試作品集   作:ひきがやもとまち

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書き途中で放置しちゃってたタクティクス・サタン2話目です。
今回はちょっと真面目なお話、ヴァイス君が主人公の回です。Lルートの彼を基にCルートの彼を織り交ぜながら書かれております。良ければお楽しみくださいませ。


タクティクス・サタン【言霊ルート】CHAPTER2

 三つの民族主義陣営が島の覇権と利権を巡って争い合ったことで知られる“ヴアレリア島の内乱”。

 しかし実のところこの内戦には別の勢力も複数参戦していた。

 『ヴァレリア解放戦線』『ネオ・ウォルスタ解放同盟』等がそれである。

 

 この内、『ネオ・ウォルスタ解放同盟』を率いたリーダー『ヴァイス・ボゼック』は、貴族支配を打倒するため民族にとらわれない異種族混合の軍事組織をヴァレリアの歴史上初めて創設したことで著名な人物だ。

 

 だが、その一方で彼が後の英雄デニム・パウエルに先んじて『民族ではなく人として生まれた者が持つべき自由と権利』について世に訴えだした最初の人物であることはあまり知られていない。

 

 過激すぎる言動が彼に悪いイメージを与えてしまっているのかもしれないし、戦乱を終結させた大英雄の幼馴染みとして光のまぶしさに目が眩まされているのもあるかもしれない。

 元より、その出自から『英雄の“引き立て役”』だったと評する者もいる彼である。端から正当な評価など望むべくも無かったのかもしれないが、それだけではない。

 

 彼らを知る人々が彼らの関係を『そういう間柄なのだ』と信じたがった心理こそが、彼の評価を錯覚と誤解に満ちた歪なものに変えてしまう最大の理由だったのは間違いない。

 

 人は“正しい真実”を求める存在ではない。“信じたいと願った正しさが真実なのだ”と思い込みたがる生き物でしかないのだ。

 その願望が民族解放の英雄を生み出し、民族浄化という悪夢を実行させた。

 そう言う意味では彼もまた、狂った時代の犠牲者の一人だったのかもしれない。

 

 

 

 その彼は今、バルバトス枢機卿の居城であるコリタニ城がそびえ立つ街コリタニの城下町に来ていた。

 決戦を前に籠城を決意した枢機卿と解放軍との戦いに民間人を巻き込まぬため、守備隊責任者の一人で有力者でもあるガルガスタンの騎士ディダーロ卿の屋敷を訪ねるのが目的だった。

 

 しかし・・・・・・。

 

 

「どういう事だディダーロ!? 説明しろ!」

 

 ダンッ!と、小手に包まれた拳を机に叩きつけて大きな音を響かせることにより、自分の怒りと現状の理不尽さを同席した者たち全員にわからせるための彼の作戦だったが、半分以上は本心から出た言葉であり激情から来たものだった。

 

「・・・・・・」

 

 しかし、ディダーロは答えない。その代わりに沈黙を貫くのみである。

 

「ディダーロ、オレが初めて会いに来たときアンタは言ったな? 『解放同盟には参加できない。なぜなら私には勝ち目のなくなったこの戦から、コリタニの民を守り抜く義務があるからだ』――と」

「・・・・・・」

「それがどうだ! この状況は!? この有様は!? 反枢機卿派の住人を粛正しただけでは飽き足らず、今度は戦う前から勝敗が決している籠城戦に街の民を巻き込むために堅く門を閉ざしちまっている! これじゃ街の人たちは逃げることも出来やしない! オレたちが潜入してきたときに使った抜け穴程度じゃ小さすぎて街の人口の半分も救うことは出来ないんだぞ! アンタそれを判っててやっているのか!? 答えろ! ディダーロ!!」

「・・・・・・・・・」

 

 語るほどに熱量を高めていくヴァイスと反比例するように、ディダーロの態度は頑なさを増していくように彼には感じられていた。

 

 コリタニ名門にして、代々コリタニ公に仕え続けた騎士ディダーロは枢機卿個人にではなくガルガスタン民族全体への忠誠心が極めて高い人物として知られていた。

 だからこそバルマムッサを脱出した後、デニム達と別れてから別組織を立ち上げゲリラ活動を続けていたヴァイスは危険を冒してまで彼を同士に勧誘しにきた繋がりがあり、そのときに抱いた印象から権力者同士の争いに民を巻き込むのを由としない思想的な意味での同士であると感じてその場を去り、各地を転戦しながらバルマムッサの真相を流布しつつ同志を募って仲間を集め、こうして解放軍を率いる公爵とガルガスタンの枢機卿との私戦に民を巻き込まないで済むよう活動を続けていたのである。

 

 

 ――最終的にはデニムの片腕となるヴァイス・ボゼックと英雄との違いは『バルマムッサの虐殺』直後の行動で、非常にわかりやすく示されていると言われている。

 

 この時デニムは公爵に裏切られた傷心を癒やすための時間を必要としており、港町アシュトンに一時身を隠しながら同志を集めゲリラ活動を開始しながらも、結局は公爵率いる解放軍との対決までは決意することが出来ぬまま時間を浪費してしまっている。

 後世、彼が『人徳と正義の英雄』と評される理由の一つであるが、同時に軍事の専門家から言わせれば優柔不断の誹りを免れないと弾劾されている部分でもある。

 

 対してヴァイスの行動は迅速であり行動的で、かつ過激な方向に直進していくものだった。

 彼は公爵の非道を目にした瞬間に、彼ら権力者が同胞のことなど考えていない、自分たちの国を建設するだけを目的として民族主義を煽り、戦争を主導しているのだと看破しきると同時に行動を開始して組織を立ち上げるためバルマムッサの真相を民間に広く流布する道を選択したのである。

 

 これが彼らの決定的な違いと言われている。

 この時のデニムがヴァイスと同じ行動をしなかったのは、自らの傷心以上に真相を知った民間人が公爵に害されることを恐れたからであり、真実を知った民達が公爵と戦うため剣を取って戦場に赴き今まで以上に民達が死ぬことを恐怖したのが理由と今日では伝わっている。

 

 逆にヴァイスは、最初から民達が自由と権利を手にするためには権力者と戦って奪い取るより他に道はないと苛烈な判断と決断をできてしまう性格の持ち主だったのだ。

 

 これが二人の後の評価に大きく影響を与えてしまった一因と言えるだろう。

 支配者側にとっては、デニムの思想の方が民を支配する上で都合がよく、民達としても自分たちが命がけで戦うよりも救国の英雄なり誰かなりが現れて自分たちを救ってくれた方が楽なのは事実なのだから・・・・・・。

 

 

「・・・・・・解放軍はかつてと違い、ガルガスタン、ウォルスタの融和を説いて未だに枢機卿の支配下にある街々を解放して回っている。ならばコリタニの民も解放軍に対する人質として利用できる・・・枢機卿はそう考えてコリタニの城門を閉ざさせたのだ」

「な・・・んだとォ・・・っ!?」

 

 延々と吐き出され続ける罵倒の嵐の中で、ようやく重い口を開いたディダーロが語った事の真相にヴァイスは目を剥き、護衛として同席していた弓使いのアロセールをさえ絶句させる驚くべき陰惨さを秘めたものだった。

 

 ウォルスタ人を『滅びるべき劣等人種だ』と唱え、南ヴァレリアの覇権を手中にするため『民族浄化』を大義名分として掲げながらロンウェー公爵領へと侵攻を開始したバルバトス枢機卿が、今度は自らが『ヴァレリアを支配する正統なる優良人種』と唱えて憎しみを煽り権力基盤を固めさせた王都に住まうガルガスタン人の上流階級さえ、滅びが確定した自分たち支配者層の“延命療法”として使い捨てようとしている……。

 

 

「それが貴様ら権力者のやり方かぁーっ!!」

 

 アロセールが立ち上がり、激高して弾劾する。

 バルマムッサの虐殺で兄を殺された彼女は復讐を誓い、解放同盟へと参加してきたのだ。このような非道を聞かされて黙っていられる性分など解放軍を抜けるときに捨ててきている。

 相手が誰だろうと関係ない! 戦略条件など知ったことか! 権力に取り憑かれた貪欲な貴族共の勝手な都合で無辜の民がこれ以上殺される計画を黙って聞いているぐらいなら死んだ方がマシだ!

 

「貴様ら権力者はいつもそうだ! 自らの守るべき民を虐殺しておきながら『負けないためには“ああするより他に手がなかった”と自分たちの犯した罪を正当化しようとする!

 だが現実はどうだ? その犠牲で何が変わるというのだッ! 結局ウォルスタとの戦いに勝てず、新たな犠牲を生んで自らを更なる窮地へ追いやるだけではないかッ!

 お前たちガルガスタンがやろうとしていることは、自分たちが見下してきたバクラムやウォルスタが行ってきたことと何ら違いがない! そうは思わないのかッ!」

 

 そう、アロセールの言うとおり枢機卿の計画は自分たち自身の死刑執行所にサインするのと同じ愚行でしかない。

 仮にその作戦が上手くいったととしても、ガルガスタンに未来などない。一時は兵を退かせることに成功できたとしても、状況が好転する見込みは些かもないのだ。

 しばらくすれば再び解放軍は進軍を再開するだろうし、その際に同じ手をそのまま使っても効果はまるでないだろう。公爵はそこまで甘い男ではないし、敵の打ってくる手が事前にわかっているのなら逆用する策を思いつけるのが公爵の優れた謀略家としての側面だからだ。

 ・・・そしてガルガスタンには他に手がない・・・。同胞を人質に使い捨ててしまった時点で、それ以外に打てる手立てを選ぶ選択肢が失われてしまっている。

 自ら鬼(オウガ)になる道を選んでしまった者たちは、秩序へと回帰す戻る道を自分たち自身の手で永劫に閉ざしてしまった後なのだから・・・。

 

 

「所詮、この戦争は貴様ら貪欲な貴族どもが権力を奪取せんがために起こしたものッ! そこには民の意思など何もないッ! 民の意思を無視し、民を犠牲にして何が民族の統一だッ!

 民族対立を煽り、あたかもそれが原因のように民を洗脳したのは誰だと思う? 貴様ら、貴族どもだ。

 今の我々に必要なのは貴族による支配ではない。民が自分たちで未来を決めることのできる社会だッ!

 お前のように人としての誇りを捨て、貴族にへつらう犬に生きる資格などあるものかッ! 公爵や枢機卿の手にかかるより先に私が殺してやる! 地獄へ墜ちろッ!」

「待てっ! アロセール!!」

 

 激高して弓を構えようとしたアロセールを、慌てて止めに入ろうとするヴァイス。

 『バルマムッサの虐殺』のときに兄を殺された真相をヴァイスから聞かされたことで解放軍から脱走したアロセールは、貴族に私怨をもつ者が多い解放同盟幹部たちの中でも際だってその傾向が強く、個人的な復讐心に駆られやすく暴走しやすい。

 ディダーロはそういった者たちと、むしろ真逆の価値観を持つ男だったから同席させても大丈夫だと判断していたのだが、自分は選択を間違えてしまったのか!?

 焦慮に心を青くするヴァイスだったが、幸いなことにこの場における惨事は回避することができた。

 

 

 ――他ならぬ、権力に貪欲な権力者自身の口から告げられた言霊によって・・・・・・。

 

 

「・・・私も最近までそう思っていたよ・・・。枢機卿も私も権力に取り憑かれて戦争を引き起こした犬でしかないのだとね・・・・・・枢機卿からあの言葉を聞かされるまでは、ずっと・・・」

 

「・・・なに?」

 

 

 静かな声で告げられたディダーロの言葉に、アロセールは眉をひそめて番えた矢羽根を離そうとする手を止めた。

 不審げな表情で自分を見つめてくるアロセールにディダーロは、疲れたような表情で枢機卿本人の口から聞かされた真相の一部を静かな口調と態度で語り出す。

 

「今回の作戦を指示されたとき、私は確信した。枢機卿は敗北を目前にした恐怖により我を忘れ、冷静な判断力を損失してしまったに違いないのだと。――だが、違っていた。

 彼は“嗤っていた”のだ。私にこの作戦を行うよう命令するとき、ウォルスタ人の虐殺を命じるときと全く同じ表情で冷たく静かに冷静に。

 見ている私に、心の奥底に潜む異常なまでの憎悪を錯覚させるような憎しみに満ちたオーラを身にまといながら・・・」

『・・・・・・・・・』

「枢機卿は、こう言っていた・・・・・・」

 

 

『見るがいい、ディダーロ卿。民衆どもが私を殺せと叫んでいる。

 昨日までウォルスタ人を殺せと叫んでいた者たちが、殺された家族の恨みを晴らすため、今度は“自分たちを欺いて利用した枢機卿を殺せ”と心の中で怒号しておるのだ。

 やがて私を殺した後には、同じ理由でロンウェーを殺せと叫ぶようになるだろう。民衆とはそういう者だ。そういう者たちの総称でしかない』

 

『自分たちに都合がいい政策を行ってくれている間は拍手喝采し、自分たちに危害を及ぼすようになった後も強大な力を持っていれば不平不満を口にしながらも大部分の者が従う道を自らの意思で選択する。

 そして、いざ滅びが確定すれば万歳を唱えていたのと同じ理由で、“殺せ!殺せ!”を連呼するようになる。

 自分たちが独裁者に権力を与えてしまったという事実を都合よく忘れ、自分たちを救ってくれた新たな支配者を万歳と共に迎え入れるクズの群れこそが民衆なのだ』

 

『人としての誇りを捨て、“自分たち弱者は何もできないから何もしなくてよいのだ”とうそぶき、救世主が救ってくれるのを今か今かと待ちわびることしか知らぬクズ共に生きる資格などあるまい?

 ならばいっそ使い捨てることで、民が我々権力者のため自分たちの未来を捨てるか否かを試してやるのも一興ではないか・・・・・・』

 

 

 

 

「・・・あのとき私は心底から恐怖し、そして思ったのだ。この人は自分を支持する民衆に片手を振って応えながら、本心では常に彼ら民衆を心の底から憎悪し、激しく憎み続けていたのではないか・・・と」

『・・・・・・』

 

 ディダーロの長広舌を聞かされたアロセールとヴァイスは声もない。そんな余裕は完全に失わされてしまっている。

 

 ・・・なんという憎悪。なんという見下しと差別意識。人とはこれ程までに同族を憎めるものなのか、と兄のための復讐を誓ったアロセールでさえ唾を飲まされるほどの激しい憎悪が言葉の端々から伝わってくる。

 他人の口を介して伝えられた自分たちでさえそうなのだ。直接本人の口から聞かされたディダーロは一体どういう気持ちで直立不動のまま聞かされ続けていたのだろう・・・? 改めてヴァイスは彼に対し襟を正させられる思いに駆られて立ったままだった姿勢を席に座り直す。

 

「あの人は、まるでオウガそのものだ。我々とはナニカが決定的に違っている。人の形をしてはいるが、中身は鬼よりもオウガそのものだ。

 我々ガルガスタン人は、彼に権力を与えてしまうべきではなかったのだ! 絶対に! 絶対にだ!!!」

『・・・・・・』

「だがもう、その罪を償う時間は残されていない。滅び以外の手で贖う手段は残されていないのだ!

 我々は我々の犯した罪によって裁かれて死ぬ。それは大前提だ。枢機卿を権力の座に据えてしまった者として全てのガルガスタン人が背負わざるを得ない絶対の罪・・・・・・だが――」

 

 ディダーロは立ち上がり、部屋の隅に置かれた机の上から一枚の紙切れを手に取ってから戻ってくる。

 

「君たちが間に合ってくれてよかった・・・これで時を稼ぐために払ってきた犠牲が無駄にならずに済む・・・」

「・・・これは・・・?」

「今夜、私の隊が解放軍の陣地に夜襲をかけるため出戦をすると上申しておいた。その返答だ。許可する旨を、枢機卿直筆の署名入りで手に入れることができた。兵に偽装させてできるだけ多くの民を引き連れ裏手から逃げてくれ。解放軍の大軍に注意が集まっている今なら、足の遅い民たちを連れてでも半数ぐらいは逃げ延びられるだろう」

『!!!』

 

 二人は驚きの表情でディダーロを見つめ、何か言おうと口を開き、結局何も言えないまま口を閉ざす。

 

「・・・・・・アンタは来ないのか?」

 

 せいぜいヴァイスが断られるのを承知の上で確認を取るぐらいしか彼らにはもう、許されない・・・。

 

「流民たちが独裁者の魔手から落ち延びるときに、誰も殿を務めないわけにもいくまい? 私は残って可能な限り発覚するのを遅らせるよう細工し続けるつもりだ。それでも朝までが限界だろうがね。それまでにできる限り早くコリタニから遠ざかってくれていると嬉しい。我々の犠牲が無駄にならずに済む」

「・・・死ぬ気なのか・・・?」

「どのみち我々は死ぬしかない。解放軍が勝てば生き延びていても見せしめとして処刑されるだろうからな。

 コリタニの名門で、枢機卿の信任厚い堅物だったことが裏目に出たというわけだ。今さら足掻いたところでどうにもならない。

 だったらいっそ、大人しく沙汰を待つよりかは最期ぐらい民を守るべき騎士の役目を全うしてみたくなった・・・それだけだ。別にウォルスタに加担するわけでもガルガスタンを裏切るつもりも毛頭ない。これは私自身の意思で決めて選んだ道だ」

 

 ・・・ここまで言い切られ、覚悟も見せられた今。ヴァイス達に何が言えると言うだろう?

 いや、言うことはできる。ただ言っても意味がないだけだ。ディダーロは彼らの言うべきことなど全て承知の上で決意している。それを他人がどうこう言ったところでどうにもならない。

 自己満足、自分勝手な傲慢、独善。・・・その通りなのだろう。

 だが、自分が死ぬ理由を自分勝手に決めることのどこが悪い? 何が悪い? 少なくとも自分の理由で他人を殺すよりかは百万倍もマシな行為ではないのか?

 

「・・・恩に着る・・・。アンタのことは忘れない・・・」

 

 ヴァイスには絞り出すような声で、そう言い残すのが精一杯だった。

 

「行くぞ、アロセール。避難民する民をガルガスタン兵に見えるよう準備する必要があるからな。時間は夜までしかないんだ。急がないと救える者たちが減っていく」

「ま、待てヴァイス! 出撃できる部隊の数では限りがある。あぶれてしまった人たちはどうする気なんだ? 避難計画を知らされていない人たちの命は?」

「・・・・・・コリタニの街にいる全員をガルガスタン兵に偽装するわけには行かないだろう・・・? なら、そういうことだ・・・・・・」

「貴様ッ!? 彼らを見捨てるつもりなのか!?」

「・・・・・・」

 

 アロセールの叫びに対して、ヴァイスは答えない。黙ったままアロセールの分まで帰り支度と身分偽装の準備をこなしてやるだけだ。

 

「見損なったぞヴァイス! 貴様まで“こうするしか手がない”と綺麗事で民を見殺しにする所業を正当化するとはな!

 街には負傷者や子供達だって大勢いるんだぞ!? それなのに・・・それなのに・・・貴様も貴族どもと同じ人の形をしたオウガに成り下がってしまうと言うのか!?」

 

 

 

「だったらお前は街の人たち全員を救おうとして、一人残らず皆殺しにさせるつもりなのかよ!?」

 

 

 

 ヴァイスの言葉にアロセールの美麗な顔立ちが衝撃と屈辱で大きく歪む。

 だが、ヴァイスは容赦しない。こうしている間にも救える人たちの数は情け容赦なく減っていく。作業の途中でこんな問答をいちいち繰り返していたら更に減るだろう。

 今は理屈だけでも納得して作業に当てさせるしか他に手がない。

 人々に無駄な犠牲を強いないためには“こうするしか手がない”のだから。

 

「オレだって彼らを見殺しにしたいワケじゃない! だが、他に手がないんだ! オレたちの数じゃ彼ら全員は救いきれない! 救えない人たちまで救おうとすれば、救えるはずだった人たちまで救えなくなっちまう! その程度の数しかオレたち解放同盟は持っていない! それが現実だ!

 認めろ! その事実を! その上で抗え! 現実に立ち向かえ! 今の無力なオレたちではこの程度のことしか出来ないって現実をいつか変えてやるために!!」

 

 アロセールには、もう返すべき言葉も反論も思いつかなくなってしまっていた・・・。

 こんなはずではなかったのだ・・・。

 真実を知れば皆が立ち上がってくれて、解放軍は倒れ、枢機卿も打倒し、民族差別のない平和で穏やかな『自分の兄が死ななくてもいい世の中』が訪れるはずだったのだ・・・・・・。

 

 それが、現実はどうだ? 蓋を開けてみたら夢も希望もない現実的計算ばかりがヴァレリア島に住む多くの者たちの心に根ざしているではないか。

 

「・・・オレたちは死んでいった奴らの分まで、今出来ることをしなくちゃいけない。それがオレたち生き延びちまった連中が死んじまったヤツらにしてやれる最大限のことなんだ・・・。

 その覚悟がないなら出てってくれ。戦いで己の私怨を捨てられないようなヤツに誰かを救うことは出来ないからな・・・」

「――――ッ!!!!」

 

 これ以上ないほど表情を歪め、不満と怒りと絶望と無力感に苛まれて立ち尽くすことしか出来ないアロセール。

 ・・・やがて彼女は愛用の弓を「ギュッ」と強く握りしめてディダーロの座す部屋を出て行く。

 

「・・・お前を許したわけじゃない。お前達のしてきたことは公爵と何も変わらない。公爵も枢機卿も、お前のことも私は許すわけにはいかないんだ・・・」

 

 ただ、とアロセールは振り返って“続き”を付け足す。

 

「――今回の件で情状酌量が与えてもらえるよう、神様には祈っておいてやる。それだけだ」

 

 不器用な謝罪の表現に、自分自身も不器用さを自覚しているディダーロは苦笑を返し。

 

「私に情状酌量を与えてしまうような神が、ウォルスタに加護を与えてくれる神だとしたら、そいつは偽物だと思っておいた方がよいと、今の私は思っているのだがね?」

「―――っ」

「・・・だが、君の思いには感謝しよう。考えてみればウォルスタ人相手に感謝したのは生まれて初めてかもしれない。

 最初で最後に感謝を捧げたウォルスタ人が、君のような人であったことを騎士として誇りに思う。・・・ガルガスタン人としては正しい思いかどうかはわからんがね」

「・・・・・・行く。世話になった。あの世で達者に暮らせ。ではな」

「君もな、アロセール君。頑張れと言える立場ではないが、いつでも君に良い風が吹いてくれるよう、アーチャーの君に相応しく風神ハーネラの加護にでも祈っておくとしよう。・・・元気でな」

「・・・・・・・・・」

 

 アロセールは駆け出し、二度と振り返ることも立ち止まることもなくなった。

 ・・・一度でも足を止めてしまえば自分は二度と立ち上がれなくなってしまう。そう感じずにはいられなかったから。

 

 

 

 部屋に一人残されたディダーロは、先ほどまでウォルスタの若者達が座っていた対面のソファを眺めて「ふっ」と微笑んで独りごちる。

 

「・・・今さら言っても詮無いことだが、君たちのような若者とはもっと早く会っておきたかった。私にはもう、これ以上は戦い続けられそうもない。疲れてしまったのでね・・・一足先に逝かせてもらう」

 

「さらばだ、未来のヴァレリアの若者達よ。良き人生を生きて、良く死んで逝くといい。生きることは死ぬことよりもずっと苦しくて重い責任を負うことだからな・・・」

 

 

 ・・・後世、歴史家達の見解によるとバルマムッサの真相を広めたネオ・ウォルスタ解放同盟が単独では解放軍にもガルガスタン軍にも対抗できないゲリラ組織までしか成長できなかった理由は、ヴァイスがデニム達とバルマムッサを脱出した後、離脱するのが遅れたため解放軍の宣撫班に先手を打たれてしまったためと結論が出されている。

 

 ヴァイスが本格的に活動を開始した頃、既に『バルマムッサの虐殺』は広くヴァレリア中に喧伝され、それに呼応したガルガスタン内の反枢機卿陣営が解放軍に参加を表明し、勢力バランスが大きく崩れた直後であったため、『バルマムッサの真実』を求める人の数は激減してしまっていたためである。

 

 人々は復讐心からガルガスタンに報復する理由と大義名分と、そして何より『力』を欲していた。

 その全てがウォルスタのロンウェー公爵から与えてもらえるようになった情勢下で、今さら戦乱を苦難の時代にまで戻す理由を人々は欲しておらず、趨勢の定まった戦乱に無謀な一石を投じるべき理由となる『真実』などほとんどの人から歓迎してもらえなかったのである。

 これはヴァイスの語る真実が、『ウォルスタの圧倒的優位な戦局』という現実の前に敗れ去った事実を示すものだったと言える。

 

 

 ・・・皮肉なことに、彼の敗北と解放軍の勝利にはセレニアも一役買ってしまっている。

 情報戦を得意とする彼女が組織した宣撫班は、効率的に噂を広め、尾ビレをつけさせ、民衆自身の口と足で拡散させる手法をとったため、上意下達の解放軍内にあって極めて異質な部隊と成り果てており、武闘派のヴァイスは後手後手に回らざるを得なくされてしまったという背景が関係しているためだ。

 

 間接的にではあるものの、彼は友軍だった当時『戦えない役立たず』として罵倒した経験のある相手にまで敗北を喫したことになるのだが。

 

 

 ・・・・・・それでもヴァイスは諦めない。

 それほど自分は『あきらめのいい性格はしていない』と胸に覚悟を秘めて歩き続ける。

 

 いつの日か本当の自由と平等が、ヴァレリアの民全員に与えられる日を夢見て戦い続ける、困難な道を選び続けていく。

 

 その道が彼を、かつて袂を分かった友“たち”との合流と和解につなげてくれる未来の歴史を、今を生きる彼はまだ知らない・・・・・・。

 

 

 

 

 ――古の昔

 力こそがすべてであり、

 鋼の教えと闇を司る魔が支配する

 ゼテギネアと呼ばれる時代があった。

 

 

 ――だが、そんな時代であっても人々は支配からの解放を求めるのを辞めはしない。

 鋼の教えを否定して、闇を司る魔を打倒するため蟷螂の斧を振りかざす若者達はあきらめることなく時代という現実に立ち向かい続けていく。

 

 これは、そんな若者達の戦いを綴った記録でもある・・・。

 

 

つづく


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