東方落命記   作:死にぞこない

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三十六計逃げるに如かず

 

 茶を飲みに我が家を訪れた鴉に耳よりの情報を教えられた。

 

 何でも、妖怪の山の麓で河童たちがバザーを開催するらしい。

 

 河童とは幻想郷において最も技術力の優れた集団である。そんな奴らが主催するバザーともなればさぞや変なもの、便利なもの、面白いものがあるに違いない。鴉の話を聞くに危ないものもあるようだが、死んでも平気な私ならば問題なかろう。

 

 鴉は「河童って結構腹黒いんですよねえ。まあ私たちが言えたもんじゃあないですけど」と言っていたが、果たしてどんなものなのか。間壁や山中を名乗っているときにも碌に会話もしなかったゆえ、興味を惹かれる。バザーと河童への個人的興味、行くには十分すぎる理由だ。

 

 終わってしまっては堪らない、私は早速向かうことにした。

 

 

 

 到着したとき、太陽は頭上にあった。

 美しく紅葉した妖怪の山へは入らないよう細心の注意が払われているのか、そこからある程度離れた場所に露店が多く並んでいた。茣蓙が敷かれた上に様々な商品が置かれている。これほど河童はいたのかと驚くほどその数は多く、このイベントの規模の大きさを物語っていた。

 

 バザーは大分盛況なようで、多くの河童と妖怪がせめぎ合っていた。こうも人外の者ばかりなのもなかなかない。これだけでも来た甲斐があったというもの。

 全体的に人里の祭りのような雰囲気であり、親しみやすい。河童が安いよー、掘り出し物だよーと大声を張って客寄せをしていた。噂によれば河童は人間を盟友と呼ぶらしいので、人間の客も多いのかと思っていたのだがそうでもないようだ。こんなに妖怪がいては入りがたいのかもしれん。

 

 立ち止まって見てしまったが、こうしていたって始まらない。

 私は他の妖怪の中に押し入り、店を見て回ることにした。

 だがゆっくりと見て回ることも出来んくらいに客が多い。恐れいった。

 こんな楽しそうなイベントを知らなかったことを後悔する他ない。

 誰かもっと早く教えてくれてもよかろうに。

 特に天狗。

 ここにきて奴らへの怒りがこみあげて来るとは予想外であった。

 

 少し見て回って小休憩を挟もうと人だかりから抜け出し、木陰にあった岩に腰を下ろした。多少湿っているが致し方なし。まあしかし、今日は秋にしては暑いゆえ、これくらいがちょうどよかろう。

 

 ふぃー、と息を吐いて額を拭った。僅かに汗が滲み出ていた。

 

「これは、間壁さん。こんなところでお会いするとは」

 

 俯いて涼んでいた私は声に反応して顔を上げた。

 そこにいたのは犬走である。

 彼女は妖怪の山への侵入者を排除する哨戒天狗の一員であるが、なぜこんなところへいるのだろうか。ちょいと聞いてみた。

 

「バザーには我々も協力している。その代りに売り上げの一部を渡すように言ってな。今回の私の仕事はここの警備だ。毎回、必ずと言っていいほどに喧嘩が起きてしまうので、力のある者が任される」

 

 そう言う犬走は少し自信ありげに胸を張った。選ばれたのがうれしいのだろう。

 勝手に師になっていた私としては、師匠冥利に尽きる、と言ったところだろうか。

 

 と言うか話を聞いているに、天狗はやはりこのイベントと関係が深いようである。ならばなぜ私に教えてくれなかったのか、誤魔化さないだろう彼女に真相究明の一助を担ってもらうことにした。

 

 犬走は言いにくそうに口ごもった末、観念したように話してくれた。

 

「ああ、それは、その……あなたが行くと鬼も付いて行くかもしれない、との危惧があったらしく、緘口令が敷かれていたんだ」

 

 私は頭を抱えた。

 そこまで危険視しなくともよいではないか。

 私を一体なんだと思っているのか。

 仮に鬼たちが参加したとしても、酒さえ入っていなければ多少はまともだ、多少は。カツアゲまがいのことはやるかもしれんから保証は出来ん。いや、あの祭りのような雰囲気だ、それに当てられて喧嘩を起こす輩は絶対にいよう。

 

 天狗の認識は正しいかもしれなかった。

 

「だから、まあ、私が謝っても意味はないかもしれないが、すまない」

 

 頭を下げられてしまった。居た堪れない気持ちになって来た私は勢いよく立ち上がり、頭を上げてもらう。犬走のせいではない、どちらかと言うと鬼である、あと少しは私のせいもあるかもしれないが。私はどういったものか分からなかったが、とにかくお前は悪くないのだ、と告げた。

 

「ありがとう。そう言ってもらえると助かる」

 

 犬走は少しだけ笑ってくれた。

 そうして雑談に興じていたら、彼女を呼ぶ鋭い声が後ろから飛んできた。犬走の奥に見えるのは他の哨戒天狗だった。慌ただしい様子からして何かあったのだろう。

 

 犬走はその声に振り向き幾つかの言葉を返すと、こちらに向き直った。

 

「……それでは、私はこれで。楽しんで行ってくれ」

 

 何があったのか気にかかるものの、私はただの客である。うなずき、犬走と別れた。

 そうしてもう一度人だかりの中に突入を開始した。

 

 

 

 相も変わらずの状況だった。

 時間が経って客が減ったかと期待したのだが、どうにもそうはならんらしい。

 河童はどれだけ品を用意したのやら。

 興味を惹かれた店を片っ端から冷やかし、冷やかし進んで行く。

 

 最後に止まったのは、掘り出し物、と大きなのぼりを出した店である。

 私がよく分からん機械と機械を繋ぎ合わせた用途不明の商品を見ていると、揉み手をして腰を低くした店主らしき河童がやって来た。一瞥するに少女のようである。

 

「どうです、うちの商品は。良い物ばかりで……げえ!?」

 

 人の顔を見てげえとはずいぶんな言い草であった。

 商品を眺めていた私は、一言文句を言おうと河童の顔をまじまじと見て、思い出した。

 

 青い髪を二つ結いにし、大きなリュックを背負って、緑の帽子を被るこの河童、名を河城にとりと言い数少ない知己の河童である。そして忌々しくも私を川に沈め殺めた危険な河童でもある。

 

 死亡した後天狗に、私がここに来たことを河童らには知らせておらんのかと聞いたところ、通達したと返って来たゆえ、こいつは知っていながら殺したわけだ。何と言う奴か。真っ黒だ。腹黒どころではない、全身どす黒い。

 

「な、何であんたがここに……」

 

 私はかっかっかと笑った。

 ここで会うとは思っておらんかったから何の準備もないが、一発かましたろう。

 

 衝動的に拳を握り振り上げる。

 

 しかし私の怒気を敏感に感じ取ったか、河城は露骨に胸を張った。

 

「い、いいのかい? ここでそんなことやったらねえ、天狗様がやって来るぞー……わ、私は一向にかまわないけど? あんたはどうかなあ?」

 

 痛いところを突かれた。私はぐっ、と呻く。こんなことで犬走に迷惑をかけるのはさすがに申し訳ない。先ほども何やら忙しそうであったのだから。憤懣遣る方無い形相を徐々に引っ込め、振り上げていた拳をゆっくり下ろす。

 私は怒気をなくして、何か商品を買おう、と商談を開始することにした。

 

「へっへっへ、それでこそ間壁さんだぁ」

 

 調子のいい奴である。また揉み手をしていた。

 私はこいつだけがこんな性格をしている、いわば少数派の河童だと思っていたのだが、鴉の言からするに大半はこうなのかもしれん。河童に対する見方を変えることを誓った。

 

 一通り見た後におすすめはあるか、と聞いたら早速奥から大きなものを持ってきた。

 四角く、何やらボタンのようなものが付いている。見た目からは何が出来るのかまったくわからない。

 

「これだね、これ。ここじゃあ、絶対に私以外には作れないね。何といっても動力部分が他の奴じゃあ分からないような作りでさあ、河童だってみんながみんな出来る奴じゃあないんだよねえ、まったく最近の若い奴等はなってねえって感じで。あ、見た目もいいでしょ、これは私が一から考えて……」

 

 長ったらしい、説明なのか愚痴なのか自慢なのかわからぬ話が始まった。

 そう言ったのはどうでもよいので、一言何が出来るのかを教えてくれと伝える。

 

「ちぇ、つまんないな。何が出来るって? 何もできないよ」

 

 私は思わず聞き返した。

 

「だから何もできないってば。置物だよ、置物。川に落ちてたの拾って来たんだよねー」

 

 ならば今の説明は? 私は呆けた表情で続けた。

 

「でまかせだよ」

 

 あっけらかんと言い放つその姿、いっそ清々しい。

 小突くくらい許してくれよう、そう言うことで脳天に拳骨を落としてやった。

 

「い、痛いじゃないかよー! 私が何やったってんだ!」

 

 自分で考えてみろ、そう言うとこいつは指折り数えて考え始めた。

 

「ええと、まずは沈めたでしょ? 試作品の水鉄砲を試したら威力が高すぎて貫通したでしょ?」

 

 身に覚えのない言葉が出てきて私は仰天した。そんなこともあったのか。

 

 いや待て。私の記憶に何かが引っ掛かる。貫通、貫通、貫通……確かにあった。あれは鬼と酒を飲み喧嘩と洒落込み、無事死亡して終わり小便に立った時であった。あの時は鬼の何かしらの技だと思っていたのだが、まさかこいつの狙撃だったとは。

 

「あとはねえ、ああそうそう、胡瓜を頂いたこともあったっけなあ」

 

 それにも心当たりがあった。

 天狗にもらって後で食おうと家の中に置いといたらいつの間にか消えていたのだ。神隠しにでもあったかと諦めたがこいつか。

 

 妖怪の山での不可解な出来事には背後にすべて河城が存在するのではないか、そんな考えが頭を過ったがあまりに恐ろしく思えて考えるのを止めた。

 

 そして私はもう一発拳骨を落とした。

 ぎゃあぎゃあ喚いたが、当然の報いだと返しておいた。

 

 まったく何と言う奴だ。

 

 河童は天狗の後ろに隠れているものと勝手に思っていたのだが、こいつは予想以上に愉快な奴らしかった。私の目は節穴であった。もっと早くこうして関わっておれば、楽しい妖怪の山生活を送れただろう。

 

「ふん、まあいいよ、これで口実は出来たんだからこっちのものさ」

 

 そう言う河城だが、この人だかりの中天狗らを呼ぼうとでも言うのか。

 するとリュックから何かを出そうと探り始めた。

 

「ちょっといいか?」

 

 何をしようと言うのか、様子を窺っていたわけだが、すでに犬走が私の後ろに立っていた。素晴らしく迅速な対応である。警備を任されるのもうなずける。私は大人しく手を上げて反抗の意思はないことを示した。

 

 弁解も面倒になった私は目を閉じ諦めの境地に立つ。

 無抵抗は我が潔さを示し、常に周囲に満ちる威厳が増すのである。

 

「ちょうどいいところに! そいつだよ、そいつが――」

「河城にとり、お前には詐欺の容疑がかかっている」

「ひゅい!?」

 

 河城の素っ頓狂な声が耳に届いた。

 どうやら犬走は私ではなく、河城を取り押さえに来たようである。

 一安心した私は、事の次第を見届けることにした。

 

「な、何のことだかー……」

「被害報告が出ているんだ。目撃情報もある。他の河童からも天狗からもな。どうやら拾った物を傑作だと謳い高額で売りつけていたそうじゃないか」

「な、何を言うんですか全くもー。そんなことはありませんよー。嫌だなー……あはは、は……」

「認めないと言うならばそれでもいい。どちらにしろ、一度話を伺いたい。一緒に来てもらおうか」

「ふ、ふふ、見る目がないのが悪いんだよぉ!」

 

 そう声を上げて否認を諦めたらしい河城は、背負っていたリュックの中から飛び出してきた機械的な長い手を使って跳躍し、我々の上を越えて逃げさった。慣れた手際と言う他ない。その後ろ姿はれっきとした逃亡犯であったのは言うまでもない。

 

 つくづく思う、私は河城を、ひいては河童を甘く見ていたのだと。

 犬走の手前我慢しているが、気を抜いたら失笑してしまうに違いない。

 

「くっ、追え、追え! 絶対に逃がすな!」

 

 犬走が声を上げると、会場全体に散開していたらしい天狗たちが飛び立ち、河城を追い始めた。逃走劇の始まりのようである。周囲の妖怪たちは面白いことが起こっていると騒ぎ始めていた。我が心と連動しているようであった。

 

「ふう。間壁さんは被害には?」

 

 私は首を横に振った。

 

「そうですか、ならばよかった。河城は常習犯なので目を付けていたのですが……いえ、すみません。それでは私も行きますので」

 

 颯爽と去っていく犬走の後ろ姿を見ながら、私は思った。

 

 私には無理矢理売りつけようとせず拾ったものだと言って来たのだから、他の者に比べれば少しは優しいところを見せてくれたのだろうか。これは妖怪の山で仕事についていた時の礼と受け取ればよいのか。

 

 その後も思案を巡らせながら、結局のところ何も買わずにバザーを後にした。

 

 

 

 後日、三日間の逃走劇の末に捕まり、研究費用を没収されたとの知らせを鴉の新聞で知った。

 

 よくもまあそんなに逃げられたものである。

 

 やはり我が眼は曇っていたようだ。

 

 

 

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