臆病な兄と奇天烈集団 作:椿姫
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千聖side
「……ん」
私は部屋の明かりが差し込んできて目を覚ます。
「あれ?……確か私…はぐみちゃんと4階に上がってそれから…痛っ!」
少しだけ頭がじんじんとする。
「あまり無茶はしない方がいいよ、さっきまでケガしてたんだから」
「え?何であなたがここにいるのよ?」
「細かい事はいいじゃん、女王様が無事でよかったよ」
「こころちゃんは!?奥沢くんは、みんなはどうなったの!?」
雅臣くんは軽くため息をつく。
「そんなに声あげるとはぐみちゃんと孔雀が起きるよ?」
横を見るとスヤスヤと寝息を立ててるはぐみちゃんとアザや傷がある孔雀くんがいた。
「ほらほら、あとは廻寧たちが来るまで僕達の出番はないんだからさ」
ヘラヘラしながら喋る雅臣くんもだけど確かに私は足を挫いてるし今すぐには歩いていけないから仕方ないかもしれないわね。
「……大丈夫よね…奥沢くん?」
廻寧side
狂いながら襲ってくる太一の攻撃がこころに当たらないように俺は促しながら反撃をしてはいるが…
「と"け"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"り"ん"ね"い"ぃ"ぃ"!」
太一 は何度も俺に殴り掛かり力ずくで進もうとしてくる。
「リンネー!」
「大丈夫だこころ…これくらい何ともっ!?」
強烈な蹴りをお見舞いされて壁に激突する。
「おぇっ…うぁ…」
「ごれでもう僕を邪魔ずるやづばいない…」
呼吸が荒く乱れる太一は標的を俺からこころに変えた。
「さぁて…次はお前だぁぁ!」
「ひぃ…」
腰から取り出したナイフを高らかに、勢いよくこころに振りかざす。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は咄嗟に起き上がりこころの前に出る。太一の奮ったナイフは俺の背中を容赦なく切りつけた。
「……が…あ…」
「リンネー!!」
「お兄ちゃん!」
「リンネイさん!」
致命傷にならなかったが背中が麻痺してる感覚だ…こんなふうに麻痺るのはいつぞやのイヴのストーカーが使ってたナイフを思い出す…
「…太一、まさかとは思うがイヴにストーカーを促したのってお前か…?」
「あ?今頃気づいたのか?その通り…そっちの生徒のひとりを唆してストーカーさせたのは僕だよぉ♪」
太一はあっさり自白すると同時にイヴの肩がビクッと跳ね上がる。
「てめぇ…イヴは関係ねえだろうがっ!?」
「いいや、関係あるよ。だって…廻寧ど関わりを持ったじゃないがぁ」
「お前マジでふざけんなよ!?」
「ふざけてないよ…ヒヒヒ」
いやらしい笑みを浮かべる太一にこの場の全員が戦慄する。今の太一にとって俺に関わった人間すべてが敵として見えてるんだろう。
「もうマジで許さねぇぞ太一…誤っても許さねぇからなっ!!」
太一の腹に思いっきりパンチをする。が、太一は何事もなかったかのように平然と立っている。
「…は?」
「廻寧ぃぃ…」
俺はそのまま太一に腕を掴まれる。振りほどこうにも全くほどけない。
「クソがっ、放せ!」
「じゃあ放してやるよ…」
太一はそう言って片腕で俺を持ち上げる。
「どぉりゃあっ!とんでけぇぇ!」
「おぅわっ!?」
力いっぱいに太一に入口の方まで投げ飛ばされた。それを見ていた美咲とイヴが俺に駆け寄ってくる。
「リンネイさん!しっかりしてください!」
「お兄ちゃんっ!!大丈夫っ!?」
「……ぐぅ…ゴフッ…」
口から血を吐き出しながらなんとか起き上がる。
「ぉえっ…ま…まだ、だ…」
血を流し足を引きずりながら俺は太一のところに向かい、こころに殴りかかろうとする腕を抑えた。
「ぜってぇ…指一本も……触れさせねぇよ…」
「……あーもう、しつこいんだよっ!」
裏拳でまたもや俺はぶっ飛ばされた。
「が…あ…あぁ…」
「お前はそこで黙って見てろ……僕が復讐を遂げるその瞬間をなぁぁぁ!!!!」
太一はこころに向かって思い切り拳を振ろうとする。俺は少ない力をなんとか振り絞りこころの前に走っていく。そしてふりかざされた太一の拳は俺の頬を殴ると同時に鈍い音がした。
「ぐぅ…うぅぅ…お"え"っ…」
「リンネー!!」
こころを庇って殴られたのを見た太一は呆れ顔になり俺に問いかける。
「…ねぇ廻寧、どうしてそこまでしてコイツを守ろうとするんだ?」
「あ?」
太一はこころを指さして言い放つ。
「仮にもそいつ!弦巻こころはお前の退学の原因となってるはずだぞ!?普通なら恨むはずだ!!憎たらしくなってやり返したいって思うのが当然でしょ!?それなのに…」
言葉を遮るように俺は太一を殴りつける。起き上がった太一はなんで殴られたのか分からないって顔してたから俺は毅然と言った。
「俺だって最初はお前と同じ気持ちだった。女性不信、恐怖症になってからはその恨みや妬み、嫉み…暗い感情とかが自分の中で膨れ上がって……いつかこころに復讐してやろうとか心底思ってたぜ…」
「だ、だったら…」
「でもよ…それじゃダメだって気づいたんだ」
俺は美咲達を見渡して淡々と語った。
「美咲は俺が恐怖症になって誰も信用出来なくなって引き篭もってた時にひたすらに俺と向き合って話をしてくれた。イヴは初めてあった時にちょっと萎縮したけどさ、一緒に出掛けたり話しかけてくれたりして俺と打ち解けようとした。まぁ、ハグされたのは予想外だけどよ…」
「な、何が言いたいんだよ廻寧…」
たじろぐ太一に俺は目付きを変えて漠然と言い放つ。
「……俺は今の今まで人は一人でいる、他人を巻き込まないように、迷惑をかけないように生きてくって思ってた…けどそれだとさ、必ずどっかで限界があるんだよ。そんな時にさ……手を差し伸べてくれる人がいたんだよ、見捨てないで、諦めないで欲しいって、支えてくれる大切な奴らが…美咲、こころ、イヴ、北沢、瀬田、松原、白鷺や美鶴に孔雀、雅臣達がいたから俺は、どん底からここまで這い上がってくることが出来たんだ。太一、お前にはいるのか?支えてくれる奴が……自分が大切だと思える、信頼出来る人がいるのか!?」
あまり感情的になることも珍しい俺がここまで他人に対して意見を言うことは本当に無いだろう。そんなことを思うくらいに声を上げていた。
「何回も言ってるけどさ…四ノ原や二階堂達は勿論の事、他のやつだって僕からしたら使い捨ての駒だよ、代わりなんていくらでもいるし。役に立たない奴なんか生きてたって意味無いじゃん?僕はね廻寧……もう一度楽しい日々を遅れるなら、その為なら人だって殺すよ」
「そうか…それがお前の答えか太一…」
俺は太一の懐に潜り込み、腹にめり込むように拳をいれた。
「が…は…?」
勢い任せに太一をぶっ飛ばす。
「だったらもう…遠慮なくやらせてもらうぞ?」
太一は何事もなかったかのように起き上がり首を鳴らす。
「そっちがその気なら…僕も本気でいくかぁ…」
美咲side
「………」
あれからどのくらい時間が経ったのかあたしには分からない。お兄ちゃんと半田太一さんはどっちかが力尽きるまでの殴り合いが続いていた。辺りには血が飛び散り身体はボロボロ、倒れてもおかしくないくらいになっている。
「お兄ちゃん…」
「ミサキさん」
隣にいた若宮さんに声をかけられる。
「どうしたの?」
「リンネイさん…負けませんよね?」
若宮さんは涙目になりながらあたしにそう言う。
「お兄ちゃんを信じるしかないよ…」
どう言ったらいいか分からなかったが一言だけ、そう告げた。
「そ、そうでですが…もうあんなにボロボロになって…」
「大丈夫だから。お兄ちゃんは負けないよ」
「根拠はあるのかい?」
薫さんがあたしの発言に真剣な目で聞いてくる。
「根拠……兄妹だから、ですかね?」
「…美咲らしい回答だね。だったら私は、その考えは否定しないよ。見守ろう、廻寧が勝つその瞬間まで」
珍しくかなりマトモな意見を言った薫さんにみんな頷く。
(お兄ちゃん…頑張って!!)
あたしは心の中でお兄ちゃんが無事であることを祈るしかなかった。
廻寧side
「はぁ……はぁ…」
「ぜぇ…ぜぇ…」
俺も太一も互いに息を切らし既に体力の限界がきている。フラフラするし吐血はするし視界はぼやけるし…でも、太一を倒さなきゃいけないことに変わりはない……
「廻寧…」
太一がおもむろに口を開く。
「なんだ…」
「廻寧とはさ…こんな風に真正面から意見を言うなんてなかったよね…」
「だろうな…」
太一は話しながら持っていたナイフや注射器を足元に置く。
「本音で喋れたことには感謝するよ…だから、敬意を表して…次で終わらせるっ!!」
「上等だ…」
俺と太一は殆ど同時に床を蹴り向かっていく。
「太一ィィィィィ!!」
「廻寧ィィィィィ!!」
太一の拳が俺の拳よりも先に、腹にめり込む。
「がはっ!?」
「…僕の、勝ちだ!」
「……だ、まだだァァァァ!!」
腹パンを決めて勝利を確信し油断している太一に俺は足払いをして転ばせた。
「なっ!?」
「太一!!これで…終わりだァァ!!」
俺は大きく、勢いよく足を振りかざし、そのまま太一にかかと落としを食らわせた。勢いのついたそれは太一を気絶させるのには充分な威力だった。
「………あ…が……」
太一はそのまま俺の足元に倒れ込む。同時にこころ達が繋がれてる鍵を解錠するであろう鍵が服のポケットから落ちた。俺はそれを拾ってこころが繋がれてる場所まで行く。
「………こころ…………遅くなった……な」
「……リンネぇ…」
そう言って手枷足枷の鍵を開けて鎖をはずし、こころを解放すると勢いよく俺に抱きついてきた。
「………リンネーーーー!!!」
泣きながら抱きついてきたこころはずっと嗚咽を漏らしながらただひたすらに俺の名前を呼ぶだけだった。
「リンネー…リンネぇぇ…」
「…ごめんな、遅くなって」
「そんなのいいわ…怖かったわよ……り、リンネぇ…」
「お兄ちゃん!」
「リンネーさん!」
美咲とイヴが俺とこころの元に駆け寄りそのまま抱きついてくる。
「ちょ!おまえら!?いきなり抱きつくなっ!!く、苦じぃ…」
「よがっだぁ…お兄ちゃん…ごごろぉ…」
「リンネイざん……リンネイざぁぁん…」
「廻ちゃん、よかったわ……一時はどうなるかひやひやしたわよ?」
「廻寧…よかった」
美鶴と瀬田も駆け付ける。松原は瀬田におぶってもらいながら俺の様子を伺っていた。
「廻寧…くん?こころちゃん…助けたんだね…」
「ったりめーだろ?」
「……ありがとう廻寧くん」
松原はそのまま疲れがきたのか瀬田の背中でそのまますぅすぅと寝息を立てて寝てしまった。俺は太一に顔を向ける。気絶していた太一に俺はこころが繋がれていた枷を腕につけてそのまま鍵をかけた。
「太一、このままポリ公が来るまで大人しくしてろ」
その後はこころの親も解放してやっと片付いた…と思っていた。
「さて…帰るか」
「あの、お礼を…」
こころの親が俺にそう言ってくるが「だから礼なんていらねーよ」と一蹴して、俺はそのまま扉に手をかけようとする。
「じゃあnーっ!?」
俺は、そのまま床に倒れ込む。それを見てこころ達が驚き駆け寄ってきた。
「り、リンネーっ!?」
「お兄ちゃん!?」
「リンネーさん!」
……さすがにやばいな…もう体力残ってねぇよ…力も入らねえしなにより、起き上がれねぇ……
「げほっ!ごほっごほっ!?」
「お兄ちゃん!」
美咲が咄嗟に俺の腕を肩に回し始めた。
「み、美咲……」
「無理しないでよ…あんなに命懸けでこころ助けたんだしあとはゆっくり休んで」
「…おう」
この後、太一達は通報に駆けつけた警察によって連行されていった。俺達は死んだ四ノ原についてや何があったかを警察に全部喋り、その後はこころの親の処置で俺たち全員を家に宿泊させられた。
こころの親が「今日は泊まって身体を休めてください」と言うもんだから今ばかりはその言葉に甘えさせて貰った。白鷺と北沢達がいる医療室に連れていかれ治療を受けてそのままベッドで寝た。他の奴らも溜まりに溜まった疲れを癒すかのように眠りについた。
「……ん」
俺はベッドから上半身を起こして周りを見る。横のベッドには美咲やイヴ達がぐっすりと寝ていた。起こさないようにそっと部屋を出て陽の光がさす方へ向かって歩いていく。
「眩しいな…天気よすぎるだろ」
4階テラスまで上がってくるとそこには先客がいた。金髪を靡かせ、風と、陽の光を浴びている弦巻こころが。
「……よぅ、こころ」
「り、リンネー?随分起きるのが早いのね」
「それはお前もだろうが…」
こころはそのまま駆け寄って、俺の事をじっと見てきた。
「な、なんだよ」
「もう怪我は大丈夫なの…?」
「こうして動けてるんだから大丈夫だろ?心配すんなって…」
弦巻家の医療術のお陰で全員の傷や疲れはあっという間に無くなった。太一に切られた俺の背中の切り傷は致命傷までとはいかなかったから全治1週間程だという。
そう言えば雅臣が治療を受けてる時に『弦巻家の医療術は世界一ィィィィィ!!』って奇声上げて白鷺にお仕置きされてたのは…まぁ、言わなくてもいいか。
「学校と家の方には連絡してるんだろ?訳ありで俺らが欠席してるってこと」
「えぇ。お母様達が伝えてくれたわ」
「ふぅ…じゃあ明日からまた学校だな」
陽の光を浴びながら背伸びをするとこころの表情が少しばかり暗くなっていた。俺はこころの背中をちょい強めに叩く。
「え!?な、何するのよリンネー!?」
「何でそんな暗い顔してんだよ?」
「だ、だって…もしまたこんなことがあったらどうしようって…」
「んな事一々考えてたらキリねーだろうが。ずーっと気にしてたら日が暮れるぞ夜明かすぞ年またぐぞ?」
「そ、そこまでにはならないわよ…」
俺はため息をつきながら話すがまだモヤモヤしているのかこころの表情に迷いがあるのがわかった。
「なぁこころ…お前らのバンドって『世界を笑顔にする』んだろ?」
「…そうだけど」
「だったら…………事の張本人のお前が笑顔になんないでどーするんだよ?」
考え込むこころに俺は今言えることを、この先こころが前を向いて行けるような言葉を考えて言い放った。
「…そうよね!あたしが笑顔にならないと薫、はぐみ 、花音、美咲、ミッシェル、そして…リンネー達に失礼よね!」
俺の言葉でこころに笑顔が戻った。と、言うか美咲とミッシェルは同一人物なんだがな…
「さぁリンネー!!世界を笑顔にするために一緒に頑張りましょ!!」
「俺まで巻き込むのかよ…」
「当然よ!」
やっぱりこころはこういう感じでいてくれた方がいいのかもな…
「……ったく、しゃーねぇな」
俺は頭を掻きながら渋々答える。
「……お前のその考え、仕方ないけどノッてやるよ」
ほくそ笑みながら俺はこころにそう言った。
最後まで見て頂けて誠にありがとうございます!
今回で太一編が終わります。
次回からはいつもの日常、こころとイヴのダブルヒロインの心境など頑張って書いてこうと思います。