なお、今回の話は予定を大幅に超えて長くなりすぎたため誤字修正とかが全くできておりません。気になる方がおられましたら指摘していただけると助かります。自分で探し出すには長くなりすぎてしまった…。
サーシャ・ネクロンからアノス・ヴォルディゴードに向けて決闘を挑戦されてから一週間後。彼女たち双方の姿は、魔王学院内にある演習用の森の一角にあった。
「覚悟はいいかしら?」
絶対の勝利を確信した微笑みとともに、サーシャ・ネクロンは戦う意思の確認と勝利宣言とを短い台詞で同時にこなす器用さを発揮して相手を威圧した。
七魔公老の一角の血を引く、皇族の中でも名門出の彼女らしい傲慢で尊大そのものな態度だったが、彼女はそれだけの傲慢さを持てるだけの事をしてきたと自負している。
他の班員はともかく、彼女自身は敵であるアノス・ヴォルディゴードを雑種だからと侮ってはいない。その程度の存在と見下すだけなら最初から自分の配下に求めたりしないし、妹だけを取り戻す手段ならいくらでもあった。
そして事実として、同世代の皇族でさえ使える者の少ない軍勢魔法《ガイズ》を使って見せたという現実を彼女は認めると同時に受け入れることで、平民出が相手だろうと強敵を相手にするつもりで訓練を行い、不完全とはいえ“切り札”を用意するまでに至っているのだ。
これだけ万全の対策を敷くため全力を尽くした自分たちが負けるわけがない―――そう、確信を持って断言したとしても、あながち傲慢とは言い切れまい。
――対して、彼女から挑戦と挑発とともに最後通牒と勝利宣言までされた黒髪の少女からの反応はと言うと。
「“覚悟”と、言われましてもねぇ・・・・・・」
ポリポリと、困ったように指先で右頬をかきながら視線をさまよわせて曖昧な返事をするばかり。
別に、ふざけている訳ではなく、本気でどういう対応を返すのが正しいのかよく分からない宣言だったので返答に窮していたのである。
「・・・・・・そもそも、覚悟を決めた者だけが赴く場所が決闘場ではなかったですかね・・・?」
「―――っ、・・・っ」
相手からの悪意もなく見下しもない、純粋な疑問として発せられた言葉がサーシャの肺腑を貫き、一瞬だけ僅かにたじろぐ怯みを見せる。
それは相手の言葉に感情を揺さぶられた結果ではなく、自分がこれから“やろうとしている行為”を意識させられ、微かな後ろめたさを感じてしまった故であった。
タイムリミットが迫っている自分には必須の措置であるとはいえ、本来の彼女好みな手法ではなかったために、意識させられた途端に本能的な拒否反応を示してしまったわけだが、それが行動と決断を鈍らせる結果に繋げるまでには至らなかった。
「・・・まぁ、いいわ。ちゃんと約束は覚えているわよね?」
「ええまぁ、一応は。ご心配でしたら契約魔法の《ゼクト》でも交わしておきましょうか?」
――掛かった。
内心で会心の笑みを浮かべながらも、表面には僅かな揺らぎさえ発生させることなくサーシャ・ネクロンは己の計画通りに準備を進め、
「そうね。――その子にやらせなさい」
そう言って、自分の計画を成立させるためには必須条件の鍵であり、駒でもある妹を指名するため体ごと彼女の方へ向けて指を指す。
それ故にサーシャは見逃してしまうことになる。
・・・・・・黒髪の少女が、自分の言葉を耳にした瞬間に両目を僅かに細めさせていた相手の反応を。黒い瞳いっぱいに浮かび上がっていた自分を見つめる疑惑の色を。
「・・・私?」
「問題ありませんよ、ミーシャさん。私の代わりに貴女がどうぞ」
相手の思惑に「敢えて載ってやることで反応を見ることを選択した」黒髪の少女からの了承を聞いてから相手に向き直ったサーシャは、相手の本心など知るよしもなく。
「・・・《ゼクト》」
「《ゼクト》」
右手を差し出す妹と、人差し指を差し出した自分との間で契約魔法を成立させて“確定された安全策”に安堵して、自分の計画通りに踊ってくれる相手に「フッ・・・」と極上の微笑みを感謝を込めて送ってあげて、相手からは無反応だけが帰ってきたことを寧ろ喜びとして満足しながら自分たちのチームの所定位置へ移動していくサーシャ・ネクロンと皇族の仲間たちを見送って、黒髪の少女たちも歩き出す。
心の中で、原理は解らないながらも『無意味な手順変更を要求してきた相手の作戦予測』をだいたい終えて、後は途中で確認作業をしていけばよくなった事案はいったん脇に置いておきながら、自分たち二人もまた所定の位置まで到着する。
そして試験開始のベルは鳴らされる―――
『これより、サーシャ班とアノス班による班別対抗試験を行います。キングが戦闘不能、あるいはガイズを維持できなくなれば決着です』
例によって例のごとく、使い魔フクロウを仲介したエミリア先生からのありがたいルール説明と試験開始のご挨拶が広々とした試験会場の森一帯に響かせながら聞こえてくる。
・・・わざわざフクロウ使って仲介する必要あるのだろうかこれって・・・? 審判も勝敗の確認も本人が行わずに中継使った遠隔で行っている時点で不正防止もクソもあったものではない気がするのだが・・・。
まぁ、もともとが階級差別全肯定で建前主義学院みたいな場所だし、公平なジャッジとか厳正なルール適用とかは大して重要視されてないのかもしれないけれども。
取りあえず今は、それはそれとして。
「・・・作戦は?」
自分の班員で、ただ一人の指揮下にある部下的ポジションのミーシャから問われた質問に答えることを優先するべきだろう。それが指揮官としての、班長としての務めであり義務であるのだから。
―――とは言え、現実というものは微妙に厳しい。
「・・・と言いましても、人員が二人だけしかいませんからねぇー・・・作戦もクソもあったもんじゃありませんし・・・・・・」
後頭部をかきながら困ったようにそう言うしかないほど、人員の面では開戦前から逼迫しているアノス班陣営。
逼迫というか事実上、指示を出す側も指示を出される側も一人ずつしかいないチームなんてチームと呼べない。普通にコンビかタッグかペアである。
作戦は通常、部隊ごとに指示をだす『一小隊が最小単位』の代物だったはずで、個人個人がそれぞれの特性を活かして戦うだけなら、大雑把な方針だけ決めて各人の自己判断に任せた臨機応変の対処をさせるぐらいしか出来ることないような気がするのだが。
少なくとも二千年前に、魔族の王として魔王軍を率いて人間軍と戦っていた魔王時代にはそういう作戦指揮しかした覚えがない。
時代の変化とともに率いる兵の数が激変しまくっているため、昔取った杵柄は役立ちそうには全くない。
「ミーシャさんには、なんかご意見とかあったりします?」
「・・・私のクラスは《ガーディアン》、《アイギス》で籠城が有利・・・」
「んじゃ、それで決定ってことで」
アッサリと意見を採用して、逆に提案した方を驚かせて大あくびを放る黒髪の魔王少女。
やがて遠くに、敵チームが《アイギス》で創り出した魔王城の姿が見え始めた頃、ミーシャもまた試験を勝利で終わらせるため自分が立てた作戦を実行に移し始める。
「・・・《アイギス》・・・」
「!! サーシャ様! 敵陣に城が現れました!!」
魔法が発動した直後で、遠方から目視するには難しい大きさしか魔王城が築けていない頃。
アノス班が魔王城を築いた陣地と対局の位置に立つ、既に構築を完了させていたサーシャ班の魔王城、作戦司令室内に観測役の班員から報告が響き渡る。
「アイギスで築かれた城の数は?」
サーシャは報告に対して、適切な質問を答えとして返す。
敵チームにいる妹の能力を把握している姉として、当然の判断であり確認だろう。
彼女は妹が創造魔法の腕では自分を上回っていることを理解しており、それは同時に自分の指揮下に望んで加わってきた班員たちの誰よりもミーシャ一人の方が上だと言うことを意味してもいた。
だが、数の差はそのまま力の差でもある。ミーシャ一人で完璧な魔王城を構築するには時間が掛かりすぎるし、焦って築いた半端な魔王城なら数の暴力で押しつぶせるだろう。
逆に自分たちの魔王城は、班員の中でも選りすぐりのメンバー全員たちと協力して築くことで劇的なまでに時間を短縮して完成度も高めてある。
これに対抗するには、何よりもまず時間が必要不可欠であり、その為には時間稼ぎが定石であり、時間稼ぎの基本は目眩ましによる陽動作戦だ。
ミーシャなら、複数の魔王城を築いてみせることで、こちらを迷わせ戦力の投入をためらわせる手に出てくるだろうと、サーシャははじめから予測して対処する作戦案と適切な人員配備とを考えていたのだ。
だが今回、妹は姉の予想したとおりに動いてはくれなかった。
「一つですサーシャ様! 敵陣に現れた城は、一つだけです!!」
「・・・なんですって?」
予想外の報告内容に、サーシャは訝しみながら敵陣の光景が映し出されている画面を見て、その報告が嘘ではなく真実であることを確認して余計に疑惑を深められてしまう。
確かに、囮とは言え三つの城を建ててみせるよりかは構築までの時間が早まるとはいえ、所詮は付け焼き刃程度の違いでしかなく、城の完成度を向上させる速度よりも自分たちの数に任せた攻撃で削り取られるダメージ量の方が大きいはず・・・・・・あの子はいったい何を考えているのか?
迷いはしたが、どのみち自分たちのやることに変わりはなく、戦力を最初から集中できる分だけ作戦指揮は楽になったと思えば済む話である。
それどころか迷うこと自体が相手に時間を与えてしまい有利にさせるだけのこと。サーシャとしては相手の意図がどうあれ、指示すべき内容を変更させる必要性は感じない。
「・・・敵がなにを考えているかは判らない。けれど、敵の作戦を待っていてやる理由はないわ。
敵が何かしてくる前に叩く! まずは先発部隊を敵陣へ! 編成は――――」
「さ、サーシャ様ぁぁぁぁッ!?」
―――今度はなに!? 思わず怒鳴り声で返しそうになるほど、思い通りに行かない今回の異例づくしの相手との戦い。
その中でまた予想外な突発事公ととして、念のため奇襲を警戒させていた班員の一人から悲鳴じみた声で報告が上がり、「どうかした?」と努めて冷静さを取り戻させてから返事をした自分に対して、逆に相手は完全に裏返った声のまま動転させられた感情を沈めることなく正確な驚愕の凶報を自分たちのリーダーに報告してきたのだった。
「た、大変です! キングが! アノス・ヴォルディゴードが! 城の前に現れました!!」
「なっ!?」
驚きながらもサーシャは指揮官としての責任感から適切な指示を飛ばして画面を切り替えさせ、班員たちも戸惑いながらも敵陣に築かれつつあった魔王城を映し出していた画面の映像を自分たちのいる城の正面に切り替えさせる作業を行い―――居た。
白色の制服をまとった黒髪の女子生徒が、両手をポケットに突っ込んだまま悠然とした歩調でノンビリとこちらに向かって歩いてきている。
「・・・一体いつの間に・・・っ!?」
「わかりません! 本当に突然のことで・・・っ」
責任を感じているのか、索敵を命じていた班員から悲痛な声での弁明が聞こえてくる。
その声音からしても、言ってる内容に嘘偽りは感じらず、本当にアノス・ヴォルディゴードは突然、城の目の前に現れてきたと考えてよいのだろう。
だが、そんなことは不可能だ。できるはずがない。それこそ神話の時代に失われたとされる瞬間移動魔法《ガトム》でも使わなければ出来るはずがないのに、一体どうやって・・・・・・
――いや、今はそんなことはどうでもいい。理由詮索よりも先に、目の前に迫ってきている現実の敵に対処する方が優先順位として遙かに上なのだから・・・!!
「――いいわっ。キングが一人で来るなんて、無謀と戦術をはき違えていることを教えて上げなさい!!」
『ダウトです、サーシャさん。貴女は根本的に戦術というものを理解しておられないご様子だ』
「な・・・っ!?」
指示の途中で突然、自分たちしかいない作戦指令室内に響いてきた敵キングの声と言葉に、一瞬にしてサーシャ班の班員たちは恐慌を来させられてしまった。
「どういうことだ!? こちらの思念通信が聞こえているのか!?」
『聞こえているから、貴方たちの方が騒がなきゃいけなくなってるんでしょーが。こんなカスみたいな暗号術式では、プロ相手にはルビを振って説明しているようなものですよ』
「なっ…そんなバカな!?」
『あまりにも低次元すぎますし、傍受しろと言っているようなものです。聞かれたくない通信でしたなら、もう少し真面目に勉強しなさい。皇族出身で混血より優秀なはずの出来損ない生徒な諸君様方』
「・・・くっ!」
相変わらず容赦も遠慮もない、敵将からのダメ出し罵声に班員たちから憎悪と畏怖が、うめき声となって各所から聞こえてくる。
『それと、サーシャさん。貴女の作戦指示にもダメ出し指摘です。基本的な話として、この試験のルールにおいて籠城策は勝つための戦術にはなれないんですよ。
“キングが戦闘不能になること”が勝利条件なんですからね。下っ端の枝葉をいくら倒されても、危なくなったら切り捨てればいいだけの捨て駒なので意味がない。
遅かれ早かれキングの首を取りに来ない限り勝ちは絶対にないのが、この試験での前提条件である以上、貴女の想定した敵の取ってくる戦術は場に相応しいものではありません。自分たちを見るばかりで、敵を見ることなく決めた戦術など机上の空論にしかなれませんよ』
「~~~っ!!!」
責任感が強く、指揮官としても優秀であろうと努力してきたサーシャにとって最大限の侮辱を放たれた彼女はいきり立たされるが、相手の言葉はまだそこでは終わってくれない。
『戦いとは双方ともに勝つために戦術があるのだと理解しなさい。
数が多い側から見て少数の敵大将が一人で突っ込んでくるのは“無謀な特攻”にしか見えなかったとしても、数が二人しかいない方からすれば防御が得意な方が防御を担って、攻撃が得意な方が攻撃を担う盾と矛を使い分けているだけのこと。ごく普通の基本的な戦い方です。驚くに値する部分は何一つとしてありません。
数が多い自分たちに都合のいい理屈通りに敵が動いてくれると決めつけていた敵指揮官の貴女が、無能怠惰なご都合主義思想に染まった苦労知らずのお嬢様だっただけでね・・・・・・』
――が、逆にそれが冷静さを取り戻させる発憤材料となる。
「――問題ないわ」
氷のような冷たい声で放たれたリーダーの言葉で、サーシャ班メンバーの混乱していた心は一気に沈静化させられ、
「いくら傍受されても、所詮はキング単独」
あの生意気な敵将に自分たちの力を思い知らせてやらなければ気が済まなくなってしまった指揮官の静かなる熱情を叶えるため全力を尽くすよう扇動されて、それに乗る!!
「全員で作り上げたこの城を・・・・・・多勢で作り上げた私たちの魔王城を突破できるはずがない!!」
「・・・やれやれ、これだけ挑発されても敵は攻めてきてくれませんか・・・困ったものです」
ノンビリと普通の歩幅で歩いてサーシャ班の魔王城に近づきながら黒髪の少女は、最後に叫んで決断していたサーシャの作戦指示を聞いて苦笑しつつ、せめてもの親切心から自分からの呟き分は相手の耳に届かせることなく独り言に留めて上げてから改めて周囲を見渡す。
相変わらずサーシャ班の魔王城周辺は静かなもので、奇襲を仕掛けてきた敵暗殺者用の罠も、迎撃用の伏兵が飛び出してくる気配もなく、今まで通り悠然と歩を進められてしまっているまま。
「・・・即席の試験用とはいえ、仮にも魔王城が敵に攻められた時用に罠の一つも用意してないって言うのは、どんなもんなんでしょうかね・・・? 警戒して《ガトム》使って距離短縮する戦術選んだ私がバカみたいだから勘弁して欲しいんですけど本当に・・・」
わずかに冷や汗を垂らしつつ、二千年前と現代とで魔王城というものと戦争という存在について何か勘違いが起きているような気がする悪寒に軽く背筋をゾクッとさせられて身震いする。
――人類と魔族が戦った二千年前の戦いにおいて、自分が率いた魔族軍と先代魔王が君臨していた頃の魔王城という存在はそういう戦い方を由としていた存在だった。
自分は、部下を信じることなく個の力のみを絶対とした悪辣な魔族幹部の館に“二人だけで”密かに潜入し、罠と警備用のゴーレムなどを破壊しながら敵大将を暗殺して回り続けていたし。
先代魔王は有能だが猜疑心の強い独裁者らしい魔王の人格をしていたため、彼の拠点である魔王城の警備は恐ろしいほどに周到で、暗殺と奇襲と裏切りとを常に警戒していたことが窺い知れるレベルであった。
人間側にしても、それは変わらない。たぶん神々や精霊側も大差ない事情を抱えていたことだろう。
多種族と戦争をしながら、最高レベルの戦力は本拠地である王城と王都周辺に集中させ、実際に敵と戦う機会が最も多い最前線には傭兵やら外国から流れてきた難民からの志願兵ばかりを配置したがる。
まるで、国中すべてが魔族軍に占領し尽くされようとも、国王の居城と王都だけを守り切れれば敗北ではないのだとでも信じているかのように・・・・・・。
「あれらに比べるとサーシャさんたちの城は実直すぎて、逆に少しだけ心配になってくるレベルですねぇー。圧倒的に数が少ない側が正攻法で戦うわけがないでしょうに・・・。
純粋な力比べの要領だけで、搦め手を考えようとしない悪癖は今の内から修正しておいた方がよいのかもしれません」
罠を警戒して、小細工を労させる暇を敵に与えぬためにも、力業で強引に勝利をもぎ取る方針でいた黒髪の少女は、そう言う理由で計画に一部修正を加えてからサーシャの魔王城に手が届く距離まで近づいて、その周囲に張り巡らされていた魔法障壁に軽く触れてみて。
・・・やはり何も起きなかったことで、自分の考え直した方針を採用することを決定する。
ちょっとばかし痛い目に遭って反省してもらうことが必要だ、と。
『無駄よ! 反魔法も多重に掛けられているわ!!』
向こうからの通信傍受は切り忘れていたサーシャからの勝ち誇った声が耳朶を打たれ、黒髪の少女としては肩をすくめるしか他にやるべき仕草が思いつかない。
・・・まったく・・・、どうして敵が攻城兵器として、サーシャ自身が得意として誇りにもしているらしい攻撃魔法しか使ってこないという前提で決めつけられるのか不思議でならない。
自分の敵が、自分を倒すための戦いで、自分の得意とする戦い方に従ってくれる訳がなかろうに・・・。
「庶民は噛みついてくることなく、皇族が殴るのを大人しく素直に待っているのが正しい姿だとでも教えられて育てられたようですね。これだからバカ貴族の両親というものは度し難いのですよ。
犬には犬の、庶民には庶民の野蛮な戦い方があるのだということを教えて上げましょう・・・・・・」
そう呟いて薄く笑い、黒髪の少女は敵魔王城の周囲に張り巡らされている『サーシャ班たちが多勢で作り上げた魔法の一部』に対して、自分の魔力を流し始める―――
その瞬間―――――
ゴゴゴゴゴッ!!!!
「きゃあッ!?」
突然襲った大きな揺れに、サーシャは思わず作戦司令室で転んでしまい、自分の居城で尻餅をつかされるという無様な醜態をさらす羽目になって赤面しながら何事が起きたのか確認しようと立ち上がろうとし―――その必要と手間を省かれる。
「さ、サーシャ様ぁぁぁッ!? た、たたた大変ですぅぅぅぅッ!!!???」
先ほどとは比べものにならないほど狼狽え騒いでいる班員からの報告によって、サーシャは驚くべき事実を知ることになったからだ。
・・・・・・このままでは自分たちは直ぐにも敗れる、という驚愕の事実を。
「敵が・・・アノス・ヴォルディゴートが私たちの城を乗っ取ろうとしてきてます!!」
「な・・・、なんですってぇっ!?」
慌ててサーシャは場内の様子を確認するが、その様子は既に惨憺たる有様を呈しつつあった。
内装が変わり、即席故のシンプルなものから禍々しく物々しい実用性一点張りのものへと置き換えられ、黒々とした鎧甲冑が至る所に配置され直している光景にサーシャは吐き気を催したくなるほどの屈辱を味あわされることになる。
「私たちの城を・・・・・・私たちが多勢で作り上げた城を、あの庶民は無粋な泥で汚染し尽くすつもりだというの!? アノス・ヴォルディゴードッ!!!」
サーシャが怒りと憎しみと皇族の誇りを込めて放った、全力の叫び声ははたしてアノスに未だ届いていたのか、はたまた通信を切り忘れていたことに気づいて切り直してしまって届いていなかったのか、それは判らないが返信だけは来ることはなく。
代わって返事代わりにと届けられたのは、班員たちからの『対応不能! 敵の汚染速度が自分たちの対処する速度よりも速すぎる!』という屈辱的な報告のみ。
「・・・・・・おのれッ!!」
皇族の誇りをこれでもかと穢す行為にサーシャは歯嚙みするしかなかったが、黒髪の少女としては彼女の弾劾が聞こえていたとしても悠然と頷くだけで否定する必要性はまるで感じない叫びにしかならなかっただろう。
なにしろ、自分自身がそれをやって魔王になった実績のある【暴虐の魔王たる始祖さま】が彼女自身の前世なのだから。
人間として生まれ、長じて魔族になり、先代魔王を殺して魔王の地位を簒奪して頂点に君臨して魔界に恐怖政治を敷いて・・・・・・やがて勇者とともに世界を別けることで戦いを終わらせた。
そんな矛盾しまくった生き方と死に方をしている暴虐の魔王にとって、正攻法も定石も皇族の誇りとやらも一切合切全く以て関係ない。
勝つために使えるなら何でも使う。敵が絶対と信じ込んで油断している部分があるなら勝つために利用してやるだけなのだ。
サーシャ班が創った即席の魔王城は防御を意識し、敵より先に完成を急がせたため当たり前のように無駄な内装はほとんど配置されておらず、外側と比べて内側の防御は驚くほど脆弱に出来てしまわざるを得ない。
それでいてサーシャが軍勢魔法《ガイズ》を使って班員全員が力を併せて創り上げている城でもあるという関係上、維持するためにも防御するにもサーシャ班のキングである彼女の魔力を極端に吸い上げ続けてしまわざるをえない。
――否、その程度の被害ならまだマシだ。自分の居城を内側から乗っ取られるということは、指揮権が事実上相手に移ってしまったことを意味し、自分は傀儡の王様にされてしまうということ。
傀儡の王様の意思などなきに等しく、実権を握った実質的城の主の提案に大人しくサインするしか出来ることがなくなってしまう身分になるということを意味しているのだ。
そう・・・たとえ、自分自身の死刑執行書であろうとも、実質的城の支配者がサインしろと言ってきたら拒否する権利が傀儡であるサーシャにはなくなってしまう事になる・・・・・・
「―――冗談じゃないわッ!!」
サーシャは断言して拒絶する。冗談ではないと。
自分の使い方はとうに決めてあるのに、その自分の死命を赤の他人の庶民に握られてしまうだなんて耐えられる屈辱では全くない。
そんな惨めすぎる立場に立たされることは、皇族の誇りが、名門ネクロン家直系の誇りが、そして何より自分自身のプライドが絶対に許す事なんて出来はしない!!
たとえ運命に抗えることはできなくても、庶民ごときに運命を左右される立場に立たされなくて済む方法はまだ残っているはずなのだから!!!
「城の内部汚染率75パーセントを超えましたぁ! もう保たせられません! サーシャ様ぁッ!?」
「くぅぅ・・・っ!!」
だが、現実に迫り来る敵は運命もアノス・ヴォルディゴードも彼女の意思や都合など一切お構いなしに直進して喉元に手を掛けてきつつある。
現実問題として、彼女たちには運命より先に目の前の敵に対処する手段がない。切り札として用意していた“あの魔法”を発射するには距離が必要で、城の目の前まで接近されてしまったままの位置関係では使うことが出来ない。
――しまった・・・ッ、もっと早く決断していれば・・・ッ!!
後悔しても時既に遅く、敗北判定は目前まで迫ってきている。もはや形振り構っていられるような余裕は些かもない。
「アノス・ヴォルディゴートぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
サーシャは外の風景を映し出させている画面下の操作卓に走り寄って、両手の平を思い切り叩き付けると大声で敵将の名を呼び、自分の『一方的だと自覚している要求』を叫び声のまま相手に受諾を求める。
「私たちと最後の決闘に応じなさい! 私たちはこれから持てる力の全てを結集して貴女に対して叩き付ける、それを貴女が魔法で破ったら勝ち、耐え切れても勝ち。そして破られたら私たちの負けを素直に認めるわ!」
『さ、サーシャ様・・・・・・』
リーダーの言葉に班員たちが声を上げるが、それは戸惑いに満ちたものばかりで、彼女の要求を支持するものは一つ足りと含まれてはいない。
みな解っているのだ、彼女の要求は自分たちにとってのみ価値のある、一方的に有利なだけの無茶な要求だという事実をである。
このまま自分の攻め方を続けるだけで勝ちを得られる相手に対して、正々堂々とした互角の勝負を持ちかけるなど、手に入る寸前の勝利を自ら放棄して負けそうな側に逆転できるチャンスを寄越せ!と、無茶ぶりな不平等を要求しているだけとしか映りようがなかったからだ。
如何に皇族としてのプライドが高い彼らとはいえ、事この状況に至らされてしまった今となっては、その事実を認めざるを得ない。
つい先ほどまで自分たち全員で必死に対処しようとして、抗うことさえ出来ずに一方的な蹂躙を受けていた記憶が生々しく残っているだけに、余計その感想は強くなる結果を招いてしまってもいる。
「どのみち、今の私たちが貴女を倒せるだけの魔法を放つためには、破られた後に戦えるだけの力を残す余裕は一切ない。
結果が同じなら皇族の誇りのため全力の一撃に全てを掛ける!! 最後の勝負よ!!!」『りょーかい。承知しましたので距離取りま~す』
「・・・・・・・・・え?」
思いも掛けず、アッサリ要求を受け入れて背を向け飛んでいき、自分たちとは一定の距離になる位置で停止して、空中で振り返ってくる黒髪の少女の姿にサーシャは唖然呆然とさせられざるを得ない。
班員たちに指摘されるまでもなく彼女自身、無茶ぶりな不当な要求だったことは自覚していたため驚かずにはいられなかったからだった。
あの場面では、ああするしか他に手が思いつかなかったから咄嗟の思いつきで叫んでいたとは言え、考えて行った行動とはいまいち呼べない無茶な要求。
それをアッサリ受諾して、今も空を飛んだまま自分たちが要求した内容を実行するのをノンビリと待つ姿勢を解こうとしない相手の姿に、サーシャ・ネクロンもまた腹を据える。
「《ジオ・グレイズ》を使うわ・・・全員、準備をしなさい!」
自分たちが用意していた最後の切り札。――炎属性最上級魔法《ジオ・グレイズ》
威力は間違いなく最強。使って放つことさえできればアノス・ヴォルディゴードでさえ一撃で倒すことが可能になるほどの超高威力な大魔法。
そう、使って“放つことさえ出来たなら”勝利はほぼ確定されるほどの大魔法なのだ。
当然のように、放つために求められる魔法技術の研鑽は尋常なものではなく、現時点のサーシャでは単独での使用は絶対に不可能。使用するためには班全員の魔力を一つにまとめ上げて力を合わせる必要が絶対的に存在している。
各自の特性を活かしながら、それぞれの魔力を出し、十倍以上に引き上げる集団魔法。
ガイズの真骨頂とも呼ぶべき、自分たちにとっては文字通りの切り札的大魔法ではあったものの・・・・・・そのリスクの高さも通常ではあり得ないほど大きい。
「し、しかしサーシャ様・・・《ジオ・グレイズ》の成功率は僅かです。もし失敗してしまったら、その時には・・・・・・っ」
そう、班員の一人である黒服の男子生徒が言ってきた警告が、サーシャ班が【撃つだけで勝利が確定させられる大魔法】を事の最初から使おうとはしなかった理由の全て。
ただでさえ必要となる魔法技術の研鑽レベルが今の自分たちの限界を超えている大魔法を、チームを組んで一週間しか経っていない自分たちの即席メンバーで完全に制御して放とうというのだ。成功率が微々たるものしか出せなかったのは当然のことだし、失敗したときの反動は未知数。
悪くすれば失敗した瞬間にサーシャの魔力が根こそぎ失われて、敗北が決定する可能性がないとは言い切れないほどの大魔法なのだ。いくら使えば勝てるからといって、初っぱなから使用するにはリスクが高すぎる。
――けれど。
「怖じ気づいている場合じゃないわ! 敵の強さを認めなさい!!
炎属性最上級魔法《ジオ・グレイズ》でもなければ、アノス・ヴォルディゴードは倒せない!!」
それでもサーシャは、自分に言い聞かせるように強い口調で決断を下す。
「こんなところで恥を晒すために、魔王学院に入ったんじゃないでしょう!? 死力を尽くして望みなさい!!」
そう、自分たちにはもう“後がない”。
ジオ・グレイズに失敗してしまった後のことを、不安がっていられる余裕は既にないのだ。敵の手で奪われてしまっている。
あの、身分をわきまえない生意気な雑種の恐るべき強敵によって!!
「貴方たちの最高の魔法を! 皇族の誇りを!! あの雑種に見せつけてやるのよ!!!」
『・・・ッ!!! はいッ!! サーシャ様!!!』
失敗することを恐れていたのでは負けるしかない。
勝つためには賭に出るしかない。分の悪いギャンブルに自分たちの勝敗を託すより他に道はない。
遅まきながら、その境地に達することが出来たサーシャの覚悟と決意は班員全員が共有するものとなり、敗北感に打ちのめされ、皇族としての崩れかかっていた彼らの誇りとプライドを再び蘇らす火種となるに十分であった。
そして練り上げられ始めた、炎の魔力によってサーシャ班の築いた魔王城が紅い光に包まれていくのを遠望しながら黒髪の少女は「ほぅ・・・?」と感嘆の吐息をソッと漏らす。
「一時の混乱を壊乱に繋げることなく、直ぐにも体制を立て直し、あまつさえ決死の反撃を行わせるため敗北感に打ちのめされていた配下のメンバーを発憤させる燃焼材にまで利用しましたか・・・・・・どうして中々、見事な名将の卵ぶりだ。どうも見損なっていたようです。再評価の必要大ですね」
改めて示された実績を前にして、黒髪の少女はサーシャ個人と彼女が率いる班員たち全員の評価を数ランクほど一足飛びに引き上げさせて、過小評価していた無礼を心の中で詫び、後ほど機会があれば物理的にも謝りに行こうと今は心の中だけで決意を固めておく。
自分たち全員より遙かに強い、圧倒的『個の力』を持つ暴虐の魔王に対して、個々の能力では劣っている者たちが力を合わせて一つの意思の元に団結して何十倍にも高めた威力で自分たちの限界を超越した魔法を放つ。
まさに、軍勢魔法《ガイズ》の真骨頂とも呼ぶべき大いなる完成形だ。
――完成形ではあるのだが・・・・・・
「・・・でもそれって普通、人間側が魔王相手にするとき必要になる能力のはずなんですよなー・・・。時期魔王候補筆頭に必要となる要素なんですかね? 本当に・・・・・・」
そう、そこが今一よく分からない部分ではあった。
事の始まりから見ていて思い続けていたことなのだが、どうにも彼女サーシャ・ネクロンは【王としての適正】に欠けるところが多いように感じられる。
犠牲を出さないよう、守ることを意識するあまり妙に臆病な戦術ばかりを用いてしまう悪癖があるのだ。
たった二人の敵陣を相手に完全な防備を誇る魔王城を構築させたり、先遣隊を送って様子を探らせようとするなど、攻撃的な性格とは裏腹に安全策へと傾倒しすぎてしまっている。
それ自体が悪いとはいわない。ただ、王には向かない優しすぎる性癖の持ち主ではあるのだろう。
被害を恐れ、絶対安全な勝負にしか挑めないというのでは到底、大望を叶えることなど望み得ない。
無駄な被害を避けることは良いが、『勝つために考え出すのが戦術』である以上、「負けない作戦」ばかりを用いていたのでは結果的に無駄な被害を生むだけで終わってしまうのが現実の戦いでもある。
「極端な話、私たち二人だけのチームに勝つだけなら最初から総員で掛かってきた方が効率は良かった。被害を恐れず考えなしに数で押し潰そうとした方が、圧倒的数の優位を活かすことにはなっていたのですからね。
守りの魔王城と敵城を攻める者たちとで、戦力を二分する必要も存在しませんでした。
自分自身が全軍の中心として行動していれば、そこがサーシャさん班の大本営。城壁の代わりに班員で固められた、サーシャさんにとっての魔王城。そうすれば、敵大将の位置を知らせるしか役に立たない薄らデカいだけの拠点に無駄な魔力を消耗する必要性もなかったでしょうになぁ・・・・・・」
それは自分を慕って班員に志願してくれた仲間たちを思うサーシャなりの優しさだったとは思っているし尊重もするが、戦いとは理不尽であり不条理なものだ。
安全策が必ずしも安全な策とは限らず、犠牲を惜しむ優しさが味方を無駄死にさせる結果を生じさせることもあるだろう。・・・・・・実際やったことあるし、二千年前に自分が。
『――皆の力・・・・・・預かるわッ!!』
『サーシャ様! 見せてやりましょう!!』
『私たち皇族の力を、あの雑種に!!!』
と、そんな風に上から目線で敵の努力と成果を見下しながら評価を下してヒマを潰している間に、ようやく敵さんも魔法を完成させてくれたらしい。
『行くわよ・・・ッ!! 《ジオ・グレイズ》ッッッ!!!!!!』
ズドォォォッン!!!
魔力で紡がれた大砲の虚像から、赤黒い魔力の弾丸が発射される。
砲口よりも巨大なサイズと、当たれば骨も残さず焼き尽くして消滅させるほどの超高温をもった炎の魔弾が常識を遙かに超越した速度で黒髪の少女に向けて真っ直ぐ直進してくる!!
この速度の前に回避は不可能。当たれば焼死する間もなく魂までもが焼き尽くされる。
失敗による反動はなし。完全に術者たちの制御下に置かれた魔弾は、リスクなしで敵を確実に倒して勝利をもたらす最強魔法として完全に完成されている。
「見事です・・・ッ。あなた達は今の自分たちが至れるはずの限界を超えられた・・・っ」
感嘆の呻き声を黒髪の少女は、術者達の編んだ魔力の巨大な弾丸を前に口にする。
本人たち個人個人でも、たとえガイズを使おうとも、今の彼女たちでは完成までは至れないだろうと想定していた自分の予想を大きく裏切る見事な結果。
その見事すぎる成果を前にして。
―――『単独では使用不可能な最強魔法を、皆の力を合わせることで可能とした圧倒的弱者たち』に対して、二千年前には魔王だった者としては“褒美をくれてあげる義務”が黒髪の少女にはあるだろう。
「では、ご褒美として・・・・・・彼女の願いでも叶えて上げるとしましょうかね」
そして黒髪の少女は、両手をポケットに突っ込んだまま、何の防御策も反魔法も唱えることなく。
ただ、『使うことに成功さえすれば確実に勝てる炎属性最上級魔法の完成形』を、大人しく何もせぬまま黙って命中させられ、食らわされ――――そして爆風と炎に全身を覆い尽くされてサーシャの視界から消えてなくなる。
「・・・・・・え・・・?」
あまりにも呆気ない勝利の結果を目の当たりにして、逆にサーシャは自分の目を疑い、何が起こったのか判らないという風に目をパチクリさせるだけになってしまう。
もちろん勝つつもりで使った気持ちに嘘偽りはなく、使えさえすれば、あたりさえすれば確実に勝てるほどの大魔法だと信じるが故に賭けた魔法だったのだが・・・・・・いくら何でも防御方法の一つぐらいは取られるだろうと想定していたため呆気に取られるしかなくなっていたのである。
「・・・いったい何が・・・? 勝ったの・・・? 私たちは、本当に・・・・・・?」
どこか半信半疑で、なにもせず最強の攻撃魔法を、当たれば確実に敗れるであろう必敗の魔法をまともに食らって消滅したはずの相手がいたはずの空間に煙が漂っているところをボンヤリと見つめ続けて・・・・・・やがて。彼女たち全員の顔色がゆっくりと青ざめていくようになる。
「う、嘘でしょ・・・・・・こんな事って、ありえる訳ないじゃないの・・・・・・ッ!?」
班長として、チームメイトたちの総意を代表するように震える唇でサーシャが呟き、全員が彼女の思いを共有しながら、空間を映し出していた画面にあらためて映し出されてきていた、煙がゆっくりと晴れていく先から現れはじめた存在―――黒髪の少女、アノス・ヴォルディゴードの【かすり傷一つ負っていない無傷な姿】に驚愕と畏怖と恐怖の色彩でゆっくりゆっくりと塗りつぶされていく心を実感させられていく・・・・・・。
『なかなか見事な《ジオ・グレイズ》でしたね。初めて完全なる完成形を使うことのできた学生さんたちとしては大したものです。祝福しますよ。
これでようやく貴方たちは、一流魔道師になる第一歩を記すことが出来たのですから』
「な・・・、んですってぇ・・・ッ!?」
パッパッと、服についた埃でも払うような仕草をしながら自分たちが限界を超えて使うことの出来た魔法を『正しく評価してくる魔王の上から目線』にサーシャは本能的に噛みつき返したい気持ちに駆られざるを得ない。
サーシャと班員たちが、『チームを組んで一週間のうちに《ジオ・グレイズ》を実戦で使えるレベルにまで練り上げることができた』のは大したものだ。誇っていいと魔王から太鼓判をして問題ないほどの偉業だろう。
あくまで、“実戦に参加したことのない学生たちが乗り越えた試練としては”という前提付きでの評価ではあるけれども。
二千年前の戦いで《ジオ・グレイズ》は、『実戦で魔王を殺すために使う魔法』だった。
暴虐の魔王を殺すために《ジオ・グレイズ》は、使えるようになっておく必要が絶対的に存在している魔法の一つに過ぎなかったのである。
追い詰められて、窮鼠猫を噛むような覚悟の元、一回だけ実戦で使用できるレベルまで練り上げられただけの学生たちと、殺せるようになるために様々な命を犠牲として必要としてきた自分たちの時代の戦士たちとでは基準が異なる。彼らが自分たちの時代の猛者たちと張り合えるレベルになれるかどうかは、これからの努力次第。
だから今は・・・・・・乗り越えるべき壁の高さと、頂の険しさを示しておいてやるだけに留めおくとしよう―――
『・・・で、どうします? たしか先ほど聞いた話では、貴方たちが最後に放つ切り札魔法を防ぎ切ってみせるだけで勝ちとなるという約束だったはずでしたが・・・・・・大人しく両手を挙げて降伏されますか? サーシャ・ネクロンさん♪』
「く・・・ッ!! お断りよ!!!」
『そうですか。ざ~んねんです』
ニッコリと笑い返して、右手の握り拳だけを方の高さまでゆっくり上げて、人差し指を一本だけ立ててみせると。
『では、敵チームの班長が降伏するかガイズを維持できなくなるまで試験続行ということで』
「ちょ・・・ッ!?」
『えい』
青黒い小さな火球を指先に出現させて、「ピンッ」と軽く指を振り下ろす。
そうした瞬間、青黒い火球は青黒い残光を残して一陣の閃光と化し。
ビシュン――ッ!!!
サーシャたちが未だ立てこもったまま抵抗を続ける意思を示した、籠城中の魔王城に向かって真っ直ぐに超速接近していって!
「!? 総員、待避ぃッ! 私の防御魔法で時間を稼―――」
サーシャが班員たちに脱出の指示を出し、自らは敵からの攻撃魔法を足止めして時間を稼ごうと魔力の壁を幾重にも空中に出現させるため両手を前に出した、その瞬間には全て手遅れになっていた。
黒髪の少女が使った魔法は、雷属性の最低位魔法だ。サーシャたちを殺してしまわぬため威力は低いものを選んだわけだが、逆に速度の方は炎属性魔法より遙かに速く敵陣へと到達できる。それが炎とは異なる雷属性の特性というもの。
結局のところ実戦において、敵の攻撃を防ぐ必要性は必ずしもなく、防がれるより先に倒す手段を持ってしまえば済んでしまう程度のもの。それが『敵を殺すために使う攻撃魔法』の正しい利用方法というもの。
防御を万全にして、敵の出方を確かめてから動く『後の先』が悪いとまでは言わないが、先手必勝、一撃必殺、先手必殺もまた一つの戦術だという事実をサーシャ・ネクロンたちは知っておいた方が今後のためにもなることだろう。
本気で“暴虐の魔王の後継者になりたいのなら”の話でしかないけれども・・・・・・。
「ハァ・・・ハァ・・・な、なんてことなの・・・」
ヨロヨロとよろめきながらサーシャ・ネクロンは、一瞬前まで自分たちの班が本陣を構えていた魔王城が建っていた場所で立ち上がり、班員たちがうめき声を上げて各所に転がっている死屍累々のような周囲を見渡し、絶望感に満ちた声音で喘ぐように言葉を紡ぐ。
「たった一人の敵を相手に、多勢で作り上げた私たちの城が跡形もなく消し飛ばされてしまうだなんて・・・・・・っ」
「それが地力の差というものですよ、皇族の名門ネクロン家のお嬢さん」
答えとともに天から降りてきて、サーシャの前に降り立つ黒髪の少女。
かつて二千年前に、人の国を滅亡させて、精霊の森を焼き払い、神々すら殺して暴虐の魔王と恐れられた元人間で今は魔族になった少女の伝説をミクロサイズで再現してあげた彼女は得意げに後を続ける。ネクロン家相手だけにミクロサイズだと、しょうもない駄洒落は思いついても言わずに別の内容を。
「圧倒的な差というのは、こういうものです。弱者たちが数を集めて力を合わせるだけで必ず勝てるとほど地力の差は易いものではありません。自惚れなさるな、弱者たちを率いる弱者の王よ」
「くぅ・・・おのれっ!」
ガクンッと、ついに戦意も負けん気も魔力さえもが底を尽き、戦い続ける力など何一つとして残っていなくなっていたサーシャは足先から崩れ落ちて膝をついてしまい、まるで敵将に頭を垂れた敗残の将のように惨めったらしい位置関係を自ら膝を屈したことで形作ってしまう。
その事実に気づいた彼女は羞恥から赤くなって立ち上がろうとしたが、すでに休憩なしで立ち上がれる力など残っていなかったためピクリとも足は動いてくれず、彼女は二重の意味で激しい屈辱と恥辱の念に魂までもを赤く染め上げられたように錯覚しそうになる。
「さて、戦い始める前に交わした約束は覚えていますよね? 貴女には見込みがあります、私の配下に加わりなさい。
まぁ・・・貴女から言われていた、“負けた方は勝った方の言うことに絶対服従して口答えも許さない奴隷になる”という提案だけは勘弁してあげますよ」
「~~~~ッ!! 死になさい!!!」
そして即座に《破滅の魔眼》発動させての要求拒否反応。
―――ダウト。
黒髪の少女は心の中だけで、サーシャからの反応をそう酷評した。
確認作業のために言ってみただけの要求であったが、見事に釣れた。これで今回の試験には何の用もなくなったし・・・・・・試験の勝敗には『何の意味も持たせられないこと』が確定されてしまった訳だ。
無意味な勝負であり、勝敗までもが無意味であるならサッサと終わらせてしまった方が効率いいし、相手にとっても楽ができて都合よかろう。
「無駄ですよ。《破滅の魔眼》で私を殺すことはできません。最初に会ったときに通じなかった時点で解っていたことでしょう? 無駄だと解っているのに続けるのは時間だけでなく労力の無駄です。やめときなさい、無駄に疲れるだけですから」
「~~~ッッ!!!! だったら殺しなさい! この私を!! ネクロン家の血を引く直系の私が、雑種の配下に加わる屈辱に甘んじるぐらいなら死んだ方が遙かにマシだわ!!」
「お断りします」
ハッキリと拒絶の言葉を吐いて、『死ね』と命じられたときよりキツい目つきと口調に変えて、黒髪の少女はサーシャ・ネクロンからの要求を―――否。負けた敵からの求める資格もない命令をハッキリと拒絶で返す。
「勘違いしないでいただきましょう。勝ったのは私で、負けたのは貴女だ。敗者が勝者に求めることが許されるのは許しを求める命乞いだけだ。負け犬が勝者に偉そうな顔して命令するな、不愉快です。
そんなに死にたければ自殺でも何でも勝手にしろ。殺してほしけりゃ私に勝ってから自分を殺せと命令しなさい。それが戦いを挑んで負けるということです。違いましたか?」
「・・・・・・・・・ぐっ、あ・・・・・・」
圧倒的威圧感に打ちのめされて、サーシャは反論の言葉を言えず、思いつくことさえ頭が拒否してしまって、ただただ口をパクパクと開閉することしかできぬままに相手の顔を見上げ続け、
「・・・それにね」
ふっ、と黒髪の少女が目つきと口調と纏っていた空気を緩め、背後を振り返り“彼女”を見つめる。
ジャッジは下されていなくても、事実上の勝敗は明らかになったから『敵の期待通りにアイギス使って籠城させていた』サーシャの妹ミーシャ・ネクロンがゆっくりと自分たちの方へと歩いて近づいてきていたことは少し前から感づいていた。
「私の班員は、お姉ちゃんと同じ班になりたがっていましてね・・・。班長としては唯一志願して配下に加わってくれた班員の願いを無下にするわけにもいかないでしょう?」
「・・・あっ」
「サーシャ・・・怪我・・・っ」
走り寄って姉の安否を気遣う妹に対して、『へ、平気よ・・・このくらい』と強がっているのか姉のプライドでも守ろうとしているのか両方なのか、よくわからない反応を返してから体力戻ってきたのでなんとか立ち上がる。
「いいわ。貴女には敵いそうもないし、かといってゼクトには逆らえないものね。
でも覚えていてちょうだい。これはあくまで契約、貴女に心まで売った覚えはな―――って、ちょっとどこ行くのよ!? 私の話最後まで聞きなさいよねちょっとぉ!?」
最後までサーシャの話を聞くこともなく、差し出された手を握り返すこともせず、サッサと帰り支度初めて背を向けていた黒髪の少女は片手だけを振って、顔すら振り返らせようとしようともせずに。
「ダイジョーブですよ。所詮は契約魔法で無理やり結んだだけの関係でしかないってことぐらい理解していますからね。戦い終わった敵と味方で握手だなんて形式は、形ばかりの関係には必要ないでしょう?
せいぜい私と違って、心で繋がって思い合えている姉妹二人でごゆっくりどーぞー。お邪魔虫の私は先にドロンってことで。それじゃ」
「~~~~~~~~ッ!!!!! やっぱアンタ殺すー! いつか強くなって絶対にアンタを殺してやるんだから覚えていなさい!! このアホーッッ!!!」
去りゆく背中に投げかけられた、淑女らしさの欠片もない年頃の女の子らしい罵声に思わず唇をほころばされて苦笑しながら歩き続け。
――やがて、サーシャたちと一定以上の距離が離れてくるとともに表情からは笑みが薄れてゆき、試験用の森に張られた結界魔法の外に出た頃には完全に別物の感情を顔に張り付かせた表情に変貌していた黒髪の少女は、先の戦闘の中でサーシャが行っていたいくつかの不審な行動について幾つかの推論を推考し終わり、その中の一つを言葉として体外に放出して考えをまとめることに利用する。
「・・・原理は不明なままですが、やはりサーシャさんと交わされたゼクトは効力を発揮していないようですね・・・。
まぁ最初から有利な側のはずの敵リーダーから、敵班員の一人を契約相手に指名してくるって時点で怪しむべきポイントしかなったので別にいいんですけれども。・・・しかし、一体どうやって・・・? 契約魔法を何のデメリットもなく違約できる方法なんて実在しているとは思えないのですが・・・・・・」
そこまで考えて彼女は、ふと思い出す。二千年前の記憶を。二千年前に存在していた、“あの魔法”を。あの出来損ないの欠陥魔法を。ガラクタ魔法の存在のことを思い出し、珍しく黒髪の少女は冷や汗を一筋タラリと流させる。
まさかとは思う。そこまで阿呆なヤツじゃなかったと評価してもいる。
・・・・・・ただ、“アレ”を使えば確かに契約魔法の横紙破りは可能にできるかもしれない・・・と。
「―――ハッ・・・・・・」
不意に少女は小さく笑い声を漏らし、深刻な表情で考え込んでいた顔を笑いの形に歪めていき・・・・・・やがて。
暴虐の魔王と呼ばれていた時分、部下たちが最も見慣れていたのと同じ表情を浮かべさせた顔つきで、二千年後の世界に蘇った黒髪の少女魔王は面白そうな瞳で、かつて自分の庭だった魔界という名の世界のすべてを睥睨して見渡し、そして呟く。
「――正直なところ、長すぎる平和の中で腐ってしまった人たちの方が多い世の中になってしまったかと、少しだけ落胆していたんですけどね・・・・・・どうしてなかなか二千年後の平和になった未来世界というのも意外性があって楽しませてくれそうです。
やはり死んでるよりも生きている方が退屈しなくて済みますし、今の時代に生まれ変われたのは良かったという事なんでしょうねぇ~」
つづく