試作品集   作:ひきがやもとまち

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久しぶりかもしれない『アークⅡ』二次作の最新話を更新しました。
出来れば明日は『偽レニア』の続きが書きたいですし、可能であれば『魔族社会不適合者』の続きとか、『別魔王様』とか色々書きたいと思っておりま……なんか無駄に忙しいですな。エロも書きたいのに時間大丈夫でしょうかな? 私って…。


アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~9章

 その建物は、不必要なほど空気が乾いた場所だった。

 扱っている情報と、集まってくる人間達の特殊さ故に昼間から窓にはカーテンが引かれて開かれることは滅多になく、利用者に接客をおこなう受付には鉄格子が嵌められ、まるで独房のように牢屋の外と中にいる者とを隔てさせている――。

 

『インディゴスの町 ハンターズ・ギルド』

 

 それが、この建物に与えらている名前だった。

 物理的なまでの威圧感と息苦しさを入室者に与えられるよう計算され尽くした意図的な造りをした構造は、表向き金目当ての荒くれ者ハンター達から非武装のギルド職員を守るためとなってはいるが、その実ギルド側の本音がハンターとの交渉時において有利な立場を取りたがっていることは露骨すぎるほど明白な間取り。

 ギルドが扱うクエストの依頼と支払われる報酬は、依頼を達成して生還できた場合にのみ約束通りの金額が支払われる仕組みになってはいたが、実際には時間ギリギリまで粘って1ゴッズでも高く報酬を引き上げようとするハンター側と、値段交渉には一切応じないとするギルド側職員との駆け引きが展開されるのが日常茶飯事となっているのが実情だった。

 

 だからこそエルククゥは交渉に慣れた、非戦闘分野専門の技術屋であるビビガと組んで交渉ごとは任せているし、ギルド側はギルド側で弱腰の対応をする者は裏方に回して上から目線の強気な態度でハンター相手に接することができる者を受け付け担当に置いておくのが互いの間の不文律として成り立っていた。

 

「・・・・・・」

 

 パラリ・・・・・・紙の書類をめくる音が建物内に響き渡る。

 今日のハンターズ・ギルドには、受付窓口の中で紙束を相手に事務処理仕事をしている中年男性の職員と、受付横の壁際に寄りかかりながらタバコを吹かしているスキンヘッドの男。この二人がいるだけで他には誰もおらず、客となる依頼人も、引き受けた仕事の解決を押しつけるハンターたちも誰一人として入室してくる気配がない。

 

 ―――“客には悪いが”やはり今日はハズレかもしれない・・・・・・

 

 心の中でそう思いながら職員は書類の二枚目を読み終わり、次のページをめくろうと手を伸ばしたそのとき、入り口の方から木の扉が開いてから閉じる独特の音が聞こえてきて、彼に客か掃除人の入室を知らせてくれる。

 ハンターズ・ギルドの扉が時代がかったスウィングドアにしてあるのは、こういう時のためであり、最新の音が出ないよう細工をしやすい扉と違って原始的な木の扉は人間に騙される心配がない。法的な保証の得られない彼らのような仕事にとっては有り難い存在と言えるのだった。

 

「失礼しまーす。昨日と違って今日は仕事に来たんですけど、なんか良さげなクエストって来てたりしますかね? 受付さん」

 

 そう言って、馴れ馴れしく鉄格子の向こう側から話しかけてきた幼い声と、ガキっぽい顔には見覚えがあった。

 数日前の昼にハンターズ・ギルドへ、人捜しに来た新米ハンターのガキである。しかも今日は、もう一人の見知らぬガキまで連れてきてやがる。

 

「誰かと思ったら、この前の新米ハンターじゃないか。今日は誰を探しに来たんだ? 自分たちのママを探して欲しいなら警察にでも泣きつくといいだろうよ。ここは託児所じゃないんだ。邪魔だ、帰りな」

 

 ふん、と鼻で笑い飛ばすような口調で、だが表情は一切動かすことなく受付係の男は一言のもと相手の話を切って捨てる。

 明らかに接客を担当する受付の人間がしていい態度ではなかったが、それはあくまで表社会に生きる社交マナーとしての礼儀作法であり、まっとうな社会人だったなら絶対に『来てはいけない場所』のハンターズ・ギルド内に限っては非礼こそが礼儀なのである。

 礼儀正しく下手に出れば、足下を見て吹っ掛けるのが金目当ての実力主義職業ハンターにとっての常識というもの。その点で彼の対応は必ずしも間違っていなかった。

 

 もし彼が間違っていたとするならば、それはもっと別の理由によるものだった。

 それは―――

 

「おやおや、私の捕まえて新米とは言ってくれるものですね~」

 

 クツクツと、嫌な笑い方をしながら相手のガキは、自分の方を見返してくる。

 

「さては新米のギルド職員さんでしたかね? それは知らずに失礼しました。インディゴスに来て日が浅い人には、この町の流儀や人脈を知ってるはずないですからね~。

 それなのに、この前はインディゴスだと有名なラドさんのことを聞いてしまってホントーに申し訳ございませんでしたね? 新米受付の中年さん」

「・・・私はギルド職員になってから八年になる・・・」

 

 相手の言葉に、一瞬だけ思わず返事をだすので遅れてしまってから職員の男は声を絞り出す。

 子供じみた幼稚な挑発で苛立たされて即答できなかったわけではない。・・・ただ“事実”を指摘されてしまったために一瞬だけ意識が空白化しただけである。

 

 実のところ、彼の言葉も相手の言葉もどちらも正しく、どちらも間違っていなかった。

 彼は確かにギルド職員になって八年のキャリアを持つベテランであり、その言葉に嘘はない。

 

 ・・・・・・だが同時に、インディゴスの町支部に配属されたのは半年前からの『インディゴス支部では新米職員』だったことも確かであり、間違ってはいなかったのである。

 

 舐められたら終わりの商売で、しかも彼は勤続八年のキャリアに自信とプライドを持っている。たかが、こんな田舎支部のお局職員ども如きに侮られたくない気持ちもある。

 強気な態度と口調で、上から目線の言動を心がけてきている事実を、この少女は知っていたのか・・・? と彼は後ろめたさを持つ人間特有の被害妄想に取り憑かれかけて、一瞬だけ“頼まれて引き受けていた依頼内容”を忘却しかけてしまっていた。

 それを思い出させてくれたのは、誰あろう。依頼を伝えるよう依頼されていた“本人自身から”の自己紹介によるものだったのは皮肉と言うより他ない。

 

「私はエルククゥと言います。以前この街でハンターをしていたこともあって、ちょっとは知られた名前だったんですけど、ご存じありませんでしょうかね?」

「エルククゥ・・・・・・? !!! ――ああ、聞いたことがある。炎使いのエルククゥか」

 

 努めて冷静さの仮面をつけ直してから、受付の男はさも『それほど名のあるハンターだと知ってたら・・・』とでも言うような仕草で机の引き出しから一枚の依頼書を引っ張り出してきて相手の見える位置まで持ってくると、

 

「お前が、あの炎使いだというなら話が早い。今、急ぎの仕事があるんだ。引き受けてみる気はないか?」

「急ぎ、というと緊急性の高い奴ですよね。どんな内容の依頼なのです?」

「盗賊団のアジトの場所の情報が入ってな。仕事の内容は奴らの壊滅だ」

 

 相手が乗ってきたことに内心では相貌を崩しかけながらも、受付の男は相変わらず棒読み口調のまま淡々と『彼女に伝えるよう依頼された依頼内容』を暗記していたとおりに読み上げ続けていく。

 

「盗賊団・・・ですか」

「ああ、モンスターを使う卑怯な奴らだ。下手な奴に任せて盗賊だけを倒しただけで、モンスターを取り逃しヘマをされたら堪らない。できれば実績のあるハンターに任せたいと思っていたところだったのさ」

「ふぅ~ん・・・。モンスターを使う、盗賊団ねぇ・・・」

「報酬は1000ゴッズ。どうだ、受けるか?」

 

 積極的な口調で売り込みながらも、実のところ彼にとっては目の前の少女エルククゥが依頼を引き受けるかどうかは、既に重要な問題ではなくなってしまっていた。

 彼が引く受けた依頼内容は、『彼女が来たときには今のクエストを伝えること』そこまでで終わりであり依頼内容は達成されている。

 別に引き受けさせること自体は、彼が受けた依頼内容に含まれていなかったし、依頼人からも言質を得ている。少なくとも彼にとってエルククゥに紹介したクスとをどうするかは問題ではなかった。

 

 もっとも、一応は断れたときのために『この言葉を言っておけ』とは依頼されているので、それだけは言うつもりでいる。

 そして、幸運と言うべきなのか何なのか、彼の受けた依頼は完全な形で全て達成されることになるのであった。

 

「・・・う~~ん、やっぱり止めときましょう。今日は新人さんの訓練と研修をかねて簡単なクエストだけを受けるつもりでいましたので、あんまし危険なことには巻き込みたくないんですよ。何分にも彼女、ズブの素人なものですから危険はなるべくなら避けてあげたいのです」

「おいおい、臆病なことだな。炎使いの名が泣くぜ?」

 

 それだけ言って、自分の請け負った仕事分は終わったという満足感を実感しながら、私語関係が終わって興味のなくなった相手から視線と意識を完全にそらして事務仕事に戻り、必要経費の記された書類から粗探しをする通常業務に戻っていく眼鏡をかけた中年職員の彼。

 

 ――そんなケチ臭い守銭奴の彼だからこそ気づかない。気づけなかった。

 言い終わって書類確認に戻った後の自分のことを、茫洋とした瞳で見つめ続けていた少女の眼が一瞬だけ妖しく灯っていた瞬間を見逃してしまっていた彼は、自分自身の判断と行動によって気づくことを物理的に不可能にしてしまっていたから・・・・・・。

 

「・・・降参です。参りましたよ、どうやら報酬引き上げの小細工は通用しない方のようですし、しょうがないので素直に言い値で引き受けてあげますよ」

「そうか。だったら急ぎの仕事だ、頼んだぞ!」

 

 相手の生意気なガキから降参宣言をさせられたことに多少は気をよくした彼は、素直に相手の依頼受注にエールを送って、依頼書に記されている盗賊団のアジトの場所が書かれた詳細な地図もオマケでつけてやってから送り出す。

 

 ・・・・・・これで完全に自分の引く桁依頼は達成された・・・・・・何という達成感と満足感。やはり仕事とは斯くあるべきものなのだ。

 ハンターなどと言う、その日暮らしのならず者共とは訳が違う規律と秩序ある職場と職務こそが正しい社会人であり、大人の生き方というものなのだから・・・・・・。

 

 ささやかな自己満足感に満たされながら、安全が確保されているギルドの事務所内から一歩も出ることなく次の委託業務を完璧にこなすことのみに意識を集中させていた彼は想像もしていない。

 

 ハンターズ・ギルドの建物外へ一歩でも出てしまった後の少女ハンターが、彼が気づかず犯してしまっていた不手際を口汚く罵倒して見下して叱責していたことに、まるで気づくことなく想像もせず、発想すらわかないまま自分だけの楽園に没頭していたのだから・・・・・・。

 

 

 

 

 

「・・・やれやれ。餌に食いついてくれればめっけ物だとは思ってましたけど、まさかあんなド素人に伝言板を任せてくれてたおかげで敵の罠に気づく羽目になろうとはね・・・・・・」

 

 後頭部に片手をやってポリポリとかきながら、どこかしら困ったように片目をつむってあらぬ方向を眺めたエルククゥがぼやくように小さく呟き声を発していた。

 場所はギルドから受けた依頼書に書いてあった、プロディアスの街の外れにある倉庫街の一角、そこに向かう道のりの途中をノンビリと歩きながら先ほどから彼女は小声でボヤキ続けているのだった。

 

「1000ゴッズの急ぎの依頼で、しかも相手はモンスターを使う盗賊団・・・そんな相手の壊滅依頼に“ズブの素人連れた研修目的のハンター”に任せてしまえるギルド職員なんか実在するはずないんですけどねぇー・・・。

 まったく、どこにでもいるものなんですよねぇ~。教えられたとおりを丸暗記して棒読みするしか能のないバカな大人たちって連中は」

 

 呆れの視線で、今さっき自分が出てきたばかりのハンターズ・ギルドを振り返ってからエルククゥは肩をすくめる事しかできない心地にさせられていく。

 

 たしかにハンターに支払われる報酬は成功報酬であり、依頼に失敗したらビタ一文払ってやる義理はギルド側にはなく、依頼を引き受けるのも引き受けないのもハンター自身の自己責任であり自己判断。

 それがハンターの鉄則であり、安全が保証された真っ当な仕事ではないからこそ一度の仕事で高い報酬を手に入れることができるハンターの仕事に安全性や確実さなんて求める方がどうかしている。それもまた事実ではある。

 

 だが所詮、そんなものはハンターズギルドと、ハンター達だけの内輪揉め問題でしかない。

 ハンターが盗賊団の討伐依頼に失敗するのはハンター個人の無能さが原因だし、ギルドに仕事を失敗した無能の努力を評価して報酬を支払ってやる義務はないが、それでも『討伐に失敗した盗賊団』という現実は手つかずのまま残されることに変わりはない。

 

 まして『モンスターを使う盗賊団』である。仮に討伐に失敗してモンスター達が逃走し、街の住人に危害を加えるようになってしまった時には、あのオッサンは誰の責任だと抜かす気でいるのだろうか?

 赤の他人がエルククゥに責任を押しつけて罰を逃れようとするのは一向に構わないのだが、自分の責任だからと言って無報酬で逃げたモンスター全てを殺してきてやる奴隷根性までは自分には持てそうにもないのだけれども・・・・・・。

 

 

「え? なにか言った? エルククゥ」

「いーえ別に、何でもありません。どうぞお気になさらず先へお急ぎくださいリーザさん。私も遅れることだけは絶対ないよう追いついていくことはお約束しますから」

「う、うん。・・・・・・ありがとう、エルククゥ」

 

 ややはにかみながら礼を言って、小走りに依頼された場所へと向かっていくリーザの後ろ姿を見守りながら、エルククゥとしては今後のことに思いをはせずにはいられない。

 リーザの後ろ姿故に、『敵の思惑と情報量』について考えざるを得なくなってしまった状況に置かれてしまったのを自覚させられたから・・・・・・。

 

 

「モンスターを操る力を持った少女を救出して、怪我が治った直後にでむいたハンターズギルドで『モンスターを使う盗賊団の討伐依頼』が急ぎの依頼で持ち込まれていた・・・ですか。

 これだけ揃うと無関係だと思う方が難しくなってくるレベルの状況ですよね~・・・。一体今度はどんな罠が待ち構えていて、誰が実行役として出てくるのやら見当も付きません。

 まったく、敵はどこまで私たちのことを把握しているのやら・・・・・・?

 ――できれば罠を逆用して食い破り、腕ごと噛み千切ってやりたいところですけど、食い殺されるのは果たしてどちらになるのやら。

 人生はリアルギャンブル、生きるか死ぬか、殺すか殺されるのか。貼り続けるといたしましょう。どちらかが諦めて、あの世に生かされるその日まではず~~~~っと・・・・・・ね?」

 

 

つづく

 

オマケ『オリキャラ設定・ハンターズギルドの性悪職員』

 原作でも登場していた口が悪けりゃ、大して役にも立たなかった眼鏡の男性職員に相応しい人格と背景を付与してみた半オリジナルキャラクター。

 もともとはアルディアで二番目に大きい都市の支部に長年勤めていたギルド職員で、ハンターよりもギルドの利益を優先する姿勢によって成績が良く、高い評価を得ていたことから勤続年数の平均よりも大分早く出世して課長に成り上がっていた過去を持つ。

 

 だが、その小役人じみた性格と価値観故に視野が狭く、自分の見える範囲までの事柄でしか判断基準を持たなかったため『ハンターを切り捨ててでもギルド全体の利益を取る方針』によってハンター達から支部全体が信用されなくなり始め、別の街へと拠点を移動させる者を続出させる結果を招いてしまった末に降格された。

 現在は、『アルディアで最も治安の悪い場所』であるインディゴスに職員として派遣することで『ギルドのために死んでくれる馬鹿なハンターなどいない』という事実を実感させようと更生中なのだが、見たところ成果はほとんど上がっていない様子。

 

 尚、原作と違って今作では、エルククゥがシャンテに出会った後にボコボコにされてしまう未来が確定してしまっているキャラクターでもある。


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