東方落命記   作:死にぞこない

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五十歩百歩

 

 目覚めを前にして、徐々に意識が浮上していく。

 

 それにつれて人の往来を知らせる喧騒がほのかに耳へ届いてくる。また一日の始まりだ、と体を起こし寝ぼけ眼を擦っていたら、微かにだが聞こえてくる声があった。他者に聞こえてしまうのを警戒しているのか、声の主はぼそぼそと小さく呟いており、それはただ音として認識できるのみでその内容までは教えてくれない。

 

 眠気の抜けて来た私は何処から聞えて来るのか気になったので、試しに耳を澄ませてみた。そして立ち上がり居間をうろうろしながら探っていたら、どうやら板戸のすぐ向こうからだと分かった。こんな殺風景な場所で何を話すのか、私は興味惹かれて右耳を戸にくっつけた。

 

「やめなよぉ、可哀想じゃんか」

「ちっちっち。まったく甘ちゃんだねえ。時には自分の利益のために心を鬼にするのも必要なんだよ」

「え、河童なのに鬼なの?」

「いやいや。そう言うわけじゃなくてさあ、心を鬼にするってのはだね――」

 

 何をしようと言うのかは判然とせぬが、良からぬことを企んでおるだろうことは容易に想像できる会話である。知らぬ振りをして一部始終を監視するのも興があろうが、ここで黙ってやられるのは私の主義に反する。

 

 河童ぁ! と叫びながら勢いよく戸を開け放った。

 

「ひゅいっ!?」

「あ、起きてたんだ。おはよう」

 

 そこに立っておったのは予想通りに河城と、なぜか橙であったのだ。河城は普段と変わらぬ姿であるが、橙は彼女の体に見合わぬ大きさの、固く結ばれた風呂敷に包まれた荷物を後生大事そうに抱えていた。何であるか気にかかったが、今はまず河城であろう。

 

 私は何をしようとしたのか、と視線を泳がせている河城に問うた。すると彼女は即座に腰を低くし揉み手をしてにやにやした。

 

「な、何もしようとしてないよ、本当に。そんな訝しげな瞳で見つめないでくださいよ、旦那ぁ」

「戸を盗もうとしてたんだよねー」

「おいこら化け猫ぉ! なあに言ってんだよー! あ、ちょっと待って、誤解だから、これは誤解。そんなことは全くしようとしてなかったんだって!」

「ええー、さっきまでノリノリだったじゃん」

「その口閉じろ!」

 

 ぎゃあぎゃあ言い合いを始める二人をよそに、相方の自白をもってここに露見した板戸誘拐未遂事件に対して、私は純粋な疑問を覚えていた。八雲のように単にちょっかいをかけたい末の行動であれば一万歩譲って理解できなくもないが、こいつではそう言ったこともなかろう。一体どうして盗もうなどと考えたのか。

 

 私は率直に聞いてみた。河城は迷う素振りを見せつけながら答えた。

 

「怒らないってんなら言うよ。絶対怒らないでよね。ほら、最近間壁さん板戸を追ってあちこち走り回ってたでしょ? そこまでやるんだから、大層大事なもんだろうと思ってさ。こりゃあ身代金をたんまりいただけるんじゃないかと踏んでここまで来たわけだよ。そんな顔しなさんなって。だってさー、昨年のバザーで天狗に捕まって資金没収されて万年金欠でねえ、新しい研究も出来やしないんだよ。酷いと思わない? だからここらで手っ取り早く金をね、こう、もらいたいな、って……へへ」

 

 口早にそう言いのけた河城は、最後になぜか照れくさそうに笑みを浮かべ、親指で鼻先を擦った。

 橙がうわあ、と一歩引いていた。

 

 邪悪の権化と言って差し支えない言葉の数々に、私は瞬時にして義憤に燃えた。そして河城の不毛の地としか思えない性根を改心させるため、正義漢であるところの私は説教をぶちかまそうと口を開こうとした。けれども奴も猛者であった。

 

「そんなわけだから、じゃあね!」

「あ」

 

 私が追及の一手を打とうとしたとき、彼女は一足早く逃げの一手を打ったのである。相変わらずその思い切りの良さと逃げ足の速さはなかなかのものだった。瞬きを数回すれば、もう姿が小さくなってしまっている。私は胸の内で密かに褒め称え、いつまでも突っ立っていても仕方がなかろう、と河城の後ろ姿を目で追っていた橙を中に招き入れ、座布団を敷いた居間に座らせた。彼女は私に何か用があったのだろうと、荷物からして聞かずとも伺い知れたからである。

 

 そうして、彼女が勝手知ったる様子で卓袱台を用意するのを横目に見ながら台所へ入る。いつも通り湯呑みに茶を淹れて、急須と先日新発売と言うことで店主に勧められるがまま買ってしまった砂糖あられと共に、盆に載せて戻った。

 

「あられだ!」

 

 私が卓袱台に盆を置くと、彼女の視線は釘付けとなった。私が食べたまえと穏やかな紳士的態度で告げると、彼女はすぐさま手を出し一つまみひょいと取って口に放り込んだ。躊躇ない天晴れな食べっぷりである。

 

「あ、甘っ! うう、何これぇ……」

 

 途端、橙は驚いた様子で声を上げた。湯呑みに伸びる手が素早いところからして相当なものであるらしい。甘党を自称する彼女をしてそう言わしめるのだから相当なものなのだろう。未だ食ったことのなかった私も、座ってひとつまみ食ってみた。

 

 味わう間もなく、橙と同じ言葉以外に言えることはなかった。

 

 菓子屋の店主は普通の数倍の砂糖を使ったと言っていたが、よもやこれほどとは思いもせなんだ。口の中が甘さで占拠されていた。隅々まで間を置くことなく浸透していく砂糖は、恐ろしい侵略者のようであった。生徒諸君には絶対に食べさせてはならん一品であろう。虫歯になってしまうに違いない。

 

 私は咀嚼しそのまま飲み込もうとしたが、耐えきれず湯呑みを手に取り、茶を勢いよく啜って飲み込んだ。ふうと息を吐く。

 

「凄いね、このあられ……不味くはないけど、食べるのが大変だよ」

 

 私は同意した。

 

 菓子屋の主人は何かと新商品を開発しているが、これはその中で二番目に食いがたいものに思えた。一番はニンジンあられである。あの味の再現が驚くほど上手く、私は完敗を喫したのだった。他には季節ごとのあられや、各種野菜のあられ、霰酒ならぬ酒あられなど、彼の新レシピの開発には余念がない。私はその熱意溢れる姿勢に敬服し、毎度の如く買っていた。大抵の場合は十分以上に満足できるのだが、今回は直々に感想を言いに行った方がよかろう。これはあられではなくただの砂糖の塊であると。

 

 あまりの甘さに目を回しそうになっていた橙が、もう一度茶を啜って落ち着いたところで私は用件を訊ねた。

 

「あ、うん。これ、藍様から日暮へ持って行けって言われたんだよね」

 

 言いながら、彼女は傍らに置かれていた風呂敷を卓袱台に置いた。

 

「紫様が迷惑をかけたからだって」

 

 迷惑とは板戸失踪・誘拐事件のことであろう。同じように八雲に代わり藍から謝られることも昔あったなあ、と懐かしみながら私は一つうなずき、風呂敷の真結びを解いて中を見た。そこには一枚の手紙と、個包装された油揚げが多数入っていた。油揚げと言うところに藍らしいと頬をほころばせつつ手紙を取って目を通す。

 

 それは時候の挨拶から始まると言う生真面目さを感じさせるものであった。読み進めれば、彼女のやったことではないと言うのに数多の謝罪が書き綴られている。今も昔も主人想いの優しい奴だ。そして最後にお詫びの品として同封された油揚げについても説明されており、その事細かな記述に苦笑した。

 

 私は返礼として一筆認めた手紙と砂糖あられを橙に持たせた。あられは三袋買ってしまったゆえの在庫処分であるが、もしかしたら八雲か藍が上手く食べてくれるかもしれん。無理に食うよりもその方があられにとっても良いであろう。

 

 その後、橙はそそくさと帰ってしまった。もっとゆっくりしていけばよいものをとも思ったが、聞くに猫軍団が着々と大きくなり暇がなくなってきたらしく、藍に報告へ行ってその後も方々を回るとのことである。充実しているようで良きことだ。私は頑張りたまえと送り出したのだった。

 

 

 

「――でね、最近私の花果子念報の人気が伸び悩んでるわけよ。あ、今元から人気なかったとか思ったでしょ」

 

 朝から二人もの来訪者で、普段とは違う一日かもしれんと思い始めた昼飯時、蕎麦を食いに出かけようとしていた私を押しとどめたのは、我が家の返って来て間もない戸を吹き飛ばし不法侵入したというのに、後悔の念をまったく見せない堂々たる態度で我が前に座り、いらん大仰な身振り手振りで話す鴉その二である。我々の間にある卓袱台に茶は置かれていなかった。一度出してやろうかと気の迷いが生じたものの、こいつの不作法さにそこまでしてやる必要はないと思い直したのだった。

 

 板戸は私が戻したが、以前よりもその歪さを増している気がしてならない。

 

「私には念写があるし、他の奴らとは差別化を図れてるとは思うんだけどね? だって他には真似できないでしょこれ。そこは自信ありよ。でもねえ、それだけじゃ駄目らしいのよねえ。全然人気ないあの文々。新聞にさえ負けてるのよ、これっておかしくない?」

 

 何一つ相槌を打っていないと言うのに、鴉その二は淀みなく語っていた。私はこめかみを押さえ、はっきりとため息をついてやったのだが、こいつはまったく意に介した様子なく続けているのが現状である。こんなにも近くにいるのにコミュニケーションが成り立っている気がしない。我々は果たして本当に一緒にいるのだろうか。河童が新しく開発でもした超最新機器の実験に付き合わされている可能性も否めない。

 

 私はせめてもの仕返しに嫌味なことをしてやろうと盛大に嘆息してやった。けれど何も気にした素振りがない。こいつは目も耳も使い物になっておらんのか。

 

「……そこで賢い私は考えました」

 

 さほど興味もない話が延々と続くゆえ、私は彼女の話を右から左へと聞き流すことにした。適当な思考の海を漂っていると、話が詰まらなすぎるからか眠気が襲って来た。このまま夢現を行き来するのもよかろう、そう思って本能に身を任せていたら、いきなり彼女が大きな音を立てて卓袱台に手をやり腰を浮かした。

 

 くっつきそうなほど顔が近くなった。

 

 そうして彼女はくわっと目を見開いて言い放った。

 

「その原因は何なのか!」

 

 唾が飛ぶから落ち着きたまえ、私は言ってちゃんと座らせた。けれどそれも束の間、次の瞬間鴉その二は家全体を軋ませて勢いよく立ち上がった。数十年を優に超すであろうこの木造建築、下手をすれば床が抜け落ちるやもしれん。

 

 ぼろぼろの我が家を知り尽くしている私は俄然心配になった。

 

「それは新鮮さよ! 私に何が足りないかって言われたらこれ以外にないわ! でもね、事件のフレッシュさって点では認めたくないけど文に一日の長があるでしょう? だから私はそれ以外で攻めてみようと思ってるの。てなわけで、何か意見を頂戴。さあ、さあさあさあ!」

 

 はあ、私は息を吐き、鼻息を荒くして興奮している彼女をもう一度座らせた。そうして顎に手をやって、このまま返すのも難しかろうと、仕方がないから一緒に考えてやることにした。さりとて私は新聞に関して門外漢もいいところであり、そう簡単に妙案が出るわけもない。そんなわけであるから、我々が議論に議論を重ねて出し尽くした意見にはこれと言った革新的なものは何一つとして存在せず、旧態依然とした凝り固まったものばかりであった。

 

 文字の配置を変えてみるだとか、見出しを工夫するとか毒にも薬にもならぬものに始まり、いっそのこと写真はやめてすべて絵にしてみるとか、新たな言語を開発しそれで新聞を書くとか奇を衒った話が出たものの、決定的なものはなく時間のみが過ぎて行ったのだった。

 

 私は疲れ果てて仰向けに倒れた。

 

「あー! 結局どうすればいいのよぅ!」

 

 卓袱台をバシバシ叩く音が聞えてくる。鴉その二が半狂乱になっているのだろう。無理もない。

 

 私の頭の中では腹が空いている苦境も相まって、新聞とは何ぞや、と根本的な疑問がくるくる回っていた。しかしどれだけ経ってもその答えは出てきてはくれなかった。と言うかなぜ私がこんなにも悩まねばならぬのか。優しすぎやせんか。私は泣く子は黙り鬼も泣く、悪鬼羅刹ここにありの大妖怪ではなかったか。

 

「あ、ちょちょ、ちょっと、鬼って言った!?」

 

 先ほどまで唸っていた鴉その二が声を上げた。気付かぬうちに言葉にしてしまっていたらしい。私は確かに言ったが、と半身を上げて彼女を見据えた。

 

「鬼、鬼か……新鮮と言えば新鮮よねえ……使えるかもしれないわ……」

 

 彼女はぶつぶつ呟き考えを纏め始めてしまった。何だかわからんが鬼の一言が助言として役に立ったようである。私が言おうと思って言ったものではないからいまいち達成感も得られないが、解決に向かうのならばよい。私はであろう、と呟いて恩着せがましくうなずくことにした。

 

「いけるかも! ありがとね!」

 

 言うが早いか、彼女は一息に立ち上がって去って行った。今回はしっかりと戸を手で開けて出て行ったのだった。最初からやれと言いたい。今度来た時に覚えていたらねちねちと文句を言ってやると心に決めた。

 

 まあそれは置いておくとして、鬼である。今現在幻想郷で確認できる鬼と言えば伊吹に他ならない。一体鴉その二は何をやろうと言うのか。鬼と天狗が揃えばそこに私が挟まるのが常であった。今回もそうなる気がしてならない。

 

 私の嫌な予感は、多くの場合において当たってしまうのだ。

 

 

 

 翌日、麦飯と味噌汁、九代目にもらった漬物の、質素ながら美味な朝食を食っていた時のことである。突然事前の通告もなしに伊吹が我が家を訪れた。あまりにも急であり、昨日の鴉その二の一件もあって早くも予感的中かと動揺し、かき込んでいた米粒がどこか変なところに入ってしまった。無様にも盛大にむせることになった。茶を勢いよく啜り事なきを得たものの、既に涙目である。情けないことこの上ない。

 

 私はそれを悟られぬように何用か訊ねた。すると彼女は首を傾げた。

 

「ん? 話は通ってるはずだろ? 新聞にも書かれてると思うよ」

 

 新聞。

 そう言えば今朝持ってこられたものが二部あった。鴉の文々。新聞と、鴉その二の花果子念報である。どちらも購読している覚えはないのだが、度々放り込まれるのだ。棚に入れただけででまだ読んではいなかった。私は伊吹に促されるまま取り出して目を通して見る。

 

 まず文々。新聞の記事で関係がありそうなものは、『河童、鬼を語る』と題されて、胡散臭い語り口で河城らしき河童の恨み言が書き連ねられているものであろう。それを読むに、どうやら河城は我が家を去った後に伊吹に絡まれ、無理矢理酒に付き合わされたようである。奴に対してはこれ以上ない罰だ。天網恢恢疎にして漏らさずとはこの事か。よくもまあ鴉はこれを記事にしようと思ったものである。そんな風に思いの外楽しんで読んでしまったが、伊吹の指摘しているだろう点は見受けられなかった。

 

 次に鴉その二の花果子念報であるが、これには大きく『鬼語り』と丸々一面を使って記事が作られていた。その内容は主に伊吹が妖怪の山に戻るか否かに焦点が当てられており、それも伊吹本人の言葉として載せられているため、天狗連中の反響を得られるだろうことは想像に難くない。確かにこれは新鮮味があると感心しながら斜め読みをしたが、これもまたおかしな点はないと思った矢先、最後の文章が目に留まった。そこにはこう書かれている。

 

『今回の突撃取材に際して、多大なるご支援ご協力を頂いた人里の大妖怪様へ、心から感謝致します。そしてご冥福をお祈り申し上げます。』

 

 なぜ感謝の後に冥福を祈るのか。私は存命である。そこで要らぬ勘の良さを発揮した私ははっとして、顔を上げ伊吹の様子を窺った。彼女は愉快そうに口角を上げていた。

 

「私が取材を受ける交換条件にさ、あんたとの喧嘩を提案したんだ。そしたら二つ返事だったよ。私もこんなまどろっこしい真似はしたくなかったんだけどねえ、普通に来たんじゃやってくれないだろ? よし、やろうか」

 

 満面の笑みを浮かべる伊吹を前に、私は思った。

 

 ――謀ったか、姫海棠ぉ!

 

 

 

 それから数日経った今にして思えば、私が彼女の戯れに付き合ってやる道理など微塵もなかった。馬鹿正直に伊吹の喧嘩に付き合い、血液滴る良い男になる必要などなかったのである。骨折り損のくたびれ儲けと言う他ない。しかし、それではあまりに私が報われないし間抜けであろう。

 

 であるからして、私はあえてこう言いたい。

 

 それは偏に私が心清らかで正義を愛する、色で表すならば純白のこの世に二人と居ない傑物であるから、常人であれば成さずにおくことも率先して成し遂げてしまうのだ、と。

 

 そう考えれば、自己満足としては十二分である。

 

 じりじりと七輪の上で焼けていく油揚げを眺めながら、そんなことにつらつら思いを巡らせた。我ながら暇人だった。とは言え、焼けるまでの間にできることもなく、思索に耽る他ないのが実情でもあった。そのままただ時が過ぎていき、香ばしい匂いが鼻孔を衝き始める。私は我慢ならずに箸で綺麗な焦げ目のついた油揚げを皿に取り、醤油を一たらし。そしてあんぐりと口を開けて食った。

 

 美味、その一言に尽きる。

 

 藍の認める味であるから心配など全くなかったが、その上をいった。私はもう一枚に手が伸びた。そしてまた一枚。そんなことが続いて、五枚ほど焼いたのだがすぐになくなってしまった。昼食を平らげた後だと言うのに、私の油揚げ欲は止まるところを知らんようだ。

 

 七輪やら食器やらを片付けた後、茶を啜りながら考えるにつけ、こうして美味いものを食うと多少の些事などどうでもいいことに感じられて来るから不思議である。言ってしまえば、この至高の味を堪能できたことで、連日の騒動の収支はプラスであるやも知れぬとすら思える。大妖怪でありながら安い男であろうか。けれども私はこれを長所と捉えよう。

 

 そう、これこそが他者に好かれ、自ら動かずとも好機に恵まれる庶民派大妖怪の真骨頂であるのだ。そうは言っても、これだけで帳消しにしてしまっては私の泣き寝入りとも言える。ゆえに伊吹と鴉その二には脳天に拳骨を一発、命がけで鉄拳制裁を断行してやった。やられたらやり返す、それもまた我が真骨頂であるのだ。

 

 ただ気になることが一つ。どうにも最近拳骨を落とすのが多い気がしたのである。私の周りにはそんな奴らしかおらんのか。なぜそうなるのか。理由を解明しようと英知溢れる我が頭脳をぎゅんぎゅん働かせた時、ふと類は友を呼ぶと言う言葉が頭を過った。だが私は全力でもって見て見ぬ振りをした。

 

 ――そんなことはない、そんなことはないのだ。それではまるで私が底知れない阿呆のようではないか。

 

 私は杳として知れぬ理由を探し求めて、居間の中心で頭を抱えた。

 

 

 

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