本日早起きした私は寺子屋へ向かい辻死亡談議に花を咲かせようと家を出た。しかし大通りに出たところで阿呆らしい光景を目にしてしまい、どうにかしてやらねばちょっとした被害が出るだろうと思われた。ゆえに私はその集団のリーダーと思っているだろう子供に声をかけた。
少女の獣耳と二本の尻尾がぴくっと反応し振り向いた。
「あー、最近見かけなかったから心配してたんだよ!」
上目遣いで人好きしそうな笑みを浮かべ私を迎えてくれたのは、八雲の式神の藍の式神の橙である。少々分かり難いがその言葉に嘘はない。そんな彼女は普段八雲の家に住んでいるわけでなく、猫たちといることが多い。八雲の監督不行き届きなきもするが、放任主義なのかもしれん。よその家のことに口を挟むのは無粋だろうから言いはしないが、たまに我が家の柱に大きな爪とぎの跡があることがあるのだ。
絶対こいつらである。
そう言えばいつだったか猫の楽園を作っているとか言っていた。進捗はどうなのだろう。危ないことに頭を突っ込んでなければよいのだが。心配になった私はさりげなく聞いてみた。猫の仲間は増えたのか、と。
「ふふん、ばっちりだよばっちり」
胸を張って自信満々に言うものだから、周りで一緒に歩いていた猫たちを見てみたが、皆一様に呆れたように首を振っていた。悲しいかな、楽園は程遠いようである。やはり私のような威厳が足りないのだろう。こればかりは長生きしないことには醸し出せない。
「今日は精鋭たちを連れて来たからね、人間なんか一発だよ!」
それを人里の中心で声高に宣言するのはどうなのか。私は紳士的にやめたまえと諭し、猫たちにも今日のところは帰ってもらった。不満顔の橙が残ったが、こんな下らんことで怪我人でも出てはあまりにも情けない。こいつはまだ幼いから力の抜くのが下手なのだ。もしもがあっては大事だ。
「むぅ……いいじゃんかぁ。せっかく手下が出来たから実力を見たかったのにー」
あれは確実に手下ではなく、危ない子供を見守る親の目線であったが、橙は気が付いていなようだ。化け猫ではあるが知能としてはそこらの子供と変わらん。寺子屋の生徒諸君を見ている気分になって来た。
「はあ、ちょっと遊んでご飯食べようと思ってたのになあ……」
橙は肩を落とし俯いてしまった。ここまで落ち込まれると私の心が痛む。困ってしまってきょろきょろ周りを見て突破口を探すものの、通り過ぎる人々は遠巻きに見るだけで去って行ってしまう。私は天を仰いだ。誰か私に教えてくれ。
その時、ぎゅるるる、と音が聞えた。鳴ったほうに視線を向ければ、そこには顔を真っ赤にし、腹を押さえた橙がいた。
「うぅ……みんなに餌あげちゃったから何も食べてないんだよー。あ、全然餌とれなかったってわけじゃないからね! 勘違いしないでね! ただ、ちょっと、仲間が増えてきたからさぁ……」
幼子を腹減らしたまま帰したとなっては長生き妖怪の恥である。私は彼女を食事に誘うことにした。時間としてはもう太陽が頭上に来ている。正確な時間は分からんが昼飯にちょうどよかろう。
食いたいものを聞いたところマタタビと返って来たので却下した。私が食えん。
「ええー。じゃあ肉!」
よし来た。私は何処へ食いに行こうかと思案を巡らせ、出費も抑えられるゆえ今朝貰った肉がちょうどよいと結論付けた。伊吹が朝っぱらから私を叩き起こし、せっかくだから食いなと言うことでもらったのだ。何の肉かは分からないが、奴のことだ不味いことはなかろう。
と言うことを伝えると、ピョンピョン飛び跳ねて賛同してくれた。
「作ってくれるの? 食べる食べる!」
見せてくれよう我が料理。
我が家へ帰宅後早速調理をはじめた。橙には居間で卓袱台を出してもらい待っているよう伝えた。しかしいざやってやろうと思うと、台所にある料理道具など大したものはなく、私の能力もさほど高くないのにここに至り気が付いてしまった。仕方がない、ご馳走してやろうと言った手前食えるものは出さねばならん。焼けば食える、そして塩をかければうまい。つまりはそういうことである。
皿に載せた出来上がったそれを片手に居間へ行く。橙はにんまりとした笑顔で先に持たせていた箸で卓袱台をとんとん叩いていた。楽しみにしていてくれたようであった。
「わ、おっきいじゃん!」
大きいのは伊吹が碌に切り分けんで持ってきて、私がどうにか切り分けたからだ、そう思いながら皿を目の前に置いてやると、橙は箸先で肉を串刺しにしかぶりついた。私の顔以上に大きい肉にかぶりつくその姿は野生を感じさせた。腐っても化け猫である。
礼儀としては失格だが元気が良いのでよしとしよう。
私だってこんな肉が出されたらかぶりつくに違いない。
「おいしいよ!」
終始んぐんぐちょいと苦しそうに食っていたから不安があったが、顔を上げてそう言ってくれた。一安心した次第だ。私も食おうと自分の分を焼きに台所へ戻る。
同じ要領で調理らしい調理もしていない肉を片手に居間へ行ったら、ちょうど戸が開かれた。こんな時に客人とは、これは一緒に昼飯を囲むことになろうか。そんなことを考えながら卓袱台に皿を置き戸を開く。
「どうも」
――げえ、閻魔!
私は思いがけぬ訪問にらしからぬ汚い言葉を放ってしまった。急いで口を塞いだが、閻魔もとい四季映姫・ヤマザナドゥはこれといって驚いた様子もなく中に入って来た。そうして肉を食っていた橙を一瞥して口を開いた。
「今日は休みなので説教に来ました。どうです、教えは守っていますか?」
訪問説教とは何たることか。彼女の説教好きも困ったものである。しかも彼女は休みの時は毎回来ているのかと思うほど高頻度で来る。私はそこまでやられるほど罪深いものではないはずだ。
「その様子では全く守っていないようですね」
そこからは奔流のように言葉が溢れ出て来たのであった。
曰く、長生き妖怪を自称するならばもっと他の方々に示しがつくようにしなさい、やる気を出しなさい、あと年中酒を飲み過ぎたかのようなふらふらとした歩き方を直しなさい、八雲紫も一緒に説教したいから私の前に連れてきなさい。
簡潔にまとめればこうだ。八雲に関しては私に言われても困る。奴も四季の説教は苦手らしく逃げ回っているようなのだ。それ以外に合間にはもっと細々とした生活に関する説教が入っていたのだが、私は一向に改善する気はないので無駄である。彼女も本当に改善するとは思ってなかろう。
「せっかくです、彼女にも」
そう言い居間へ足を踏み入れ、私への説教がされている中どこ吹く風で肉を食いつくした橙へ説教を開始した。隣へ座り懇々と言って聞かせるさまは正しく閻魔である。
だがこの辻説教と私の辻死亡談議。どちらが有益か。私としては後者を押したい。
肉がどんどん冷めていくが、幾らなんでも涙目になり説教を聞かされている橙の前で食うのは気が引ける。いつ終わるのかとうわの空で時間が過ぎていき、やっと終わったかと思ったときにはすっかり出来上がりの美味そうな見栄えが彼方へと消え去ってしまっていた。
「う、うるさいうるさい! うぇ……ええーん!」
橙も泣きながら彼方へと去って行ってしまった。残されたのは冷えて固そうな肉と四季、そしてその肉を前に食う気がなくなってしまった私である。私はため息を吐いた。
「やりすぎてしまったようですね」
幼子を泣かせてしまったとて四季の精神力の前には何ら影響がないようであった。ケロリとした顔で座っている。そうして視線を彷徨わせていた彼女は、皿にのせられどこか寂しそうな雰囲気を出している肉を指さした。
「もしかしてこれ、あなたが食べようとしていたのですか?」
私はうなずいた。
「まだ食材は余っています?」
また私はうなずくことになった。
台所に残っていると言うと、彼女は立ち上がり歩いて行った。
もしかして作ってくれるのだろうか。彼女の腕前は寡聞にして存じないが、閻魔などと言う特殊な仕事をしているのだ、大抵のことは出来るに違いにない。淡い希望を胸に耳を欹てていると、肉の焼ける心地よい音が聞えて来た。そして何やら香ばしい良い香りも漂い始めた。
調味料も塩や胡椒くらいしかないのだが、もうこの音と香りからして私とは格が違うのが分かってしまう。急激に腹が減ってきて、箸を片手に出来上がるのを心待ちにすることとなった。少しして四季が戻って来た。
彼女は、肉と言っては失礼だ、ポークソテーと言ったほうが良かろうと思わされる料理を手に持っていた。それを目の前に置かれた私は橙と変わりない様子でかぶりついた。
「マナーが悪いですよ。……そこまで喜んでくれるとこちらも嬉しいですが」
ものの数分で食い終ってしまった。食後の休憩をしていたら彼女は食器まで片してくれて、至れり尽くせりであった。
洗い物が終わった四季に礼を言った。
「いいですよ、そんなこと言わないで。どうやら仲良く昼食の途中だったようですから。邪魔してしまったのは私ですしね。ああ、さっき残っていたお肉は私が食べてしまいましたよ、もったいないですから。味は……普通と言っておきましょう」
気を遣わせてしまって逆に申し訳ない。それでも普通となるのだから余程不味いのだろう。橙があんなに美味そうに食っていたのは、出来たてと言う何ものにも抗うことのできぬ補正が働いていたのやもしれん。
そうしてやることを終えた四季は去り際こう言った。
「また来ます。しっかり私の教えを守るように」
――うむ、当たり前であろう。
私は心にもない一言で見送った。
後日我が家を訪れた四季がどうしたかなど、言わずもがなであろう。