なんか最近上手く行かない日が多くて困っている作者の愚痴でありましたとさ(*´Д`)
何事もなく、無事に班行動の際にリーダーとなる生徒の立候補募集と自己紹介が終わった魔王学園授業初日の1年2組(黒髪の魔王少女主観での認識)
リーダーとなる生徒が決まったのだから、次は当然のように誰を自分たちのリーダーとして選ぶかの班メンバー決めという流れになり。
「自分が希望するリーダーの下へ移動してください」
暴虐な魔王らしい上意下達の強制メンバー押しつけをやることなく、変なところで個人の権利を尊重する魔族らしいミンシュテキ手法によって、リーダーだけでなく配下メンバーまでもが自分の意思で自分の属する班とリーダーを決めてもいい権利が与えられて、人数制限もどうやらなさそうなのが魔王学園の班決めシステムだったことが判明した以上。
「・・・・・・まっ、当然のようにこうなりますよな。普通に考えて・・・」
苦笑しながら、ポツーンと自分の元いた席に座ったまま誰一人として寄ってくることなく、むしろ他のリーダーの下へ行ってしまったために近くの席が空席ばかりとなってしまった人望のない嫌われ者に立候補した黒髪少女は、誰一人班員に立候補してくれる者がくることなく孤独な玉座を暖めている一人ぼっちな王様役を仰せつかることになってしまっているのであった。自業自得なんだけれども。
唯一、最初から自分の席に座ったままのミーシャ・ネクロンだけが自分の隣の席に座ったまま近くに居続けてくれてはいるが、最初から自分の席に座り続けてるままなので、それが今から移動するのか留まることに決めてくれたのか判断するには材料に欠ける。
あと、お姉ちゃんがクラスメイトにいるって教えてもらったばかりだったし。
「・・・お姉さんの下へ行きたいのでしたら、私なんかに気遣うことなく行ってくれてかまわないのですよ? ミーシャさん」
事情持ちであることは解っていたが、一応言うだけ言っておくことにして一言だけ気遣いセリフを言っておく黒髪の少女。
なにしろ相手に家庭の事情があることだけは解っていても、どんな事情か全く知らないし、そもそも彼女の家族は姉以外だと入学式で応援してたオジさんぐらいしか見たことないし、姉にしたところで見た目と自己紹介しか知ってること何もないし。
・・・さすがにこの状態で家庭の事情に首を突っ込める蛮勇は、旧魔王にもない・・・。無神経すぎるし無遠慮すぎる。入学試験で出会って、再会二日目で赤の他人が口を出すには色々絡みすぎてそうな問題でもあるし。
せめて姉妹間や家族間の問題に口出しするときには、本人たちと一度会って会話ぐらいは交わしてからにしましょう。それが黒髪の少女魔王なりの社交マナー。
「・・・アノスの班がいい。友達だから・・・」
「そうですか。・・・まっ、それじゃよろしく」
「・・・・・・ん」
はにかむように笑って頷き、黒髪の少女もそれ以上は口にせず、黙ってタイムアップを待つことにするかと思い決めていたところで―――彼女に声がかけられた。
「アノス・ヴォルディゴートだったかしら?」
ミーシャのはにかんで俯いた横顔を見ていたため、足音は聞こえていたけど相手が自分に用事があるのか解らなかったので声をかけられるのを待ってから振り向いた黒髪の少女の視界に、黄金色の少女の姿が映し出されていた。
金髪のツインテール少女が、両手を自分の腰に当てて偉そうな態度を取りながら、自分のことを見下ろしてきている。
その瞳は冷ややかで、一見するとミーシャの持つ無感動な瞳に似ていなくもなかったが、そこにある冷ややかさは無感動故ではなくて悪意的な見下し故のもの。
その姿勢とポーズと相まって、金髪少女が持つ傲慢な雰囲気にふさわしいオーラを発するものになってはいた・・・・・・のだが、しかし。
如何せん、この場合は互いの姿勢と位置関係が悪い。
自席に座ったままの黒髪少女に対して、話しかけてきた側の金髪少女は立ったままで見下ろしてきており、しかもすぐ側まで近づいてきてから声をかけてきている。黒髪少女は振り返ったばかりで相手の少女との距離を調整する時間はない。
まぁ、要するにだ。
「あれ? 小さいオッパイがしゃべってる・・・?」
「誰が小さいオッパイよ!? どこ見てしゃべってんのよ!? 私を見なさいよ! このワ・タ・シ・の・か・お・を!!」
―――いかん、不意打ちで見せられたせいで意識的に避けようとしていた部位に、つい意識が向かってしまって声に出してしまった。意識しないように意識すると却って気にしてしまうのは人間・魔族・神妖精すべてに共通する悪い癖である。
「・・・失礼しました。考え事をしていたため関係ないことを口走ってしまったのです。貴女のことを言ったわけではありませんので、どうかご無礼の段、平にご容赦ください」
「―――ッッ!!! ・・・まぁ、いいわ。礼儀正しく謝ってきたから特別に許してあげる。ネクロン家の寛容さに感謝なさい」
メチャクチャ本人のことを言っていた言葉だったけど、過剰なまでの礼儀正しさで誤魔化して話逸らして内心で舌を出している黒髪の少女は、暴虐な魔王というより単なる悪ガキと呼んだ方がたぶんふさわしい今の状況。
「―――ただし、二度目はないわ。同じ単語を私に二度聞かせたときはコロス」
とはいえ、釘は刺されてしまったけれども。警告でも脅迫でもなく、最後通告だったけれども。
ある意味では、無礼者をいちいち許してやって二度目のチャンスを与える魔王様よりかは魔王らしいので、一応おK。
「それで? 私になにかご用でしたでしょうか?」
「ええ、少し。貴女まだ班員が一人しかいないようね?
そこまでは普通の口調で話していた相手の言葉だったのだが、
「――それも」
・・・・・・急にまとっていた空気が変わり、変質した。
唇の角度が歪に歪み、声には毒が込められ、口調には意図的に相手にも伝わるよう分かり易い悪意ある見下しが満ちたものへと一変させられ、発言者の少女サーシャ・ネクロンが持つ高飛車で上から目線ではあっても傲慢な尊大さまでは感じなかった雰囲気が暴君の其れへと一瞬にして激変してしまう。
「――出来損ないのお人形さん。・・・知ってる? その子ね、魔族じゃないのよ。人間でもないの。命もない、魂もない、意思もない、ただの魔法で動くだけのガラクタ人形よ」
「・・・・・・?? それがどうかしたのですか?」
「――――え・・・」
コテンと首をかしげながら、不思議そうな顔で問い返されたサーシャ・ネクロンは、腕組みしながら抗弁を垂れてやってたつもりだった所に予想外の反応を返されて虚を突かれ、即座に反応できずに返事の前に間を開けさせられてしまう。それ程に彼女の常識からすれば意外すぎる魔族とは思えぬ相手の反応。
だが、黒髪の少女から見れば相手の言っている指摘がたとえ事実だったとしても、何一つとして問題はなく感じられるのが当然の事情を持っているので驚きようがないのだ。
なにしろ自分自身が元は魔族ではなく人間の身なのである。それでいて今となっては人間ですらない。
とうの昔に尽きていたはずの命を無理矢理引き延ばし、邪法の代償として己の魂を大博打の賭け皿にのせ続けることで膨大な魔力を得た末に、二千年前の魔界で魔王の座を簒奪するまでに至った暴虐の魔王。
その意思は、『自分が殺したいほど大嫌いな連中を皆殺しにしてやりたかった』・・・ただそれだけ。
そういう本格的に救いようのない存在だったのが自分なのである。
今更、命や魂のあるなしだの、意思の有無だの、魔法で動くだけのガラクタ生命だのといった『本人の人格や能力と関係のない要素』に大した価値を見いだせるほど真っ当な転生前人生は送れてきていない。
・・・とゆーか、必要か? ソレ・・・。
生徒たち同士でチーム組んで勝敗を競い合って成績決まる類いの授業で仲間選ぶ基準に、生命や魂の有無とか種族がどうとか、魔法で動くガラクタ人形かどうかだなんて選考基準に用いたところで不利になるだけのような気が・・・。
「どうしたって、貴女ね・・・」
「仮に百歩譲って、貴女が指摘した要素に価値があるとして。――貴女のお仲間さん達はどうなのでしょうかね?
皇族の生まれで命もあって、魂も意思も持っている高貴な生まれの割には、能力的にザコ共ばかりしか寄せ集まってきていないように見えるのですけども?
それこそ魔法で動くだけのガラクタ人形にさえ及ばない、実力よりもプライドの方が何十倍も高いザコ魔族の純血種としか思えないほどに・・・」
『――ッ!! 貴様ッ!!』
自分たちの会話を遠目から眺め見ていたサーシャの腰巾着たちをチラリと一瞥して、軽く皮肉ってやってから本人に向き直り、仲間を侮辱されて怒りに打ち震えているらしい彼女の方にも軽い皮肉を一言だけ。
「それと老婆心ながら言わせていただきますけど、『造られた魔法人形には命も魂もない』などという一般論を頭から信じ込んで疑わないのは、自分の頭で考える意思に欠けた、専門家の言うことを素直に信じたがるお人形さんの道徳論です。改めた方がいいと忠告させていただきますが?」
「―――ッ!!」
自分の放った侮蔑を自分に返され、サーシャ・ネクロンは何十もの意味で砂を噛むような表情で唇を歪まされ屈辱を噛みしめさせられる。
「――ミーシャ。貴女ずいぶんと面白い仲間を見つけたのね」
「・・・アノスは友達」
「ふ~ん? そう。良かったわね」
やがて、息をひとつ吸い込んで怒気を吐き出して優しげで穏やかな口調を作って妹の方へと話しかけ、何かの割り切りか【行動した後の惨劇という結果】について自分の中での覚悟でも済ませたときと似たような声音で、『でも・・・』と呟き。
「生意気が過ぎるんじゃないかしら? ――ねぇッ!!」
黒髪の少女に告げて、一歩退き。――魔力を瞳に込めて力を一気に放出させた!!
次の瞬間、彼女がもつ紫色の眼球に赤い魔力のこもった文様が浮かび上がり、凄まじいまでの魔力量で空間が歪み、教室中で盛大な破砕音が響くと壁の一部に亀裂が生じさせられる!
「は、【破滅の魔眼】だ!? ヤバいぞ、アイツ・・・・・・ッ!?」
誰かが、その現象の名を――正確には、その現象を引き起こさせている原因となる極めて特殊で超希少な【特殊体質】に付けられている名前を呼んだ。
――破滅の魔眼。
それは只でさえ珍しい魔眼の中でも特に危険物扱いされている存在のことで、魔法とは異なる生まれついて肉体が持ち合わせている臓器の一つであるにもかかわらず、攻撃魔法と同等かそれ以上の効果を発揮することができるとも言われている攻撃性の高い高ランクの魔眼の一種。
視線に魔力を込めるだけで相手を殺し、使い方次第では視界に移る全てのものを壊し尽くせるほどの絶大な威力を発揮しうる、文字通り【魔の瞳】
魔族・人間に限らず、ほとんど全ての種族を合わせても尚少ない魔眼保持者の中でも、特に希少価値の高いハイレベルな魔眼中の魔眼である。
――のだが、しかし。
「おや、珍しい。破滅の魔眼ですか、なかなかレアな体質をお持ちのようで」
「!? き、効かないッ!?」
黒髪の少女には平然と受け止められ、まるで微風のように破壊の魔力の暴風を柳のように流されてしまって揺らぐことさえしてくれない。
実際、サーシャの持つ魔眼はたしかに珍しく高威力で、込められている魔力量も相当なものではあり、黒髪の少女自身もその点では素直に驚いていたのだが。
「ですが如何せん、制御がまるで出来ていないようですね。指向性もなきに等しい。
ただ大雑把な狙いだけ付けて、膨大な魔力を適当にバラ蒔いているだけで、魔力の無駄撃ちしているようなもの。単なる浪費でしかありませんね。貴族らしいっちゃ貴族らしい戦い方ではありますけれども」
魔眼は魔法と異なり体系化されておらず、効率的で正しい使い方などというものは存在しない力なのだから、武器として使うと言うならもっと効率的で正しい使い方を構築しておくのが当然の力だろう。
――だからこそ。
「未熟な甘ちゃん後輩に、少しだけ手本を見せてあげるとしましょう・・・・・・」
そう告げて、黒髪の少女もまた黒い瞳に赤い魔法陣を浮かび上がらせ、破壊の力の一端を解放させる。
【破滅の魔眼】
魔族ほどではないが、人間の中にも極希に保持者が生まれてくることのある其れは、二千年前に破滅を世界にもたらした旧魔王も当然のように持ち合わせている力だったから――。
「っ!? どうして――」
「どうして自分だけが使えるはずの魔眼を私も使うことが出来るのか――ですか?」
「・・・・・・ッ」
相手の瞳に自分と同じ文様を見いだした瞬間、サーシャ・ネクロンは激しく狼狽して一歩退き。
それに合わせるようにして、席から立ち上がった黒髪の少女は二歩前へと進み出る。
「自分だけが魔眼という特別な力を持たされているとでも信じ込んでいましたか? サーシャ・ネクロン。
自分は大きくて強い、特別な力を持って生まれた他とは違う存在だ・・・と? ――ハッ・・・、屁でもない。この程度の児戯では遊びにもなりません」
魔法とは異なる特異な体質の一部として、生まれつき魔眼を持ち合わせて生まれてきた魔眼保持者たちの多くは、子供の頃に自分の意思では制御できない魔眼の力に振り回され、幼児期の人生をメチャクチャにされた者や、されかかった者が多数を占めている。
これは人間・魔族に限らず、魔眼を子供の頃から持って生まれてきてしまう可能性を持った種族すべてに共通する特徴の一つだ。
そして、強大な魔眼の力に振り回される人生を送らされた者たちの多くは、自らの持つ魔眼に対して畏怖と畏敬、ある種の恐怖や敵対心・信仰心を持つようになって絶対視していくようになる傾向が強く見られる。
自分の人生を振り回した存在をバケモノかなにかのように思い込みたい衝動に駆られてしまうのだ。
そういう者達は、魔眼に対して制御できるようになってからも無意識のうちに力を過大評価しすぎてしまう心理的偏向を持つようになり、自分と同じ魔眼を他人が持っているはずがないという前提で敵に接してしまいやすくなってしまう。
要するに、魔眼と魔眼の力に振り回された人生を持つ自分を良くも悪くも特別視してしまって、魔眼を持たない敵を軽視し、油断してしまいやすくなるのだ。
そういう精神面の腐敗と、黒髪の少女は生まれた時から無縁だった。
・・・・・・なにしろ自分たちの産んだ娘の瞳を気味悪がって殺そうとした両親と、生まれ故郷の村人たち全員を返す力で皆殺しにして村ごと消滅させてやるため魔眼を使い、王国の要人に目にとまって適当な地位と権力を得るための便宜を図らせるため利用したのが自分の始まりとなっている黒髪の少女である。
力は力。道具は道具。魔眼の力も他人を傷つけることしかできないのなら武器という名の道具でしかない。
自分の持つ武器の性能を把握し、適切に有効利用することは当たり前のことでしかなく、特別に思う点など微塵もない。
・・・そういう少女だったのだ、自分は。同じ力を持って生まれてきた者同士であろうと、その感じ方と捉え方と使いこなせるようになるまでの道程は、子供と大人ほどに違い過ぎている・・・。
「・・・なるほど。持って生まれた魔力量は中々のもの・・・いや、伸びしろを考えるなら相当なものと言うべきでしょうね。
もっとも、多少の強敵や困難に出会ったとしても魔力の総量だけで力押しして勝ててしまえるほどの魔力量を持っていたからこそ、制御法では感情共々コントロールが下手クソになってしまったと言えるのかもしれませんが」
相手に顔を近づけて、魔眼を通して相手の内側へと魔力を送り込み、その中身に詰まっている様々なものを解析しながら感覚の触手をサーシャの内部に伸ばしていく黒髪少女。
ミーシャに関係する事柄を共有している可能性が高いため記憶などには手をつけず、相手の持っているスペック面だけを丹念に調べ上げて精査し尽くし、
「でも見所はありますね。鍛えれば今の時点で並の大魔族より上にいけるほどの天稟を持っておられる。――どうです?
私の班員として加わってくれるというなら、特別に私が手解きをして今よりずっと強くしてあげますよ? 少なくとも、家柄と血筋を誇る以外に何の取り柄もない有象無象の雑種共と戯れるよりかは遙かに多くのものを授けられると保証させていただきますが?」
『~~~ッッ!!!!』
チラリと視線を向けられ、再び色めき立つサーシャの取り巻きたちを遠目に眺めて苦笑して。
――そして、一言だけ意地悪な言葉を付け加えておくのも忘れない。
「それに私の班に入ってしまえば、ミーシャさんとも仲良くできる口実が得られますよ?」
「・・・ッ!!」
“餌”として放った言葉を耳にして、過剰なほどに大きな反応を疑問への回答として返してくれる正直すぎる女の子サーシャ・ネクロン。
黒髪の少女に話しかけ、自らの班に誘っておきながら、話している言葉の内容自体は妹のことばかりで、間接的に妹へと聞かせたがっている言葉を伝えるための伝言板として使われたら、誰だって気付くであろう当たり前の本心を「まだ隠せている、暴かれてはいない」と思い込んだままの正直すぎて素直すぎる女の子。
「――その人形を妹だと思った事なんて一度もないわ!」
そんな彼女は魔眼を再び赤く点滅させながら、それでも力の放出そのものは発散させることなく強く言い切って背を向けて、ドカドカと元来た道を歩み戻っていく彼女に対して黒髪の旧魔王少女は「そうですか。それは残念」と少しも残念に思っていない口調で返事を返してやりながら、先ほどの質問で『正直な思いを答えとして返してくれた良い子』な彼女に対してご褒美として、余計な一言と分かり切っている戯言をミーシャにも聞こえるよう嫌味ったらしい口調でサーシャの去りゆく背中に向けて、わざとらしく間接的に伝えてあげる。
「・・・ですが私、貴女とミーシャさんが姉妹であるから仲良くしろ、だなんて一言も言った覚えないんですけど記憶違いでしたっけかね?」
「~~~ッッ!? !!!!」
今度の質問には答えようとはせず、振り返って今の顔色も見られるような愚行はせず、ドカドカと貴族令嬢らしからぬ荒っぽい歩調と大股で自分の席まで戻っていくと、彼女の帰りを待っていた取り巻きたちを『あ、サーシャ様どうでし・・・ヒィッ!?』と一気に怯えさせて蜘蛛の子を散らすように追い払ってしまった上で、頬杖ついて顔を横向きにしたまま黒髪の少女とミーシャのことなど見たくもなさそうにソッポ向き続けて、その日一日の授業が全て終わるまで体勢を変えることは一度もなくなってしまったのだった。
「――面白い人でしたねぇ~。ついでに言えば正直な人でもある。あれだけ素直に自分の感情を表現できる年頃の少女というのも、今どき珍しそうで結構なことです。
どうやらネクロン家の血筋には、素直な良い子の少女たちが生まれやすい性質でも持ち合わせているようで・・・クックック・・・」
「・・・・・・アノス、悪趣味・・・」
やや冷ややかな視線で隣席のクラスメイトを見つめながら非難がましい口調でミーシャ・ネクロンが言って、そして少しだけ自分も顔を背けて赤くなりかけてしまった頬の火照りを冷まさせる。
黒髪の少女はサーシャ個人だけのことは褒めずに、『ネクロン家の血筋には』と表現していた。その意味がわからないほどにミーシャ・ネクロンも馬鹿な女の子ではなかったので恥ずかしく感じていたのであった。
そんな年頃の少女のウブな反応を、魂年齢二千歳以上の老人らしく愛でて楽しみ。
その後で少しだけ表情を改めると、気になっていた今ひとつの疑問について本人の妹の方にも確認の質問を聞いておく。
「しかし彼女、無闇やたらと【破滅の魔眼】が出たり消えたりしていましたが、自分の意思以外でなんか発動条件でも課されているタイプでしたので?」
魔眼の使用方法は大別すると、【自分の意思とは関係なしに発動する自動発動型】と【任意で使い分けが可能になるが時折暴走する半選択発動型】の二種類に別けられると魔眼研究者の一部からは言われている代物で、より強大な力を持つ魔眼ほど自分の意思で完全に使いこなすのは難しいとされている。
サーシャは当初、自分の意思で【破滅の魔眼】を黒髪の少女に向けて「攻撃に使用してきた」が、一方で攻撃に使って来なかったときにも魔眼は発動して瞳を赤く不定期的に明滅させ続けてもいた。
魔眼を制御できていない――それは解る。
だが、どういう時にどういう条件で制御できなくなるのが今一わからない。
魔力コントロールは確かに未熟ではあったが、自分に対しての攻撃には使えてたので【魔力コントロールが出来てないから魔眼が勝手に発動してしまう】というほどには未熟ではないと言うことではあるのだろう。
では、一体何故・・・・・・?
「・・・感情が高ぶると自然に出る」
「・・・・・・子供ですかい、あの人は・・・・・・」
本人の事情を子供の頃から知ってたっぽいサーシャの妹ミーシャ・ネクロンから答えを得られ、思わず頭を抱えたくなってしまった黒髪の魔王少女。
――魔眼という穴から自分の魔力を、感情的になってしまったからというだけで不用意にダダ漏れさせてしまう・・・・・・。
「それじゃ、子供がオネショするのと同じようなものじゃないですか・・・・・・割と本気で何やってんですか、あのお子さま皇族令嬢のお嬢様は・・・・・・」
「・・・・・・」
頭を抱えながら呻くように隣席の同級生が姉を評するヒドい言い方を聞かされながら、まさか同意するわけにもいかない妹の立場で黙るしかないミーシャ・ネクロンは相手と一緒になって黙り込み。
ほんのちょっとだけ・・・・・・言われてみたら確かにそうかもなぁー・・・と思わなくもなかった感想は墓場まで持っていくことを胸に決めて次の授業のための準備を開始する。
そして、放課後。
「ふぁ~・・・、あー、よく眠りましたね。スッキリです」
「・・・授業、ずっと寝てて大丈夫なの・・・?」
大あくびを放りながら、学園の校門を潜り抜けようとしていく黒髪の寝ぼすけ少女に対して、隣に並んで姿勢正しく歩きながら下校している銀髪の真面目な優等生タイプの少女から心配そうな声がかけられていた。
当世の人間界で人気が出そうな『問題児の不真面目少年と、付き合いよくて優しく世話焼きな美少女の組み合わせ』という一方的に男ばかりが得をできそうなシチュエーションであったが、生憎と少年はおらず、両人共に女の子なので一般受けはしそうにない組み合わせでもあるのであった。
「・・・あー、そう言えば確かに今に伝わる魔王さんの伝承について語っている授業だけは聞いておくべきだったかもしれませんでしたねぇー・・・。
今さら言っても手遅れですが、やはり授業内容ぐらいは確認してから寝るべきだったでしょうか?」
「・・・・・・今日の授業で、暴虐の魔王に関することはやっていない。それは魔族すべてにとっての常識。今さら教える必要なんてない。詳しく知る必要があるのは二回生から・・・」
「そうなのですか? それは良かった。これで二回生になるまでの授業は全て寝て過ごせそうで安心ですね。ホッとしましたよ」
「・・・・・・」
気遣いが気遣いにならず、却って逆効果を招くだけになってしまう相手だということを理解させられ、ミーシャ・ネクロンはもう、黙り込むしかない。
・・・それ以外に少しでも友人を授業に参加してもらうことは出来そうになかったから・・・。
「・・・って、おや?」
校門を潜り抜け、学校前にかけられた橋を渡ろうと思って顔を上げた瞬間に意外な人物が視界の中心に出現していることに気づかされて声を上げる。
隣で歩いていた友人がそうしたのでミーシャもそれに習い、同じ人を視界内に見いだして表面的には普段通りの無表情を保ったまま内心では何かを思ったのか思わなかったのか解りようもない沈黙だけで応対を決める。
「――気が変わられたのですか? サーシャ・ネクロンさん」
橋の前で二人を待ち構えていたのは、今朝方に自分を誘って棒に振られた金髪ヒ・・・お嬢様のサーシャ・ネクロンだった。
片手を腰に当てて、右腕を垂らし、胸を反らして挑戦的に相手を見上げる、なんか格好いいポーズを取りながら自分たちの到着を待ちわびていてくれたらしい。
・・・どうでもいい話ではあるが、上に向かって反らされている胸のサイズが小さいと、このポーズは何というかこう・・・迫力に欠ける気がするのは気のせいだと思いたい。
「勝負をしましょう」
話しかけられた途端にポーズを解いて、腕組みの体勢へと姿勢変更しながら言ってくる皇族令嬢サーシャ。
・・・なにか? 入学試験の時のロペスだかロベスだかの不良皇族弟と同じで、今の魔界皇族には無意味なポージング変更しながら会話するのが伝統として伝わってでもいるのだろうか? だとしたら一体なにを捏造して伝えさせてんだよ偽魔王のアホッス蛭蛇さんは・・・
「班別対抗試験、負けた方が相手の言うことを何でも聞く。もしも貴女が勝ったら、ご希望通り貴女の班に入ってもいいわ」
「ふむ? では貴女が勝った場合に私が求められる要求内容は?」
「――“私の物”になりなさい」
人差し指を突きつけて、額に軽く触れさせただけで、傲慢な上から目線の言葉遣いなのに、妙に柔らかくて優しい口調でサーシャは告げる。
「私が言うことには絶対服従。どんな些細な口答えも許さないわ。――どうかしら? この勝負、貴女に受けるだけの勇気と度胸があるなら応じて見せて、勝って見せなさい」
「ふむ・・・・・・」
軽く唸り、短い時間だけ考える黒髪の少女。
勝負を受けることに不服はなく、不平もない。どーせ自分の勝ちは確定している実力差のある勝負なのだから、受けてしまったところで何のデメリットを被る心配もない。
ただ、しいて足りない部分があるとするならば――――。
「不足ですね。私が勝った時に得られる代償が、貴女の求める要求と比べて安すぎます」
「な・・・っ!?」
相手にとっては思いがけない返事だったせいか、サーシャ・ネクロンは驚愕したように表情を引くつらせて驚きの声を上げる。
普通に考えたら常識の範疇にある内容の返事だったが、サーシャ自身は『自分にはそれ程の価値がある』と確信しているタイプだったので、普通の回答とは受け取れなかったらしい。
主観的に自分が信じている真実と、客観的な事実というのは同じであることの方が少ないので別に今さら怒る気にもなれないけれど、リーダーになるのであれば今少し常識的な基準についても承知しておいてほしいものだとは正直思わなくはない。
言葉を失い、絶句したまま衝撃から立ち直り切れていない、『自分に宣戦布告してきた敵』に対して、黒髪の少女は情け容赦なく・・・・・・というほど大人げなくない程度に手加減しながら軽い言葉で追撃を優しくかけてあげるだけにしておく。
「自分が負けたときには大した物を失わずにすみ、勝った時には一方的にボロ儲けできる勝負だったら、相手に挑むときに覚悟なんて少しも必要ないんでしょうなー、きっと」
「ぐぐ・・・っ、こ、怖いのかしら・・・? 勝負に負けて私の所有物にされるのが・・・? あ、安心していいわよ。私、自分の所有物は大切にするタイプなのよ。貴女のこともちゃんと可愛がってあげ―――」
「“金持ちほどケチなもの”って昔どこかの国の諺でありましたよねー、たしか。
・・・・・・どうやら事実だったようです」
「~~~~~~ッッ!!!!」
ここまで言われてしまったら、サーシャ・ネクロンとて逃げることは許されない。
たとえ許されたとしても自分自身のプライドが、自分の逃亡を決して許すことは出来なくなってしまうから!!
言葉でプライドを傷つけられたら、物理的に三百倍返し!! ・・・言葉としてハッキリと明言したわけではないし、本人もそんなこと考えているつもりはなかったが、サーシャ・ネクロンの性格とか考え方は大体そんな風な感じでできていたりするようである。
「・・・・・・いいわ。特別に私も貴女と同じ条件で勝負してあげる・・・ッ」
「そうですか。それでは契約成立と言うことd―――」
「ただし!!!」
ただし、ただしである。このまま相手の言い様に終わらされてしまうのもサーシャ・ネクロンの誇りと矜持と何よりもプライドが許してくれない。
なにかしら言い勝ちしてから終わらないと、彼女の見栄っ張りなプライドは今夜の自宅内で使用人にでも八つ当たりしないと抑えられないくらいに高ぶりまくってしまうから。
「私が勝負に勝ったときには、貴女のことホントーに大切に扱ってあげるから! ええ、そりゃもう念入りにたっぷりとねっとりと徹底的に可愛がってあげるし、暖かい寝床も雨の降らない屋根も風の吹き込まない壁も、暖かい餌だってちゃ~~~んと用意して心底可愛がってあげるから!! 本気で覚悟して勝負に来なさいよね! 絶対よ!? 逃げたりしたら死刑!!」
そう叫んで、言いたいことだけ言って、『自分が勝った時にはペット扱い確定!』と具体的な言葉には一言も出さないわりには誰が聞いても誤解されそうもない、ある意味器用な文法を使い、使い終わってからズカズカと肩をいからせながら大股で歩み去って行く。
今、橋の向こうで角を曲がり―――ゴミ箱を蹴飛ばして、野良猫に悲鳴を上げさせて逃げ出していくのが魔力で強化した視力で見えた。
「・・・あの人の場合、【破滅の魔眼】関係なしで自ら破滅呼び込んじゃってる気がするのは私の気のせいなんですかね・・・?
たとえ魔眼なくてもプライドだけで破滅しそうなレベルの人なので、逆に心配になってきちゃって戦いづらいことこの上ない相手になっちゃっているのですけれども・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・ここまで来ると、流石に笑えない・・・。ミーシャとしても、流石にここまで来ちゃうとフォローできない。――ってゆーか正直な話として、身内として少しだけ恥ずかしいレベルである。
――まぁ、何はともあれ。
こうして二千年の眠りから覚めた暴虐の魔王少女は、ミーシャではない、もう一人の運命の少女との出会いを終えて、一週間後に最初の絆が結ばれる運命の闘いへと至るための条件が整えられたのは間違いない。
復活した暴虐の魔王VS破滅を呼ぶプライドを持つオネショ皇族少女の戦いは、こうして始まりを迎える・・・・・・。
・・・・・・本気で主観的には物凄く戦いづらいし、倒しづらい事この上ない運命の少女との一戦は、本気でどう戦って倒してしまって良いものなのか・・・・・・それは魔王でさえも全く予測できない破滅の結末しか用意されてない戦いのような気さえする。そんな戦い。
つづく