仮面ライダーゲンム~Vengeance is mine~ 作:K/K
テンは戦慄をしていた。ゲンムの変身した姿に。
元々異形感があったゾンビアクションゲーマーを素にして変身したバグルゾンビ。体の至る箇所が不安定な状態となっており輪をかけて異形となっており、変身者よりも見ている者に不安と不気味さを覚えさせる。
今もリアルタイムでテクスチャーの張り替えや解像度の変化が起きているゲンムに対し、テンはゲンムの修正プログラムにより大半の改造ガシャットが使用不可能な状態となっている。
完全回避や完全防御、クロノスの力は現在使用不可能。やれることはライドプレイヤーのスペックを弄って基礎スペックを上げる程度。ゲンムを相手にするのに心許ない。
構えていたゲンムが動く兆候を見せる。テンが反射的に身構えると──
『GAME OVER』
──という音声が鳴り、ゲンムはいきなり前のめりに倒れた。
「……え?」
予想外の展開にテンは呆気に取られてしまう。しばらくの間、ゲンムの様子を眺めていたがうつ伏せになったまま動く気配がない。
「え? 嘘? 本当にゲームオーバーになったの?」
一歩目からゲームオーバーになり、戦闘不能になったゲンム。それを見て喜びよりも困惑の方が勝ってしまう。
改造データに汚染されたまま変身したと思ったら戦わずに終わる。そんなバカみたいな決着の仕方をして実感など湧く筈もない。
『GAME CLEAR』
「は?」
すると、さっきとは真逆の音声が流れ、倒れていたゲンムが時間を巻き戻されたかのように不自然な動きで立ち上がる。
「もうどうなってんだか……」
テンは思わず声に出してしまう。そう言ってしまってもおかしくない初っ端からの奇行。ゲンム本人も困惑した様子で自分の体を見ている。
「%#%##*+!」
相変わらず言語がバグったままらしく電子音のような奇声を出しながらゲンムは接近を試みるが──
「……」
──テンは構えもせずゲンムの動きをジッと見つめていた。普通なら自殺行為なのだが、今のゲンムならそうような行為も仕方がない。
「遅っ……」
時間を何倍にも引き伸ばしたかのようなスローな動きで近付いてくるゲンム。動きにバグが発生しており速度が極端に低下している様子。
ゲンムはカタツムリよりもノロマな動きで拳を突き出してくる。
テンは失笑しながらゆっくりと伸ばす拳を掌で受け止めた。
「え──」
次の瞬間、テンの体が吹き飛ばされる。車に撥ねられたかのように数十メートルも空を飛んだ後、地面をバウンドして壁に叩き付けられた。
「な、何が……うぐっ!?」
ゲンムの拳を受け止めた方の腕が酷く痛む。特に肩は脱臼したかと思ってしまう程の激痛があった。
痛む肩を押さえながら壁から離れるテン。ゲンムは今も水中で藻掻いているような動きをしている。
「まさか……」
一致しないゲンムの動きにある推測が生まれる。だが、その考えが纏まる前に突然ゲンムの姿が消えた。
「うわっ!?」
「+*っ!?」
いきなりゲンムがテンの目の前に現れ、二人は正面衝突する。テンは再び壁に叩き付けられ、ゲンムも仰向けに倒れた。
超が付く程鈍重な動きだった次の瞬間には視認出来ない程の超スピードで動いている。しかも、ゲンムのその動きについていけておらず激突するという始末。
「やっぱり……」
今の動きでテンは自分の中にあった推測が正解であるとほぼ確信する。
(今の社長さん、スペックが全部ランダムになっているんだ……)
テンの考えは当たっていた。
ライダーのスペックは固定されており、レベルなどで上下する。だが、ゲンムはバグの影響でそれが完全に壊れていた。1から100までの振れ幅があると仮定し、最初の鈍重な動きは1。テンを殴り飛ばしたパンチは70か80。そして先程の高速移動は90。本来のスペック以上の力を出せる反面、スペックを遥かに下回る力しか出せないという大きなリスクもある。
しかし、最も厄介な点は──
(多分……社長さんも自分のスペックがどうなっているのか分かっていない)
──当人ですら把握出来ないランダム性なので制御することが不可能になっている。
「#$%っ!」
意味不明な言葉で喚きながらゲンムは仰向けの体勢のまま下半身の力のみで立ち上がり、両手を突き出して亡者の如く襲い掛かろうとし一歩前進する。
「#っ!?」
ゲンムは一歩で凄まじい跳躍し、そのまま天井まで跳び上がり、脳天を天井に叩き付けて落下していく。
恐らくはジャンプ力の数値が最大値になってしまったことで本人の意図しない大ジャンプが起こってしまったと考えられる。
落下してきたゲンムは空中で態勢を立て直して着地。すると、今度は慎重に片足を伸ばし爪先で地面に触れる。先程のようなジャンプが起こる気配は無い。この時点で再びスペックの数値が変動したと思われる。
数値がまともな基準に戻ったと確信したゲンムは、すぐに決着をつける為にテンへ接近。まだ壁に張り付いている状態のテンに渾身のパンチを打ち込むが──
「……」
ぺチン、という音が鳴る程の軽過ぎるゲンムのパンチ。子供に殴られた方がまだダメージがあると思えるぐらいに弱い。
ゲンムがパンチを連打する。それに合わせてペチペチと音が鳴る。子供が初めてする拍手のような音であった。
最低値にまで下がった状態のパンチをテンは簡単に止める。ゲンムは拳を受け止められた直後、テンの胴体に蹴りを放った。
「うっ」
テンは軽く呻く。感覚的に言えばライドプレイヤー以下のキック力から繰り出される蹴り。痛いしそれなりの威力はあるが耐えられない程ではない。
「戦い辛いなぁー」
常にランダムに変わるゲンムのスペックにテンはつい本音を漏らしてしまう。ゲンムは何も言わなかったが、ゲンム本人も思い通りに戦えないことに苛立ちを覚えている様子であった。
『キメワザ!』
鳴り響くバグルドライバーⅡの音声。必殺技の体勢に入ったことにテンは驚くが、ゲンムもまた驚いて自分のドライバーに視線を下している。何せゲンムはバグルドライバーⅡに触れていないのに勝手に起動したからだ。
「ちょ、ちょっと!」
テンは巻き添えを喰らわない為にゲンムを突き飛ばす。後方に押し飛ばされたゲンムはテンから数メートル離れたところで立ち止まったのだが──
『クリティカルクルセイド!』
──バグにより必殺技が強制発動。ゲンムの体が宙に浮かび上がると黒と緑のオーラを纏い縦回転。だが、それだけで終わらず回転軸に横や斜めなどが加わり、その結果球体に見えるぐらいの乱回転になる。
本人の意図しないタイミングで発動してしまったせいで制御することが出来ず、ゲンムは乱回転したままあらぬ方向へ飛んで行く。
「えぇ……」
自分の位置とは真逆の方向へ飛ぶゲンムにテンは困惑を隠せない。
ゲンムは回転したまま壁へ突撃。威力は必殺技を発動しているせいかそのままであり、壁を突き破って何処かへ行ってしまう。
「……」
テンは建物の外に消えていったゲンムに絶句してしまう。バグルゾンビに変身してからずっと振り回されっぱなしであり、ゲンムの行動一つ一つに驚かされてしまう。
「……次どうなるんだろ」
ポツリと零す。ゲンムのバグ塗れの行動に啞然としながらも予想出来ない動きに段々とワクワクし始めている自分に気付く。
滅茶苦茶な動き。予想不可能な動き。それらが全てテンの心を刺激する。
次の瞬間、天井を突き破ってゲンムが帰ってきた。円盤のように回転しながら地面に落下するゲンム。着地と必殺技の衝撃でコンクリートの地面が派手に割れた。
ゲンムの挙動はそれで終わらない。今度は地面の上を車輪のように走り始める。
「ちょ、ちょっ!?」
こちらに向かって走ってくるゲンムに、テンは驚きながらすぐに進路上から退散する。ゲンムはテンの居なくなった進路を突き進み、壁に衝突。また壁を突き破るかと思いきや、今度は壁に沿って垂直に駆け上っていく。
天井まで上っていくと今度は天井を疾走。天井を走って壁に突き当たれば、また壁に沿って下に降りていき地面を疾走。建物内という限定された空間内でゲンムは縦横無尽に動き回る。
「何かすっごいことになってるなー」
建物内を駆け巡るゲンムに呑気な感想を述べるテン。そんなことを言っている間にゲンムが突進してきたが、テンは横に飛び込むことでそれを回避した。
「──ははっ」
自然と笑いがこみ上げてくる。ゲンムの無軌道な動きは傍から見れば滑稽だが、威力は本物。直撃すればテンも一撃でゲームオーバーになるかもしれない威力を秘めている。
テンはそれが恐ろしく、楽しく、面白い。感情が混沌と化し自分自身ですら正確に分からない。
次なる攻撃に身構えるテンであったが、時間切れになったのかゲンムは回転することを止め、必殺技が中断される。
本来ならば短い時間で終わる必殺技をバグで長時間使用したせいか中断直後のゲンムはフラフラと左右によろめいていた。
右に行ったり、左に行ったりとゾンビらしい安定しない動きで大きく体を揺らしながらもこちらに近付いて来ている。動きが激しいせいかゲンムが二人に見える──
「わおっ」
──どころか実際に二人になっていた。移動する際にゲンムのエフェクトが残るせいか残像のようになっている。ゲンムの動きが速いこともあったテンの視点からは二人のゲンムが接近しているように映っていた。
「色々あるなー」
ここまで来ると感心するしかない。飽きさせないゲンムの戦い方にテンは当初あった戦いの恐怖はすっかり忘れてしまい、今はゲンムのバグをどれだけ見ることが出来るのかを楽しんでいる。
「$#&*@っ!」
二人になったゲンムの片方が奇声を発しながら手刀で突いてきた。スペックが定まっていないので命中するまで威力が分からないが、テンは自分の運を信じて防御を選択する。
ゲンムの突きがテンを貫く──かと思われたが、ゲンムの手刀はテンを透過してしまった。今の攻撃はゲンム本体ではなくバグの残像の方。そうなるともう一方の攻撃の方が本物となる。
「#$%!」
今度こそ本体のゲンムによる手刀。テンの防御の隙間を狙って突き刺さる。
「くっ!」
ダメージはあるが耐えられない威力ではなかった。今のゲンムはライドプレイヤーに毛が生えた程度ぐらいのスペックである。それでもテンをよろめかせるには十分な威力。
防御態勢のまま後退するテン。そこにゲンムの追撃の前蹴りが来る。しかし、速度に異常が発生してしまったのかゲンムの前蹴りの速さは通常時の三分の一以下しかない。
来ていることがはっきりと分かる前蹴りに、テンは慌てることなく慎重且つ丁寧に掴む。迂闊に接触すれば痛い目を見るのは身を以って経験済みであった。
ゲンムの足首を両手でがっちりと掴む。そして、その状態からゲンムの足を持ち上げる。
「はあああああっ!」
テンは柄じゃないと思いつつ腹から声を出してゲンムの片足を担ぎ上げ、壁目掛けて背負い投げのようにして投げ放とうとした。
「ああああ──あれ?」
投げようとした途中で急にゲンムの重さが無くなる。おかしいと思い、ゲンムの方に目線を向けるとゲンムは立ったままの状態。足を担ぎ上げているのに立ったままなのは不自然に思い、持っている足を見る。
ゲンムの足は膝から下が伸びていた。
「……」
テンが試しに引っ張ってみる。延長コードのように引っ張った分だけゲンムの足は伸びる。
テンはそれを無言で見た後、無言のまま手を放す。延長コードという例えが正しかったと示すように伸びた足は縮む。ただ、縮む速度が勢い良過ぎたせいか元の形に戻った瞬間にゴムのようなバチンという音が鳴り、ゲンムは足が戻った反動で吹っ飛んでいってしまった。
「──くっ」
ゲンムはボールのように飛んで行くがすぐに立ち上がる。派手に飛んで行ったがダメージは皆無の模様。そもそも胸のライダーゲージが増減を繰り返しているせいでダメージが発生しているのかすら不明であった。
醜態を晒させられたことに激怒したのか電子音の金切り声を上げながら迫ってくる。不思議なことに最初は意味不明にしか聞こえなかったが、戦っている内にゲンムが何を言っているのか分かり始めている。
今も『おのれぇぇぇ!』と叫びながら駈け寄ろうとしているゲンム。しかし、3、4メートル進んだ所でゲンムの前進は止まってしまった。
「あは! あはははははははははっ!」
テンは戦いの最中だということも忘れ、腹を抱えてその場に寝転びながら爆笑し出す。こんな事をしている場合ではないと分かっている筈なのに笑いが止まらない。
ゲンムは必死に足を動かしているがやはり前に進まない。それもその筈である。ゲンムの下半身はさっきまで居た場所から一歩も進んでおらず足踏みをしている。前に進んでいるのはゲンムの上半身だけであった。
「じょ、上半身と下半身がバラバラに動くゾンビも居るけどさぁ……ふはっ! 実際に居たらシュール過ぎない!? ははははははははははっ!」
体が分割してバラバラに動く姿はテンにクリティカルヒットし、彼を笑い続けさせる。決して馬鹿にしている訳ではなくあらゆるシチュエーションがテンの笑いのツボを刺激するせいで堪え切れなくなってしまっただけなのだが、ゲンムからすればテンの心情など知ったことではないので、ムキになって何としても近付こうと必死になる。
ゲンムの上半身が泳ぐように動かされ、下半身も全力疾走する。だが、上半身も下半身もその場から動くことはなかった。
「#$&&!」
ゲンムも無理に何かしても変わる訳ではないのが分かっている筈なのだが、頭に血が昇っているのか止めようとしない。
だが、ゲンムのそんな執念が実を結んだのか。或いは彼の悪足搔きのような行動がプログラムに干渉したのか、足踏みばかりしていた下半身が突然前方に走り始める。
「おっ」
一直線に上半身に向かう下半身にテンも笑うのを一旦止め、興味深そうに観察する。
そして、分かれた半身が一つとなる。
「ど、ど、どうなってのそれ!? ふあははははははははあ! ふ、腹筋が吊る!」
ゲンムを指差しながらテンは何度かとなる爆笑。
ゲンムの下半身は定位置に収まることはしなかった。上半身と下半身の断面が繋ぎ合わさったかと思ったら、突如として上下の入れ違いが発生。ゲンムの上半身は地面に、下半身はゲンムのトゲトゲしいヘッドパーツの上に乗っかるような形になってしまった。
「&$*@¥ー!」
恐らく『何だこれはぁぁ!』と叫んでいると思われるゲンム。すぐに元に戻そうと頭の上に乗っかっている足を動かすが、さっきと同じくその場で足踏みするだけ。ならばと上半身が両手で地面を這い、乗っている下半身を振り落とそうとする。だが、ゲンムがどんなに地面を引っ搔いても前進する気配はなかった。
「あれ? もしかして詰んでる?」
移動出来なくなったゲンムにテンが小馬鹿にしたように訊く。内心ではゲンムのことを本気で馬鹿にしている訳ではないが、ゲンムを煽れば予想外のことが起こって面白いのでわざと挑発をしていた。
ゲンムは暫くの間、上半身と下半身を交互に動かす。しかし、やはりゲンムはその場から動かない。
ゲンムは少しの間沈黙し──
「──うそ」
──その状態から前進を始める。
上下が逆に付いている状態で進むのはシュールであるが、それよりも驚くべきことがある。バグによる影響ではなく明らかにゲンムの意思によって前へ進んでいるのだ。
笑いが一気に引っ込んだ。棒立ちになっているテンの両足を、地を這ってきたゲンムの両手が掴む。
啞然としているテンの胸中に湧くのは戦慄。そして──
「%=#たぞぉぉぉ!」
──言葉に尽くせない程の尊敬。バグ塗れで聞き取れない筈のゲンムの声が一部だけだが完全に聞き取れた。感覚ではなくはっきりと。
ゲンムの頭上にある下半身による蹴り上げがテンの顎を蹴り飛ばす。ガードすらしていなかったので綺麗に入った。
幸いというべきか身体能力が低い状態であった為、テンは数歩後退するだけ済んだ。もしも、本来通りのスペックだったのならテンの首から上は千切れ飛んでいたことだろう。
未だに呆然としているテンの前でゲンムは不可解な行動を取る。全身を左右に動かし、肩を回し、足を上げる。一見すると意味不明な行動だが一連の行動を終えた途端に上下が逆であったゲンムの体が元の位置に戻った。
正常な状態に戻ったゲンムは確認するように体の各所を動かす。その間、今まであったような異常や不具合、バグなどが発生していない。
「まさか……」
テンの中である仮説が生まれる。しかし、その仮説はどう考えても不可解の近く、普通なら可能性として一考するだけでも馬鹿げたもの。
だが、それがゲンム──檀黎斗ならば。
「ようや@く、把握*出来#ぞ!」
声にはやはり若干のノイズが混ざっているがさっきよりも聞き取れる。
「社長さん……もしかして……何をすればバグが起きるのか分かっているの?」
質問をしておいて何だが、テンは自分でも言っている意味が分からないことを質問している。
そもそもバグの修正とは問題となる箇所のプログラムを確認する必要がある。パソコンなどの画面に映し出されるソースコードからバグを見つけ原因を取り除くデバッグをする。
当然のことながらここにはパソコンもソースコードもない。デバッグが行える環境ではない。ならば、どうやってバグを抑えているのか。
「……どうやってやったの? デバッグも無しに?」
もっともな質問に対し、ゲンムは小馬鹿にしたように笑う。
「愚かな質問#。プログラム&全ては──」
ゲンムは己の頭部を指で叩く。
「ここに入っている」
ゲームのプログラムを全て覚えている言い切ったゲンム。どれだけの数のコードを記憶するのか想像も付かない。
「噓でしょ……?」
「神の才能を%つ私にとっ#は容易い&@」
プログラムを正確に記憶しているのならば、テンが流し込んだバグが起こす現象を逆算し、バグが発生しない行動を常に取っているということになる。
そんなのは人間技ではない。だが、神の才能と豪語するゲンムの姿には言いしれない説得力があった。
「どんだけ天才なんだよ……それに」
そんな人の枠から外れたゲンムには現実の光景がどのように映っているのだろうか。
「もう少し試運転に付き合っても%おうか」
雑音が入るが流暢に喋りながらゲンムは構える。ゲンムの姿は未だに解像度の低い箇所や砂嵐のようにブレる箇所はあるが、行動一つ一つに異常が発生していない。本当にどうすればバグが起こるのか把握しているようであった。
バグに翻弄されているゲンムを見るのは面白かったし楽しかった。しかし、今のゲンムを見ていると冷たい汗が流れる。人の姿をしているが、中身は人とは違う別のナニカに思えて仕方がなかった。
動揺しながらテンが構えるのを見て、ゲンムはゆっくりと体を動かすと──突然下半身だけが前方にスライドする。
「っ!」
予想外の攻撃にテンが絶句している間にスライド前進した下半身から強烈な前蹴りが繰り出され。爪先がテンの鳩尾にめり込む。
「ごほっ!?」
蹴り飛ばす程の威力は無かった。しかし、テンをその場に蹲らせるには十分過ぎる力はあった。鳩尾を押さえて蹲るテンの姿は大人が子供に振るう生々しい暴力を彷彿とさせる。
スライドした下半身は時間を巻き戻したように今度は後方へスライドしていき、ゲンムの上半身と繋がる。
「ふははははは#&&&! 悪くないな!」
痛みに悶えているテンなど眼中に無い様子でゲンムは高らかに笑い、いつもの調子を取り戻す。
「バグとは忌むべきものだと思っていたが、こ#をゲームに組み込むのも面白い! ステージ攻略の為に必要なバグを発生させる一方で、攻略@妨害するバグも発生する! メリットとデメリットを上手く*利用し、ゲームクリア!」
一人呟きながら新たなゲームのイメージを固めていく。バグによって起こる挙動不審や異常行動。それらの要素をゲームのギミックとして再現することでゲームの遊びの幅を広げる。自分が実体験したことを早速新たなゲームのアイディアとして生かす。ゲンムこと檀黎斗にとっては何処までもゲームが中心であった。
「アイディアの参考になったのなら……幻夢コーポレーションのファンして……光栄なのかな?」
未だにズキズキと痛む腹を押さえながら立ち上がるテン。既にゲンムの眼中には無い存在へ成り下がっていることを自覚しながらも食い下がるように自分を主張する。
テンに声を掛けられて初めてテンのことを認識したかのようにゲンムの視線がテンへと向けられた。
(もう勝てないかもなー)
自分の敗北を他人事のように認めるテン。今さっきゲンムは下半身だけを動かすというバグを起こした。それはどのようにすれば今のようなバグが発生しているのか把握している証拠である。
試行錯誤をして色々なバグの条件を見つけ出したテンやその仲間たちとは文字通り次元が違うことを思い知らされた。
しかし、敗北を半ば認めたテンの心に絶望は無かった。寧ろ喜びに満ちている。
檀黎斗と会えたことを彼は心の底から感謝していた。あれだけ面白いゲームを創れる人物がゲームのように面白く、楽しく、怖く、滅茶苦茶な存在であったことがとても嬉しかった。
「社長。そろそろ終わらせない?」
決着の誘い。ゲンムは傲慢に答える。
「神の裁きを受けるつもりになったのか?」
「まさか」
テンはクスクスと笑う。
「僕、人生の中で一度もゲームを放り投げたことないんだよ?」
「それは殊勝なことだ」
その言葉の後、二人は構える。
『仮面ライダークロニクル!』
『仮面ライダークロニクル!』
『仮面ライダークロニクル!』
『仮面ライダークロニクル!』
テンは全身に巻き付けてあるまだ稼働出来る仮面ライダークロニクルガシャットを起動させ、そのエネルギーを自分の体に流し込む。その際にテンは小さく呻いた。想定されていない使い方の上、過剰なエネルギー供給がテンの体に負荷を与える。
テンが準備に入った段階でゲンムも行動に移っていた。バグルドライバーⅡにあるBボタンを押す。
『カミワザ!』
発生した音声が先程と違うような気がするが、バグによる影響なのであろう。そのままもう一度Bボタンを押すと思いきや、突然ゲンムは両肩を上に突き出しながら両手を垂れ下げたポーズを取り、踊るように体をくねらせる。
どう見ても奇行にしか見えないのだが、この一連の行動はバグを発生させずに必殺技を起動させる為に必要なもの。遠回りをして目的に達する為の必須の過程なのだが、それを理解しているのはゲンム自身なので奇妙な踊り、或いは儀式を始めたかようであった。
ゲンムが体を波打たせている間にテンは高く跳躍する。そして、最高点に達すると同時に両足を前に出し、キックの体勢で急降下。
「はああああああああ!」
テンは生きてきた短い人生の中で一番大きな声を出しながらゲンムへキックを繰り出す。どうして叫んでいるのかはテン自身も分からない。ただ、自然と腹の底から声を上げていた。
仮面ライダークロニクルガシャットのエネルギーにより緑色に発光する両足がゲンムへと激突する瞬間──
『クリティカルクルセイド!』
──発動するゲンムの必殺技。しかし、テンの攻撃が命中する方が速い。そのままテンのキックがゲンムを砕く──かと思われた次の瞬間にはゲンムはまるでドットの塊のような状態に自らを変化させた。
「っ!?」
体が崩れたゲンムに命中するテンの攻撃。だが、手応えが全く無い。それもその筈。命中すると同時に浮かび上がるエフェクトにははっきりと『MISS』と表示されていた。
「──はは」
ゲンムからの意地の悪い意趣返しにテンはつい笑ってしまう。散々自分がやって来たことが土壇場になって自分に返ってきたとなれば笑うしかない。
ゲンムはモザイクのような姿になったままテンに突撃。接触と同時に浮かぶ『HIT』『GREAT』『PERFECT』の文字。攻撃をされているがテン自身何をされているのか全く分からない。殴られているのか、蹴られているのかエフェクトとダメージが発生するだけで何一つ分からない。
やがて、表示がバグったのか表示されたまま消えなくなりテンの姿を覆い隠す。ただでさえ何をされているのか分からない状況なのに隠されたせいで第三者にも分からない──尤も当人にも未だに分かっていないが。
消えることのない表示が重なり続け、最後に起こったのは──
『神の一撃ぃ!』
──高揚したような声の後、塊のようになった表示を吹き飛ばす爆発が起こり、中からゲンムとテンが飛び出してきた。
パキンという音の後にテンが付けている全ての仮面ライダークロニクルガシャットが破損する。変身が解除され、ライドプレイヤーの下から現れたのは痩身且つ色白の少年。ゲンムは知らないが、その少年は以前聖斗大学付属病院で明日那と会ったことがある少年であった。
テンの変身が解除されたのを見て、ゲンムも変身を解く。
「うっ……!」
バグの影響により黎斗の体が一瞬ブレた。しかし、今の黎斗にはちゃんと対策がある。
「ふぅぅ!」
いきなりバグヴァイザーⅡの銃口部分に噛み付く。
「ふぼあああああああああっ!」
凄まじい声を上げながら黎斗は口から吐き出したナニカをバグヴァイザーⅡへ流し込んでいた。
吐き出すのは吐瀉物ではなく発光する数字と記号。テンによって体内に入れられていたバグを引き起こすデータをバグヴァイザーⅡに回収させているのだ。
「はぁ……はぁ……ふぅー……」
体を狂わすデータを全てバグヴァイザーⅡに流し込んだ黎斗は、バグヴァイザーⅡに嚙み付くのを止めて口許を拭う。
テンは黎斗の行動を凝視し、クスクスと笑っている。
「最後まで面白いね……社長さんは」
「──それが遺言か?」
完全復活した黎斗は冷たく吐き捨てながらバグヴァイザーⅡを向ける。黎斗がその気になれば先程回収したデータにバグスターウィルスを掛け合わせたものをテンに注入することも出来た。
喉元に刃を突き付けられたも同然なのだが、テンは笑うことを止めない。
「そんなことをしても無駄だよ……」
黎斗の行いを無駄と断じる。だが、その言葉は命乞いから来るものでも虚勢から来るものでもなかった。
「……やはり」
黎斗は向けていたバグヴァイザーⅡを下げた。テンの言葉に従った訳ではない。彼が言うように無駄だということを理解したからだ。
「だから言ったでしょ? 無駄だって……」
テンの体に電気のようなオレンジの光が脈動すると、その体が半透明になる。バグスターウィルスに感染することで発症するゲーム病が発症した症状であった。
黎斗はテンがバグスターウィルスに感染していることは予測していた。変身した時にテンに触れた際、特殊な感覚があった。レベル0はバグスターウィルスを抑制する力がある。触れた部分を通じてバグスターウィルスが沈静化していくのを黎斗はあの時に感じ取っていた。
「まあ……コピーするにはどうしても本物に触れる必要があるからね……感染もするよ」
テンはゲーム病が発症しても落ち着いている。本来、仮面ライダークロニクルでゲームオーバーになったプレイヤーはすぐに消滅するが、彼の場合複数の違法ガシャットや改造データを使用していた為か消滅の速度が緩い。逆に言えばその分長く苦しむことを意味する。
「これで僕のゲームも終わりか……ねえ、社長さん」
「何だ?」
「最後に少しだけ話そうよ」
「貴様の話に耳を傾ける理由など無い」
辛辣な態度で拒絶する。
「いいじゃん別に……ゲームでもあるちょっとしたキャラの掘り下げと一緒だよ。それとも社長さんってキャラクターにバックストーリーとか作らないタイプ?」
ゲームの話を出されると黎斗も無視出来ないのか渋面であるがこの場から離れる気配はない。話したいなら話せということなのだろう。
「神の施しだ。有難く頂戴しろ」
「どうも。さて……じゃあ話しますか……僕の
次回最終回となります。