イデア9942 彼は如何にして命を語るか   作:M002

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我ながらすごい強引に持っていってるな―と感じるこの頃。
仕組んだこととは言え、なんというか、まぁ、なんだ。

アイツラも成長したものだな。


手記8冊目

 11Bの精神世界。

 崩落しかかった、記憶が幾つも抜け落ちた足場。イデア9942との思い出の記録映像が絶えず無数に立ち並ぶそこは、膨大なデータを処理するための演算が常に行われ、それでいて過負荷に耐えきれず人格の根幹たるデータが傷つき続ける悲しい空間であった。

 

「……気持ちわりぃ」

 

 そんな場所に侵入したイヴの心境は、この一言で表すことが出来た。

 

 気持ち悪い。気分的にも、そしてこんな哀しい存在に成り果てていたことも。

 

 類は友をよぶというべきか、かつての16Dと同じように他者に依存し、そして依存対象を失った結果は変わらぬ結末を目前に控えていたということだろう。いや、狂い具合の程で言えば、最初から表面を取り繕っていただけ11Bの方が理性的()()()というべきか。

 

 なんにせよ、今こうして物理的な自害に関してはストップを掛けたところで、このままでは彼女の人格データ自体が「人格」としての構成を失うハメになるだろう。イヴとしては、助けてもらった相手が眼の前で死ぬのは嫌だ。ただ、それだけの理由で11Bを助けようと駆け出した。

 

 

 無数の防衛プログラムが、11Bの姿をしたソレが斬撃を飛ばし、地形が変わるほどの砲弾を発射し、無数に分身した分即死の雨を振らせてくる。だが元となった人格である11Bが錯乱しているためか、防衛プログラムも暴れまわるように侵入者たるイヴを排除しようとしているだけで、その全ての弾道を見切り、避けるのはあまりにもたやすい。

 

 やがてそれらを乗り切ったイヴは、彼女の精神の根幹となるであろう場所にたどり着く。

 

『どうして……イデア9942』

 

 彼女の根幹となる人格データは、彼女の姿そのままだった。

 だが、違うところも幾つも見受けられる。イヴには知る由もなかったが、ここにイデア9942が居た場合、彼女のその姿を無い鼻で笑いとばしていただろう。

 

 ボロボロになったヨルハの正式なゴシックドレス調の戦闘服。所々が剥がれ、中身の機械部品が見え隠れした人工皮膚。そして現実世界の寝台に似たそれから伸びたファイバーケーブルによって、ぐるぐる巻きにされた状態。

 

 全てが、イデア9942と出会ったその瞬間の姿であった。動くことすらままならず、指一本動かすだけでも神経ケーブルが断裂しそうなスパークが起きるのに、頑丈なファイバー繊維によって縛られ身動きすらも許されない状況。

 11Bは、イデア9942と過ごし、イデア9942と別れてからこの瞬間まで―――何一つとして変わってなど居なかったのだと。彼女の不完全性をコレでもかと表した姿だった。

 

「……おれ、おまえの強いとこに憧れてたんだ。そんだけ強いとニイチャンを守れるから。でも、弱かったんだな」

 

 イヴがあからさまな失望と共に吐き出した言葉が聞こえたのだろうか。動けないはずのその姿から、更に身を縮こませる11B。そのとなりには、ノイズを纏ったパスカル、そしてイデア9942の似姿が出現する。ただし、あくまでその瞬間の画像データを立体的にしただけらしく、動くことはおろか声すらも発さない木偶の坊。佇むソレは彼女の最後の壁なのだろうか。

 

 イヴがゆっくりと手を伸ばす。そして握った拳のまま右に振り払うと、その画像データは消し飛ば(デリート)された。イデア9942の思い出の一つがかき消された事は、怒りよりも恐怖の方が勝ったのだろう。本当は弱く脆い彼女の心は、叫喚と共に軋みを上げて大きな罅を入れる。

 

 世界が揺れ始めた。崩落していた精神世界は穴だったところが虚数――すなわち数値上の0になる。究極的には2進数で構成された世界だ。数値が0になると同時に、そこは記憶領域の存在しない虚無の空間へと変換されていく。

 もう時間の猶予は残されていない。だから、イヴはある決断をする。これ以上彼女が何もできないよう、殴り飛ばす。振りかぶった右腕に、イヴが入力したデータの塵が集結し、機械生命体の装甲板を張り合わせたかのような歪で巨大な豪腕となる。

 

「目ェ覚ませよ!!! 卑怯者!!!」

 

 咄嗟に彼のクチから吐き出された言葉は、全く意図せず紡いだモノだった。

 同時、ベッドに縛り付けられた11Bの横面を鋼鉄の拳が撃ち抜いた。ベッドの拘束具全てをブチブチと断ち切りながら大きく跳ね飛ばされ、11Bの形をした精神の中心物が揺らぐ。

 虚空を見つめて地面に転がったソレは、霧散するように消えていく。世界の崩壊は差し止められ、イヴの視界がホワイトアウト。仮想空間では感じ得ない肉の器の傷みと、フィードバックによる頭痛が彼の脳回路を焼くように襲いかかってきた。

 

「イヴ!」

 

 現実に戻ったイヴは、強制帰還の衝撃でよろめき伏す。

 先の焼け付くような頭の痛み。崩壊しつつあった精神世界での活動は、復活したての人格データに再び傷を与えたのだろう。そんな自己の考察をしつつも、尖い視線を11Bに送り続けるイヴ。

 そんな彼の体を支える温かな手が後ろから伸びてくる。うり二つな兄のソレであった。

 

 互いを支え合うアダムとイヴとは対象的に、11Bは、完全にその体を地面に横たえ、意識を途絶させていた。

 アダムの優れた聴力に、11Bの内部機械が駆動する音が入ってくる。スリープモードに入っているものの、その生命が停止した(断たれた)という訳ではないらしい。知らず吐き出した息は安堵のそれか、緊張の区切りか。

 

「よくやった」

「ありがと、にぃちゃん。俺もう大丈夫」

「無理をするな。しばらく肩を貸す」

「……ごめんな」

 

 膝に手を当て、イヴはゆっくりと立ち上がった。だが未だにふらつく彼を、アダムが肩を貸してなんとか立たせる。失われた人間の兄弟の真似事でしかないように見えて、意識せずとも行われた行為だった。

 

「…人間、か」

 

 倒れた11Bをそのままにもできない。

 

「アンドロイド……いや、我々機械にとってはこうも甘い毒となり、薬にもなる。いや、だからこそあの無謀な人類生存の偽装作戦が実施されたというわけか」

 

 機械生命体も、アンドロイドも、結局の所は不完全な精神の有り様でしか無いのだ。彼らが完璧だと思う人間ですら、些細なことで心を失ったり、逆上して同じ人間を殺そうとする。そう思えば、人間に作られ、人間を越えないよう設計されたアンドロイド。そして人間に憧れるも、人間を深く知る術がもはや失われた機械生命体の一部に見受けられる、過剰なまでの感情の暴走は、仕方のないようなことにも感じられる。

 

 故にこそ、人間は機械たちにとって危うい偶像(イコン)の象徴であるとも感じられた。

 

「……パスカル、奴に連絡を入れるべきだろうな」

 

 アダムはめぐり始めた思考に一つの区切りをつけ、イデア9942の人脈その最たる人物を思い浮かべた。事の顛末は、ある意味保護者的な立ち位置であるパスカルに話しておくべきだろう。確かにパスカルは本格的に長としての立ち位置についているが、忙しくなったというわけでもない。

 

「イヴ、先に地表のオフィスで休んでいろ。ココを片付けたらすぐ向かう」

「にぃちゃん、俺……なにか、できたのか?」

「さぁな。それはお前が感じることで、そしてコイツが答えることだ。だが、確かに一つの命をつなぎ留めた。それは、間違いないだろうな」

 

 微笑を携え、イヴの行いを褒める。それだけだが、イヴにとってはソレで十分だ。

 

「そっか、だったら、俺嬉しいんだ。こんな気分になれるなら、助ける事をするのも」

 

 破顔し、ふらつく体を壁でささえながら、敬愛する兄の言うがまま地表にある「工房」のオフィスを目指してイヴは歩いていく。去り際の言葉の中に僅かなイヴ自身の意思を垣間見て、アダムも自然と釣り上がる口角を抑えることができなかった。

 

 弟の成長、弟の目覚め。こうした変化は、己がイデア9942に触発されて以来体感しなかった出来事だ。それをイヴにさせたということは、つまり11Bもまた、立派にイデア9942のように何かを与える才能を持っているのだろう。それが、一つの事件だったとしても。

 

「だからこそ、惜しいのだがな」

 

 居なくなった者の姿を思い浮かべ、アダムは意識のない11Bを担ごうと一歩踏み出した。

 

 瞬間、工房の電源が落ちた。辺りが暗闇に包み込まれる。

 

「……なんだ?」

 

 言いようのない、謎めいた雰囲気だった。

 地下に位置するイデア9942の私室であったこの場所は、当然だが電気の力が無ければ土がないだけで暗く冷たい地面の下という事実は変わらない。そして電力の維持が無くなったことで何か異変が起きれば、それこそ部屋の崩壊と共に部屋が土の自重で押しつぶされるだろう。

 

 異常事態だということはすぐにわかった。原因は、現状ここの主である11Bが気絶したからだろうということも。アダムは、冷や汗が流れるような感情を新たに覚えながらも、その余韻に浸る前に行動を開始した。すなわち、11Bを確保しこの地下から出ることである。

 

 だが―――

 

「なっ、間に合え!」

 

 部屋の入り口を支えていた柱が変形したかと思うと、シェルターを生成し始めたのである。このままでは生き埋めにされてしまうことは確実。一度襲撃されたイデア9942の拠点ということもあって、11Bの手が加えられ頑丈に作られたこの部屋は、アダムのパワーで壁を破壊することも不可能な強度だ。

 彼は急ぎ足で部屋の外へ向かって走り出すと、下から競り上がってきたシャッターと天井との間にキューブを召喚、それを積み上げつっかえ棒にした。だが、シャッターが閉まる力の強さは相当のものらしく、キューブを積み上げた棒を挟み込んだ途端に端から破壊するというパワーを見せつける。

 

 だがアダムが滑り込むための時間を稼ぐことはできた。軽く跳躍し、足先からシャッターの向こう側に飛び込んだアダムは11Bを両手でしっかりと抱きとめながらも、しまりゆく工房の出口へと向かう。

 

 

 

 そして5分後、「工房」の地上出入り口前にはアダムと、それらを囲うような(キカイ)だかり。そして意識を失い、人格データの一部が傷ついた11Bが搬送される姿があった。

 遠巻きに眺めてくるロボたちの視線を遮るように緊急車両の扉は締まり、パスカルを代表とする「緑の街」に向けて11Bが搬送される。アダムとイヴは乗ってきたバイクのエンジンを入れると、その車両の後ろに続いて緑の街を目指していった。

 

 そうして、舞台は移り変わるのであった。

 機械人形達の後日談、その最後の場面へと。

 






冒頭、とある機械生命体の発言ログより。

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