ちなみにミリルは出てきますけど、本格的な参入は次話以降です。思ってたより時間たっちゃいましたのでね…更新速度優先です。
エルククゥがハンターとして生きる術を教わった師匠とも呼ぶべき男、シュウの居住するアパートを訪れたとき。恐れていた二人の少女による激突は起こらなかった。
待ち受けている側の少女が買い物に出ていたために、出会い自体をしてないからである。
彼女はインディゴスの街が季節外れのブリザードに襲われる異常事態が起こらなかったことを素直に喜ぶ一方で、これが一時凌ぎであり問題の先送りにしかなっていない事実も自覚できていたため溜息を吐きたい気持ちにならざるを得なくさせられていた。
(・・・破滅を回避できたことは素直に喜べるんですけど、こう言うのって一度覚悟を決めて肩すかしを食らわされたりすると、次に覚悟を決めるのが怖くなるものでもあるんですよねー・・・。
いやはや、居てくれなくて良かったのか悪かったのか。微妙なところですねー)
ソファに寝転がって高い天井を見上げながら、ボンヤリとどうでもいい思考に身を委ねていた少女に対し。
「エルククゥ」
低くて渋い、若く落ち着いた男性の声がかかった。
シュウだ。
自分ともう一人の少女の師匠であると同時に恩人でもある男性で、色々と謎が多いが信頼できるという一点に限り他の誰にも及ぶべくもないと言う文句の付けようのない長所を有した大人の男である。
「娘の傷の見立ては終わった。お前の予測したとおり、ただの銃弾ではなかったようだ。先端になにかの薬品らしきものが付着していた形跡がある。応急処置以上のことをしなかったのは正しい対応だった」
「やっぱりですか・・・」
天井を見上げたまま身体を動かすことなくエルククゥは返事をする。
実のところ彼女がリーザの力で自身の傷を癒やすことを制止してきたのにはワケがある。飛行船の甲板で自分が傷を癒やしてもらったときに、傷口が急速に塞がっていくにも関わらず、傷口の周囲の破れた服は風になびくように揺れていただけだったのが、その理由だ。
要するに、時間を逆戻しにして身体を元に戻しているといった類いの奇跡的現象ではない、と言うことだ。
(おそらくですが、人体の回復能力を飛躍的に高めることで短時間の超回復を可能にするといった類いの原理なのでしょう。
あくまで傷を癒やす速度を速める力であって、傷を受ける前の状態に戻すわけではないのだとしたら、余計な不純物が体内に入ったまま傷口を閉じさせるわけにはいきませんでしたからねぇ。あー、杞憂として割り切らなくて良かったです。一安心)
そう思い、心の中で安堵するエルククゥ。
リーザに不安を与えるのは良くないと考えて事情を説明せずに来たのだが。もし仮に言いつけを破って彼女が傷を癒やしの力で治していたらと思うと寒気がしてきたので、慌てて頭を振るとシュウに向かって聞きたいことを質問した。
癒やしの力を使えない以上、医者に診せる必要が出てきたのである。
「とにかく、お医者さんにみてもらう必要がありますからね。誰か心当たりはありませんか?」
「空港のニュースは国中に流れている。あの一件はお前なのだろう? 目立ったことはできんぞ」
「ええ。だからこそ、あなたを頼るより他なかったんですよ」
答えられ、数瞬の間を置いてシュウは弟子の言いたいことを理解した。
彼は確かにエルククゥの恩人であり師匠でもある頼れる男性ではあるものの、位置的には国の反対側にあるプロディアスからインディゴスまで医者を紹介してもらうためだけに遠出してくるほどの理由は持っていない。
匿ってもらうだけならば、医者はプロディアスで探してもいいはずだった。
あそこは国の首都であると同時に、アルディア国ハンターズギルドの本部も置かれている場所だ。ハンター御用達の闇医者には事欠かない。
その上、商売道具の信用を二束三文で売り払うヤブ闇医者は、業界全体の顧客を失わせるからと徹底的に余所へと追いやってしまう排他的ながらも守秘義務を厳守する裏社会の医療業界トップランカーが集まっている土地柄でもある。
ギリギリまで追い詰められれば別だが、そこまで追い詰められない限り自分たち金ヅルの情報を商売敵に売り渡すような自殺行為は絶対にしない。
だから、わざわざアルディアの田舎町に分類されているインディゴスに来るまで放置しておく理由がないのである。
それでも彼女が自分を訪ねてきたのは、そういう事情があると言うことだ。
即ち――――
「・・・相当にヤバいことをしている連中が相手というわけか・・・」
単に、秘密をバラす恐れがないという“だけ”では信じ切れない。何でもいいから納得して信じられる理由が欲しい。
エルククゥはシュウを信頼している。そのシュウが紹介してくれた相手なら信じられる。
医者を信じるのではない。医者を信じたシュウを信頼しているからこそ信じて任せられるのだ。それがエルククゥなりの信頼に基ずく人間関係のあり方だった。
「・・・ラドの親父になら、頼めるかもしれんな」
教え子の性格をよく知り、理解もしているシュウとしては、ここまで信頼されると応えてやりたくもなる。
何より彼のよく知るその男も、目の前の少女と少しだけだが似たところを持っている人物だ。双方に好感を持っているシュウとしては教えるのを躊躇う理由はどこにも持ち合わせていない。
「ラドさん・・・ですか?」
「ハンター御用達の闇医者だ。飲んだくれだが、腕はいい。プロディアスのぼんくら共より余程な」
「へぇ・・・」
シュウがそれほど絶賛する闇医者とは興味深い。エルククゥは個人的にもその『ラドの親父』という人に興味を持って事に当たろうと決意し直す。
「俺は出かけなくてはならんが、戻るまで部屋は自由に使ってくれていい。・・・到着早々に疲れているからとソファを占拠してしまったお前には今さら言う必要もないことだろうがな・・・」
若干、非難を込めた口調で言われて肩をすくめるエルククゥ。
“そうした理由”は承知しているものの、自分の家の家具を家主の許可より先に我が物顔で使われてしまったのではシュウとしては立つ瀬がない。
「ラドの親父は、この時間ならいつもは酒場で飲んだくれているはずだが、急な仕事が入ればその限りではない。その為にいつも酒場で飲んだくれている男だからな」
「なるほど」
打てば響く相づちで、ラドという男の性質を大まかながらも理解したエルククゥは大きく頷くと立ち上がり、出立の準備をし始める。
「待って! エルククゥ」
と、それを見たリーザが安静にしているため横たわっていたベッドから起き上がると声をかけてきた。
「私にも手伝わせて。もともと私の傷を見てもらうお医者さんを探しに行くんでしょう? だったら――」
「治療してもらう対象の貴女がついてきて、怪我が増えたらどうする気なのです? 治療費を更にふんだくられて私に泣きを見ろとでも?」
「そ、そんなつもりは・・・」
アッサリと言い負かされて劣勢に追い込まれるリーザ。
然もありなん、シュウとしては当たり前の結果に今さら頷く手間すらかける気になれない平凡すぎる光景である。
こと、言葉での言い合いでエルククゥに勝てる者は希だ。大体は負けるか、エルククゥが自らの架した個人的な拘りによって勝ちを与えられて終わる。戦闘ではなく舌戦において彼女に勝てるようになるには、あの娘はあまりにもエルククゥを知らなすぎている。
「でも・・・」
「それに、貴女には友達に守ってもらっておきながら怪我してしまった負い目があるはずです。これ以上、友達との友情を反故にしてもらっては困りますね。そうは思いませんか? パンディットさん」
「!!」
ハッとなってリーザは、ベッドの横で蹲っている美しい銀色の体毛のオオカミ型モンスターを見つめる。
彼は自分を守ろうとしてくれて、自分は彼を守ろうとして、自分だけが怪我を負ってしまった。当たり所が悪ければ死んでいた可能性だってあったかもしれないのだ。
それはパンディットの献身に対しての裏切りである。友達が自分のためにしてくれたことを無意味にするのは許されない。
「そういうことです。パンディットさんも留守をお願いしますね? 誰かが部屋を襲撃してきたとしても、私一人がいないぐらいで友達を守り切れない薄情な友人でいないようにしてくださいね?」
軽く首をかしげてお願いされたパンディットは、不機嫌そうにうなって髪を逆立てて答えに代える。
――その程度のこと、言われるまでもない。バカにするなと、オオカミとしての誇りが侮辱された怒りを露わにした反応をまえにエルククゥは
「良い子」
と、一言だけ言って軽く微笑み、出立準備は完了する。
「行くのか? ・・・気をつけて動いた方がいいかもしれんぞ。油断はするなよ」
「ええ、もちろん。・・・シュウさんもお気を付けて」
そう言って、しばらくしてから一言だけオマケを付け足すエルククゥ。
「・・・それから、ありがとうございました」
「気にするな」
それだけ言い残し、彼は部屋を去り。
エルククゥもまた、その背中を追いかけるように部屋を飛び出して酒場に行き、一足違いでラドの親父はインディゴスのほど近くにある『廃墟の街』に向かったとの情報を得て大凡の事情を把握すると全速力で廃墟の街へと向かって疾駆しはじめる。
「アルコール中毒患者にとって酒を飲むことは、指先の震えを止める効果があります。一日中お酒を飲んでいるアルコール中毒の闇医者という姿が、いつどんな依頼が来ても適切な治療を施せるようにという医者の心構えから来ているものだとすれば・・・マズいかもしれませんね。もう少し急がなければ間に合わなくなるかも・・・」
到着してからずっとソファで横になり、微動だにすることなく体力回復に勤しんでいた甲斐はあり、それなり以上の早さで廃墟の街に辿り着けそうだが、果たして“間に合うだろうか?”
治療費も払えない貧乏人を相手にタダ同然で治療を施してまわり、多くの人の命を救うために本道から外れた裏社会を生きる医者らしい医者。
それでも、“全ての人を救えるわけじゃない”。必ず取りこぼす命は多く出てくる。
救える命よりも、救えない命の方が遙かに多いのが医者という職業だ。その中でできるだけ多くの命を拾おうと考えたら、酒でも飲まなければ続けられない。
それぐらい“殺してしまうことが多い”のが、医者という仕事の役割なのだから・・・。
――だが、中にはそれを恨みに思う者たちも現れることをエルククゥは知っている。
根っからの悪人にとって、その手の善人が施す善行が自分を救ってくれなかったとき、偽善であると決めつけて完全否定しなければ気が済まなくなる人の醜さを彼女は何度か目にして知っていた。
そして、数年前までインディゴスで活動していた凄腕ハンター『青き炎の使い手』として、廃墟の街という場所の土地柄も十分すぎるほど理解している。
マフィアの支配するインディゴスでは、親を亡くした子供は最も下の階層で生きていくことを強制される。人として扱われて死ねる幸運はほとんど得られない。
だから、インディゴスよりほど近い廃墟の街まで逃げ延びた子供たちが弱い者同士で徒党を組んで、自衛するのに持って来いの場所であるのは確かだ。そこなら金のない子供の患者には事欠かないのも含めてだ。
だが、しかし。忘れてはならない。
親に捨てられた子供たちは社会の底辺に生きる弱者たちであり、守ってくれる者がいないからこそ弱い者同士で寄り集まって社会から遠ざかり、忘れられて法も規則も届かない廃墟の街で暮らしている、公的には存在しないのと同じ存在なのだという事実をだ。
つまり。
「そこで誰が、どの様にして、どんな風に殺されようとも、法律は関知しませんって場所なんですよね!!」
小さく叫んで、エルククゥは小さな身体を大きく跳躍させる。
生きるに値する親父さんを死なせないために。生きる資格のあるリーザを救ってもらうために。
そして――
「・・・おかしいな、確かここのはずなんだが・・・」
「――ククク、まんまと来やがったな」
「!?」
「ラドの親父よぉ、俺が誰だかわかるか? わからねぇだろうなぁ。警察から逃げるときに受けた傷で死にかけてたマヌケな強盗のことなんて、お前はとっくの昔に忘れちまってるだろうからなぁ」
「あの時の・・・だが、わしが見た時にはもう助けようがなかったんだ――」
「テメェの理屈なんざどうでもいいんだよ。いいから聞け。
お前が見捨てた後、俺はあるお方に拾われてなぁ。その方に命を助けられた上に、こんな強い体にしてもらったのさ。
だから、まず俺を見捨てたあんたに礼をしようと思って誘き出したわけよ。
へへ、じっくり時間をかけて殺してやるぜ」
「それは困りますねぇ」
「「!?」」
「その人には用があるのです。あなたの下らない復讐ゴッコで無駄な時間をかけさせられては迷惑です。大人しく連れて行かせてもらえませんか?
そうしたら特別に見逃してあげますよ? 弱っちいあなたが尻尾を巻いて逃げ去るのを見送るぐらいの猶予時間は施してあげましょう。感謝しなさい。警察から逃げる途中で怪我させられて死にかけるようなマヌケすぎる三流強盗の成れの果てさん」
「て、テメェ・・・っ!! ――ハッ、いいだろう・・・。ちょうど力試しをしたかったところだ。お前から始末してやるよ!!」
「粋がるなよ、ザコ。他人にすがってバケモノにならなければ復讐もできない三下風情が生き長らえた命まで無駄に捨てますか。
だったら、もういい。死になさい。
あなたには他人を殺す権利も、生きていく資格も私が認めてあげません。
下らないあなたを拾った、下らないあなたの飼い主さんを地獄の底で歓待するため先に逝って待ってなさい。バ~カ」
つづく
おまけ『ちょうどその頃シュウのアパートでは』
ミリル「ただいま、シュウさん。見て、果物屋さんにオマケしてもらっちゃった。『今日はいつもよりオシャレして綺麗だから、エルククゥとデートなんでしょ? 頑張ってきなさいよ』だって☆ も~、果物屋のおばさまったらお世辞が上手なんだからウフフフ~♪」
リーザ「え・・・?」
ミリル「・・・え?」
ミリル「・・・・・・」
リーザ「・・・・・・」
エルククゥ「・・・念のために言っておきますけど、私は別にこういう現場に居合わせたくなかったからラドの親父さん探しにリーザさんを連れてこなかったわけではなくもないですけどないですよ? 多分ですけれども」
ラド「わしの治療を痴話げんかの仲裁に使われても困るんじゃけども…」