閃の軌跡SS   作:栖鈴

2 / 9
トリスタ決戦から数日後

目を開けると、見たこともない場所だった。

 赤レンガ造りの建物が立ち並ぶ、ちょっとした街のような感じだ。結構広そうだな、と小さく口に出す。

 街には雪が降っている。“積る”まではいかないものの、数日間この天気ならば地面は雪に埋もれそうだ。

 寒さにぶるりと身を震わせる。足を進ませ、大通りに出る。しかし、人は見当たらない。人の気配はない。いや、人が、いない。この街にはだれも人はいない。

 確信したクロウは、当てもなく歩き始める。方向などわからないが、歩いていれば街から出られると思った。

 

「ゴーストタウンかよ……」

 まいったなあ、とため息をつく。この街は気味が悪い。

 人が全くいないにもかかわらず、街はとても綺麗だ。まるでクロウが目を開けるまで、人が生活していたような。クロウが目を開けると同時に、ゴーストタウン化してしまったような。

 人がいてもおかしくない。人がいるはずなのにいない。

 耳に届くのは人びとの談笑の声ではなく、吹き抜ける冷たい風の音と、クロウが歩くたびに鳴る靴音だけだ。

 

 大通りからわき道に入ったり。わき道から少し大きめの道に出てみたり。

 かれこれ数十分は歩いたような気がするが、街の終わりは一向に見えない。

 焦りだしたクロウが角を左に曲がれば、目の前には鐘を有する時計塔がある広場に出た。

「時計塔なんてあったか……?」

 時計塔は、100アージュを優に超す高さだ。周りのレンガの建物よりだいぶ大きい。それほどの高さを持つのならば、遠くからでも視認できるはずだ。クロウは目を開けた場所で360度確認したが時計塔を見た覚えはない。

「たった今生えたとか。なんつってな……」

 歩みを進め、時計塔内部に侵入する。螺旋階段をひたすらに上り、たどり着いた先はちょうど時計の内部のようで、規則正しく歯車が動く音が聞こえてくる。

 小窓を開けて街の周囲を確認する。雪が降っているためか、それとも他の要因があるのか、白いもやがかかったように街の端は見えない。

 落胆しうなだれると、時計塔の足元に人影が見えた。赤いコートをまとった、れっきとした人だ。このわけがわからない街の、第一街人。

 ここから叫んでも声が届くわけがないので、クロウは大急ぎで階段を駆け下りる。人影は歩いていたので、急がなければ見失ってしまう。

 時計塔を下りきり、息を切らして周囲を確認すると、とある道の遠くに赤色が見えた。見失わないように全力疾走する。疲れた体に鞭打って、先にいる赤色を目指していると、急に吹雪いてきた。最悪なことに、向かい風だ。

「ちょっ……まじかよっ」

 冷たい風が顔に直撃する。目に雪が入ってくる。強風で息ができない。赤色を、見失いそうになる。

 必死に走るが、視界はどんどん悪くなる一方だ。

 そして――――いままでにない強風がクロウを襲う。

 視界が、すべて白に染まる。

 

 

 クロウが目を開けたとき、そこは“街”ではなかった。

(花畑……?)

 足元にはびっしりと、足の踏み場もないほどの花が咲いている。しかし花は葉や茎でさえ色を持っておらず、白で塗りつぶされたように真っ白だ。

 

 そして、顔を上げると、赤いコートを着た黒髪の少年が背を向けて立っていた。

 

 クロウは少年が誰なのか、わかってしまった。

 腰に太刀ははい。手には何も持っていない。ただそこに立っている。

 手を伸ばしても届かないが、数歩歩けば届く距離だ。声を掛ければ届く距離だ。

 リィン、とクロウが呼ぶ前に、リィンが振り返る。

 

 すると、リィンの髪は雪のように白く染まり、見慣れた薄紫の瞳は燃える焔のような赤に染まっていた。

 次の瞬間、リィンを起点として真っ白だった花々が、血で染められたように真っ赤に染まる。

 その光景に、クロウは反射的に双刃剣を構える。この力は、リィンが抱える“これ”は、制御できれば切り札になるだろうが、できなければ暴走することをクロウは知っている。

 

 そしてリィンは、この力を未だ制御できずにいることも。

 

 無手だろうがリィンには攻撃手段がある。双刃剣を握るクロウだが、リィンは一向に向かってはこなかった。それどころか、殺意や敵意を全く感じない。

 どういうことだ、と自問していると、リィンの目の端がきらりと光り、頬を伝って地面に落ちた。涙は止まることなくぼろぼろとこぼれ続ける。

 泣いているのだと、クロウは一拍遅れて理解した。いつの間にかリィンの髪は黒に、瞳は薄紫に戻っていた。

 

「……ったく、なんで泣いてんだよ……」

 リィンに歩み寄って、がしがしと頭を撫でる。

「誰のせいだと……思ってるんだよ……バカクロウ……」

 リィンは泣きながら笑って、持っていなかったはずの太刀でクロウの胸を刺し貫いた。

 

 

 

 勢いよく目を開けると、見慣れたパンタグリュエルの天井が目に入った。あたりを見回せば、クロウに宛がわれた自室だとわかって、上体を起こす。時刻はもうじき夜明け前だ。

 夢か、と呟いて、夢の最後に貫かれた胸に手を当てる。もちろん、出血はしていないし、そこに傷はない。どくどくといつもより早くて大きな心音が手に伝わり、落ち着くために深呼吸を繰り返す。

 

 数日前、トリスタで姿を見たのが最後だった。騎神同士の戦いでクロウによって打ち倒され、行動不能に陥った彼は、セリーヌとヴァリマールに強引に戦線離脱させられ、遥か上空に消えていった。慟哭と、クラスメイトを残して。

 騎神の戦いは、起動者に負担がフィードバックされる。無事に離脱できたとしても、初めて騎神を繰り、限界まで戦った彼は、回復に相当な時間を有するだろう。その場合、回復に専念するため無防備になってしまうだろうが。

 

 ふと、先ほどの夢を思い出す。彼の涙をこぼした顔を。

 彼の泣き顔は、学院にいた時は一度も見たことがない。ではなぜ、夢の中で。

 思い出したら、なかなか頭から離れなくなってしまった。

 

「ったく、困ったやつだな」

 

 本当に困ったやつは誰なのだろう。リィン(後輩)か、クロウ(自分)か。

 やれやれと自嘲めいた顔をして、クロウは窓の外を見遣る。

 太陽が昇り始め、空は朝焼けの色に染まりだす。

 

 赤と紫に塗りつぶされ始めた空に、ふと彼の瞳の色を思い出した

 

 

 それから約一か月後。

 クロウはユミルに身を寄せる遊撃士のARCUSにひとつの連絡を入れることになる。




 作中に出てきた街並みは帝都ヘイムダル、時計塔は旧校舎の鐘、時計塔にある歯車(一瞬しか書かれてないけど)は巨イナル影ノ領域、白い花は閃Ⅰラストのあの絵の花をイメージしていただければ……
 なぜこの説明を作中に書かないのか、作者もわけがわかりません。

 ちなみに最後に笑顔でクロウ先輩をぶっ刺したリィンさんですが、なぜ刺したのか作者もまるでわけがわかりません。まあ掃除係をすっぽかして先に逝ってしまったので、きっとその報いなのでしょう……なぜ死んでしまったし(ノД`)・゜・。

 Ⅲに出てくるであろうジークフリードさんは、何が何でもぼっこぼこにして地に転がし、簀巻きにした後、協力的に仮面を外していただいて、分校の清掃員になってもらいます。慈悲などない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。