試作品集   作:ひきがやもとまち

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言霊と恋姫無双のコラボ作品『魏ルート』バージョンです。
ネタ自体はだいぶ前からあったんですけど、とにかく知識がなくて書けなくて…(;^ω^)
最終的に半ば以上オリジナルで書かせていただきました。銀英伝と恋姫と言霊のコラボみたいな作品とでも思って読んで頂ければ助かります。


言霊・恋姫無双(魏ルート)

「・・・この辺りもだいぶ治安が悪くなってきたものね・・・」

 

 漢帝国の都・洛陽。

 中でも比較的治安の他漏れていた上級役人の住まう屋敷が軒を連ねている一帯でふと、口をついて出た感想を手土産に曹猛徳は、友人の屋敷を訪れる。

 

 門をくぐり、中へと進み、庶民と比べれば豪勢であっても地位に見合った調度品は何一つ置いていない邸内を我が物顔で蹂躙しながら奥へ奥へと進んでいくと、屋敷に仕える数少ない召使いの代表格たる老人と出会った。

 

「これは、曹操様。お嬢様にお会いに来られたのでありましょうか?」

「ええ、そうなのよ。あの子は今日も書庫で読書中かしら?」

「今日は中庭に行かれるのを今朝方にお見かけしましたので、おそらくはまだそちらに居られるかと存じますので、ご案内致しましょう」

 

 礼儀正しく言ってくるだけで、曹操の暴挙を無礼だとは少しも思っていない口調で応じる老人の態度に、思わず曹操は相好を崩す。

 わざわざ取り次ぎやら、お伺いやらと余計な手間暇を幾度もかけなければ友人一人に会いに行くことさえ出来ない非合理すぎる権威主義は度が過ぎていて彼女の好みには合わない。

 

「いいわ、自分で行くから。勝手知ったるなんとやら。

 ああ、でも後でお茶とお菓子だけはお願いできるかしら?」

「畏まりました。どうぞごゆるりとお寛ぎ下さいませ」

 

 一礼して背を向けて去って行き、厨房へと向かう老人。

 さすがに彼は慣れたものだったが、まだ屋敷に雇われて間もない若い娘の次女が偶然にも今の一連の出来事を目撃してしまい目と口を大きく開けて茫然自失している。

 然もあろう、ここは庶民の暮らす民家ではない。曲がりなりにも宮廷に使える官吏の屋敷なのだ。ここまで礼儀作法に威厳や権威、伝統と地位身分に頓着することなく。

 

 ただ『屋敷の主人の友人が遊びに来ただけなのだから、過剰な気遣いは邪魔になるだけ』という当たり前の常識をごく自然に実行することができる屋敷など、洛陽中どころか中華全体を探し回っても数えるほどしかないだろうと曹操には確信を持って断言する事ができる。

 

 ・・・老人と彼女の予測は双方共に外れ、目当ての人物が今日の読書場所に選んでいたのはかび臭い書庫でも風光明媚な中庭でもなく。自分の部屋の窓際だった。そこに椅子を運んできて座して本を読みふけっている。

 

「相変わらず本の虫なようで、なによりね似亜。本を見ているだけで世の有様を思い描けるあなたの英知を部下たちに分け与えてほしいぐらいだわ」

「・・・・・・曹操さんでしたか」

 

 ズカズカと、戸も叩かずに入室してきた訪問客の無礼に対して何も思うところがないかの如く普通に返事をし、尋ねてきてくれた友人に応対するため本を閉じて顔を上げ、目線を合わせる。

 

「・・・いえ、今は騎都尉になられたんでしたっけね。私ごとき一役人如きが敬称を省く無礼を働くべきではありませんでしたか・・・ご無礼の段、どうかご容赦願います。曹操騎都尉殿」

「ご謙遜を」

 

 相手の皮肉を取り合おうともせず、曹操は自らも皮肉げに唇を歪めると“いつものように”軽い毒のこもった言葉の矢を相手の心臓めがけて射出する。

 

「洛陽中に轟く名裁きをやってのけた話題の人たる司法官殿のお言葉とは思えぬお言葉。

 巷では、『さすがは“洛陽の鬼神”橋玄の娘だ』と女子供に至るまで噂し合っているというのに・・・世間の噂の華美なるに比べ、現実の惨憺たること、夢のなきこと。

 まさに帝国の実情を映し出した鏡のようだとは思われませんかな? 橋幽競殿」

 

 友人からの心優しい皮肉に対して声に出した答えを返そうとはせずに、橋幽競、真名『似亜』は曖昧な表情を浮かべ、友人と自分のために自ら茶を点てようと茶器へと向かって歩み寄る。

 

 ――先日のことである。似亜は司法官として一つの裁判を担当した。

 宮廷の重臣の一人が、家臣の夫に懸想して『情夫として献上するよう』命令して拒絶されてしまったのである。

 ここまではごく普通の色恋沙汰に過ぎなかったであろう。

 だが、手を振り払った相手は権威と面子と特権と富に犯され尽くした権力者の端くれである。当然のように濡れ衣を着せて罪に落とそうしたわけだが、彼女にとって運の悪いことに審議を任せるため指名した相手、司法官になったばかりで経験が浅く扱いやすいはずの橋幽という少女を見誤りすぎてしまっていたのである。

 

 似亜は相手の話を軽く聞いた時点で無実を確信することが出来たが、問題はその後だ。

 無実の者を無実にすることが如何に難しいか、父の後ろ姿を見て育ってきた彼女には明白すぎていたため一計を案じざるを得なくなった。

 

「この場合、必要なのは真実ではなく、無実の者を無実にさせることでしょうね」

 

 そう己の疑問に答えを出した彼女は直ぐに動き出す。

 彼女は審議を長引かせ時間稼ぎをしながら、告発者の重臣の素性を調査した。

 無実の者を陥れようと図るような輩だから、身辺には当然の如く弱点があると踏んでいたからである。

 

 案の定、叩けばホコリだらけだった重臣殿に自ら反対派を黙り込ませるのに協力を仰ぐことに成功し、その代わりとして『すべてを手違い、勘違い』として『双方ともに今回は何も無かったことにするように』という前代未聞の“正義の事なかれ審議”がおこなわれ世間から喝采を浴びる結末を招いていた。

 

 

 ――だが、巷の評判がどうであろうとも、当の本人が自身の下した審議の結果を高評価するか否かは本人次第である。

 

「それほど大層なことをやる能力はないんですけどねぇー・・・。ただ単に小知恵で現実を処理した。ただそれだけだと思うんですけども・・・」

 

 似亜の現実感覚ではなく、道徳の問題が彼女に自分の行動と思考を自己嫌悪させていたのである。

 

「中華を支配してきたのは『武の理』。常識や理想や理念は後回し。剣こそが全ての権力を握り、現実の国と人々の運命を決定づけてしまう・・・それがこの国の現状でしょう?

 それを貴女はわかっていた。わかっていたから、その中で自分に出来る最善を尽くして最良の結果を導き出した。恥じるべきところなんてどこにもない。むしろ立派なものじゃないの、誇りなさいよ。あなたは司法官としての正義を貫き、現実にそれを認めさせたのだから」

「・・・正義というなら、あの時私がやるべきだったのは告発者の不正を暴き立てて、徹底的に懲らしめてやることでした。

 私はあのとき時間を優先しましたし、国家全体と未来のことよりも、今の自分が担当している裁判で無実の罪に問われている被害者を救うことこそが役職的には大事なんだと決断した上でおこないはしました。

 ・・・それでもまぁ、気持ち的にはあんましいいもんじゃないですよ。この結果はね。

 もっと他にいい方法があったんじゃないのかなと、つい考えてしまうのです。結果論でしかないことぐらい、自分でもわかっているはずなのですが…」

「似亜・・・あなたは・・・・・・」

 

 曹操は何か言おうとして口を開いては閉じ、何度かそれを繰り返してから頭を振って、やがて盛大に溜息を吐いて見せた。

 

「――似亜、前にも言ったことだと思うけど、貴女の考え方は今の時代には新しすぎるし、正しすぎる。それを受け入れられる土壌は今の帝国にもなければ、大陸のどこにも存在していない。その程度のこと貴女が理解できていないはずがない」

「・・・・・・」

「それでも貴女が理想を捨てられず、現実の道を歩むための道標として灯火として掲げ続けるというならば。貴女が選ぶべき道は一つしかない」

 

 ぐいっ、と。いつの間にか間近によっていた曹操が似亜の首筋を掴んで自分に近づけて、唇と唇が接触する寸前の距離まで引っ張ってきてから、曹操はあらためて“先日だした自分からの要望に対して”答えることを友人に強制する。

 

 

「私と一緒に来なさい、橋幽競。この大陸でただ一人、私だけが貴女の理想に近い国を現実に打ち勝つことで実現させられる力と意思を持っている。他の誰にも同じ事は出来ない。

 貴女の理想を理解する者、共感する者は無数に現れるかもしれないけど、実現できるのは私だけ。

 だから似亜、選び取りなさい。私の差し伸べた手を取ることを。二人で帝国と大陸を手に入れることを。現実に打ち勝ち、理想を勝者たらしめるその日まで、貴女の理想は私が預かる。私が守り抜く。絶対によ」

 

 

 ・・・・・・この三日後、騎都尉曹操孟徳に五千の兵を率いて洛陽に近い穎川に陣を張った黄巾軍の将、張宝と張梁の二人を討伐するよう命が下った。

 その軍に私兵を率いて参陣した将の一員に橋幽競の名がある・・・・・・。

 

 

 曹操孟徳の覇業を陰で支えた『冷徹氷の軍師』と呼ばれる少女の戦いが始まろうとしていた・・・・・・。


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