モモンガさんとリヴァイアさん   作:御結びの素

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方言は超適当


波打際のモモンガさん

「あー……空が青い……。雲が白い……。あの雲、なんだか茶釜さんっぽい……」

 

 モモンガは、ボーっとしていた。

 砂浜に打ち上げられてから半日、特に何をするというわけでもなく、ただただ空を眺める時間。

 今は、昼過ぎぐらいだろうか。それとも、まだ午前中なのだろうか。濡れた装備を、海風が撫でる。

 

「どこなんだろ、ここ……。あれか、天国とかか……。俺は何故か骸骨だけど……」

 

 まさに天国のような景色だった。

 透明度が高く、美しく青い海。青い空。白い雲。照り付ける太陽は、鈴木悟として見上げていたような薄汚れた光を放ってはいない。

 繰り返し打ち寄せる波の音が、モモンガの心を溶かす。

 

「大気が濁ってたんだよな、たしか。あー……ダメだ、これ。何もする気になれない」

 

 オーバーロードは、南の島らしき場所で天日干しになっていた。綺麗な南国リゾートなんて代物には、縁もゆかりもなかった。

 ただ、ユグドラシルというゲームの中で出会った仲間の内の1人が、美しい自然がとても好きな人物で、過去の映像を見せてもらったことがあっただけ。だから、ここが本当はどこなのか分かりはしない。

 

「あー……空が青い……。風が……」

 

 叶うならば、人間の――鈴木悟の――姿でこの空間を味わいたかった。さわやかな風がむき出しの頭蓋骨を吹き抜けていく。もしも、これを人間のまま、生身の肉体で受け止められたなら、どんなに心地よかったことだろう。

 

「いや、それだと最初に溺れてたか」

 

 モモンガは、気が付くと海の底にいたのだ。そこから歩いて――アンデッドに呼吸は必要ない。水圧も問題なかった――当てもなく、急ぐでもなく進んだ先で、この島に上陸したのだ。

 なんとなく、潮の流れに身を任せてみた結果である。それから半日、何もしていない。

 モモンガは、目の前に現れた風景にずっと見とれていたのだ。

 

「おや、先客?」

 

 そのまま、またボーっとしていると、モモンガの耳に女の声が聞こえてきた。肉も中身もないない尽くしの頭部でも、何故かものが見えるし音も聞こえる。脳みそと思考能力には、因果関係が存在しない。

 ファンタジーなのだ。世界は。

 だから、モモンガはやってきた声の主を見ても驚きはしなかった。

 

「あー、すいません。なんだか気持ちよくてボーっとしてました。えーっと、人魚の方ですか? こんにちは」

「はい、こんにちは。うちは、リヴァイアちゃ」

 

 美人だった。大きくぱっちりとした瞳が印象的で、どこかゆるい雰囲気を漂わせた顔。腰の当たりまで伸ばされた髪が水に濡れている。

 褐色の肌を包む服は、指先から二の腕までを覆う長手袋の他は豊かな胸を隠す布一枚だけ。くびれた腰から下は丸裸だ。

 ただし、腰から下は魚のような姿。 

 種族が人魚系の人なのかな。しかし、寝転がったまま会話ってのはないな。

 モモンガは上半身を起こし、砂の上に座った。

 

「あ、えー、鈴木悟というか、モモンガと言いますか……。この格好ですので、モモンガで」

 

 話しやすいような、でもどこか怖いような、不思議な人だな。

 そんなことを考えつつ、モモンガは現在の姿――ユグドラシルでのアバターである、骸骨の魔法使い――としての名前を名乗った。

 

「モモンガ? モモンガってアレやろ? 空飛ぶげっ歯類」

「らしいですね。実物を見たことはないんですけど……適当につけたんで」

 

 両手を広げて、動物のモモンガが滑空する姿を真似ているらしきリヴァイアさん。

 そんな、のんきな様子を見てモモンガは思った。

 この人、たぶん強い。穏やかに友好的に行こう、そうしよう。

 

「まー、うちも人のこと言えんけど、変な名前やね」

「否定できませんね」

 

 ネトゲ用の〝お遊びの〟名前なので、とは言わなかった。ただ、格好良くないことは自覚している。

 

「モモンガも宴会の参加者なん?」

「宴会……ですか? いえ、しばらく海の底を歩いてて、で、適当に流されてたらココに着きまして。しばらくボケっとしてました」

「そかそか、日向ぼっこもえーなー。うちもしよ……」

 

 そう言うと、リヴァイアさんは砂の上を転がり始めた。あっちへグルグル、こっちへゴロゴロ。やがて、モモンガのすぐとなりに寝そべると、身体をくねらせ寝床となる砂の形を整え始める。

 ち、近い! なんだこの距離。

 

「おやすみー」

 

 え、寝るの? 寝ちゃうの? そこで!?

 すぐ近くに寝転がる人魚の姿に、モモンガの精神状態は乱れに乱れ――。

 

「ふぅ……。なんだこれ」

 

 急に落ち着いた。

 ま、まあ、向こうから近くに来たんだし……。こっちから離れたら失礼だよな。うん。逃げたみたいなっちゃうし。

 ぶっちゃけ、好みだった。未使用のまま男の証を失った男のストライクゾーンは、広い。

 ゆるふわ不思議系スタイル良好人魚。アリだった。がっつりと。

 

「あー……。あれか、ここが天国か……」

 

 モモンガは考えるのをやめた。

 

 

 空に、星が輝いていた。

 あれから三日。リヴァイアさんはまだ寝ている。一度も目覚めていない。

 

「最初は心配してたんだけどな」

 

 寝返りと共に繰り出された裏拳で肋骨を砕かれて以来、そんな気は失せた。

 それでも、律儀なのか、ただヒマなだけなのか、モモンガはリヴァイアさんから少し離れた場所に未だ座っていた。

 こちらに――そう、この世界に来て初めて会話した相手なのだ。それなりに興味はある。行く当てがあるわけでなし、やることがあるでなし、ならば別に構いはしないだろうと。

 ぶっちゃけ、好みだっただけである。

 

 

「モモンガも食べる?」

「いえ、食べても骨の間からこぼれるだけなので……」

 

 リヴァイアさんが起きたのは、それから四日後のことだった。

 起きるや否や海に飛び込み、大きな魚を何匹も捕らえ、口から吹いた炎で焼き魚。一匹消し炭になったのは御愛嬌。

 

「食べられないて、人生八割損しとーねー」

「今、痛感しています」

 

 目の前の海から、フィッシュしてファイア。それをすぐに頬張る。なんという贅沢か。味わってみたかった。

 

「なんか、趣味とかないん? 寝ない食べないやと、ヒマやろ?」

「趣味は……あったんですけどね。今は、ちょっと……」

 

 モモンガは、空を見上げた。沈む夕日が、空と海とを染めあげている。

 ここに来て、何日経っただろう。

 生理現象を失ってから、時間の感覚がおかしくなってきているのを実感していた。しかし、それはそれで別に良いかとも思い始めていた。

 

「なんか、見つかるとえーねー」

「そうですねー……。ところで、宴会は良かったんですか?」

 

 モモンガは、リヴァイアさんが初めて会った日に〝宴会〟がどうのと言っていたことを覚えていた。

 

「宴会? アレは、この辺りがよく荒れるよーになったころにやろうかーって話でね」

「え?」

「夏の終わりごろから、嵐がよー来るやろ?」

「そういうものなんですか?」

「そーゆーもの。で、その頃に、この辺りの適当な島にみんなで集まろかーって話やね」

「いや、適当にって……」

 

 ものすごくアバウトな話だった。

 社会人経験者であり、ある意味でリアルよりも厳しい時間管理を求められるネットゲームにどっぷりと浸かって来たモモンガからすれば、信じられない話だ。

 

「あ、モモンガもくるか?」

「え? いいんですか。身内の集まりとかなのでは……?」

「ええって、ええって、面白いの来たってみんな喜ぶっちゃ」

「面白いの……」

「顔真っ白やきー」

 

 モモンガは、自分の顔に触れた。

 骸骨なので、骨のように真っ白だ。骨のようというよりも、白骨そのものである。

 

「ヒマだしな」

「よし、決まり。やー、みんな酒の肴ができたわ」

「え?」

「決まりよ? 新しい顔が増えたら、いじられるのは仕方ないやろ?」

 

 そういえば、あのギルドでもそうだった。新人が入って来た時は、みんなでしばらく騒いだものだった。

 新人を迎えた回数が少なかった、ということもあったのだろうけれど……。もし、もっと人を増やしていたら結果は違っていたのだろうか。

 

「そうですね。それは仕方ないことでしょう」

「じゃあ、あらためてよろしく」

「よろー」

「よろー?」

「あ、失礼。よろしくおねがいします」

 

 それから、一週間ぐらいが過ぎた。

 

「宴会、いつなんですか?」

「どうやろ? 今年は嵐くるの遅いんかもしれんね」

「やっぱ、アバウトすぎる……」

 

 波打ち際に転がる白骨アンデッドは、口から砂を吐き出した。リヴァイアさんは、まだゴロゴロしている。

 

「ヒマやったら、コレ使うか?」

「それは……釣り竿ですか?」

 

 ユグドラシルというゲームは、高すぎる自由度が売りだった。その中では、現実では非常に難しい趣味である〝釣り〟を行うためのシステムも当然存在していたのだ。

 モモンガ自身はあまりやらなかったが、ギルメンの中には釣りばかりしているような連中も2,3人いたものである。

 そんな懐かしい思いと共に、モモンガは差し出された〝釣り竿〟を受け取った。

 

「ちょっと前に仲の良かった人間と、たまーに遊んどったんよ」

「今はやらないんですか?」

「泳いで捕まえた方が早いんよね」

「ですよねー」

「あ、コレとコレもあげる。あんまよー覚えとらんけど、釣りに使うもんやったはずやき」

 

 糸は、わかる。しかし、この派手な毛が生えたりしているものは何だろう――針がついていた!

 

「あーでも、これ釣っても食えないんですけど、俺」

「うちが食べるっちゃ!」

「ああ……」

「うちは食べて嬉しい。モモンガは釣れて嬉しい。一石二鳥っちゅーヤツやね」

 

 モモンガは、釣り針らしきものに向けていた視線をリヴァイアさんの顔に向けた。

 そこにある笑顔には、なんの打算も含まれていなさそうだ。

 モモンガはあごの骨をポリポリとかくと、釣り竿を手に立ち上がった。

 

「ちょっと行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 新米の釣り人は一歩、二歩と歩き出し、そこでふと立ち止まる。

 

「ところで、これ糸とか針ってどうやってつけるんでしたっけ?」

「さて、どうやったっけ……?」

「いや、ちょっと前に遊んでたんですよね? これで」

「んー、ちょっと……、ちょっとはちょっとやけど、2、3、4……たぶん1000年ぐらい前やったきー。いろいろと記憶がちゃっちゃくちゃらちゃー」

 

 リヴァイアさんのちょっと前は、かなり大昔だった。あと、後半何を言っているのかよく分からない。

 

 




リヴァイアさんは、ムー大陸の超文明を滅ぼした御方
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