竹林中尉が遠矢丸沈没の知らせを聞いたのは、七里長浜の第17鎮守府に到着してからのことである。
村田上級曹長がちょうど鎮守府の引継ぎの話を始めた頃、廊下側からのノックが始まりだった。
「大淀、入ります」
「入れ」
見た目は20代前後のスラッとした女性だった。特徴的な服装から身内(国防軍)のものではなく、だとすると艦娘ではなかろうか。
そんな彼女はバインダーに貼られたFAXを見ながら緊急の報を伝えた
「軍管(第二軍管区本部の略称)から緊急電です。潜水型深海棲艦が津軽海峡を日本海側に向け進攻中、当鎮守府の艦娘は出撃をせよとのことです 」
「……なにっ!? 」
「………」
腕時計を慌てて見ると、大石と別れて2時間ほど経過していた
叢雲もヤツも今頃は津軽海峡の真っただ中じゃないのか!?
「……確か大淀君と言ったね。至急軍管に現在海峡を航行している連絡船に被害がないか聞いてきてくれないか? 」
慌てて、村田よりも先に大淀に声をかけてしまった
「それは……何か緊急の用があることですか? 」
村田が何故連絡船のことを聞く必要があるのかと大淀の質問を代弁し尋ねて来た。
こういう時(深海棲艦の襲撃時など)に担当地区以外の情報を軍管に問い合わせるのは回線の都合や規定から制限されている
「今……海峡を航行している連絡船の中に別れた鎮守府代表が乗船している。安否が知りたい。 」
全くの私情だったが村田はハッとしてすぐに「了解」と言い、大淀に顔を向けて「出撃準備をせよ」と言い放った。大淀はきびすを返して執務室を出ていく。
10分後に、うかない顔の大淀と他に三人のセーラーを着た艦娘が執務室に入室し、前にいた艦娘が敬礼し声を挙げる
「第一水雷戦隊、白雪、深雪、皐月の以上3名、出撃準備完了しました!」
「よろしい。では、七里浜一帯の沿岸警備の任に当たれ 」
「了解!! 七里浜の沿岸警備の任に当たります!! 」
村田が命令をすると3名の水雷戦隊は敬礼をして直ちに出ていく。すると大淀が竹林に駆け寄り声を掛けた。
「中尉、連絡船の安否ですが、よろしいですか?」
大淀は竹林の顔を窺うように見てくる。良くない知らせがあることはすでに表情からも見てとれている。
「ああ……」
「連絡船遠矢丸が深海棲艦の襲撃を受け沈没をした模様です。当鎮守府の叢雲はその船の警戒に当たっていたと……」
――叢雲が警戒にあたっていた――
すなわち大石が乗船していた船の事である。
救助されていれば良いが最悪の場合
――大石は――
「……そうか……」
「なお叢雲は救援作業のため明日、鎮守府に到着するとのことです。」
「わかった」
大淀は一言ですませる竹林を心配そうに見つめるが、すぐにそっと離れて部屋を後にした。
竹林と村田はしばらく沈黙したまま物音一つ立てなかった。
執務室はまるで黙とうをするがごとく、沈黙が訪れるのだった……
ところ変わって、
第二軍管区本部は連絡船沈没で大騒ぎになっている
「龍飛崎から警報はあったが大間からの警報は来ていないぞ!! 」
「観測所に連絡をしましたが、羅針盤は作動していないとのことです!! 」
津軽海峡には複数箇所に観測所が設置されており、常時、深海棲艦の監視が行われるようになっており、なかでも通称“羅針盤”と呼ばれる特殊探信機は本部直轄となっていて、作動すると本部まで自動的に警報が届くようになっていた。
ところが今回、この羅針盤からの警報も作動もなく本部は最初羅針盤の故障を疑ったが、次の一言で故障ではないことが認識される。
「戸井(北海道側)と尻屋(青森県側)の観測所からの警報も無かったよね 」
津軽海峡の太平洋側にある戸井と尻屋にも無人観測所が設置されている。太平洋側から津軽海峡に深海棲艦が侵入する場合、必ずどちらかの観測海域を踏むはずである。
――だが、その観測所も作動していなかった――
「…………」
「……羅針盤が深海棲艦を捉えなかったということか……?」
誰かの一言に本部の人員は背筋が凍りシンッと静まった。
今、日本の沿岸をわずかな艦娘で防衛出来ているのは、沿岸に設置された羅針盤の活躍によるものである。
この羅針盤はもともと深海棲艦が船舶や計器に近づくと誤作動が発生する現象を逆手にとり設計されたもので、深海棲艦の発生初期から護送船団用の護衛艦に搭載されていた。それを今度は陸地に転用し現在は沿岸の警戒観測に使用している。
機器として信頼性が非常に高く、結果としてその他の遠距離観測手段を人類は有していない。
だが、その唯一無二の探信機が深海棲艦を捉えなくなった可能性がある
――人類は深海棲艦に対して盲目になる――
そんな悪夢のような未来が全員の頭を過った
いくら艦娘という対抗手段を得たとはいえ、長い海岸線を有する日本にとっては非常に致命的な問題である。
下手をすると、東京解放作戦前のギリギリの状態に戻るかもしれなかった。
「……龍飛崎の羅針盤が作動したのは何故だ? 」
そんな重々しい空気のなか初老の本部長が一言、口を開いた
「それは……深海棲艦を羅針盤が探知したからでは 」
「そうだ。それは間違いないだろう。だとするとだ……何故作動したんだ?」
まるで答えのある質問を投げかける教師のように本部長は聞く
「…………」
「……連絡船を襲った深海棲艦は艦娘と交戦をしていますので、羅針盤からのステルス性を確保するために何らかの装置が損傷を負った可能性があるということですか? 」
「そうだ 」
誰もが本部長の問答に答えられない中、そのように回答したのは壁山咲子という流石は防衛企画の係長だった。所謂出世組のエリートで大本営から2年前に出向してきている
本部長は壁山の回答に満足して今度は自分の思案していることをとうとうと話始めた。
「……私はふと思ったのだがね。今回の深海棲艦の隠密行動は初めてか極めて件数が少ない段階での発見であると思う。他の軍管区や各国からの情報では、このような例は上がってきていないし前例がないことだからね。
そこでなんだが今回の隠密行動を失敗とは言わないが人類が隠密を探知していると思わせ、隠密工作の有効性を深海棲艦に悟られないようにすることができるのではないかと考えているのだが、壁山君はどう思う? 」
「はい。今回は不幸中の幸いという面もあると思いますが、連絡船に複数の艦娘が護衛にあたっていましたので、深海棲艦側からは隠密行為が露見した結果として映った可能性もあると思います。ならばここにさらに近隣鎮守府の通常出撃で打撃を加えて深海棲艦をたたくことでこちらの探索等の有効性を示すことができると思います。」
「決まったな 」
壁山は同意と今後の具申もして、本部長は一言黙り込んだ。そして、意を決したかと思うと、彼の秘書役である斎藤にメモを取るように指示をして立ち上がった。
「我々がすべきことは一、通常戦闘発令による敵残存艦の殲滅。二、極めて重要な情報であるため深海棲艦の隠密工作事例を速やかに記憶媒体で大本営に届けること。三、今後の海峡防衛体制の再構成。四、連絡船員・客員の救助だ。至急行なえ。」
本部長の鶴の一声を合図に本部はたちまちウワッと動き出した。行うことを明確に指示すればするほどこのような機関の行政能力は高くなる。
その様子を見ながら本部長は
――もし、通過中の敵をなるべく撃沈できれば、それだけ戦略的にも戦術的にも時間稼ぎができるかもしれない――そう、眺めていた。
次は艦娘の戦闘を書こうかと……