最初は「ありえた未来の先輩たちの卒業式」かと思っていました。でもあれは、クロウが制服を変える前に撮ったものっぽいですよね……。うう……クロウ……
今回は閃Ⅱ後日譚のトワ会長の例のイベントに似せたものと、閃Ⅱラストの集合写真をネタにしました。
教官に優しくなったころの2人。
それぞれでリィン教官の表し方が違うのは、単に作者がポカしただけです。
【クルト】
自由行動日は、勉強や実習に明け暮れる学院生の心身を癒す貴重な日だ。
そんな日は自室でのんびりと過ごす学院生もいれば、リーヴスの街にできた新しい店巡りをする学院生もいる。自由行動日に学院を訪れる学院生は少ないが、自炊しない者や学院の食堂で食事をする者もいる。そのため、学院の食堂の扉は常に開かれている。
そんな自由行動日の、昼過ぎ。
「――……シュバルツァー教官?」
食事を終え人がいない食堂に、見知った黒髪をクルトは見つけた。自身とユウナ、アルティナが所属する特務科の教官・リィン・シュバルツァーだ。
リィンは食堂で食事をしているわけではなく、開かれた教材を下敷きにしてテーブルに突っ伏して眠っていた。
珍しいものをみた、とばかりにクルトはリィンに近づく。常に凛々しい立ち居振る舞いをしているリィンが気を抜いているのは、本当に珍しい。眠っているさまを見るのは、入学して以来クルトは初めてだ。
(起きない、な)
普段何かと気配に敏感なリィンだが、クルトが手を伸ばせば触れられる距離まで近づいても目覚める気配がない。
実習で帝国各地に赴き、拠点から離れて街道で行動するとき。いち早く周囲の魔獣の気配に気づくのはリィンだ。リィンの自室に用があって訪ねるときも、ノックをする前に入室を促されたことは一度や二度ではない。
(八葉一刀流は、素早い動きを相手に悟られないように気配を殺し、その過程で相手の気配を読むことに長けると聞くが……)
自由行動日とはいえ、教官が昼間から寝ているとほかの人間に見つかってしまえば後々問題になってしまうかもしれない。しかし、起こしてよいものかとクルトが悩んでいると、リィンが寝言を呟いた。
「……ん……クロウ……」
“クロウ”。クルトは初めて聞く名だ。詮索したい気もあるが、人の寝言を聞いてしまうのは憚られる。
起こそうと手を伸ばした時、リィンの体がぴくりと動いた。そして一瞬にして上体が起きあがった。リィンは目をぱちぱちとさせて、クルトを見やる。
「……クルト。もしかして俺、寝てた?」
「え? ……あ、はい……」
クルトが返事を返すと、リィンは片手で顔を覆って長いため息をついた。
「みっともないところを見せてすまない……今後は、気を抜かないようにする。……また忙しくなるから、休めるときに休んでおくんだぞ」
クルトに笑いかけ、リィンは食堂を後にした。
(……その台詞は、教官にも当てはまるのでは)
立ち去るときに見た教官の笑みは、ひどく悲しげな笑みだった。
【ユウナ】
「失礼します」
入室を促され、少し緊張しながら入った先は、シュバルツァー教官の私室だ。教官室には入学後何度も訪ねたことがあるが、私室には入ったことがない。
教官はデスクの椅子に腰かけていた。普段の教官はベストやコートなどきっちりと着こなしているが、私室では服装に気を付けることもないのでラフなシャツ姿だった。これはこれで……とユウナは少し目を大きく開く。見慣れない姿に興味を奪われつつも、目的を忘れたわけではない。
「お忙しい中失礼します。以前内容を指摘されたレポートを修正してきました。確認をお願いしたいのですが」
「ああ、前回の実習の。確かほんの一部だったし、すぐ確認するよ」
教官にレポートを渡し、手持ち無沙汰になったユウナは首を動かして部屋を見渡す。
ぱら、ぱら、と教官が紙をめくる音がする。
第一印象は、綺麗に整頓された部屋、だ。物が溢れごちゃごちゃしているわけでもないし、逆に物が少なすぎるわけでもない。ユウナが思うに理想的な部屋だ。
目を引くのは《明鏡止水》とかかれた掛け軸だ。教官が修める八葉一刀流は、聞けば東方の剣術ということなので、剣の師匠にもらったものなのかもしれない。東方の字がわからないユウナでも、見ているだけで心が落ち着きそうだ。
そして、今度は棚に目をやる。下段には書籍が置かれており、上段には導力ラジオのほかに……
(写真、と……50ミラ?)
写真立ての中には、笑顔の赤い制服と緑の制服、ライダースーツや作業着を着た人物たちがいて、何かの扉の前で、ピースサインをしたり肩を組んだりしている写真が収められている。よく見ると、赤い制服を着て肩を組んでいるうちの1人がシュバルツァー教官で、その周りにいる人物もユウナがよく知るハーシェル教官だったり、たまに分校や実習先を訪ねてくる教官の知り合いだった。ただ、唯一バンダナをしている男性だけは、一度も訪ねてきたことがないため会ったことがない。
その写真立ての手前に、何の変哲もない50ミラが置かれていた。置き忘れたにしても、棚の上段はよく目立つ。意図的に置いているとしか思えないが……。
「気になるのか?」
「……――え? あっ」
気が付けば、教官はレポートの確認を終えていた。それどころか、いつの間にか移動したのか、デスクの横にいたはずのユウナは棚の上段を正面からまじまじと見つめていた。そんなユウナを見て教官はクスリと笑っている。
「すみませんっ、勝手にじろじろと見てしまってっ」
顔を赤くし、やってしまった、とユウナは咄嗟に頭を下げ、教官が苦笑する。
「いや、いいよ。手持ち無沙汰にさせてしまったから。お茶のひとつでも出せばよかったな。今度から気を付けるよ」
「とんでもないです……」
ユウナが恐縮していると、教官が立ち上がって側まで歩いてきて、ぽんぽんと頭を撫でた。
撫でられた!? とユウナが慌てて顔を上げると、教官は写真立てを見ていた。
「これは俺がまだ士官学院の1年生の頃に撮ったものでさ。みんなたまに遊びにきてくれるから、知ってると思うけど」
「はい。お名前は全員覚えています。けど、その……銀髪のバンダナの方だけは、いらっしゃったことはないですよね?」
ユウナは、その質問をしたとき、はっきり言って後悔した。さっきまで笑っていた教官の顔が、急に陰ったからだ。
(――……教官……)
少しの沈黙の後、教官はぽつりと呟くように言った。
「……そいつは、もういないんだ。2年前の、内戦のときに」
教官は、それ以上は言わなかった。しかし、ユウナは無理して笑う教官と、“もういない”、“内戦”という言葉で、どういうことなのかわかってしまった。
内戦の中で命を落としてしまった人なのだと。
そして、棚の上に置かれた50ミラはきっとその人との大切なつながりなのだと。
笑顔で写る教官たち。けれどその中の1人はもういない。思い出の人となってしまった事実に、ユウナは愕然とした。もうこのメンバーで笑いあうことはできない。笑えたとしても、1人足りない笑顔。
たった1人いないだけなのに、写真の中にできる空白はとても大きくて、悲しい。
「教官。今度お暇なときでいいので、この方のことを教えてくださいませんか」
思い切って提案したユウナに、教官は呆けた顔を向ける。まさかそう切り出されるとは思っていなかったのだろう。
「ああ、もちろん、構わないけど……」
「では、約束ですよ!」
ニッと笑ったユウナは、レポートの礼を言いそそくさと教官の部屋を後にした。
話すことで、少しでも気が楽になるなら。いくらだって聞いてあげよう。
教官はいつもいつも、1人でなんとかしようとしてしまう。1人で抱え込んでしまう。教官にはきっと、なんでも相談できるような人が必要だ。それこそ、教官ごと優しく包んでくれるような。
きっとユウナには、その役目は果たせないだろう。それでも、そんな人が、現れるまでは。卒業するまでは。
どんな些細なことでもいい。少しでも私たちを頼ればいい。
(こうなったら、とことん聞いてやるんだから!)
小さな闘志を滾らせながら、ユウナは自室への帰路を歩いた。
リィン教官の頭ナデナデは健在だと信じたい。