迷いの竹林は私にとって鬼門である。
ここら一帯には悪戯好きの妖精と兎がおり、無類のコンビネーションで私をからかいに来るのだ。それまで喧嘩していた両者がいきなり手に手を取り合い陥れようと動く姿は、私をして圧巻と言わしめる。妖精があっちだよと言いその通りに行くと兎がいる。そして兎は付いてきなよ、外まで送ろうと言う。無論、最初は騙された。迷いに迷った挙句死んだのである。
二度目からは逆に行くことにした。するとまた兎がいた。付いてきなよ、こっちだよ。そう言って歩いていく。私はその手に乗るかと別方向に歩き出す。結果、外を拝むことなく彷徨い歩き死んだ。以前はどう帰ったかももう覚えていないくらい昔のことだが、どう選択しようと逃れられぬ運命であることに変わりはなかろう。
今回もそうだった。袋を背負いまた死ぬんだろうと歩いていると、目の前に妖精が現れた。
「久しぶりだね。また来たんだー。自殺志願者?」
違うわい。私は言った。懇切丁寧に説明したところで奴らには理解できんだろう。だから一言、人生に迷っているだけだ、と表情を作っていった。長生きしている私だからこそ言える含蓄に富む言葉である。拍手喝采の賛辞を受けること請け合いだ。
「馬鹿だー」
けれど妖精はそれだけ言って背中を向けた。許されざる行いである。
おい待て。手を出し掴もうとしたものの、小さく俊敏な奴をとらえることは敵わず、私の嘆息だけが残ったのであった。初めてのパターンだった。切って捨てられた言葉も遺憾だが、私はどこかで期待していたのである。もしかしたら奴らについていけば帰れるのではないかと。
当てが外れた私はまた歩き始めた。もう野となれ山となれの精神だ。帰れさえすればよい。だがどれだけ行こうとも同じ場所にいるようにしか感じられず、私は立ち止まったのち倒れ込んだ。出られないのなら住んでしまえと言うことである。袋を枕に寝ようと思ったが、入っているものが種々様々であるためごつごつしていて眠れそうにない。仕方なく袋を近くの竹にもたれさせ、私は腕を枕に横たわった。
風がざわざわと竹林を揺らす。目を閉じていると良く音が聞えてくる。竹がしなる音やら葉が擦れる音を子守歌に眠れるやもと期待した。
しかし残念なことに、私は袋を漁られる音を目覚ましに目を開けることとなった。何奴、と瞬時に立ち上がり見た。そこにいたのは一見して少女である。黒髪の上に真っ白な兎の耳がたれていなければの話だが。私は少し安心した心持となり、しかして怒りを胸に奴の名を呼んだ。
――因幡ぁ!
今日はずっと叫び通しな気がした。
「うわっ、起きたんだ」
驚いた表情を私に向けたものの、手は未だ袋の中を漁っていた。脇には既に探り当てたのだろうニンジンが挟まっている。因幡てゐ、さらに出来るようになった。
私は手を出せ、手をと言い、近づいて行く。
「まあまあ、落ち着いて。案内してあげるよ」
そう言うと因幡は素早くニンジンを食った。私に奪われるとでも思ったのか。であれば早計と言わざるを得まい。なぜなら私はニンジンが嫌いである。あの甘いんだか何だかわからん味がどうにも口に合わない。
「ささ、着いてきて」
食い終るや否や因幡は奥に消えていく。いささか迷ったが、ニンジンの食われ損で終わるのもつまらん。少し軽くなった袋を肩に担ぎ、小走りで後を追った。
因幡は迷いなくずんずん進んで行く。奴は遠い昔からここに住み、隅々まで知り尽くしていると言う話だが、どこまで信じていいものかは分からん。それもまた私を罠に嵌めようと付いた嘘の一つとも考えらえる。
まあ、付いて行っている自分がそこを疑ったところで意味はないが……。
「ここを右に曲がって真っ直ぐ行けば帰れるよ」
不意に立ち止まった因幡は言う。試しに右を向いてみるが、暗く霧が立ち込めた竹林であり、今まで歩いてきたところと何ら変わるところはないように思える。果たして信じていいものか。怪訝な表情を浮かべていたら、因幡はしししと笑った。
「あれ? もしかして疑ってるの? いけないなあ、先人の言うことは信じなくちゃ」
その楽しそうな表情。騙す気満々にしか思えん。私は因幡を追い越して先へと進むことにした。以前は示した方向と逆に言ったら失敗だった。ならば今回は自由気ままに散策してやろう。
「あららら、そっちは行かない方がいいと思うけどねえ」
口ではそう言うけれど、止めに来ることはなかった。これは、賭けに勝ったのではなかろうか。希望が見え余裕の出てきた私は、鼻歌交じりに竹林を行く。もう少しばかり霧が晴れて、景色が見やすければ観光地にもなったろうに惜しい場所だ、そんな感想が浮かんでくる。
しかし進めば進むほどその希望が儚い物であったことが浮き彫りとなって来る。一向に外に出られる気配がない。逆に深い部分まで行こうとしているのでないかと錯覚する。
やってしまったなあ、腹も減ってきた。何か食おうかと袋を地面にどさっと下ろす。
「やあやあ、また会ったね」
そこで我が前に現れたのはまたもや因幡であった。にやにやと笑みを浮かべている。ひっかかったのを茶化しに来たのが見え見えだ。しかし事実は事実、私は敗者の務めとしてさんざんっぱら笑われてやった。そしてその後お返しだと一発、ニンジンで頭をぽこんとはたいてやった。
「あいた、何だい、ニンジンは食べるものだよ?」
私から奪い取ったニンジンは綺麗な流れで奴の口に入って行った。ぽりぽりいい音を響かせ食っている。なぜかうまそうに見えてくるから不思議だ。嫌いなものであれ、誰かが堪能している食い物は良く見えるらしい。
「ちょっと腐りかけてるねえ、もったいない」
そうして因幡はこっちだよ、と言い案内を始めた。私はもう何も言わず付いていくことにした。億劫になって来たがしっかりと袋は肩に担ぐ。ここに置いていくのは巫女に悪かろう。少しして竹林の終わりが見えて来た。こんなにも簡単なのか。私は感服させられた。これならば迷いの竹林を知り尽くしていると言われても嘘ではない。
「あ」
もうちょっとで出られると言うところで因幡は足を止めた。もう目と鼻の先だから別に案内はせんでもいいのだが、このタイミングで止まるのは気にかかる。何かあったのかと聞いた。
「お客さんだよ」
客? こんなところで私にか?
「わたしゃあ関係ないからね」
じゃあこれ案内料、と袋を奪って因幡はさっさといなくなった。一瞬追おうかと思ったが、兎の俊敏さは妖精以上かもしれん、すぐに見えなくなってしまった。しかしこれで良かったのかもしれない。中には因幡の好物のニンジンが結構入っていたし、私一人では食べきれず腐らせてしまっていた可能性が高い。
しかし客とは誰の事なのか。迷いの竹林での知り合いなど因幡以外は……いや、心当たりがいた。その名を口に出すよりも早く、目前の竹が燃えた。乱暴な答え合わせだ。だがまたとない証左である。
「よう、珍しいな。お前からここに来るなんて」
片手を上げてそう言ってきたのは、長い白髪にもんぺが特徴の藤原妹紅であった。こいつは厄介だ。どれくらいかと言うと、我が家に居候していた鬼くらいだ。あれほど理不尽な奴ではないが、私に遠慮がないのは一緒だ。すなわちとっとと逃げるに限る。逃げなければ死亡数を無駄に稼ぐことになるに違いない。私は年上の威厳を最大限活用するべく、重々しく口を開いた。
――藤原よ、私は疲れとるんだ、そこをどきたまえ。
「つれないねえ。せっかく不死仲間なのに」
不死仲間。
まったくもってその通りなのだが、私は奴のように長年を費やし会得したよく分からぬ術は扱えん。ただのらりくらりと楽しきことを見つけては流れ、苦しいことには甘んじて身を任せ時を過ごしてきただけである。何かを学んだとかそう言うのはない。
「別に今回はやろうってわけじゃないよ。ただ今日は満月みたいだし、一杯どうだいって誘いだ」
酒。
私には耐え難い誘惑に思われた。今日は一日なにも食っていない。強いて言えば茶を飲んだくらいだ。野菜にも手を付けずじまいだった。私の心が揺れていることに気づいたのだろう、奴は追撃の一手に出た。
「今日のやつは特別上等なんだ。断るなんてもったいないと思うけどねえ。つまみもあるよ」
私は折れた。魅力的過ぎた。
「じゃあ行こうか」
そう言い歩き始めようとする藤原に私は待てと声をかけ竹林を出た。
見ておきたいものがあった。
そうして見上げればそこには真ん丸な月がある。淡く白い月光を放っていた。何も邪魔する者のない空に悠然と浮かぶその姿は美しいと言う他ない。体の底から力が溢れだして来そうである。
「まだかー」
背中にかけられた言葉に、半ば恍惚としていた私は踵を返した。
――酒を飲むだけですまんだろうなあ。
果たしてその予想は的中してしまった。
酒を飲み気分を良くした藤原は鬱憤を晴らすがごとく私との死闘を演じたのだ。しかし奴も不死身、私とて遠慮せず出来る。いつしか殴り合いに変わったそれは朝方まで続き、竹林が延焼し始めたところでネタを探していた鴉に見つかりお開きとなった。
今日ばかりは鴉に感謝。