試作品集   作:ひきがやもとまち

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頭の中を一回スッカラカンにするために書いてみました。だいぶ前に思いついて放置していた話で、原作は『るろうに剣心』と電撃文庫の『鬼神新撰』によるコラボ作です。
ニワカ歴史ファンだと、この手の主人公を描くのは勇気いるので大変ですね(;^ω^)
おかげで良い感じに疲れてスッキリしましたので、また明日から頑張りま~す(^O^)/


『誠』の旗の新八-明治新撰奇譚-

 

 霜月―――。

 夕風が街の乾いた寒気を吹き流し、冬ぞなえにはちと早い『東京』の寒さをいくらか冬へと近づけていた。

 明治の文明開化で食文化に大きく影響を受け、様々な新しい料理が登場していたこの時代。牛鍋(スキヤキ)は一般庶民が口にできる西洋料理の代表格として人気を博しており、東京府郊外にある牛鍋屋『赤べこ』でも、

 

「寒さが近づく頃にこいつをやるのがまた美味いのよ」

 

 常連の客たちが入れ込みの座敷に上がり込み、美味そうな湯気を上げる鍋を囲んで汗みずくとなってふうふうやっている。

 

 そんな中に、一人で鍋をつつく浪人風の男がいた。

 着物は麻の絣に小倉の袴。着古しだがきちんと洗ってあり、清潔そのもの。

 髪は、伸びた月代が少し額にかかり、あとは後ろできゅっと縛ってある。

 金を持っていそうには見えないが、しかし、かといってみすぼらしくも見えない。こういうなりをしても小ざっぱりと灰汁抜けた感じのするところが、いかにも『江戸のもの』に見える。

 

 歳は二十歳そこそこに見える、が――。新牛蒡のササガキとともに牛肉を頬張り、美味そうに升酒を干す様が、あまりに堂に入っている。童顔というだけで実年齢は三十ほどであるかもしれない。

 

「もう一杯頼まァ」

 

 童顔の男が店の娘に声をかける。とくに可笑しくはないのだが、これがこの男の得なところで、平素の顔が僅かに笑みを含んだように見える。娘が「あい」と嬉しそうに返事をして、奥へすっ飛んで行く。すぐに新しい酒を酌んできた。

 

「ありがとよ」

 

 受け取って、今度は本当に少し笑った。なんだか眩しいものでも見たように片目を瞑る、この男独特の愛嬌あふれる笑顔だった。

 その笑顔に引き込まれ、『赤べこ』の看板娘である「妙」は思わず話しかけてしまっていた。

 

「お客さん、ええ飲みっぷりですなぁ。東京出の方ですやろか? そんなに美味しそうに食べていただけると、作っている店のもんまで嬉しくなってきそうですわ」

「おう。そういうおまえさんは京の人かい? やっぱ都育ちは違うねぇ、お仕着せ着てても品があらァ。そんな別嬪さんに酌してもらって食う牛鍋が美味くないはずはねェってね」

「あらやだ、ウフフ。お上手なお客さんですこと♪」

 

 客商売故、言われ慣れた煽て文句も、この男の笑顔とともに言われるとまんざら悪い気になるものでもない。注ぎ足した酒の量に多少の手心を加えてやってから店の奥へ戻っていく妙の後ろ姿を横目に見ながら男は、何気なく周囲へ向けて視線を配った。客で混み合う店内で男の様子を見とがめる者など一人もいない。

 

 が、男はめざとく、店の外から中をうかがっていた人影が慌てて人混みへと戻っていく姿を見つけていた。

 

「ふぅん・・・・・・」

 

 何やら得心した顔で、男はぐいと升を呷る。

 

(長居は無用のようだ。とはいえ・・・)

 

 気に入った店と別嬪さんの看板娘に無用な怪我など負わせたくはない。

 とはいえ、まだまだ牛肉は残っている。手つかずにおいた脂身のところなぞ、いい具合に味が染みて、

 

(こいつを食わずに帰る馬鹿はいねぇ)

 

 眩しいものでも見るような例の笑顔を浮かべた後、猛然と手を動かしはじめた。すごい勢いで肉を片付けてゆく。

 さらに、奥から出てきて何か話しかけたそうにしていた先ほどの看板娘を呼んで、

 

「飯だ。鉢に大盛りでな。それに卵とオコウコっ」

 

 箸を止めず、てきぱきと言いつけた。

 娘の方も心得たもので、

 

「あい♪」

 

 と、言われたものを笑顔で持ってきてくれる。

 男は「にゃっ」と独特な笑顔で笑い返すと、手早く鉢の中へと卵を割り入れ、牛鍋の残りも放り込んだ。間髪いれず、飯と卵の味の染みた牛肉とをぐるぐる混ぜあわせ、

 

「あっ」

 

 という間に平らげてしまう。

 呆気にとられて、糸のように細い両目をいっぱいに開いて見つめてきている妙に向かい、

 

「ごっそさん。勘定っ。茶はいらんぜ」

 

 漬物噛み噛み、男が言った。もう立ち上がり、二刀を腰に差し込んでいる。

 勘定を済ませて店の外へ出るとき、何を思ったか少しの間立ち止まり、払いを渡したばかりの妙に向かって笑顔を向ける。

 

「この店は、いい店だな。気に入ったよ。縁があったら、また寄らせてもらわァ」

 

 快活に笑って、懐手にし外へ出て歩き出す。

 残された妙は、「今時珍しい、格好ええお侍さんもいるもんやなぁ・・・」と、感慨深げにつぶやいていたことなど知りもせぬまま、提灯も持たぬのに暗くて人気のない方へと。

 

 東京府郊外といえば、文明開化がまだ及びきっていない土地柄で、欧化政策の余波により数年後には地価が5・6倍にまで膨れ上がる将来性豊かな地域である一方、まだこの時分だと昔ながらの剣術道場や武家屋敷など江戸文化の名残を色濃くのこす一帯として存続されており、店々が軒を連ねる界隈から少し歩けば夜になると人も訪れないうら寂しい道筋へ出てしまう。

 

 わざわざそんな寂しい場所へ歩いてきたところで、

 

「この辺りでどうだい?」

 

 振り返り、男はにやにや笑って言った。背後をぴったりと尾つけてきていた、四人の人影に向かって。

 距離は四間(約七メートル)

 それぞれ物陰から、編み笠を被った目を野犬のようにぎらぎら光らせた浪人風が三人ほど姿を現そうとした、まさにその時。

 

「とうとう見つけたわよ、人斬り抜刀斉!!」

 

 突如として、声がかけられた。若い女の凜々しい声。

 

「――あ?」

 

 振り返った男の視線は、男たちが出てこようとしているのとは真逆の方向。あまりにも威風堂々と己の接近を隠すことなく歩んできていたものだから、てっきり戊辰戦争で没落した士族子弟か何かだとばかり思ってやり過ごす気でいた相手だったのだが、逆に相手の方は自分を捉えて放すつもりは端から持ち合わせてはいないらしい。

 

「二ヶ月に及ぶ辻斬り凶行も今夜でお終いよ。覚悟なさい!!」

 

 狂い咲き―――。一瞬、そうかと思った。

 霜月の東京で咲くはずもない、桜の花弁の匂いをまとわせたように凛烈とした若い娘が、真剣のように竹刀の切っ先を男に向けてきている。

 年のころ十五~十六の美貌の少女。切れ長の目、きゅっと引き結ばれた形のよい唇。

 いっぱしの侍のような稽古着姿をしているが、それでいて桜色の唇に、ツンと尖った胸のふくらみ、――凜然とした気配の中に女としての未成熟な色香が潜む。

 

 剣士としての己と、未成熟な女としての自分。相容れぬものを同時に抱え、表面的な力強さと、ガラス細工のような壊れやすさを同時に抱える「危うさ」をもった少女剣士。

 

 ――それは兎も角としても。

 

(なんてイヤな呼び方で人間違いしてきやがるっ!)

 

 大分昔に“呼び慣れた名前”で、自分が呼ばれ、思わず男の顔から表情が消えかかる。

 手は自然に柄へと伸びかかってしまい、危ういところで発しかけた殺気を抑制させた。

 

「・・・どこの別嬪さんだい?」

「とぼけるな! こんな夜中に廃刀令を無視して刀を持ち歩くなんて他にない!!」

「おっと」

 

 叫んで、突き込んでくる娘の突きを軽く躱し、周囲へと視線を向け直してみると男たちの気配からは殺気が消えて、うろたえが見て取れる醜態をさらしている。予想外の闖入者にどう対応すればよいのか自分たちでは判断できずに動きがとれなくなっているらしい。

 

(ちっ・・・、予想してたとはいえ、使い捨ての三下か・・・。これじゃあ締め上げてもたいしたことは聞き出せそうもねぇか)

「二ヶ月前の辻斬りって話だったが・・・俺が東京にきたのは一月前が最初だぜ。人違いじゃねぇのか?」

 

 とりあえずの獲物と、欲していた情報源の双方が手に入らないことがわかった以上、あの男たちに自分が斬るほどの価値はない。どちらかと言えば目の前の娘の方に興味がわいた。

 人違いであろうと何だろうと、女の矮躯から放たれた叫びと一突きが大の男たち四人の動きを封じ込めたのは大した手柄である。この娘を余計な邪魔者として連中が排除しようとするならば、全員まとめて斬り殺すぐらいはしてやっても釣りが来ると思えるほどに。

 

「ついでに言やぁ、俺がこの辺りを訪れたのは今日が初めてのことだ。その辻斬りってのがここらで発生してる事件だってんなら、下手人が俺ってのはありえねぇと思うんだがね」

「ぐっ~~」

 

 冷静に早とちりを指摘された娘が顔を赤くし、視線をさまよわせてから男が腰に差した二刀に目をやり瞳を輝かせる。

 

「じゃ・・・じゃあ腰の二刀はどう説明する気? 剣客だからって帯刀は許されないわよ!」

 

 ちょうどいい根拠を見つけたと思っているのが手に取るようにわかる、本心を偽れない類いの善人なようだが矜持の方も人並み以上には高そうなようで、気位の高い京女に慣れた男としても扱いこなすのは難しそうだと内心で肩をすくめる。

 

「別に許してもらおうなんざ思っちゃいねぇよ。刀は武士の魂だぜ? 魂を捨てるってこたぁ、死ぬってことだろ。

 死ぬ理由が廃刀令違反でしょっ引かれての処刑だろうと、弱い者いじめしか脳のねぇ腰抜け警官相手に斬り合って負けた結果だろうと大した違いはねぇよ。だから俺は、明治になった今でも武士として刀を腰に刺してる。そういう事情さ」

「・・・・・・ッ!!!」

「生き様を選ぶは『信』。死に様を決するは『義』。

 死を恐れぬこと、生を愛おしむこと、己の内に矛盾はない。

 剣に生き、剣に死す。それが武士として生きて死ぬってことだからな」

「・・・・・・」

 

 あまりにも呆気なく、自分の法律違反を認めてしまった男の堂々とした態度に、娘の方こそ逆に呆気にとられて茫然自失し、沈黙がその場に舞い落ちる。異様なまでに静かになった二人の合間に―――遠くから響いてくる笛の音が木霊したのはちょうどその時のことだった。

 

「!! 警察の呼笛! 今度こそ・・・!!」

 

 脱兎のごとく走り去っていく娘の後ろ姿。つい今し方、早とちりで突き込んでしまった相手に平然と背中をさらして走り去られる、その態度はクソ度胸かワガママ娘の阿呆故なのか。

 どちらにせよ、コソコソ盗み見るばかりで一向に出てくる気配のない浪人どもよりかは、余程あの娘の方が見応えのあるものを拝ませてくれそうだと感じ、軽い足取りで後を追い。

 

 ・・・ソイツと、出会って―――“再会”を果たした。

 

 

 ザシュゥゥゥッ!! ザシュッ! ザシュゥゥゥッ!!!

 

「ぎゃあああっ!?」

「弱い!! 弱い弱い弱い弱い!! うぬら弱すぎるわぁ!!

 我は抜刀斉!! “神谷活心流”緋村抜刀斉!! 人呼んで『人斬り抜刀斉』!!!」

 

「待ちなさい抜刀斉! ウチの流派を名乗って辻斬りを仕出かすなんて許せないわ!! ひっ捕らえてや―――」

「だから深追いはダメでござるって」

「ぐげっ!?(ゴギン!)」

「やれやれ・・・・・・」

 

 

 

「はっ、なかなか面白ぇ三文芝居を見物させてもらって嬉しい限りだがね・・・で? お前さん、こんなところで何やってんだい? “本物の人斬り抜刀斉”はアンタのはずだと思ったんだが、ありゃ俺の見間違いかい?」

 

「・・・そういうお主も、政府のお膝元で堂々と姿をさらせる身分でござったかな? “幕末最強の人斬り集団・元二番隊組長”だった身であるはずなのだがな、お主は・・・・・・」

 

「ちがうね。俺は新撰組二番隊組長だったヤツじゃあねぇさ。靖共隊の“永倉新八”が俺の名だよ、間違えないでほしいな。伝説の人斬り緋村抜刀斉さんよ」

「――どうやら、お互い訳ありのようでござるな・・・。ひとまずは人目を避ける場所へ行こう。そして、可能ならお主とは酒でも飲みながら積もる話を聞かせて欲しいものだ・・・」

 

 

つづく

 

 

主人公『永倉新八』の設定。

 電撃文庫『鬼神新撰』で主人公だった永倉新八を、そのまま持ってきた剣客主人公。

 東京に来た目的も原作通りに「最後に残った友の敵討ち」

 そしてまた、原作通りに孤立無援の敵討ちに限界を感じてきており「潮時だ」とも感じてきている。それが今作で剣心たちと組むようになった要因。

 剣心と違って『不殺の信念』は一切持ち合わせておらず、己を高めるためにギリギリの死闘を修練の一つと捉え、望み求めてしまう危うい感性の持ち主。

 とはいえ、血に飢えた野犬でもなければ、誰彼かまわず斬る男でもない。

 戦場があればどこへでも行く戦闘狂であっても、自分から戦場を創り出そうとは思っていない、あくまで『修練のための死闘』を求めて戦場へと馳せ参じる剣に生きる新撰組の剣客。

 原作でも史実でもそうだが、斉藤一とはあまり仲がよい方ではない。また、黒傘事件の時の谷十三朗は間違いなく倒すべき敵。上記の理由がなかったら即座にその場で斬り殺しにかかっていくレベルで友好度は最低最悪。

 「るろ剣」二次作の主人公としては、かなり攻撃的な性格だが、実際に問答無用で斬りかかるようなマネはほとんどしない。セリフ面は過激だけど行動自体は王道を行く人。

 

 強さは、戊辰戦争以降「負け戦」続きだったせいで心身ともに「負け癖」がついてしまっているというオリジナル設定が付け加えられたため序盤の「るろ剣」でも一応は対応できるレベルにまで弱体化させてある。もっとも通常の剣心より強いのがデフォルトなのでチートなことに変わりはないけれども。

 

 明治に生きる、『新撰組を捨てた新撰組の生き残り』として戦う男の物語です。

 なお、実年齢故なのかヒロインは『お妙さん』という変わったタイプの「るろ剣」二次作主人公を想定しているキャラでもあります(苦笑)


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