中銀短観「全国的な物不足は続く見込み」
戦闘と回収作業を終えて帰路の途中、尾崎灯台で簡単な戦果報告をした水雷戦隊が長浜に帰港すると、待ち構えていたのは満面の笑み明石だった。
「おおっ、今日は大漁だね!! 」
三人の背中や艤装に吊るしてある黒いポリ袋。そして、えい航してきたゴムボートを見ての感想である。もちろん中身は回収してきたアレだ
「ただいま!明石さん! 敵の抵抗が少なかったので回収もはかどりました! 」
旗艦を務めながら重い回収物を引っ張ってきたというのに、白雪は疲れを感じさせない笑顔で話しかける。明石はその毎度の白雪の態度に感心しつつも、本当に関心があるのは艤装に吊るしていたり手に持ち換えた黒いポリ袋のようで、彼女は手伝うという形でポリ袋を集めていった。
「…おっ、これは装備一式が揃っているじゃん!」
明石はゴムボートで運ばれた大きな回収物を見て思わず笑いながら言う。
「それは、敵旗艦の装備ですよ 」
「えっ、あ、そうなの? 」
回収作業の最後に撃沈した旗艦の場所まで行って見ると、なんと旗艦の物と思われる死体が丸々浮いていたのである。これを戦隊は艤装部分だけを引きちぎり膨張させたゴムボートに積んだのだが、それでも一隻分の量は多くゴムボートは艤装で一杯になった。
「潜水艦の旗艦で、装備も一式揃っているなんてことはめったにないから貴重な開発資材になるのは間違いない…。でもこれは…、もしかすると…」
明石はなにやら独り言を言いつつ熟考し始めた。
深雪はそれを見て良くあること思い、この状況の明石を構うと延々と議論に付き合わされたことがあるため、そさくさとその場を立ち去ることにした。
「…疲れたね。補給しに行こうかー。」
戦隊はうんうんと頷いたのだった。
一行は港から陸に上がり、積みあがったヘスコ防壁の検問を抜けると粗雑に作られた鎮守府へ向かった。
この七里長浜鎮守府が設置された当時、すでに大湊には第二軍管区の司令部が置かれた大きな軍事基地があった。そのため、近郊の長浜には軍事的な意味は少なく、全国的な建設資材不足にも陥ってもいたため、施設自体はプレハブ構造の簡素なものとなっている。
決して威厳を示すような堅牢な造りではなく、現代人の感覚からすると、工事の現場事務所に見えるかもしれない。
蛇足だが、当然その外観のとおり簡素な作りをしているため、夏は比較的涼しいのだが、冬になると海から吹き付ける猛烈な風が壁の隙間から入り込み寒い思いをする。そのため、鎮守府の住民達はヘスコ防壁を高くし、小屋に当たる風を少しでも無くそうと努力したり、防寒の重ね着をしたりして各自健気な努力をしているのである。
そんな建物ではあるが、艦娘の彼女たちにとっては帰る場所であり補給と休息の場である。鎮守府を見ると彼女たちは安心してため息を一息付き、肩が下がる思いがした。
ところで兵士にとって、日常の楽しみといったらなんだろうか?
その一つに食事がある。当然、食べるということは栄養を補給する以外にも、精神的幸福を得ることにもなる。特に、おいしいものを口いっぱいに頬張るときなど最高の瞬間と言えるのではないだろうか。
もちろん、そのような感覚は艦娘にも備わっており、楽しみにしながら食堂へ向かう。
食堂に着くと、すでに彼女たちの夕食は配膳がなされており、彼女たちの顔は笑顔に満ち溢れ、その光景は小学校の給食時間のようだった。
…だが献立を見る限り、舌の肥えた現代人からすればそれは喜べるものではなかっただろう。
今の日本には建設資材と同じく食糧難が当然のごとく起こっており、彼女たちの前に並んでいたものは、山盛り一膳の玄米飯、ごった煮汁と漬物と薬だった。
さっきまで海戦を繰り広げ、長い距離を航行してきた彼女達に対してこのお品書きはかわいそうであるが、誰も不満の声をあげずに黙々と食事を始めた。
舌鼓を打つような、そんな美食に未だかつて出会ったことがないというが、まあ、当然の理由ではあるが、もう一つの理由として「これでも、鎮守府には補給を優先している」ことをそれぞれが理解していたのだ。彼女たちが日夜哨戒する海から見た沿岸の人々の姿は、ここよりも酷い生活をしているということを容易に想像でき、ぜいたくができなかったのだ。
身体が小中学生に見える駆逐艦でも「艦船時代の記憶」というものはバッチリ残っているため、年相応の子よりもはるかに熟成した思考をすることが艦娘にはできる。のだが――
「この薬苦いんだよねー。」
早く食べ終わった皐月が独り言を言いつつ薬を手でクルクルし始めた。子供が飲み込むには大きすぎる錠剤のため、粉薬としてパラフィン紙で袋詰めされている。皐月の言うとおり、成分の一つのビタミンが悪さをしていて、如何せん苦い!!
「あー、落ちちゃった。…あっ。」
クルクルした薬を故意に落として飲まないように画策した皐月だったが、厨房の奥に潜む眼鏡の輝きを見て考え直した。……熟考することもできるが、体型同様まだまだ年相応なのである。
「…………」
さて、そのように恐れられながらも、面白い光景を繰り広げている駆逐艦達を無言で厨房の奥から見つめているのは大淀である。彼女は本来事務屋ではあるが、この小さい鎮守府では来客にお茶を出すがごとく、厨房仕事まで任されている。
人員が少ないので職務を全うすることは十分可能であるが休息も欲しい。彼女にとっての休息は艦娘が食堂で食べているこの時間だった。
いつもの大淀は多忙なこともあり、艦娘に対して喋るときは目を見て話すことがなく気怠く対応をするため、駆逐艦からは怖い人だと恐れられている。
……でも実際はそんなに怖くないのだが……。
「……ちゃんとたべてね。」
「はあい」
大淀が厨房の奥から駆逐艦に呼びかける。
このように面倒見が良いのだ。
基本彼女は駆逐艦を嫌いではなかった。
“その分”上司が気掛かりだった。村田上級曹長から新任の竹林中尉に上司が変わる。
部下を従えて、大淀達艦娘が登場する前から深海棲艦と生身で戦いをしてきた人物だ。その功績も踏まえて“提督”になるわけだが、事務上がりの村田と叩き上げの竹林では色々と勝手が違うだろう。ここまでやってくる者は大抵、大本営に逆う気を起こしやすい人物だと噂では聞いていた。
大淀は思考が巡らしているとまた陰鬱な気分になって目が鋭くなっていく。
大淀を見た駆逐艦が「ひっ!」と悲鳴を上げた。それに気づいた大淀は考えるのをやめた。
まあ、上司が変わって今より仕事が増えてくれなければいいのだが……と。
だが実際は、いつも事務屋の理想通りに行かないように、これから鎮守府は色んな側面で忙しくなり、当然大淀の仕事量も増えていくのだった。