東方落命記   作:死にぞこない

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命長ければ恥多し

 

 酒を飲み過ぎた。起きて水でも飲もうかと立ち上がったら、酷い頭痛であった。

 

 節制のできる性格とは言わないが、金を使い果たすほど飲むとは我がことながら驚きである。

 腹は減っているが料理を作るのも骨が折れる、ゆえに今日は一日寝て休むことにした。

 居間に布団を敷き横たわる。枕を洗濯したのを思い出し、気分が良くなった。鼻に届く香りが心なしか違う。今は昼であろうか、人通りを感じさせる喧騒が遠くから聞えて来た。

 明日は何を食おうか、どう生死の境を彷徨おうか、些末なことを頭の中でこねくり回していたら、うつらうつらと舟をこぎ始めた。

 

 

 

「こんな昼から寝ているのね」

 

 だが残念なことに、頭上から掛けられた声により私の安眠は妨害されてしまった。聞き覚えのありすぎる声の主に僅かばかりの反抗を、と目を瞑り続けていたのだが悲しいかな、枕を抜き取られてしまった。声にならぬ声を上げて目を開ける。

 

「こんにちは」

 

 そこにいたのはやはり八雲である。正座し私の顔を覗き込み、いつも通り扇子で口元を隠していた。幻想郷なる怪しげな場所を作り上げたこの女妖怪、この私を殺すことにかけては右に出るものなしの強者であった。長いこと一緒にいたことも影響しているだろうが、その巧みな話術に敵う者はいまい。

 

 私は挨拶の返事も早々に手をぷらぷらと振り、酒を飲み過ぎたと簡潔に伝えた。こんなことで気を利かせて去っていくとは思えないが、一応言っておけば態度も変わるかもしれん、と言う希望的観測だった。

 

「なるほど」

 

 納得したような言葉だが絶対にそんなことはない。傷があれば塩を塗り込みさらに傷をつけるような奴だ。気を許せばいつの間にか死んでいることだろう。だがどうしたことか、八雲は立ち上がり台所へと去っていった。さては食料を盗んでいく気か。家主の目の前での犯行とは、据わり過ぎた肝っ玉と言う他ない。

 何が起こるかと上体だけ起こし、戦々恐々として待っていた私の隣に腰を下ろした八雲の手には、茶碗と匙が握られていた。茶碗からは湯気が立ち上り、中には白い粥が目いっぱいまで入っている。

 何の真似だ、と私は思わず狼狽した。

 

「二日酔いには粥がいいらしいわ」

 

 そう言って匙で掬った粥を私の口元に押し付けてきた。熱っ、呻き反射的に身を引く。

 なぜこんなことをするのか目的が見えないが、それよりもまずこんな短時間でどうやって粥を作ったのかと疑問が口をついた。

 

「作っておいたのを持ってきたの」

 

 スキマ妖怪の面目躍如と言ったところか。私のものに比べて随分と便利な能力だ。羨ましい、羨ましいとぶつぶつ呟き、八雲の手から茶碗をひったくった。熱さに面食らったもののがつがつ食う。八雲が作ったものではないだろうから問題ない。大方式神の藍に作らせたものだろう。

 うむ、やはり美味。私は軽くうなずいた。

 もし炊事、洗濯、その他雑務諸々を式神にやらせるぐうたらなこいつの飯など食ったら、それだけで昇天してしまうに違いない。

 

「ふふ」

 

 八雲は飢えた獣のような私を愉快そうに見つめている。不快と言うわけではないが、なんとも食いづらい。言いたいことがあるなら言えと頬張りながら言った。すると八雲は懐かしむように目を細めて、とうとうと語り始めた。

 

「覚えているかしら? 今みたいに料理を作ってあげたことがあるのよ? その時は不味い不味いって文句言いながら最後まで食べてしまってね。具材がいい加減だったから、食べた後に死んでしまったけれど。思えば私の前で死んだのはあれが初めてだったわねえ」

 

 私は些事を置いてああ、と小さくくぐもった声を出した。

 昔日の苦い思い出だ。碌な食い扶持もなく放浪しているとき、これ幸いと森に自生していた怪しげなキノコやら草やらを煮た料理とも言えん汁を食わされたのだ。腹が減りすぎていて正常な判断が出来なかったのである。

 でなければ相当な阿呆でもあんな見るからに危険な毒物を食ったりはしない。

 

 あの頃はまだ死んだ私を見て涙を流すくらいに可愛げがあったのに、と時間の流れの非情さをひしひしと感じた。そこで私は、ん? と拭い難い違和感を覚えた。八雲の言葉を思い返す。

 

 もしやこの粥は八雲が作ったのか。思考に留まらず口に出してしまっていた。

 

「ええ。気が付かなかったでしょうけれど。例え大妖怪と崇められようと日就月将の精神よ。上達しているでしょう?」

 

 私は感心した。よもやそんなことを考えていたとは思いもよらず、まさに青天の霹靂が如き言葉である。自分の立場に胡坐をかきいつかは寝首を掻かれて終わると思っていたが、これならば安泰であろう。

 

 少々冷め始めた粥を最後までかきこみ茶碗を置いた。付き合いが長すぎると如何せんうまいと一言いうのも気恥ずかしい。私は口ごもりながらまあまあだった、と言うに抑えた。気の抜けた感想に怒りでもしまいか顔色を窺ったが、さして気にした様子もなく食器を隙間に放り込んでいた。

 

「じゃあ、私は帰ろうかしら」

 

 そう言いながら立ち上がる八雲に、私は戸惑いを隠せなかった。今までこいつがやって来るのは解決せねばならない問題が生まれたか、純粋に暇で私にちょっかいを出しに来たかである。実際異変が起きた時には斥候のように便利に使われているのだ。

 そのどちらでもなくただ飯を食わせるとは何たることか。

 急遽偽物と言う可能性が生まれた。

 

「意外そうねぇ。私だってこういう日もあるのよ?」

 

 到底納得できなかったが、何もないにこしたことはない。

 

「ふふふ」

 

 怪しい笑みを残して八雲は隙間に食われ去った。一人残された私は一気に心配になって来た。一体何をしようと言うのか。今更慌ててもどうこうしようもないのだが、落ち着いて事の成り行き見守るのは難しい。

 

 考えに考えた末、家が倒壊するかもしれんと外へ出た。しかしそんな様子は微塵もない。

 むうと唸り声をあげ中に戻った。しばし黙考していると腹がごろごろと鳴りだす。

 じわじわと腹が痛みだし、口の端から息が漏れた。

 不思議と笑いが込み上げてくる。

 

 ――こうでなくてはなあ、八雲紫ぃ!

 

 その後丸一日頭痛と腹痛に悩まされ、生死の境をさまようことになった。これならいっそ殺してくれた方が楽だ。八雲め、旧知の仲であることを利用して上手い具合に私を苦しめにかかっていた。超絶技巧と言う他ない。素直に称賛してやろう。だがいつまでもこんなところで甘んじているとは思わんことだ。

 

 ――はーっはっはっは!

 

 痛みにもだえ苦しみながら、私は大口を開けて笑ってやった。意識が飛んだ。

 

 

 

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