東方落命記   作:死にぞこない

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合縁奇縁

 

 香霖堂なるガラクタ屋は魔法の森の近くに居を構える。今日は新しく入荷されたものでもないだろうかと、久方ぶりに気が向いたので行くことにした。人里から歩いていくと多少は面倒だが、行けない距離ではない。問題はいちいち絡んでくる妖怪がいると言うことである。

 あまつさえ殺意なく殺してくる危険な輩もいるからたちが悪い。一度死ねば去っていくから大きな問題はないので良いのだが、面倒なのは面倒だ。店に着いたときにはおのずとため息がこぼれた。

 

 からんころから、と音を鳴らして扉を開ける。中には所狭しと様々なものが置かれていた。一見して何に使うのかは分からないものばかりである。しかし店主に聞いてはいけない。一度聞いてしまえば、どうでもいい薀蓄を長々と聞かされることになる。たまに博麗の巫女が珍しくも真面目に聞いていたりするが、私には到底ついて行けそうにない。

 

 森近はどこにいるのやらと進んで行く。カウンターの奥に身を潜めてでもいるのかと勘ぐったのだが、どうやら本当にいないらしい。見るとカウンターの上に置手紙が書かれている。それによると無縁塚で色々と漁って来るそうな。あいつのことだ、夕刻まで夢中になって探し回ることだろう。つまり私がここまで来たのはまったくの無駄骨であったのだ。徒労感が私の双肩にのしかかって来た。

 

 店主のいない香霖堂なぞただの物置ではないか。そううなだれたけれど帰るのも面倒になり、旧知のよしみとして代わりに店番でもしてやるかと一肌脱ぐことにした。とは言っても客はそう来るものではなかろう。奥で勝手に酒でも空けるかコーラでも飲むかと置いてあった椅子に腰を下ろして思案していたら、間の悪いことに入り口が開いた。誰だと睨みに近い視線で待っていたら、そこから現れたのはまさかの鴉であった。

 

 いやしかし、いつか森近は新聞を購読していると言っていた。『文々。新聞』だったのか。もっとまともなのを取ればいいのに、あいつの趣味は普通ではない。

 

「あやややや」

 

 鴉は新聞を脇に抱えて暑そうに額を拭った。汗が新聞に滲まないよう細心の注意を払っているのには感心した。ここだけ見れば仕事熱心な勤勉家のようである。見目麗しさも相まって敏腕と言う二字が頭を回る。しかしてその実態は――。

 

 私は大声で現れたな諸悪の根源! と叫んだ。

 

「何ですそれは。酷い言い草ですねえ。清く正しい射命丸で通っているんですよ?」

 

 ふっ、鼻で笑った。こいつの本性は分かっている。主観で面白い方へ舵を切り、碌な記事を書かん奴なのだ。微に入り細を穿つ非凡な観察眼を備える私は、どれだけ小さな欠点も見逃さず論い何時間でも言い続けることが出来るのだが、今もっとも言及したいのはそれではない。鴉に近くに来るよう手で促した。

 

「もう、何ですか。確かに清く正しく、そして美しい射命丸ですがおさわりは厳禁ですよ」

 

 とことこと歩いて寄って来た鴉の脇から新聞を抜き取り、丸めたそれで頭を叩いてやった。軽くぽこん程度だったのだが、鴉めは大仰に俯き頭を抑え恨めしげな声を出した。私は徹底的に無視し、新聞記事の一つを指さした。

 

 これを見ろ、と未だ抗議の視線を送って来る鴉に言った。

 

「おや、新コーナーの一つじゃないですか。最近の目玉になっているんです。お気に召しませんか?」

 

 こいつはどうも自分が強いと言う自負があるのか、相手にケンカを売る言動が目立つ。実際に今私は売られているに違いない。新コーナーが明らかに挑発している。

 

 大きく作られたそれは、新聞を一瞥しただけで分かるくらいに大きく特徴的であった。そこに書かれた言葉は『今日の落命』。何時撮ったのか、どうやって撮ったのか謎が深まる写真が至る所に散りばめられ、私の死にざまがコミカルに描かれていた。新聞に取り上げるのは一歩譲って許せるのだが、コミカルと言うのはいかん。私は洒落た死にざまがたくさんあるのだ。だと言うのにこれではいつも滑稽な死を迎えているみたいではないか。

 

 私の多弁な異議に鴉は何を言うのです、と熱く語りだした。

 

「ただ死んだことを伝えたって何一つ面白くありません! 普通すぎるとは思いませんか? それに暗くなっちゃうじゃないですか。ですので! いかにそれを面白おかしく人に伝えるか、それがこの記事の意義なのです! そう! 貴方はネタの宝庫なのですよ! よっ、右に出るもののいない面白さっ!」

 

 こう言われて怒らない者がいるだろうか。いるのだ。私である。面白いと言われて悪い気はしない。ついつい気分が良くなってきた私は、奥から森近秘蔵のコーラを持ってきて哀れな鴉に恵んでやった。

 

「あ、これはどうも」

 

 へいこらして私から受け取るその姿にまた気分が良くなった。小唄でも歌いたい心持である。何かしてこの心情を発露できないものかと考えた末――。

 

 何かやって欲しいことはあるか? 口をついたのはそんな言葉だった。

 

「滅多にないお言葉ですねえ。それでは……そうですねえ……あ!」

 

 鴉は名案を思い付いたらしく、ひひひとでも言いそうな企んだ笑みを浮かべた。

 

「今度死ぬようなことがあれば私の名前を呼んでください! そしたらすぐにでも駆けつけてバッチリ撮影して見せますので! 御用命があればブロマイドなんかも作っちゃいますよ!」

 

 ふざけた話だったが既になぜか撮られているのである、この期に及んで拒否する意味もない。私は良かろう、と尊大に了承した。そしてブロマイドを言い値で買おうとその調子のまま言った。するとすぐに商談が始まった。そこまで本気で言ったわけでなかった私は勢いに呑まれ、欲しくもない自らの写真数十枚を結構な値段で引き取ることになってしまった。

 

 何処に置けばよいのか。こいつはやると言ったら絶対にやり、行動が早い。早急に家の掃除をしようと心に決めた。折角飾るのならば心憎い演出でもって設えてやろう。そして我が家を訪れた客人を驚かせてやるのだ。想像しただけで愉快になる。

 

 ……碌な人間が来ることがないが。そこだけは無念だ。

 

「ではでは、話もまとまりましたので今日のところはこれで。あ、新聞ちゃんと渡してくださいよー」

 

 そう言って鴉は陽気に出て行った。

 私は持っている新聞をカウンターに放り出し大きく背伸びした。割と時間を使った気がするが、そろそろ森近は帰って来るだろうか。結局店番らしいことは何一つしていないが良いだろう。そもそもが自発的にやっているわけだし、店主の森近も店主らしくない。ある意味こんな店番がお似合いである。

 

 三十分ほど静寂の中待ちぼうけたけれど、帰ってくる気配はなかった。窓からの日差しが赤みを帯びている。とうに夕刻であった。いつ帰って来るかと心待ちにしている相手が森近であるのにおかしくなって、私は大きく笑った。恋に恋する乙女でももう少しまともな相手を心待ちにしているだろうに。私ももっと可憐な女性を待ちたかった。そうすればこんなくたびれることもなかったに違いない。

 

 阿呆らしい思考に行きついた私は秘蔵のコーラをもう一本くすねた。蓋を空けてぐいっと飲めば、しゅわしゅわとした味わいが口中に広がり爽快感抜群である。他にないこのコーラとか言う飲み物は、香霖堂の中で一番まともな商品であろう。

 

 最後の一滴まで飲み干そうと上を向くと入り口が開いた。瓶越しに見えるそこにいたのは店主の森近霖之助であった。彼は私が何を飲んでいるか理解すると、肩に担いでいたガラクタばかりを詰め込んだのだろう袋を置き、盛大にため息を吐いた。

 

「……相変わらずあなたは好き勝手やってますね」

 

 私はにこやかに笑って彼を迎えた。

 

 この後何があったかなど語るべくもないくだらないことである。

 

 ゆえ、一言で終わろう。

 

 

 

 ――酒盛りじゃあ!

 

 

 

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