東方落命記   作:死にぞこない

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兎の登り坂

 

 机上の空論は私の最も得意とするところであろうか。

 

 今回の一大計画は初期段階から頓挫しかけていた。蓬莱山と藤原両名を花見に誘うくらい何のことはない、簡単なことだと思っていたのだがしかし、実行に移して見たらどうしたことか難しい。久しく行っていなかった竹林に足を踏み入れれば、性悪兎にまんまと騙され無様にも遭難と相成った。これでは我が身を使った酒の肴の笑い話でしかない。出会うことすら至難の業だとは驚きの念を禁じ得ない。

 

 むしゃくしゃしたので、季節に左右されずその身をすくすくと成長させる竹たちに渾身の蹴りをお見舞いしてやった。そしてそのしなやかさの前に反撃を食らってしまったのは私だけの秘密である。見事顔面に竹が直撃したためにヒリヒリと痛い。秘密にしようとしても恐らく赤くなっている顔では無理かもしれない。

 

 そもそも初めに蓬莱山から誘おうと考えなければよかったのだ。だがそう気が付いたのは、既に背後に光のなくなった闇の中のことであった。もっと早く引き返すことを選択肢に入れておれば現状からの復帰も出来ただろうに、私の判断力も鈍ってしまっただろうか。いや、そうではなかろう。兎を信じる清らかな心を有していることをここに示したのだ。それだけで十二分である。精神的勝者がここにいた。

 

 そうしてふらふらと歩き回っているうちに疲れ果てた私は、知らず知らずのうちに命の危機に瀕していたようで走馬灯を見ていた。

 

 そこにあるのは八雲の阿呆に遭難させられた記憶、鬼の娯楽に付き合わされて生死の境を彷徨った記憶、吸血鬼に爆散された記憶、そして死を間近にして自らの行いを顧みている記憶――。

 

 ――走馬灯の中で走馬灯を見ているではないか!

 

 思いがけず虚空に慟哭した私を静まり返った竹林が迎えてくれた。蹴ってしまったのに変わらず寄り添ってくれる竹は、もしかしたら私のことが好きなのかもしれない。となるとこの状況は好きすぎて離してくれないと言うあれだろうか。菓子屋の主人が惚気てそんなことを言っていた。……まあ、絶対にそんなことはあるまい。

 

 一つ大きなため息を吐き、わき目もふらず天に伸びる竹を背にして座り横になった。

 

 そこは珍しく霧が薄く、開けた場所であった。空を見ることは出来ないものの、木漏れ日が僅かにさしている。それに何より風が竹林全体を震わせているのがよく分かる不思議な場所でもあった。風の抜け穴になっているのだろうか。

 

 竹や葉が擦れる小さな音はもう聞き慣れてしまって、集中しなければ聞き取れないくらいになっている。安眠は約束されたようなものだった。以前のように野菜袋がなく枕として使えるものがないのは多少の痛手ではあるが、腕を使って寝るのもまた野宿としての趣があろう。

 

 私は僅かばかりの希望として兎が来るのを願って目を閉じる。頬を撫でる風が心地よく、意識は呆気なく暗闇に落ちていった。

 

 

 

 身体に熱を感じて目が覚めた。微睡みの中で日差しかと納得しかけたが、熱源が近すぎる気がしてよもや火事かと心配になり飛び起きる。周囲を確認した私は半ば呆然と立ち尽くしてしまった。

 

「ん、やっと起きたか」

 

 視線の先では落ち葉を山にして燃やし、両手をそちらへ向けて暖を取っている藤原の姿があった。結構な時間そうしているのか、頬がちいとばかし赤らんでいる。火事には細心の注意を払っているらしく、火の粉が飛びちらないよう弱めたり強めたり手つきを変えて火力を調節している様子だった。

 

 立ち上る白い煙は濛々と天を目指している。つられて見上げると、もう日差しは射していなかった。随分と長く寝てしまっていたらしい。こんなところでよくもまあそんなに寝られたものだ。

 

「そんなとこで寝てたら体が冷えるだろ? 顔も赤くなってるぞ」

 

 藤原は私の方を向いて小さく手でこっちゃ来いと誘ってくれる。確かに四月も近づいているが寒さは抜けきっていない今日である。現に肌寒さはある。お言葉に甘えることにし、藤原の隣に胡坐をかいて座った。すっと手を伸ばせば揺らめく炎が温めてくれた。なんとも風情を感じる。

 

「たまにはこういうのもいいよな。竹が焼けちゃいそうで危ないけどさ、生きてるって感じがするよ」

 

 何となくわかる気がして一つうなずいた。

 

「だろ? ……まあそんなことはどうでもいいや。何でこんなとこで寝てたんだよ。気になって起きるまで待ってたんだぞ? また騙されたのか?」

 

 私は簡潔にここまでの経緯を語り聞かせた。途中少しばかり自らの失態を隠すため、意図的に隠蔽や捏造を加えたものの、九割方真実なので問題なかろう。そうして最後に重要なことだと前置きしてから花見の素晴らしさを滔々と語って聞かせた。

 

「ふうん、花見ねえ。そりゃあいいもんだけどさ、何で私と輝夜を誘うんだよ。お前なら他にもいるんじゃないか?」

 

 それに関しては深い理由があるのだ、私は口角を上げた。

 

「くだらなそうだなあ……聞かなくてもいい? どうせ行く気ないし」

 

 なぜだ、私は意味が分からなかった。花見の誘いを断るものがこの幻想郷にいようとは。

 

「私だって花見が嫌いなわけじゃないって。輝夜と一緒に桜見たって楽しかないからね。まだ一人で見たほうがいいな、うん」

「あら、私を呼んだ?」

「うおっ」

 

 焚火に手を近づけていた私たちの後ろから声をかけて来たのは、誰であろう蓬莱山であった。彼女は驚き固まっている我々をくすくす笑いながら、着物が汚れるのもいとわず私の隣に腰を下ろした。右から藤原、私、蓬莱山の順である。焚火を囲まなくては温まらないだろうに、蓬莱山は熱の届かない隅っこで満足そうだ。それほどまで藤原の隣に座るのは嫌なのか。難しい二人だ。

 

「何でいるんだよ!」

「暇だから散歩してたのだけど、煙が上がっているのが見えてね。何かしらと思って来ただけよ。そしたら二人がいるのだもの。それも楽しそうに話しているじゃない? ちょうどいいからお話に混ぜてもらおうと思って」

「混ざんな、そのまま帰れ」

「もう、相変わらずせっかちねえ」

 

 蓬莱山は口元を袖で隠す。笑っておるのだろう。上品な仕草である。片や藤原は腰をちょいと浮かして臨戦態勢であった。今にも掴みかかっていきそうだ。心なしかぐるると唸り声が聞こえる気がしないでもない。なんとも対照的な二人である。

 

「ねえ、さっきまで何の話をしていたの?」

 

 そんなことはお構いなしに、蓬莱山は平素と変わらぬ口ぶりでそう言った。その様子に気勢を削がれたのかそっぽを向いてしまい答えようとしない藤原に代わって、私は事情を話すことにした。今回は私の経緯は省かせてもらった。重要なことは花見であるからだ。けして失態を無くそうと思っているわけではない。

 

 話し終えるころには、蓬莱山は鼻息を荒くし興奮した様子となっていた。

 

「へえ、良いじゃない花見!」

 

 良い食いつきである。花見と聞けばこうでなくてはならん。

 

「でも何で私達だけなの? もっと大勢でやった方が賑やかで良いんじゃないかしら」

 

 二人からほぼ同じような疑問が出て来たので、私は待っていましたとばかりに口を開いた。

 

 ――何を隠そう今回の花見、楽しむだけが全てではない。フランドールと言う吸血鬼がおるのだがな、彼女は有り余る力を抑えることが出来んがために幽閉状態にされ、詰まらん日々を過ごしているのだ。そこで娯楽の使者たる私がどうにかしようと立ち上がった! だが彼女自身外に出ようと言う意気込みが驚くほどない。これではどうにも出来ん。そこで白羽の矢が立ったのがお前たちである! 死なぬ二人ならばあいつと遊ぶことも出来よう! そして外の世界が楽しいと言うことを教え、やる気を出させ、彼女に新たな門出の第一歩を踏ませようではないか!

 

「死ぬ前提かよ。いやまあ死なないけどな。でも鮮血の花見とかお断りだよ。お祝い気分も一瞬で消えちゃうじゃんかよ。酒が不味くなるわ。流石に輝夜だって御免だろ?」

「ううん、面白そうじゃない? 普段味わえないスリルが味わえそうで」

「けっ、そうだよな、お前もバカだったな……ったくよー、私の周りにはどっかおかしい奴しかいねえなあ! どうなってんだおい! 常識人は私だけか!」

 

 良い反応である。確か魔女も周りには変な奴ばっかだとかそんなことを言っていたが、幻想郷にはそんなのしか集まらんのだから当たり前であった。

 

 言葉にしてはいなかったが、実のところ我々だけではツッコミ担当が欠如しているのではないか、と心配していたものの、この様子からして藤原がいれば問題なかろう。これは何としても彼女に同行していただこうではないか。私は藤原にばれないよう蓬莱山へ目配せした。すると彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべた。

 

「私は絶対行かないからな。お前らだけで行けばいいよ」

「まあまあ、そんな意地張らないでいいじゃないのよ。素直になりなさいな。本当は行きたいんでしょ? そうなんでしょう?」

「う、うるさいな、本当に行きたくないっての!」

「本当にぃ?」

「くっ、いつになくウザったいなお前……」

 

 その後も蓬莱山の徹底攻勢は続いた。防戦一方の藤原は隙をついて攻めに転じようと口を開けたり閉じたりを繰り返すが、なかなか一発が出ない。私は無論のこと蓬莱山へ加勢した。藤原に何度もこいつを止めろと睨まれても尚である。我が意思の強靭さを物語っていよう。

 

 そうこうしているうちに落ち葉が全て灰に変わる。

 

 藤原の表情は憔悴したものへと変貌していた。

 

「――はあ、分かった、分かったよ。行ってやるよ、行きゃいいんだろ、行きゃあ」

「何よその言い方はー。もっと楽しそうにいいなさいよね」

「……行きたいなー」

「よろしい」

 

 蓬莱山は満足げにうなずいた。

 

「何なんだよこいつは……おい日暮、お前と会ってから前より面倒な奴になってるんだけどどうしてくれる」

 

 そう言われてもどうしようもない。私は諦めたまえと優しく告げた。するとすぐに凄みのある声が返って来た。竦み上がるのは容易かったが、簡単に屈するのは私ではない。胸を張って鼻で笑ってやった。さらに低い声が返って来た。座っていてよかったと安堵する。もし立っていればぷるぷると足を震えさせ、二人に笑顔を提供することになってしまったに違いない。

 

「ちょっとちょっと、二人だけで楽しまないでよー」

「楽しんでねえよ」

「本当にぃ?」

「……お前、ひょっとして私で遊んでるな?」

「あら、やっと気が付いたの?」

「……ぬぐぐっ……この野郎もう我慢の限界だ! 立てっ、一発ぶん殴ってやる!」

 

 藤原は勢いよく立ち上がり、落ち葉であったものを踏み潰した。ひらひらと灰が舞う。

 

「あらあら、原始的だこと。せっかく幻想郷には弾幕ごっこがあるのよ?」

「へえ、そっちも自信ありってか?」

「さあ、どうでしょうね。ま、あなたよりは出来ると思うけれど」

「ふん、証明してみな」

「言われずとも」

 

 藤原と相対するようにして蓬莱山も立ち上がった。まるで巫女と魔女であった。と言うことはやはり、なんだかんだと言い合いを繰り返す二人だが、仲が良いのは間違いないのだろうと思われた。

 

「あ、日暮……って何にやついてんだよ。花見の日程が決まったら教えてくれよな。酒とかいろいろ用意しとくからさ」

「やる気満々ね」

「やるってなったら本気でやるんだよ。じゃなきゃつまんないだろ」

「ふふっ、それには同感よ」

「ああ、そうかい」

「ええ、仲良くなれそう。どう? 私達お友達にならない?」

「言ってろ。数分後には何も話せなくなってるからな」

「どうかしらねえ」

 

 二人は他愛ない会話を繰り返しながら決戦の空へと上がっていく。計画の第一段階は達成したと言う思いを抱きながら、一人残されゆく私は自然に飛び立った二人に羨望の眼差しを送っていた。空を飛ぶのはどれくらい気持ちが良いのだろうか。飛べない妖怪であるところの私としては非常に気になるところである。後で鴉の背にでも乗らせてもらうか。

 

「あ、まだいた」

 

 がさりと落ち葉を踏みしめる音とともに耳に届いた声に振り向けば、すぐそこにいたのは当然の如く因幡である。暢気にニンジンをばりぼりと食っていた。私を誘導し遭難させたと言うのに罪悪感の欠片もないその様子、恐ろしい奴だ。私は即座に立ち上がり仁王立ちした。

 

「なになに、ちょっと怖いなあ。どしたの、用は済んだの? 今回は特別に送ってあげてもいいと思って出て来たのに」

 

 そんな甘言に騙されるのは余程心根の優しい者だけである。つまるところ私だった。けれど今回は違う。既に一回騙されているゆえに無言の圧を返した。

 

「もう外は真っ暗だし、一人で出るのは無理だろうねえ。特に方向音痴のあんたじゃあ、結果は火を見るより明らかだよ。また死んでみるのかい?」

 

 虚仮にされ続けるのは主義に反するが、事実に即した内容であるからして、私に反撃の手はなかった。ここで頭を垂れてお願いすれば愛しの我が家へと帰還を果たせるやもしれぬが、そこはこの長寿妖怪、こんな輩にへりくだったりはせんのである。

 

「今ならなんと空の旅でもいいよ」

 

 ――よろしくお願いしよう!

 

「安い奴だねえ」

 

 因幡はからからと笑った。私もかっかっかと笑った。

 

 

 

 そして彼女に引っ張られ空を翔け、今しがた手を離されて地に落ちんとしているところだ。

 

 フランドール問題を解決した暁には、奴に痛い目を見せてやることを胸に誓った。

 

 落下しながら私は彼奴に向かって大口を開ける。

 

 ――因幡ぁ! 首を洗って待っておれぇ!

 

 我が眼に残ったのは、兎の小憎たらしい笑顔であった。

 

 

 

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