閃の軌跡Ⅲまであと3日ですね~
「あつい……」
真夏の夜の寝苦しさに、リィンは寮の自室で気だるげに目を覚ます。エアコンは問題なく稼働しているが、それでも真夏の夜は熱い。首筋を触ると、しっとりと汗ばんでいる。
布団を剥いで、むくりと起き上がる。窓からぼんやりと月や星の灯りが差し込んでいるが、灯りを落とした室内は暗く、時刻を確認することはできない。
起きてしまったならついでにと、水を飲みに行くことにしたリィンは、靴を履いてそっと部屋の扉を開ける。時間が時間だけに人気は完全にない。消灯され、必要最低限の灯りのみで灯された廊下は薄暗い。
つまずいて足音を立てないよう、リィンは慎重に足を踏み出した。
◆
トールズ高等学校は、国内有数の高等学校だ。エレボニアという国で暮らしている人間ならだれもが知っている偉人が設立した、由緒ある学校である。
完全寮制のため、入学した生徒たちは親元を離れて学内にある寮で生活する。食堂や風呂など共有スペースはあるが、中でも部屋は一人につき一部屋と、かなりの好待遇だ。授業内容はもちろん、部活動や学内施設も充実しているため、入学試験倍率は毎年全国一位で、リィンが知る限り未だにその座を譲ったことはない。
ちなみにトールズ高等学校の校訓は『世の礎たれ』である。入学式の際、『”世”という言葉をどう捉えるのか。何をもって”礎”たる資格を持つのか』とヴァンダイク校長は新入生に問いかけた。その『答え』を学校生活の中で見つけ、3年次に自分なりに見出した『答え』を卒業論文として提出するのが伝統だ。
とん、とん、と小さな音を立てて階段を降りると寮のエントランスホールにたどり着く。テーブルと椅子がいくつか置かれたこの場所も、灯りは落とされ人気は全くない。窓から差し込む月の光が幻想的にエントランスホールを照らしている。
ホール右手側は管理人室で、左手側は生徒達が共同で使う食堂になる。リィンはまっすぐ食堂へ繋がる扉を開けようとドアに近づき、ノブに手をかけたところで、とある気配に気が付いた。
(この気配は……)
リィンは剣道を嗜んでいて、その過程で人の気配には敏感だ。
思い切って扉を開けると、思った通りの気配の主がテーブルの席に座っていた。
「おお、お前さんか。お前も夜食を食いに来たクチか?」
「……水を飲みにきただけですよ。クロウ先輩は、夜食を……食べ終わっているようですね」
リィンが入学してから何かと気にかけてくれている先輩、クロウ・アームブラストが灯りを点けていない食堂でにこにこ笑いながら手を振っていた。なぜ灯りを点けていないのかと疑問に思ったが、食堂は窓が大きいため灯りが付くと外から丸わかりなのだ、と納得した。それに窓が大きい分、月明かりがよく入ってくるため、暗いが全く見えないというわけではない。空が曇ってさえいなければ、灯りは不要だろう。
クロウに近づけば、彼が先ほどまで食べていただろうインスタント食品のプラスチックカップが汁が残った状態で置かれている。
「夜中にラーメンですか」
「おう。唐突に食べたくなるときってあるよな。特に夏」
「その気持ちはわからなくもないですが……夜中に食べるのはさすがに控えますよ。炭水化物ですし」
「お堅いねえ、優等生」
「そもそも夕食をきちんと食べていれば夜食なんていらないのでは……」
「いやあ。実は担任に呼び出し食らってな……夕飯食べてねえんだよ」
はははと笑うクロウに、リィンは軽い溜息で返す。
この先輩は、だれが何と言おうと自分がやらないと決めたときは本当にやらない。それが後で呼び出しを食らうだろうとわかっていてもだ。しかしやるときはしっかりとこなすので、ちょっとよくわからない先輩でもある。しっかりとこなすおかげで、優しい先生には多少甘くみられている。厳しい先生には今日のように呼び出されてはいるが、厳重注意にとどまっている。
そこまで考えて、リィンはふと思った。
「前から思っていたんですけど。先輩って、ゲームみたいに楽しんでいますよね」
何を、と問われれば、
クロウのゲームが、聡い人――――例えばアンゼリカにばれたときは、大げさに笑って何でもないようにごまかすのだ。それでも心の内を明かさない。偽物の笑顔を張り付けて、常に周りを警戒している。味方がいない一匹狼。ころころと変わる状況を心の底から楽しみ、場を支配するディーラーのように、プレイヤーのゲームを見つめ続ける。
リィンは入学してからの短い期間で、クロウ・アームブラストという存在そのものが、ゲーム――――
そして、それは
「んー。まあ、確かにそうかもなー」
リィンは敢えて主語を付けなかったが、思い当たる節があるのか、クロウは肯定する。そして、指折り数え始めた。
「競輪だろ、競馬だろ、競艇だろ……おっと、スロットとかもな?」
「おいこら未成年」
お茶目に笑って見せるクロウに、リィンは冷静に突っ込む。クロウが挙げたどれもこれも、未成年は法律で禁止されている。まさか、陰でやっているのか。リィンの目がクロウを犯罪者を見るような目に変わる。
「冗談だって! まだしたことねえって!」
「まだ……?」
「成人するまでしません! 女神とリィンに誓います!」
言質をとったとばかりにリィンは『男に二言はないからな』とさらに釘を刺す。
それを聞いたクロウは顔を青ざめた。完全に怒らせたら最後、剣道5段の実力を持つリィンが振るう竹刀をその身に受けることを知っているからだ。ちなみにクロウは、入学したてのリィンをからかったところ、リィンの竹刀をその身で受け止めた経験がある。
「そういえば、これは知ってるか? ブレードっつうんだが」
慌てて話題をそらしたクロウがポケットから出したのは、数十枚のカードの束だ。カードは1から7まで数字が書かれたもの、雷や鏡が描かれたものがある。そしてすべてのカードには、数字によってそれぞれ異なる武器がプリントされている。
「ブレード? 知らないな……」
リィンは首を傾げる。
やっぱり覚えてないか。
クロウがぼそりと呟いた言葉に、聞き取れなかったのか、何か言いましたか? とリィンが問うが、何でもないとクロウは返した。覚えていないならいいと、クロウは割り切った。
「なら、今度教えてやるよ。じゃ、ほれ。これやるから」
クロウはカードの束をリィンに差し出す。
「え、そんな。悪いですよ。教えてもらうだけでいいので」
「水臭いこと言うなよ。だいたい、覚えたところでカードがなきゃできないだろ。ちょうど街のガキにも教えてるところだから、お前が覚えたらみんなで対戦しようぜ」
にかっと子どものように笑うクロウに、リィンも笑って答える。
それからクロウは片付けをしながら、リィンは水を飲みながら他愛のない話を交わして、早々に部屋に引き上げた。
閉められたドアに背中から凭れて、リィンは息をこぼす。手に持ったブレードを胸に当て、壊れ物を扱うように両手で包む。
「バカクロウ……」
夜はまだ長い。
エアコンの稼働音だけが響く部屋で、リィンは静かに涙を流した。
なんで現パロにしたんだろう……。普通に「ありえた時空」でもよかったのに……。
このお話は、「クロウは前世(閃Ⅰ・Ⅱ)の記憶を持っていて、他の人は未設定(こら)。新入生の入学式の時にリィンと出会うが、クロウは、リィンは記憶を持っていないと思っている。
だがしかし! 実は言ってないだけでリィンは記憶を持っているのだーー!!」というストーリーでした。
分かりにくくてすみません。
ブレードを知らないと言ったのも、なんとなくです。
結局、最後にリィンに「バカクロウ」って言ってほしくて思いついたネタ。