東方落命記   作:死にぞこない

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弱肉強食

 誰かの呼び声で目を覚ました。

 

 昨日は夕餉が油揚げのみで腹をすかし、さらに伊吹が布団に入って寝るところになって腹減ったあ、腹減ったあ、とぶつぶつうるさく、仕方なく緊急時用に残しておいた食料を食わせてやった。私は食えなかった。さらに言えば板の間で寝るのは辛い。背中が痛くなって何度か夜中に起きたほどである。布団は何としてでも死守すべきだったと軽く後悔した。

 

 そうした様々な要素が絡まり合い、この時の私は近年まれに見る機嫌の悪さであった。覚醒しきらないまま誰だと声が出た。だが返事がない。もしや空耳で起きたのか、私は重い上体を起こして目を開けた。果たしてそこにいたのは鴉であった。私の隣で正座していた奴はらしくなく閉口している。

 

 不気味に思って奴の顔の前で手を振ってやった。

 

「……えーと、きょ、今日はやめましょうか……?」

 

 異な事を言う。遠慮はこいつとは真反対に位置する言葉である。らしくない言動に、私は未だ眠気の抜けない頭と闘いながら何か用があったのだろうと声をかけた。

 

「え、ええ、まあ。……で、では! 気を取り直していきたいと思います!」

 

 なぜそんなにも気合を入れなければならんのかは分からん。私のように今日は調子が悪いのだろうか。ままあることだ、寛大な心で許すとしよう。

 

「それでですねえ、今日来たのは他でもありません。ネタをください! 最近異変も起きなくて退屈なんですよ」

 

 なかなかいいところに目を付けた鴉である。評価を上方修正せねばなるまい。

 ネタの宝庫と自負する私は満足し、良かろうとうなずこうとしたところではっとした。こいつの新聞で私にしてほしい仕事を募集すればいいのではなかろうか。私が歩き回って探すよりは大分効率が良いに違いない。妙案である。私は対価としてそれを要求した。

 

「おや、あなたから言ってくるのは珍しいですね」

 

 鴉は少しの間考えていたがうなずいてくれた。

 

「分かりました! いつもお世話になっているので! それでは早速一枚……」

 

 首から下げていたカメラでぱしゃっと撮って来た。突然のことに格好良く映ろうと動けんかったのが悔やまれる。私は内心忸怩たる思いを抱えながらも、平静を装ってそんな写真を何に使うのかと聞いた。

 

「実はですね、子供の読者を増やしたいと思っておりまして、子供向けにあなたを特集した号外でも出そうかと。気が付いていないかもしれませんが意外と人気あるんですよ?」

 

 それは薄々分かっていた。寺子屋に顔を出す子供たちを中心に評判を呼び、いつしか死神様の名が人里全体に広まっていたのである。話をせがまれるのも多くなった。ただ、気になるのはその名だ。呼ばれるのは別段気にはせんのだが、本物の死神は居るのだからあちらからしたらどうなのだろう。

 

「それで今回だけは非常に口惜しいのですが、死ぬのはなしでいきたいんですよ。さしもの私でも子供相手にカストリみたいなものは見せられません」

 

 言うに事欠いてカストリとは何事か。理解できん輩はこれだから困る。理解しようとする気持ちが足りんのだ。私はこの世に二人といない前衛芸術家だと言うのに。呆れて物も言えなかった。

 

「言ってます、言ってますよ。まあまあ、いいじゃないですか。巷じゃ死ぬ意外能のない阿呆ともっぱらの噂ですから、見返す気持ちで、こう、お願いしますよ」

 

 そんな噂初耳なのだが、お前が思っとるんじゃなかろうな。

 そんな私の呟きは華麗に無視された。

 

「せっかくなので取り上げたことのない部分を記事にしたいと思うんです。と言うことで……題して! 死神様、知られざる十の事! です!」

 

 ははあ、と感心してしまった。よくもまあこれだけ色々と考えて来るものだ。こいつの文屋根性は相当のものであろう。幻想郷一と言うだけはある。

 

「それでは早速一つ目! お名前は?」

 

 想定以上に基本的な質問に微妙な表情にならざるを得なかった。

 

「いやいや、そんな顔しますけどね、誰も知らないんですよ」

 

 ううむ、私は唸った。名前と言うのは難しかった。これまで生きてきた上で使っていたものは幾つかあるのだが、それをここで教えたところで今のと言うわけではない。ちゃんとした名前を持っていなかったことに気が付いてしまった。

 

 なかなか口を開かない私に鴉は困惑していた。

 

「あ、あれ? そんなに難しいことですか? 昔は山中でしたよね?」

 

 それは妖怪の山で暮らしていた時に、山の中、ということで付けたものだ。

 

「ええと、それより前は……間壁でしたか」

 

 それは鬼と、天狗を初めとしたその他妖怪の間で壁としてせっせと汗を流していたころのことである。

 

「じゃ、じゃあ子守は?」

 

 それはその通りに子供の相手をすることが多かった時期のことだ。

 

「今は一体何なんですか!?」

 

 私はまた唸った。里の中だから里中、人とともに住んでいるから人住……。

 

 そこで天啓が下りた。最近はその日暮らしだ、日暮で行こう。

 

「日暮ですか。ふむふむ」

 

 鴉は素早く手帳に書き込んだ。

 

「では次の質問! 年齢は?」

 

 年齢を問われてすぐさま答えられるものなどいるだろうか。

 私は迷いに迷った挙句、長生き、と苦し紛れの言葉を吐いた。

 

「ええ……まあ、私が覚えている限りずっといますからねえ、長生きには違いありませんが……」

 

 納得はしていない様子だ。私とてはっきりしたことを言いたいが言えん。こればっかりは仕方ない。

 

「で、では気を取り直して次! アピールポイントをお願いします」

 

 つまりは長所か。私はかっかっかと笑った。

 

「ああ、はい、言わなくても分かるのでいいです。では次、好きな人はいますか?」

 

 言いたいことは多々あったが、毛色の変わった質問にちょいと詰まった私は言うに言えなくなった。

 

「ああ、この質問何ですがね、子供から聞いてきてと言われまして。いやー子供はこういう話好きですね」

 

 私は今日になって三度目の唸り声を上げた。好きな相手は出来たことがない。だがその答えは何も発展せずつまらん。子供が求めているのはこれではないのは確かである。そう、嬉し恥ずかしの甘酸っぱく、そして身近な方が楽しめるだろう。

 

 そうだ、上白沢が適任だ。いや待て。それは逆に反感を買うかもしれん。恐らく生徒諸君の中には彼女を少なからず初恋としている者もあろう。私の中で喧々諤々の論争の末、リスクは抑えたほうがいいとして、誰もいないと言うことになった。

 

「まあそうですよねえ。あなたが誰かに夢中になってる姿は想像できませんから」

 

 そんなこんなで質問は続き、今まで生きた中で一番楽しかったことは何ですか? という問いで最後になった。私は特に迷わず答えることが出来た。

 

 ――出会いだな。

 

「格好良く散ったこととか言わないんですか」

 

 こいつは私を何だと思っているのか。確かにそれもまた楽しいことの一つに入るが一番ではない。

 鴉は書き込むと手帳をしまった。

 

「今日はどうも助かりましたよー。ありがとうございました。ご依頼の件、すぐにやっておきますので」

 

 そうして飛び出そうとする鴉に私は待て、と声をかけた。

 

「あやや、どうしました? まだ何か?」

 

 戸を壊すな、短く注意した。すると奴は手で戸を開けて出て行った。そうだ、それでいいのだ。それが当たり前なのである。私は戸の修理に金を費やさんでいいことに安心して息を吐いた。

 しかし次の瞬間ぶち壊された。戸は大きな音を立てて穴を空けたのであった。誰だ、そう叫んだ。現れたるは呑んだくれの鬼である。ご機嫌な様子であった。そう言えば起きた時から姿が見えなかったが、何処へ行っていたのやら。

 

「帰ったよー。いやあ、楽しいねえ、楽しいねえ」

 

 そのままぶつぶつ呟いて布団にもぐっていった。私は何が何やらわからず呆然と見ているしかなかったのであった。

 

 

 

 後日届いた号外の新聞を読むと、そこには『鬼、妖怪の山で喧嘩』の文字が躍っていた。いびきをかいて寝ている阿呆を見やった。幸せそうな寝顔だった。つまりはそう言うことだ。私の特集と依頼の件はすみっこで寂しそうに載っていた。

 

 私は奴を起こさないよう、静かに台所に立ち隠していた酒を空けた。

 

 

 

 ――やけ酒じゃあ!

 

 

 

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