目を開けると、見たこともない場所だった。
赤レンガ造りの建物が立ち並ぶ、ちょっとした街のような感じだ。結構広そうだな、と小さく口に出す。
街には雪が降っている。“積る”まではいかないものの、数日間この天気ならば地面は雪に埋もれそうだ。
寒さにぶるりと身を震わせる。足を進ませ、大通りに出る。しかし、人は見当たらない。人の気配はない。いや、人が、いない。この街にはだれも人はいない。
確信したクロウは、当てもなく歩き始める。方向などわからないが、歩いていれば街から出られると思った。
「ゴーストタウンかよ……」
まいったなあ、とため息をつく。この街は気味が悪い。
人が全くいないにもかかわらず、街はとても綺麗だ。まるでクロウが目を開けるまで、人が生活していたような。クロウが目を開けると同時に、ゴーストタウン化してしまったような。
人がいてもおかしくない。人がいるはずなのにいない。
耳に届くのは人びとの談笑の声ではなく、吹き抜ける冷たい風の音と、クロウが歩くたびに鳴る靴音だけだ。
大通りからわき道に入ったり。わき道から少し大きめの道に出てみたり。
かれこれ数十分は歩いたような気がするが、街の終わりは一向に見えない。
焦りだしたクロウが角を左に曲がれば、目の前には鐘を有する時計塔がある広場に出た。
「時計塔なんてあったか……?」
時計塔は、100アージュを優に超す高さだ。周りのレンガの建物よりだいぶ大きい。それほどの高さを持つのならば、遠くからでも視認できるはずだ。クロウは目を開けた場所で360度確認したが時計塔を見た覚えはない。
「たった今生えたとか。なんつってな……」
歩みを進め、時計塔内部に侵入する。螺旋階段をひたすらに上り、たどり着いた先はちょうど時計の内部のようで、規則正しく歯車が動く音が聞こえてくる。
小窓を開けて街の周囲を確認する。雪が降っているためか、それとも他の要因があるのか、白いもやがかかったように街の端は見えない。
落胆しうなだれると、時計塔の足元に人影が見えた。赤いコートをまとった、れっきとした人だ。このわけがわからない街の、第一街人。
ここから叫んでも声が届くわけがないので、クロウは大急ぎで階段を駆け下りる。人影は歩いていたので、急がなければ見失ってしまう。
時計塔を下りきり、息を切らして周囲を確認すると、とある道の遠くに赤色が見えた。見失わないように全力疾走する。疲れた体に鞭打って、先にいる赤色を目指していると、急に吹雪いてきた。最悪なことに、向かい風だ。
「ちょっ……まじかよっ」
冷たい風が顔に直撃する。目に雪が入ってくる。強風で息ができない。赤色を、見失いそうになる。
必死に走るが、視界はどんどん悪くなる一方だ。
そして――――いままでにない強風がクロウを襲う。
視界が、すべて白に染まる。
クロウが目を開けたとき、そこは“街”ではなかった。
(花畑……?)
足元にはびっしりと、足の踏み場もないほどの花が咲いている。しかし花は葉や茎でさえ色を持っておらず、白で塗りつぶされたように真っ白だ。
そして、顔を上げると、赤いコートを着た黒髪の少年が背を向けて立っていた。
クロウは少年が誰なのか、わかってしまった。
腰に太刀ははい。手には何も持っていない。ただそこに立っている。
手を伸ばしても届かないが、数歩歩けば届く距離だ。声を掛ければ届く距離だ。
リィン、とクロウが呼ぶ前に、リィンが振り返る。
すると、リィンの髪は雪のように白く染まり、見慣れた薄紫の瞳は燃える焔のような赤に染まっていた。
次の瞬間、リィンを起点として真っ白だった花々が、血で染められたように真っ赤に染まる。
その光景に、クロウは反射的に双刃剣を構える。この力は、リィンが抱える“これ”は、制御できれば切り札になるだろうが、できなければ暴走することをクロウは知っている。
そしてリィンは、この力を未だ制御できずにいることも。
無手だろうがリィンには攻撃手段がある。双刃剣を握るクロウだが、リィンは一向に向かってはこなかった。それどころか、殺意や敵意を全く感じない。
どういうことだ、と自問していると、リィンの目の端がきらりと光り、頬を伝って地面に落ちた。涙は止まることなくぼろぼろとこぼれ続ける。
泣いているのだと、クロウは一拍遅れて理解した。いつの間にかリィンの髪は黒に、瞳は薄紫に戻っていた。
「……ったく、なんで泣いてんだよ……」
リィンに歩み寄って、がしがしと頭を撫でる。
「誰のせいだと……思ってるんだよ……バカクロウ……」
リィンは泣きながら笑って、持っていなかったはずの太刀でクロウの胸を刺し貫いた。
勢いよく目を開けると、見慣れたパンタグリュエルの天井が目に入った。あたりを見回せば、クロウに宛がわれた自室だとわかって、上体を起こす。時刻はもうじき夜明け前だ。
夢か、と呟いて、夢の最後に貫かれた胸に手を当てる。もちろん、出血はしていないし、そこに傷はない。どくどくといつもより早くて大きな心音が手に伝わり、落ち着くために深呼吸を繰り返す。
数日前、トリスタで姿を見たのが最後だった。騎神同士の戦いでクロウによって打ち倒され、行動不能に陥った彼は、セリーヌとヴァリマールに強引に戦線離脱させられ、遥か上空に消えていった。慟哭と、クラスメイトを残して。
騎神の戦いは、起動者に負担がフィードバックされる。無事に離脱できたとしても、初めて騎神を繰り、限界まで戦った彼は、回復に相当な時間を有するだろう。その場合、回復に専念するため無防備になってしまうだろうが。
ふと、先ほどの夢を思い出す。彼の涙をこぼした顔を。
彼の泣き顔は、学院にいた時は一度も見たことがない。ではなぜ、夢の中で。
思い出したら、なかなか頭から離れなくなってしまった。
「ったく、困ったやつだな」
本当に困ったやつは誰なのだろう。
やれやれと自嘲めいた顔をして、クロウは窓の外を見遣る。
太陽が昇り始め、空は朝焼けの色に染まりだす。
赤と紫に塗りつぶされ始めた空に、ふと彼の瞳の色を思い出した
◆
それから約一か月後。
クロウはユミルに身を寄せる遊撃士のARCUSにひとつの連絡を入れることになる。
作中に出てきた街並みは帝都ヘイムダル、時計塔は旧校舎の鐘、時計塔にある歯車(一瞬しか書かれてないけど)は巨イナル影ノ領域、白い花は閃Ⅰラストのあの絵の花をイメージしていただければ……
なぜこの説明を作中に書かないのか、作者もわけがわかりません。
ちなみに最後に笑顔でクロウ先輩をぶっ刺したリィンさんですが、なぜ刺したのか作者もまるでわけがわかりません。まあ掃除係をすっぽかして先に逝ってしまったので、きっとその報いなのでしょう……なぜ死んでしまったし(ノД`)・゜・。
Ⅲに出てくるであろうジークフリードさんは、何が何でもぼっこぼこにして地に転がし、簀巻きにした後、協力的に仮面を外していただいて、分校の清掃員になってもらいます。慈悲などない。