「吹雪ちゃんだっけ?……あの時は非常に不気味だったけど、それからしばらくしたのちに辞令がきてね。それでここにいるわけなんだが、余計な詮索はするなという事なんだろうけどね。彼女を見てつい君達と話したくなったわけなんだ。 」
私は驚いていたままだったが、竹林は黙って大佐の顔を見続けている。たいして驚きもみせない。もしかして、竹林が詮索するなというのはこういう事だったからなのか?
そう思っていると大佐が私を気にしだした。
「……大石君、なんだか顔が真っ青だぞ。……まさか君は知らなかったのか?」
「……はい。」
私の回答に大佐は、あちゃあ!という顔をした。大佐は、私と竹林が大佐と同じものを見たと勘違いしていたのである。だがこれは……
「……竹林中尉、君は知っていたんだな……?」
「……ああ。俺は大佐殿と同じものを見ている。だが、俺はあんたも知っていると思ってた……。」
竹林中尉は悪びれもなくいった。
……艦娘というのは、日本軍の旧艦艇が元となっている……。
……さらに艦娘は……いや、吹雪さんはおそらく複製体の一体である……。
……由紀ちゃんと吹雪さんが似ているのは……
彼女と会ってから二日であるが、とんでもないものを私は知らず知らずのうちに背負ってしまったのかもしれない。そして背負ったものは、パンパンのバックパックのようなもので、何故かさらに膨張していたので開いたら、始末に負えなくなってしまった。
……新幹線での話はこういうことだったのか……。
自分のため……彼女のため……危機が訪れない限り詮索するな。
嘘は嘘のまま、知らないことは知らないまま、おとなしく鵜呑みにしろ。
そうでなければ彼女達が一体何なのか探し回り、余計な事に時間を費やしてしまう。
……だがその意味を理解した時にはもう遅かった……。
どうすればいい。どうすればいいんだ!?
私は思考の渦に飲み込まれようとしたその時だった……。
「大石。それでも吹雪はお前のかけがえのない一人の部下なんだ。それを忘れるなよ。 」
『部下』
――そうだ――
吹雪は私の部下だ
軍艦でもクローンでも由紀ちゃんに似ていても、吹雪は部下だ
――わすれてはいけない――
一番考えなくてはならないことを、私は放棄しようとしていた。
私は一息ついて落ち着きを取り戻し、カップに残っていたブランデーをクイッと飲んだ。
その様子を大佐は見ると、自分たちの場合はクローンを見た後一年以上の時間をかけて気持ちを落ち着かせることができたが、君のような立場で平然としていられるのは流石と評価され、その上で大佐はこう言った。
「彼女らが複製体でそれに加えて、兵士なのか兵器であるのかわからないがね。彼女達のこの先が心配だよ……」。
部下としてではなく量産できる『クローン』として、はたまた武器として運用される可能性があるということだ。もしかしたらすでに利用されているのかもしれないが……。
その後、大佐との話がお開きになり部屋に帰ると吹雪はもう寝ていた。
「……全く、寝相が悪いな。」
掛け布団はすでに畳の上に転がっている
かけ直すと「睦月ちゃん……」と寝言を言った
――何も人間と変わらない。年相応の子じゃないか――
そう思った
翌日
青函連絡船は朝に出港し、私はそれに乗船した
叢雲と吹雪は連絡船護衛のため、艤装を用いて航行し乗船はしない。そのほかにも、青森臨時鎮守府や大湊基地から艦娘が派遣されているようで、船舶護衛の通常は6名なのだが本日は多い時には20名ぐらいが加わるらしい。どうも高島大佐が口添えをしてくれたようだ。
青森で別れる竹林とは、叢雲が自分の鎮守府に帰還する前に行って鎮守府の調整をしなければならないとのことで、臨時鎮守府を出ると用意された迎えの車に乗っていった
いよいよ私も吹雪と共に、北海道に渡る。
――深海棲艦がいるかもしれないこの海を渡って――
護衛のために、海面に立っている吹雪を見て私は非常に頼もしく思えた
連絡船から望む艦娘たちは、まるで滑るように海上を駆けていく。
陸上でしか艦娘を見たことが無かったので、本当に船のように水面に立つ事が出来るのか不安だったのだが、どうも彼女達の足に特殊な装置がついているらしく浮かぶことを可能し、モーターのようなものもで、静止していても勝手にしかも早くに進むことが出来るようである。
それに蛇足ではあるが、この海峡は100キロあるのだが、どうも彼女達にそれぐらいの距離での疲労の心配は必要ないらしい。スキーを滑ったことがある人は解かるだろうが、滑り続けると何かしら疲労するものなのだが、疲れないのは何か理由があるのだろうか?
船は陸奥湾をまずは進む。
この海域は完全に第二軍管区が掌握しているため、特に心配することはないらしい。ただ海峡に出ると、偶に深海棲艦の潜水艦が往来しているので、警戒を強めるという。
下北の陸地が遠くなってきた頃、船の近くにいた和服の艦娘が弓を絞り矢を放った。すると飛行機が現れ飛んでいく。対潜哨戒を始めるらしい。船はいよいよ海峡に出るようだ。
水平線上を眺めるとコメ粒ほどの人影が船を追ってきている。増援の艦娘が来ていた。これでこの船を護衛するのは20名前後の艦娘となり非常に大規模になった。
これだけ護衛がいるなら安全に航海を終えれそうである
そう思った時だった
「深海棲艦を発見!当連絡船は回避行動を開始します。ご乗船の皆様は手すりなどにつかまり安全を確保してください!! 」
突然、ブザーがなると緊迫した艦内放送が流れた。船は急に速度をあげて左に曲がっていく
『遠矢丸!! 敵は10時方向の他に複数の潜水艦型発見!! 2時方向、5時方向、8時方向に居ます!! 』
『駄目だ!! 囲まれている!! 何とかならんのか!! 』
『現在、対潜戦闘にあたれる艦娘は3隻のみです!! 一隻足りません!! 』
対潜警戒網の内側に深海棲艦が入ってきている状態だった。
そして
『左艦尾に雷跡接近!! 』
『しまった!! 間に合わん!! 』
そう艦長が、諦める寸前だった……。
白波の音だけが広がっていた船体に、突然の轟音と腹の底から叩かれるような衝撃を受け艦尾からは白煙が上がりだした。
『本船は深海棲艦の襲撃を受け航行不能となりました!! 係員に従い退船の準備を初めてください!!』
突然の放送の割れた音声が危機感を引き立たせる
「うそだろっ!? 」
そんなっ、船が沈むというのか……!?
大石は民間人の避難誘導のため急いでIDカードを見せながら船内に入ると、船内の客は何事が起ったのか把握できずに静まり返っていた。
「国防軍です!! 深海棲艦からの襲撃を受けた模様です。早くデッキに避難してください!! 」
私の声と焦った表情を見るや我先にと船内から脱出しようと、廊下は客でごった返し騒然となった。
客の半分ほどがデッキに上がった時だった
「すいません……助けてください!! 」と奥から女性の声が聞こえる
駆けつけると、母親とみられる女性が泣いている少女を抱きかかえ廊下に座っている。少女の右腕には鉄骨が刺さっていた。
このまま鉄骨を抜くと大量出血は間違いないが、ここは一刻も早くここを立ち去らないと危険だ。
「これを巻き付けて!! 」
少女の腕に破った制服の布を巻き付ける。母親は少女を抱きかかえ、抵抗を出来なくした。
――痛いぞ我慢しろ――
私はそれでも痛みがすぐに無くなるように一気に抜いたのだが、少女は激しく悲鳴をあげ気絶した。
「お母さん、まずは脱出してください!! 」
気が動転している母親に少女を連れて脱出するように促す。
それから私はさらに艦内に取り残されている人がいないか、艦内深くに入った時だった。
今度は足下から、突き上げる感覚と破裂する音が響いて、私はその衝撃で倒れてしまう。
――まさか、深海棲艦の奴にまた撃たれたのか!? 艦娘が20名もいて!?――
すると独特の金属が互いに擦り合う金切り音と、下から水が勢い良く這い上がって来るような不気味な音が聞こえだし、しまいには機関室の油臭いニオイが艦内を吹き抜けた。
この船は長く持たんかもしれんなと思った刹那、私が倒れた直ぐ近くで何かが無理やり裂ける音とさらにひどい動揺が始まった。
その音の発生場所を見るため侵入してきた廊下側を見ると、奇妙にも平坦なはずだった廊下は既に滑り台のようなきつい坂になってきており、なおも曲がることを止めない。
私は青い顔で退路が断たれたと見つめていると、その『滑り台』から何かがぶつかる音を出しながら滑って……いや、もはや落ちてきた……
「見ろ」と言わんばかりに無残に転がったモノに私は近寄るとそれは血まみれの人であることはわかった。
ふと興味が湧き顔を窺うと、先ほど鉄骨を抜いて母親と共に船外に出たはずの少女だった。
震える手で彼女の息があるか脈はあるか確認するも、もはやピクリともしない。
「どうして……」
その小さな問いかけに少女は答えなど出さない。
思わず床を叩いた。
「クソッ!!! くっ、……お母さんと……はぐれたのか……」
「おいさんと一緒に死ぬか……さっきは痛くして……ごめんな」
私は無意識に少女を抱きかかえると、語り掛けるようにそっと話す。
少女の顔はまるで眠っているようだ。これなら最後の辛い時を、経験させなくて済むと思った。
――もはや助からん――
今までの思い出が走馬灯のように駆け巡る……何のために海上部に入ったのか……
「最後に一人の女の子も……助けてやれんかったなぁ……」」
そう大石がつぶやくと、呼応するかのように海水が一気に攻め寄せてきた。
――覚悟は出来なかったが、諦めは出来ていた――
遠矢丸は船体をポッキリと二つに別け、十分もしないうちに沈没していく。艦娘達は遠矢丸に乗船していた客を救助しつつ周辺に集まって来ていたが、今にも全てが海中に没しそうになっている船には近づけなくなっていた。
「司令官!! 」
一人の艦娘がそう叫びつつ船に駆け寄ろうとするが、もう一人の艦娘がそれを必死に引き留めている。
「吹雪!ダメだってっ!! 」
「叢雲ちゃん、どいてよっ!! 」
「吹雪っ!! 」
叢雲は気が動転している吹雪の頬をぶった。
艦娘と言え沈没時の下に引き込む水の流れに巻き込まれれば一たまりもない。ここは黙って見ているしかなかった……
「司令官……」
冷静になった吹雪は虚空にその名を呼ぶ。
……だが返事など帰ってこない。
初めて出来た司令官。大本営の支給の他に服を買ってくれた司令官。布団を掛けてくれた司令官。護衛を頑張れと応援してくれた司令官……
――たった三日の出会いだったが、彼女と大石の間には絆が出来始めていたのだった――
いきなり主人公が死んでしまいました。
仕方がないので次回から別の主人公が登場します。