のフリーズの後に結論を出した。

 

 

 

 

 

 

 灰色の街。そのメインストリートは今、ここ数日で最も賑わいを見せていた。それというのも、この時代に生きる者ならば知らないものは居ない、新時代の立役者――そう、アダムとイヴが久方ぶりに姿を表したからである。

 片や上裸の弟と、片やYシャツとネクタイでキリッと決めた兄。作られたがゆえに美貌が多いアンドロイドですら、ヘルメット越しとは言え振り向かずにはいられない丹精で整った顔立ち。隠そうともしないその姿に、リアクションを取らない住民はほぼ居ない。

 

 そして何よりも目をひく珍しさの原因は、彼らの事がよく知られているが故に、イヴがバイクを運転し、兄はその後部座席に座っているという光景だろう。

 

「この街も随分と変わったものだ」

 

 しかし他人の視線など気にする二人ではない。

 アチラコチラに建てられたビルや、ココを通る際に見かけた大きな空港を思い浮かべながら、己の記録映像と照らし合わせて懐かしむアダム。

 

「ん、メシ食うトコ……か」

 

 横目でちらりと見つめた先には、現状アンドロイドにしか意味のない飲食店。彼らが灰色の街から独立してから半年ほどの間に建てられたものだろうか。横を通り過ぎた時、漂ってきた香りはイヴの鼻腔を擽り、不必要なはずの食欲を彷彿とさせる。

 

「興味があるのか、イヴ」

 

 ごそ、と尻ポケットに突っ込んである財布に手を伸ばしたアダムだったが、イヴは誘惑を首を振って断ち切った。

 

「ううん、ちょっと急ごうよ。アイツ、そろそろやばい」

「ふむ、そうか。ならば急ごう」

 

 長い眠りから覚めたイヴは、論理ウィルスの成れの果ての呪縛からついに抜け出すことが出来ていた。こうして目覚めていても、自身の中と他個体のウィルス同士の干渉が無くなったため、11Bが構築した完全消去用のワクチンをトドメに投与し、今度こそ論理ウィルスという存在をこの世から抹消することに成功していたのだ。

 

 しかし、つい先程目覚めたばかりのイヴは、焦るようにこの灰色の街を目指した。アダムは訝しみながらも、その理由を問うこと無くついてきた。とはいえ、アダムは道すがらイヴにある程度の事情を聞いていたのだが。

 

「確かに危なげだったが、そうも急くほどか」

「うん。アイツさ、ギリギリどころか、もう壊れてた。だから、ヘンに深く考えて、馬鹿みたいに暴れだす。おれ分かるんだ」

「何故?」

「おれ、にぃちゃんが死んだら、同じことする……と思うから」

 

 依存している者が生きているか、死んでいるか。

 奇しくも現状11Bの事を理解しているのは、ほぼ面識がないはずのイヴであった。彼は、助けてもらった恩がある。そして兄と過ごすうちに、受けた恩はしっかりと恩で返すという、子供らしくもマトモな感性を取得するに至っていた。

 だから、彼はその正直な心のままに、そして助けてもらった礼をするために、珍しく兄を振り回してまで走っていたというわけだ。

 

 復興された街も、言うほど広くはない。

 先の会話からバイクを走らせて数分。二人は目的の場所に到着し、近くの駐輪場にバイクを立ててチェーンを繋ぐ。座席を開いてヘルメットを収めた二人は、その建物の入り口で立ち止まった。

 

「立入禁止、か。どうやらお前の想定が当たったようだぞ」

「やっぱ、似てたんだ」

 

 悲しそうに目尻を下げるが、次の瞬間には彼は表情を引き締めた。

 そして思い切り右手を振りかぶると、開いた手のひらをそのまま扉に叩きつける。

 

 破壊するためではなく、解錠するための動きだ。複雑に掛けられた電子ロックは、しかし兄よりも優れた演算能力・解析能力を持つイヴの脳回路が弾き出した解によって緑色のランプを灯した。

 

「地下か……言うとおりだな、奴め、まだ思い出を引きずっているらしい」

 

 カシュッ、と空気の抜ける音と共に開かられる扉。

 その通路の先に見えた地下へ通じる道を見て、アダムは苦笑と共にこみ上げる暗い感情を、変わりの言葉を発することで抑え込んだ。イヴはちらりとアダムの顔を覗き込み、泣いたような、笑うような複雑な表情と共に奥に飛び込んでいく。

 

 緩やかなU字のスロープを下っていくと、目的の部屋はすぐさま現れた。そこはロックらしいロックも掛かっておらず、今どきセキュリティとしてはほぼ機能していない物理的な施錠が成されているだけだ。

 

「これも人類文化というものだな、ヤツらしい家だ」

 

 アダムが懐から取り出した細長い二本の棒を使ってこともなげに解錠し、遥か過去の創作小説から得た知識を扱えた自分に酔っているところを、弟は焦燥に変わった表情のままずんずんと突き進む。

 

「にぃちゃん、早く!」

「む、そうだな」

 

 急かされ現実に戻ってきたアダムは、イヴの背中を追って部屋の中に足を踏み入れる。だが、見えたのは作業台と、幾つかのつけっぱなしのモニター。そして話には聞いていた11Bが使っているという寝台だけ。

 肝心の彼女の姿が見当たらない。

 

「……待て、応接室か」

 

 彼がかつてバイクを共同制作していた時に聞いていたのだが、イデア9942本人からいつもの部屋に加えて、応接室を作ってパスカルなども招いていたという話を思い出す。それは確か、入り口から右手の扉だったかと。

 イヴが辺りをキョロキョロと見渡しているなか、今度はアダムが先行して思い至った部屋の扉を開く。

 

 そして見えてきたのは――――

 

「ッ! 馬鹿が!!!」

 

 とっさの判断で打ち出されたのは機械生命体なら誰もが用いるエネルギー球。とんでもない速度で射出されたそれは、今まさに11Bを貫かんとしていた刃を弾き飛ばし、ガランガランと部屋の中に硬質な音を響かせた。

 

「にぃちゃ―――」

「来るなッ!!!!」

 

 声と共に発生した衝撃波は、後ろから迫ろうとしていたイヴもろともアダムを部屋の外に押し出した。その拍子に吹き飛ぶ部屋の扉。蝶番から弾け飛んだネジが硬質な床に投げ出され、耳障りな金属音を創り出す。

 

「まて……、イヴ!」

「わかった!」

 

 ハッと我に返ったアダムは体制を立て直すと、逃亡しようとした11Bに呼びかける。だが脇目も振らず駆け出そうとした11Bの横腹に、イヴが飛び込んだことで逃亡は防がれた。

 渾身の力で飛び込んだためか、11Bを巻き込みながら作業台の方へと突っ込んだイヴ。木製の机を破壊し、落ちてくる無数の工具で赤い切り傷を作りながらも、なおも暴れようとする11Bの関節を抑え込んだ。

 

「離してよ! 離せ! 邪魔しないで、どうして邪魔するのさ!!」

「おまえ、おれだからだ! 馬鹿みたいに悲しいってわかってるはずだろ!」

「訳分かんない! やめてよ、もう、イデア9942が居ないこの世界…意味なんかないの…。他のなにもいらなかったのに…! どうして死んだの……どうして!!!」

 

 圧倒的な力でもがく11Bだが、的確に抑え込まれた事で腕力が劣るはずのイヴから抜け出すことは敵わなかった。そして醜態を晒し続ける11Bは、アダムにとって見るに堪えない程愚かしい。

 これが、あの執念に満ちた者の末路かと。ギリッ、と歯を噛み締めたアダムはゆっくりと11Bに近づき、

 

「阿呆」

「がぅッッ」

 

 その頬を、右拳で殴りつけた。

 

「死んだところで、ヤツには会えん」

「…………ッ」

 

 冷酷なまでに告げられた事実に、己の歯の一部を噛み砕きながらも11Bが歯ぎしりする。酷く歪められた表情は、美女の集まりであるはずのヨルハに酷く似つかわしくない程醜い。分かっている、とでもいいたげな顔でもあり、それでも何も言えない無力さに打ちひしがれた顔でもあった。

 これが感情。これが負。言いようのしれぬ、理由のない憎悪を抱いていた頃を思い出しながら、本物の負の表情はこうなるのかと。今や己の憎悪の先を見据えた先人たるアダムは、最も感情を知る立ち位置にいながら、全く成長していない11Bを見下すような目で睨みつけた。

 

「にぃちゃん」

 

 意を決したように、イヴがアダムを見る。

 

「ああ。存分にやってやれ」

 

 弟の意を汲んだ彼は、11Bの頭に手をかざし微弱な電磁パルスを発生させる。この世界に生きる機械である以上、どれだけ改造を施そうと直しきれない共通の弱点。それを受けた11Bは、ないまぜになったありとあらゆる感情を吐き出すことのないまま、イヴの腕の中でぐったりと意識を失った。

 そして彼女を押さえつけていたイヴは、彼女の首筋に右手を置くと目を閉じて意識を集中させる。

 

 そしてハッキングを行い、彼女の精神世界の中へと入っていくのであった。

 




とあるアンドロイドは言った。
―――なら、アタシもしっかりと考えてから動くよ。まぁ思いつきってのはどうしてもやめられないかもだけど。
―――そういう後悔、しないように生きていきたいな。そうでしょ?イデア9942。




とあ――械―命体―――ッた。
―し、そうな――と――らだ、忘れ――が―いち―んいいモノだ、11B。
それが、人間らしさでもある。

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